2013年1月 8日 (火)

日本憲法★アメリカ女性★ゴードンに勝る草案を書けるか

Gordonjapon_4 GHQで日本憲法草案を書いた現場を知るベアテ・シロタ・ゴードンが、唯一生き残りであった。終戦時の昭和21年、彼女は22歳で民生局の一職員であった。彼女が89歳で亡くなった。
Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - 2012年12月30日):
ウィーン生まれでウクライナ系ユダヤ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育った米国国籍の舞台芸術監督、フェミニスト。1946年の日本国憲法制定に関わった人物。ベアテ・シロタ・ゴードンwikipedia
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 22歳で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局に所属し、GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして日本国憲法の起草で人権条項作成に関与した。 日本では憲法24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した事実が1990年代になって知られ、著名となった。2012年12月30日、膵臓がんのためニューヨークの自宅で死去。89歳没。
 有名ピアニストだった父が東京音楽学校(現東京芸大)に招かれたことに伴い、一家で来日。5~15歳まで東京で暮らした。米国の大学に進学後に太平洋戦争が開戦。ニューヨークで米タイム誌に勤務していたころ、日本に残った両親の無事を知ってGHQの民間人要員に応募、45年に再来日した。

22_3 25人の民政局員の中では最年少の22歳だった。憲法起草委員会では人権部門を担当。10年間の日本生活で、貧しい家の少女の身売りなどを見知っていたことから、女性の地位向上を提案。14条(法の下の平等)や24条(両性の平等)に反映された。

新聞報道では、おおまかな事実しか記載されていないが、実際にゴードンさんの講演を聴いたり、活動を支援していた人の記録には、割と詳しい伝記が残されている。

Beate_2  民政局員25人の最年少のベアテ・シロタ・ゴードンが、大きな権限をもっていたわけではないだろうが、女性や子供の権利について熱心に調べ、草案つくりに協力していた。彼女の仕事は、焼けのこった日本の図書館を回り各国の憲法を調べることだった。

 彼女は、日本語が堪能であったし、そのほか6カ国の言葉ができるので、「ワイマール憲法」「アメリカ合衆国憲法」「フィンランド憲法」「ソビエト社会主義共和国連邦憲法」などなど図書館から借り出した。「スカンジナビア憲法」が役に立ったと言う。
 若いがゆえに、日本のためというより、女性の権利のため、理想の憲法を作りたいという熱意があった。相当詳細に渡る条文をつくり、提出した。

E382b9e382ade383a3e383b3000306d0d  日本のおめかけ(蓄妾制度)を知っていた彼女は「子供を実子、養子、私生児などで区別するな」と、くどいほど書いている。また、子供たちの高い死亡率を心配し、「児童は、医療、歯科、眼科を無料で治療を受けさせなければならない」という項目さえある。

 しかし、彼女の書いた草案は民生局で、「憲法は原則を書く」という責任者の意向でほとんどカットされた。この時、彼女はひと目をはE382b9e382ade383a3e383b30004a53da ばからず大泣きしたそうだ。民生局のリベラルな男性メンバーでさえ、女性や子供の権利については無理解があったと述べている。
 ベアテさんの草案は、日本政府に提示する段に、また「なんだ、これは!」と日本側が大騒ぎになり、激論になりかけた。
 ベアテさんは、通訳として同席していたが、上司が「女性の権利はベアテ嬢が確固たる信念で書いたもの。このまま通しませんか?」と助言して、落着したという。

 当時の日本側憲法草案には、一般国民男性の権利もなかったくらいで、「女、子供」は、戸主の下の存在であるから、権利を主張など、言語道断ということだった。
 ベアテ・シロタ・ゴードンが書いた草案は、日本の女性のためだけでなく「世界のすべての人たちの、実現されるべき理想であり、希望だった」と、彼女が語っている。

Ghq 「GHQの押し付け憲法である」と、声高に言う人はいることでしょう。
 偶然かもしれないが、民主的な(女性の権利の)意識の高いベアテさんという人が選ばれ、日本憲法草案に「女性とこどもの権利」を書いてくれたことは、歴史的な幸運だと感じる。
 これが、自主憲法だということで、日本人が制定したら、あるいは、改憲したら、このような人類の最先端の意識を盛り込んだ憲法はできるだろうか。
 世界人権宣言と同時に、憲法によって、人権が「平等」「自由」は当たり前のこととして60年間過ごして来られた、その幸福が何よりの憲法の果たした意味である。まだ、日本人の人権意識が、現在の憲法のレベルに達していないから、多くの改憲論者と付和雷同者が不満を述べるところである。

T0003181a  人類の理想を実現を目指した日本国憲法を世界の人に誇ってもいい。これを社民党は護持しようとしているが、残念ながら、国民意識は社会党を滅亡に追いやっているが、これは委員長福島瑞穂の努力不足である。
 人類の理想が書いてある日本国憲法ほど、読んでいて心地のいい文章はない。その文章を知らない人ほど、改憲を叫ぶ。これを書き換えたら、どんな醜い主張がでるやら・・・。原則はそのままで、書き換えないで、現状に合わせて読み替えでやりくりしていけばいいじゃないか。今の政府だったら、きっと改憲草案は自主防衛の名で世界をあやうくする。ベアテ・シロタ・ゴードンに勝る「女性の権利」を憲法上で謳えるか。きっと官僚たちは、「等」などを使って、妙な細工をするに違いない。

 憲法に手をつけたら、「世界中に宣戦布告している」と大騒ぎで、反日騒動どころではないだろう。理想の憲法を世界に読んでもらう努力のほうがいい。ぜひ、世界の首都に「日本本国憲法」銅版にして埋め込むのがいいのじゃないか。

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世界はひとつ★アジアの統一★信長の世界戦略 

066  織田信長の考えを秀吉が実行しているように見えるのが、朝鮮征伐と称する「唐入り」である。これの総責任者の豊臣秀吉は、老年期に入り、判断力が弱くなっている。織田信長のまだ元気だった時期にこのアジア統一をやったら、実現可能であった。と言う推論である。

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 織田信長が本能寺の変で倒れなかったら、尖閣諸島の問題、竹島の領土問題はなかっただろう。ifイフのイフだというが、黒鉄ひろしの大風呂敷の仮説を聞いてしまうのだが、織田信長の視座の高さは、そのころの武将にはないくらいの理解力である。
 現代もその目で見ると、どうだ?信長の理解力を現代にもってきて、政治家で匹敵する人物がいるだろうか?

民主主義の時代に世界征服を視野において、領土拡大、他国の統治など考えるべくもないが、いまから500年前に、世界が統一の機関でまとまっていたら、尖閣諸島の領土問題で争うこともない。当時の日本以外の国に住む住民は虫けら同然だったかもしれないが、現代の分立国家のほうが問題だ。当時の感覚からしたらアジア統一の概念は、かなり先進的だ。

 秀吉の考え方も、信長の模倣だろうと思う。秀吉は織田信長のうわっつらを真似しただけだから、家康も秀吉の死後その計画を止めただけだ。世界的には、シーザー(カイザル)、アレキサンダー、チンギスハンの壮大な世界征服の実行者がいる。信長が本能寺の変で倒れなかったら、年齢的に見て、世界征服実行の適齢期であった、と思われる。彼らの知恵より数等倍あった。毛利さえ始末してしまえば、日本は片付いたのだ。それで終わりと思うか、それとも、コレを起点とするか。天才と凡才の分かれ目はここにある。
084083 信長は、10年計画で明を征服して・・・と思ったらしい。その証拠は、フロイスの書簡に残っている。
アジア諸国を従えておけば、現在の領土問題で争いは存在しない。世界、少なくともアジアは統一国家で、世界経済の中心であったかもしれない。戦力の余計なエネルギーはいらないわけだ。

大きな立場で、歴史を見たとき、いつかは地球上を統一国家にしなければならない。行ってみれば、今まさに世界は戦国時代だろう。光秀が信長を倒してしまって、アジア統一のアイディアは消えてしまった。日本を飛び出して、信長が世界統一まで夢想しても、ほかの武将では、そこまでやれないし、考えが理解できない。

081 宣教師ルイス・フロイスから、地球儀をもらって、ソレを眺めて、日本の存在と地球の形を即座に理解したという織田信長の理解力は、群を抜いていた。その当時、自国の一所懸命、領土拡大がせいぜいで、国内統一にまで考えつかないし、ましてや世界統一、アジア統一までは理解できないのが普通の武将だっただろう。その点で、織田信長の天才であった。ただし、そばに仕える武将は、よほど信長の気性を理解して心酔しないと、逃げ出したくなる。明智光秀は、たぶん自分のほうが頭がいい、日本を上手に治められれると思っていたに違いない。
「近くの天才は、単なる気難し屋」
「天才は近くにいると理解できない」

 武力的に見て、世界で一番武器が優れていた。戦国時代を100年にわたりすごし、武将の技術も進んでいた。戦国時代の終わった後、明治維新の後の武士階級の始末で困ったように、信長もソレの戦争屋たちの後始末で頭を悩ましただろう。

 エンドレスに戦争していけば、ババ抜きを外国にもっていく考え方であったか、信長なら家来に命令を上意下達、徹底できる。亀甲船で朝鮮では秀吉は失敗したが、信長には武器の優れた面、船でも優秀な工夫があった・・・歴史から見てのifイフのイフだが。もし信長を本能寺から脱出できたら、
 本能寺の地下道の脱出路がふさがれていなければ、命は助かったはず、そして信長は再起したはずだ。

Ws000064  歴史上、日本が指導者に傑物を得たのはこのとき、ただ一回だったかもしれない。世界へ目を開いている知識人で、かつ武力を背景に持ったのは、彼以外にいただろうか。
 その意味でも、岐阜県岩村城・・・、キンカン頭とからかわれ、傷つくプライドの持ち主の光秀は、織田信長の性格を見て知性を見落としてしまったのかも。

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