2012年8月25日 (土)

娘たちのちいさな家出 経験で育つ子供

Photo_2 ダレでも、最初は子供の育て方はわからないし、希望も期待もあるが、そのとおりに育つはずはない。ああでもない、こうでもないと思う。育てて終えてみて、思うことは、回りの熱気に煽られてピアノを習わせたり、受験塾に行かせたりしたあのエネルギー、時間、費用は無駄ではなかったか、と思う。

 その場では、子供のためになっていると信じて行かせているが、時間を置いて冷静に見ると、役立っているようには見えない。あの時間を前から続けていた英会話とか、柔軟体操で体を継続的に鍛えておいたほうが、子供自身のためになったのではないか。

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投稿の「家出始末記」で、小学一年生や三年生が、子供だけで外で過ごすという経験で、知ることがいかに身につく知識になるのか、やってみて初めて彼女らが知るし、親も知ることが多い。

夏休みにしかできないが、たった一回の経験でいい、マンションのベランダで寝てみる。それで、いかに部屋の中がすごしやすい場所であるかを知る。ごつごつの背中のセメントが硬く、寝にくいものかを知る。トイレもなく、どうしたらいいか迷うのもいい。

夏休み課題では、私が先生だったら、「24時間絶食、断食経験」をテーマにして、空腹の経験を味わせる課題を出してみたい。それを作文に書かせたい。病気だとか、何か支障のある生徒には強制できないが、24時間とはいえ、空腹の苦しさで、戦争時代の疑似体験ができるし。あるいはアフリカの飢餓地帯を想像できる。不幸とか、マイナスの環境を知ることのない子供が、そういう環境に近づいてみる勉強になる・・・たった24時間の絶食でどんなことを知るか、体験させたいと、思った。

 世間の親は、成長期の子供になんてことをさせるか!と、大反対で普通の学校で考えられないと反発を食うだろうが、甘い環境、楽な環境で育つばかりが教育ではないが、それが実験としてもできないだろうと、想像すると、教育とは一体なんだろう。

 コレが今、日本の環境であるから、オリンピックで柔道が弱くなったといわれても仕方がない。それこそ、臥薪嘗胆、日本の生活水準の低い生活の中から出てきたアスリート、柔道選手は逆境に強いのは、当然と思う。日本の柔道はサッカーや野球より、子供に人気がないようにも見える。ましてや、相撲をやらせたいと思う母親は少ない。

 子供を育てるとは、どういうことか。コレの目標、ゴールがどこか、親にも見えない。どこまで育てたら、育てたことになるのか。歯科医や医者の家では、後を継ぐ子のために必死に教育しようとするが、なかなか後を継ぐ子にならないので、勉強したらご褒美というニンジン作戦で育てると、勉強が手段になって、ご褒美のが目的になってしまう。

 子供の能力は、人それぞれ能力に差がある。コレを無視して、競争させても、成績下位になる子には、苦痛の種になるだけだから、注意。各人の興味がもてることをその人の精一杯やるための環境を整えるというありきたいな結論になってしまった。

経験をたくさんして、子供が身についたものが教育ではないか、この娘さんたち、いい子に育ったと思う。親が何をさせるか、だ。人の成長は、外見の体格から見えるが、その人の精神の成長度は、子供を育てて初めて、その親の成長度がわかるという。

Photo_3 もう一枚の投稿「声」にあったものだが、こちらは、親が一人前の大人になれていないから、子供も自然いい加減な子になっている。これでは、社会のルールを知らないまま、自分の感情そのまま生きていく子になる。
 勉強は出来ても、難あり性格の子になる。教育の段階ではなく、ここの社会を知る、マナーを知ることが身につかないことを大きな欠陥であると知るべし。

教育の教育とは何か。簡単なことばかりであるが、しつけもあるし、人間の独立でもあるし、勉強の褒美と目的の違いもある。その中で、知識を早く、たくさん詰め込むことが優秀とする・・・コレを教育と見誤らせる日本の教育を考え直す必要がある。

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2012年7月23日 (月)

先生の根回しで?イジメ防止

Photo 担任の先生は忙しくて、生徒一人ひとりにまで、注意を払っている余裕がないというが、教育の専門家であるプライドを捨てては、先生失格でしょう。
 生徒間のトラブルを事前に察知して、手をうつくらいの手段を講ずることができないでは、プロではありません。教科の専門知識も大事ですが、モット大事なことは、生徒管理でしょう。管理というと、機械的な感じがしますが、担任のクラスが崩壊するような学級運営では困る。

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 全国のクラス担任が、うまく行くクラスばかりではないだろうが、投書の主も、生徒の担任がそういう点で、よくやってくれたのだと思う。いい先生にめぐりあえるのは、幸運かも。

しかしね、昭和も50年か、60年以降は、学校制度によって、先生が締め付けられ、先生自身も、こうしたい、ああしたいと思っても、雑事が多くてというが、土が休みという流れで休日が多くなったのと比例して、多忙になったように見える。安定した収入のある家庭は、私立学校へ行かせようとする親が多くなる。

 昔の話をしていいかな、
 先生が学校に泊り込む宿直、コレは夏目漱石「坊ちゃん」で、坊ちゃんの布団にイナゴをたくさん入れて驚かす話があるが、学校の決まりで、男の先生だけは、順番に宿直していた。それが近年、ガードマンになったし、侵入者がいると警備会社に連絡がいき、ガードマンが駆けつけるようになった。

 夏休み中、担任が宿直の日は夏休みの予定表に◎がついていて、行くところがない生徒たちは集まってくるのがイベントであったりした。勉強を教えてもらいに来ていいとか、星を見たり、花火をグランドでやったり、スイカを食べたり・・・。田舎の小学校や中学校では、こういう里山風俗があったような気がする。それが、消えていったのは、人間の何がそうさせているのか、みんなが考える問題だ。

 イジメが、その時代になかったかというと、人が集まると必ずある。小学三年で、チビのU君が少し大柄な男の子の背中に乗って、あっちへ行け、アイツをやっつけろ!と指示して、ターゲットにされたことがあったが、長くは続かなかった。
 六年生のときは、O君とは後に親しくなったが、運動会の道具倉庫から荷物運びをやっているとき、しつこい妨害をして“イジメ”状態になったので、ガマンしきれず、勝てる相手かどうか、わからなかったが、油断していた顔に一発拳骨を見舞ったら、引いてくれた。しかし、その後は、私の帽子を奪って、二階の窓から校庭へ投げられて、そのときもくやしい思いをした。
 一発殴ったのが、後の出来事であったかもしれないが、その後は、O君とは高校まで一緒であったが、良好の関係を保っていた。彼が、始めて年賀状をくれた人だった。集団リンチのような暴行は、受けた経験はないが、危なかったときは高校の弁論大会で、応援部のやり方を批判したら、呼び出された。

 そのときは、20人くらいの応援メンバーが、待ち構えていたときは、やられると覚悟をした。そのときのリーダーが同じクラスのK君で、それ前に、担任が「野沢を守ってやれ」と他の生徒に言ってくれていたし、たぶん、その雰囲気を察してK君にも、何か伝えていたと思う。だから、私の「弁論」批判に応援メンバーが「やっちゃえ!」といって盛り上がりかかったとき、「待て待て」とK君が止めに入ってくれたので、その場は収まった。

 中学生のとき、二年、三年担任の女の先生は、せっせと家庭訪問をして、家庭の事情を把握して、コミニケーションをとって、反抗期の男の子たちを押さえ、二年間、無事送り出した。
 その間に、文集を二回つくり、文化祭で劇を二回、音楽会二回、生徒会選挙半期ごと年2回で計4回あった。二年間で、近郊へ二時間、三時間歩いて出かける遠足があった。春秋と合計4回あったはずだ。悲喜こもごも、盗難事件あり、怪我、骨折したとか、けんかあり、ホームルームで遠征あり。市内流れる川の清掃と花壇づくりあり・・・、教科書を家に持ち帰らないで、教室に専用書架つくってしまう生徒会長がいたり、文集には生徒の力を結集して、謄写版で印刷し、製本までした。充実した中学生生活であった。

 その中で、高校受験の勉強はしたのだろうか。家に帰って復習した程度で、受験勉強らしい勉強はしていない。
 その中で、いじめ・・・は、中学で止める子が半分いたので、その子たちには、高校受験の勉強している他の子の姿が、どうだろう、彼らの人生にはイジメにも見えたかもしれない。
 “恩讐の彼方へ”行ってしまっただろうが、生徒同士では、小さな意地悪はあった。Kさん、中学までしか行かなかったが、隣の勉強のできるBさんが意地悪でいやだったと同窓会で告白していた。

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2012年6月20日 (水)

山田洋次「十五才 学校」Ⅳ 焦るな晴耕雨読

00  梅雨時期の台風、関東地方は夜八時過ぎから、強い雨が風の音を立てて吹き付けていた。午後十一時半ころになって、雨風の音が静まってきた。

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 不可抗力な状況に陥ると、人間は何もできなくなる。そうすると、不思議と安心感がある。説明しにくいが、「雷鳴と稲光」で、万事休すとなると、人の気持ちは一瞬にみんな平等だ、というか、それとも、無の境地に変わる。
 これは、なんだろう。そんな時間も、稼いでいる人もいるかもしれないが、普通人は何もできない。

010 不登校の息子がいると、「学校へ行け」と必死に尻を叩いて、息子も苦しいし、親も苦しい。「行け、行け」と叱って、学校に何がある?とふと振り返ると、生きていくのに、学校が不可欠か?と思う。

台風のさなかに学校へ行くほうがいいのか?学校よりモット大事な「命」を守ることがあるじゃないか。コレが一番大切だ、人間、この命の絆を大事にしたいと思ったのが「東日本大震災」だった。そうさ、不登校の子供にお尻を引っぱたいて、苦しめるより、一歩引いて、学校なんか止めて、不登校の息子の側に立って・・・、彼の心に寄り添う時期があってもいい。それが一年、二年と穏やかに過ごすことで、現代社会から逃避してもいいだろう。

002  この梅雨台風の時間を 山田洋次「学校」Ⅳを見て過ごした。
 自然災害の中で、人間は「晴耕雨読」で、自然と立ち向かっていると、疲れてしまう。
 焦るな、自然に寄り添って生きることが一番いい。

  (あらすじ)
 横浜郊外に住む不登校の中学3年生・川島大介(金井勇太)は、
 ある日、両親に内緒で九州・屋久島の縄文杉を目指し、ひとりでヒッチハイクの旅に出た。
 見終わると、人生を学ぶ場所は、学校ばかりとは限らない019 025 というメッセージを感じる。
 大型トラックのいかつい運転手・佐々木康(赤井英和)や女性ドライバーの大庭すみれ(麻実れい)に乗せてもらって、交流を深める。

 乗せてくれたすみれが大介を家へ連れてきたのは、引きこもりの息子登(大沢龍太郎)との交流を図るためだった。不登校の大介も、引きこもり少年登も、悩みを持ちながら、それを誰にも打ち明けることのできない子供たち。そんな2人が同じ部屋で心が通い合う。

 船着場で、大介はすみれに切符を買ってもらい屋久島に向かう。
033  彼は、島で出会った登山客・真知子(高田聖子)と共に、険しい山道に挑み、遂に縄文杉を見ることが叶う。その後、真知子と別れてひとり山を降る。下山途中で、遭難しそうになって、一人で行動する厳しさを知る。
 屋久島の町で、大介は、老人・鉄男(丹波哲郎)のクルマに乗せてもらって、彼の家に一夜泊めてもらう。ところが翌朝、鉄男の具合が悪くなり、大介は彼の面倒を看るハメになってしまう。しかし、老人=鉄男の介護はまんざらイヤなものでもなかった。

 暫くして、博多に暮らす息子・満男(前田吟)がやって来るが、彼は嫌がる父親=鉄男を無理矢理入院させてしまった。


  父親を入院させた後、満男(前田吟)が少年大介に一万円を差し出して、いう。
Ws000078 「少ないけど、ラーメンでも食べて」
「こんなものがほしくて、おじいさんのそばにいたのではありません。」
「どうしたんや」
 大介はそれを機に長いセリフを語る。
Ws000079 「おじいさんは、おしっこを漏らして恥ずかしいと言って、泣いていたのです。それをあんなに大きな声で知らない人の前で、くさい、なんていったりして。
 自分だって、子供のころオムツしていたんだろ。おじいさんに抱っこされて大きくなったのだろ。
 その息子にこんなヒドイことをされて、おじいさんがどんなに悲しかったか、大人のくせに、そんなこともわからないのか。それで、一人前なのか、おじさんは・・・。・・・さようなら。」


085  大介は、この大人の情のないやり方に、やりきれない気持ちを残したまま、横浜の家へ帰る。

 しかし、今回の旅で成長した彼は、折り合いの悪い父とも和解し、“学校”という新しい冒険へ挑んでいく・・・。

 前半、大介が家出してヒッチハイクという、ありふれた手法039で展開するから、平凡な作品に終わりそうな印象であった。しかし、屋久島へ着いて、印象が変わってきた。
 
登山客・真知子(高田聖子)と知り合って、姉さんのような人と何かよからぬ展開があるか、と思ったら、まったくそういうコトなし。下山途中で道に迷って・・・九死に一生くらいの遭難にあうと、見ているほうはハラハラして・・・、それもそれだけ。
003  次に丹波哲郎の頑固爺との交流は、先の読めないストーリーに入り込む。爺さんはシベリア帰りで、戦友をたくさん亡くしているという設定で、ちょっとこの爺さんに膨らみを持たせ過ぎているきらいはあるが、丹波哲郎の演技で、屋久島ロケが大いに生きていた。

 ここで、丹波の爺さんがこの15歳に向かって「少年よ!」と、呼びかけ用事をたのむ。あるいは、自分が尿漏らしを介護してもらう。この流れで大介が大人オムツを薬局へ買いに行くと、余貴美子が店主でいて、ストーリーが膨らむ。

067  尿漏らしのことを秘密にして置けなくて、薬局の店主余貴美子が博多に住む息子を呼び、屋久島へ来てもらう。
 この親子関係の悪い息子前田吟がやってきて、病院へ入院するように説得する。「勝手にしろ」と頑固爺が折れる。
 15歳の少年大介には、この息子前田吟の爺さんに対する対処が、情なしに見えて仕方がない。
 ここで、15歳の大介が大人の前田吟に文句をいうシーンを見て、ああ、この子は成長した。ひょっとして不登校が直ってのではないか、と思わせる。
 人生の勉強は、学校だけではない。そういいうメッセージが、この最後にきて納得できる。

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  心に残った映画、DVD
 涙そうそう 長澤まさみ 妻夫木聡   2007.10.30
 まだそんなに老けていない団塊世代 2007.01.27
 
「母べえ」戦前の日本がよく見える 2008.02.03
  市川崑監督追悼番組 「赤西蠣太」 2008.02.22

 海峡(NHK)とジェームス三木        2008.03.28

  • 西の魔女が死んだ サチ・パーカー2008.06.29
  • 奇跡のシンフォニー August Rush 2008.07.06
  • NHK帽子 田中裕子と緒形拳      2008.08.04
  • 四つの嘘 脚本大石静               2008.07.31

      残留孤児二世がたどる はるかなる絆  2009.04.15
  • 遥かなる絆 養母の魅力             2009.05.24
  • チャングムの誓い 韓流ドラマの魅力 2009.08.05
    「冬構え」(1985年)NHKアーカイブス 2009.09.27
      沈まぬ太陽 登場人物一覧             2009.10.25
  • にんじん(原作ルナール)虐待ネグレクト 2010.08.06
  • 素晴らしき日曜日 昭和22年から学ぶ 2010.07.24
  • 居酒屋 マリア・シェル薄幸な女 2010.08.22
  • 遺恨あり 原作吉村昭 「最後の敵討」 2011.02.26
  • 『わが谷は緑なりき』★★白黒映画 2010.10.10
  • 墨東綺譚 監督新藤兼人 良い作品 2010.10.03
  • 恋におちたシェクスピア 評価A 2012.03.17
  • 二十四の瞳YouTube 高峰秀子を思う 2011.01.03
  • 尾崎士郎 人生劇場 1972年版評価A 2011.05.20
  • 赤線地帯、若尾文子 京マチ子若かった 2011.05.17
  • ルワンダの涙 残虐さから考えること 2011.05.13
  • 面白ろうて悲しき「放浪記」の林芙美子 2011.04.27
  • 「カーリー・スー」は「ホームアローン」 2011.10.22
    めぐり逢う朝 風景が素晴らしい 評価A 2012.04.22
    100歳新藤兼人(映画監督)幸せな死 
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    2012年2月13日 (月)

    役所広司 六年生で詩人だった?!

    Img_4938 日曜日の午後10時「おやれイズム」(メイン上田晋也 、外回り藤木直人、ファッションチェック森泉)に役所広司がゲストで出ていて、彼が芸能人の結婚情報に興味もって当人に聞いてくるので、後輩たちは煙たがれているとか、チェンソーでヒノキを切り倒すシーンは、役所広司は自分でもチェンソーを持っているという話があった。岩のりが大好きという役所のために藤木が北海道の海に入って海苔を採ってきたり、仕込が大変そう。

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    4933 一番興味もって聞いたのは、小学六年生で書いた詩が朝日新聞長崎版(1967年)に載ったことを語り、(司会の上田晋也は「ワー、オレの生まれる前だ」と、古い話だと印象付ける。)

    「オレは詩人の才能がある」と後輩に自慢すると、同期の俳優益岡徹からのタレコミ情報で、その記事を番組スタッフが探し当てた。

    ばつの草とり
    「運動場の草百本取っておいで」
    悪いことをした時

    Img_4914 きっと言う先生の口くせ

    ぼくはブツブツ
    もんくを言いながら行った

    しかし百本取った時
    「もう一つおまけに取って行こう」
    と思った。

    百二十本取った。
    けれども先生はわからないだろう。
    しかし、とってもいい気持。
    ふしぎとその時
    ブツブツのもんくは消えていた。
    諫早市諫早小学校 
       六年 橋本広司

    Img_4919_2 詩は幼いが、先生の気持を引き寄せようという気持で書いたのだというが、着眼がいい。最後で人の心をぐっとつかむとこは、小学生に教えたら、いい詩が書ける。いいお手本だ。

    45年前の新聞だから、本人はこの詩は記憶の彼方で、忘れていたようで「この新聞、頂戴」というと、「どうぞ」と司会が渡したようだ。

    役所 広司(やくしょ こうじ、1956年(昭和31年)1月1日 - ):長崎県諫早市出身の日本の俳優。本名は橋本 広司(はしもと こうじ)。ワイ・ケイ事務所所属。身長179cm。俳優・仲代達矢主宰の無名塾出身。
     長崎県諫早市で生まれる。大村市の長崎県立大村工業高等学校卒業後、上京して千代田区役所土木工事課に勤務。友人に連れられて観劇した仲代達矢主演の舞台公演『どん底』に感銘を受け俳優への道を志す。200倍もの難関である仲代が主宰する俳優養成所「無名塾」の試験に合格。芸名は前4933_2職が役所勤めだったことに加え、「役どころが広くなる」ことを祈念して仲代が命名。入塾初日に益岡徹と出会い、仲良くなる。
    1980年(昭和55年)のNHK連続テレビ小説『なっちゃんの写真館』でテレビデビュー。1983年(昭和58年)のNHK大河ドラマ『徳川家康』の織田信長役で注目を集め、1984年(昭和59年)のNHK新大型時代劇『宮本武蔵』の主人公・武蔵役で初めて主演に抜擢される。Wikipedia参照

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    2012年1月17日 (火)

    課外授業 ようこそ先輩鈴木桂治「負け」から学ぶ

    3955 鈴木桂治が卒業した茨城県常総市立岡田小学校へ、NHK「課外授業 ようこそ先輩」の授業をした。そこでは、「勝つ」という気持を持たせたいと語って、授業を始めた。

    鈴木桂治は、アテネオリンピックで優勝しながら、4年後の北京オリンピックの鈴木桂治が実力を出し蹴きれないで一回戦敗退した印象が強く、国士舘大の後輩石井慧にあと6秒の時点で逆転負けを喫したり、ガムシャラな強さはない。桃太郎的な優等生な優しさがある。ワルになれない。そんな印象で見てしまう。柔道全国大会決勝 石井慧対鈴木桂治: nozawa22

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    「課外授業 ようこそ先輩」の授業では、本格的な柔道は、受身もできない6年生の男女にはむりだから、畳たたみ一畳の広さで膝立ち柔道をやらせた。これでも、結構本気で戦える。

    Ws000000_3  何も予備知識なく柔道をすると、負けても笑って悔しさはない。抽選で組み合わせを作って、畳の上一畳で戦ったあと、自分の試合を録画して(パソコンで見る便利な方法がある)その負けをじっくり見て、反省と対策を書かせて、それを二回戦に参考にする。そうすると、6年生たち、自分の動きや気持の持ち方を書いていた。

    指導方法として、一回戦のビデオを見て
    ①自分の反省点、
    ②次の試合の目標を立てる。
    ③負けた自分としっかり向き合う。
    これが、「強くなる」ための第一歩、と教えた。

    4014_2 徐々に、その反省点に立って真剣になってきた。負け試合、「負けをじっくり見ることは意義がある。」と自分が北京オリンピックで負けた試合を生徒たちに「恥ずかしいけれど」といいながら、ビデオを見せた。負けをじっくり見せるという鈴木桂治の授業は秀逸であった。

    鈴木桂治先生、先生自身が率先して、北京オリンピックで負け泣いている姿4022_2 を見せた。つまり、自分の弱さ、欠点をさらけ出して見せた。二回戦を終えて、「自分の欠点(弱さ)」というテーマで作文を全員に書かせた。自分の弱さ、欠点に立ち向かって考えることは初めてだったから、戸惑っている様子であった。それでも、しっかり自分のことを見つめなおして書いたのを鈴木桂治は読んで、この中から選んで読んでもらおうとしたが、自分の内面を人前でさらすことに抵抗を示した。

    4051 「自分の弱さを正直にみんなの前で発表して、強くなるそういうことをしたいと思います」と鈴木桂治は、自分の意図を訴えたが、通じない。「●●ゆきのさん、読んでもらえませんか。オレはいい作文だと思う。自分の弱さを4057理解している」と、伝えても発表する様子が見えないので、「ゆきほさん、保留ね。読めるようだったら、読んでね」
    4041男子が二人だけが発表した。「ボクは野球でエラーや三振すると、気持がみだれて早く試合が終わらないかナと思います。だから、ぼくの弱さは気持だと思います。でも、ぼくはその気持ちに負けないように、野球をやっています。」●●コウタ

    4052  「ボクは、自分の弱さがあります。悪口を言われることです。悪口はいつもいわれています。だから、時々自分の弱さは出て、泣いてしまうことが時々あります。だから、悪口を言われても、泣かないようにガンバリたいです」●●
     自分の弱さを克服できるよ。この作文を読んだことで、みんなに伝わったから、君の気持を他の人が知っていじめが消えるよ。
    4039 Img_4009 Img_4025 Img_4045 Img_4060 次の人に当てるが、「いやだ・・」「みんなが読んで、私も読もうと思ったら読んでね」という人が続いてしまった。6年生にもなると、女子は、読まない人が続くと、自分が読むという行動はしにくい。結局、8人の女子は作文の発表ができなかった

    その一例内容がはずかしいの?それとも、前に出て発表というのがイヤなのか、両方だと思っているようだ。そこで、鈴木桂治は自分の思いを語った。友達なんだから、お互いに言い合って、●●(タイキ)もそうだし、友達に文句を言われて「オレそういうのはイヤだから」という分を正直に書いてあった。これからは、タイキはそんなに悪口は言われなくなる。少なくなると思う。ダイキが訴えた事によって、自分で自分をさらけ出せたから、凄くいいことだと思う。

    4070  人前で読むのは恥ずかしいとか、コレを言うと嫌われそうだからとか、いろんな理由があると思う。でも、そんなことないね。人前に出るのが恥ずかしいともここに立って、人前で何かするという勇気とか、度胸を持ってほしい。そういうことで、ひとつずつ大きくなってほしい4058
    ボクは、きょうこの「強さ」というのは、そういうところを伝えたいのです。この8名の人たち、「今、私やっぱり読もうかなって子いるかな?きょうは厳しいかな?」と教室を見渡すと、思い切って、手をあげた女子が一人いた。「読んでくれる?」(うん)うなずく。「お願いします」ようやく

    4073 「自分の弱さ 中山幸穂 自分の弱いところは、いろいろあると思います。一つは、みんなのことを考えず、一人で強がってしまう所です。なんでみんなのことを考えられないのな。自分でも考えていないことはないのですが、いろいろいわれると、なぜかいつも一人で強がっているのです。みんなに『強がっている』といわれても、もういいと思いました。弱いところもある。だって、仲良くしてくれる人もいるから」

    4065_2 ようやく鈴木桂治の「強さ」の話につながる行動に動いてくれたから、彼は「ありがとう。うれしかったです。感動しました」と素直に自分の感情を表した。この素直さが鈴木桂治のよさかもしれない。柔道家で、こんなに素直に感動を表す人もほかにいるだろうか。教育者の喜びは、子供がこうして感動を与えてくれることだ。コレに過ぎる喜びはない。職業として、このような感動を得られるしごとはめったないだろう。

    4063_2 そうやって、ちょっとずつ心が変わっていくことも、一歩一歩、成長して行くことだと思う。きょう読めなかった子も、決して恥ずかしいことではありません。次の機会があるかもしれない。そのときは、物怖じすることなく、堂々と発表して欲しいと思います。思っていたことがいえたからいいですね。

    407940834087    この喜びをNHKスタッフに語る場面で、感動を表していた。本当によかったです。本当に感動しました。ウン、もうちょっと(発表する人が)出てほしかったけれど、ね。強くなります。あの子。

    4006 そして最後の試合。「オレも熱くなってきた」
    最後の柔道の実技に向かうと、生徒たちは今まで二回とは明らかに違う意気込みがみなぎっていた。勝って喜ぶ生徒もいれば、負けて悔しい涙を流す子もいた。

     おまけ情報 鈴木桂治、あみーゴ似の29歳と結婚
     
    2004年アテネ五輪柔道男子100キロ超級金メダリストの鈴木桂治(31)=国士舘大職=が11日、都内で会見し、1月5日に一般女性と入籍したことを発表した。
    0001  お相手は、都内の会社に勤める響子さん(29)。05年秋に友人の紹介で知り合い、約7年の交際を経てゴールインした。「試合に負けた時も普段通り接してくれる。ロンドンに向け、彼女も“強い鈴木桂治”を見たいだろうし、僕もみせたい」と笑顔で話した。
     芸能人では誰に似ているのか?「本人は『若いころは鈴木亜美に似ている』と言われたと話していた。それを29歳にした感じじゃないかな?」と大照れ。現在はロンドン五輪出場に向けて、生涯の伴侶を得て、31歳のベテランは決意を新たにした様子だった
    。(2012年1月12日)

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    2011年11月 1日 (火)

    優秀な「受付のおじさん」(公立小学校)紹介

    Photo 大企業でトップまで勤め上げたAさんが、定年になって、念願だった教員(小学校か中学)になろうと、その可能性を探った。普通、年齢からしてダメだろうとして断念するところ、彼は臨時でも、講師でもと問い合わせをしたという。彼の知力、体力の面からいえば、校長でも十二分に勤められるし、ヒラ教師にしても、もったいない能力だと、私は個人的に思う。

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    彼は、年齢という壁にぶつかって、持っている能力が生かせないでいた。彼の挑戦は、あきらめず、教育委員会からシルバーセンターへ紹介されて、某区「(小中)学校受付員制度」が発足するので、そちらへ応募したらと勧められた。

    ●区内54学校へ二名ずつ、合計108名を採用。
    ●朝8時15分から午後4時まで(実質7時間)
    ●日給5,045円(休み時間を除くと時給735円)
    ●(1学校二人勤務)就業日数は1ヶ月10日
    ●年間二百日勤務で、担当は約100日。

    ●仕事は、来校者の訪問目的、氏名記載
    ●不審者の通報
    ●雇用者は教育委員会とシルバーセンター
    ●上司は、校長とすべての教員
    ●雇用期間は1年間、更新は、雇用者と被雇用者の都合で。

    ●受付の10メートル以内で、勤務する。職場を離れない。
    ●不審者を監視するため、新聞雑誌を読む許可はない。
    ●生徒・児童の個人情報に立ち入らない。

    「学校受付員」という肩書きで、三年間つとめ、それを彼は「受付のおじさん」(源流社)という本にまとめた。

    Photo その中で、彼の仕事ぶりは、その学校受付員制度中できちんと規則を守り、子供たちとキャッチボールをするにも、受付から10メートル離れない場所でキャッチャーをやり、(個人情報だだから)子供たちの氏名をむやみに聞かないし、立ち話でもプリベートに深入りをしない、そういう気配りは完璧であった。

     朝8時15分から生徒の登校に間に合うように入り口を開錠して、生徒に「おはよう」と声掛けをるよう、そのコミニュケーションの時間を楽しみにしていた。500名の生徒全員の顔と名前を覚えるために、名札と顔を必死に覚えようとした。クラスの名簿を入手すれば、容易になるが、個人情報保護制度では、受付員には範囲外のことだから、それはいけないこととして、彼は自分自身に禁じていた。このチョロマカシて、名簿を手にいれる、子供から聞き出すなど、裏の手があるが、彼は断固やらないのだった。これが彼の堅さであり、信頼の元になっている。

    個人情報保護法ができるときは、雑誌。出版界では。大反対の運動があり、その先頭にたっていた彼であるが、こうして制度が施行された現在は、「悪法も法なり」ソクラテスが語った言葉だったと思うが、それを彼はきちんと守って、やってはいけない『個人情報』には立ち入らない。

     また、受付員の見ている前で、ケンカやいじめがあれば、それを説諭するのは、受付員の役目ではない。間に割って入り×のポーズをして止める。説諭は教師の仕事、権限のない範囲に入り込まない。女の子でイジメを受けていたら、以後も気をつけてみる。泣いていたら、慰めの言葉をかけるにしても、3年生以上の女の子には、必要以上に接近したらいけないのである。

     先生は、生徒と自由に交流ができるが、受付員はそういう自由はない。悔しい思いをしただろうが、それは書きたくても書いていない。勤務内で、自分の持つ能力を発揮する機会は与えられる仕事ではないが、与えれられた範囲内で子供を理解し、励まそうと努めていた。私だったら、制度そのものに意見を言いたくなって煙たがられるところ、彼は制度のなかで懸命に任務を果たしている。これが、どこでも受け入れられる彼の優秀さである。

     最後辞めるにあたり、卒業式後の謝恩会で、(彼は招待されていないので)副校長にお願いして(会の冒頭に)最後の挨拶をした。「ありがとうございました。」お世話になった礼とともに、光文社に勤務していて、こんどはT大で「報道倫理」の講座をもつことになり、多忙になった理由を語り、去っていく。まあ、「竹林の七賢人」や「寒山拾得」のように、最後まで正体が見えないままの人もいるが、彼としては、「お世話になった礼」と自身の説明をしておきたい気持があったのかな、と思う。校長や副校長は、「受付員」が辞任にあたり、挨拶の場をつくる気遣いがほしいが、たぶん「受付員」の辞任など、頭にないのかも。

     これは私の意見であるが・・・・、社会で働いた人を学校に「シルバー教員」として副担任として置くと、教育の幅が出るだろう。彼のような社会で30年、40年の知恵をもつ人を学校教育で活用する知恵があると、公立小学校も、私立小学校に奪われてしまう生徒を引き止められるだろう。

     シルバー世代の知恵を子供、孫世代に残すチャンスをつくることは大変貴重なことだ。『年寄りが死ぬと、大きな図書館がなくなるのと同じ』ということわざがあるらしいが、多くのシルバー世代の持っている知的財産を墓場へ持っていく前に、生きている孫や子に与えたい。シルバー世代は、そういう機会をもちたいし、孫や子の世代は、老人世代の持ち物を吸収するいい機会になる。特に公立小学校、中学に訴えたい。

    ※『年寄りが死ぬと、大きな図書館がなくなるのと同じ』は、国連事務総長アナンやオスマン・サンコンも紹介しているが、ギニアの格言と言う人もいるし、マリのアマドゥ・ハンパテ・バーという人の言葉ともいうが、アフリカで広まっている言い伝えであろう。紹介者は、フランス語の原文も紹介している。
    En Afrique, quand un vieillard meurt, c’est une bibliothèque qui brûle.

     コレも、「観光通訳と外務省キャリア」のユニット化、「学校教師と文科省キャリア」の一体化、このアイディアと一脈通じる。学校の先生は、経験と能力があれば、先生になれる。田んぼの先生、クリーニングの先生、配送の達人は先生になりうる。そういう、先生が他の能力のある人を先生にする知恵を持つべきである。英語のネイティブを英語補助教員にするようなことができればいい。教員が余るなら文科省に採用せよ 通訳ガイドと外務省外交官試験 連動させよ

     制度の枠をはずして、敗者復活戦、あるいはサッカーの一軍、二軍入れ替え戦のような制度が、日本社会にあると、みんな真剣に自分の職を守るために勉強もするし、上昇するために活気づく。どの官公庁も、公立教員も必死に努力する。負けても、勝ちあがるチャンスがある社会を日本は持つと、TPP反対で農業を守るだけでなく、知恵があると勝てると思うだろう。

     この仕事と同時に、マスコミ関係の講座を持とうと、大学の講師の口を探していたが、ようやく東京の某大で「マスコミ」関係の講座をもつことに、一年賭けて見つけ採用された。彼の職歴からして適職である。彼は、それを足を棒にして探す労を惜しまない。的確な動きをしている。

     彼は、この本を棺おけに入れる本であると、決めている。彼は、大学卒業前から光文社へ1/500倍の倍率で入社した優秀な学生だった。その半生がほとんど書かれている。いい本になっていた。

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    2011年10月26日 (水)

    収監された教え子に面会に行った先生

    Photo先生という仕事がこんなにも、感動的なものだと思うと、すばらしい。人として、これ以上の仕事はないのではないか、という気がした。

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    まあ、刑務所に入るようなことをしでかした子と関わるのは、イヤと思う先生もいるでしょう。懐に飛び込んで対応できる先生という職業はすばらしい。そういう子と先生のつながり、これが先生冥利に尽きる、と思う。先生になるなら、そうありたい。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    四月、教え子A君から「先生、明日刑務所に収監されるんだ。その前に先生の声を聞こうと思って」と、電話があったそうだ。多くの受刑者は、誰かにすがりたい気持をもっている。

    「わかった。必ず面会に行くよ」と、昔担任だったA君に答えた。在学中から何度か補導歴があり、気になる存在であった。手紙をもらって、刑務所を訪ねると、別の刑務所に移ったばかりだった。そのあと二週間後、彼から手紙がきた。「服役中は月に二回しか手紙が出せません。最後に電話ができてよかった。(今は)遠いから面会に来ないで」

     八月、次に移った日本海に近い町にある刑務所へ訪ねた。
    「先生、来ちゃったんかい」
    「おお」
    「本当に来てくれたんかい」。
    後はお互い言葉にならなかった。出所の時は、父親代わりに迎えに行こうと思う。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     最後まで読んだら、涙が止まらなくなった。
     そりゃ、背景にはA君の性格的な甘え、父や母親の関係、しつけの仕方で問題はあるが、それとは別に、教師という仕事は、深く人間関係が築ける職業であると思う。先生自身も生徒が飛び込んでくるのを避けないで、受け止められるそのことに、人はこうでなければ、と痛切に感じた。

     実際には、最近教師の自由裁量部分が制限されて、文科省の指示、県や都の指示通りにしないと、懲罰が待っている怖い仕事になっているらしい。そういう内部事情を教えてほしい。刑務所内も、教育の機能が働いていないという話もある。刑期満期前に出る審査も案外アナだらけ、審査官に逆らわない言い方をする受刑者は、必ず短期で出られる。

     都会の私立中学、高校では、そういう接し方が存在しないかもしれない。田舎町、田舎村の中学、高校でしか、成り立たない関係かもしれない。

     どこの国も、都会は同じような雰囲気であり、建物も似ている。人情も索漠としている。しかし、田舎、人のつながりが緊密な田舎でなら、「人」とはこういうもの、というなにか、暖かいものがある。教育というのは、そういう人を信じる気持を育てる場所ではないだろうか、そんな気がしてしかたがない。

     私は前から思っていることがある。
     よく「先生上がり」という言葉に代表されるように、先生の進路は袋小路になっているようにいわれる。前の主張は
    先生が余ったら、文科省キャリア職員として採用せよ
    という、現場を知っている有能な先生を行政マンとして採用して活用したら、職業が展望が開ける考え方である。
     別の観点から、「観光ガイド通訳と外務省のキャリアを一本線化」も同じ考え方である。このぐらいの障壁を取り除くことを、日本のオピニオンリーダーは、少しは考えろよ!日本人はバカか?そうしたら、日本に活力が出るだろう。

     そこで、もう一つ、「定年になった先生は、地方の市会議員、町会議員、県会議員に立候補して地方議員になってもらいたい」と、思っている。山梨県392f8dca2b6b62bde98f53da1a07a671_tn の日教組から出た輿石東幹事長(民主党)がいるが、党利党略で昇進してしまうと、私の主張とは違ってくる。

     言いたいのは、(業界の利益代表ではなく)無所属で、特に地方市議会を目指してもらいたい。「頭を下げる」のは、先生には苦痛かもしれないが、地元に多くの教え子がいて、「先生」の性格まで知っているし、成人して有権者になっているのだから、基礎票がある。「先生はいい人だよ」とクチコミが効く。当選の可能性が大である。先生時代には実行できなかった考えが、政策として実現できるのではないか。

     先生という職業柄、人前で話すことには慣れているのだから、意見を表明したり、勉強することになれているから、向いている仕事だと思う。地域に貢献してもらうには、取って置きのしごとになるだろう。先生が市会議員で活躍してもらえたら、地域の人も、市議会に関心が持てるし、市政がわかりやすくなるのではないか。

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    2011年6月26日 (日)

    95歳の恩師へ感謝をどう表すか

     先生の担任は2年、長い人生のわずかな接点ではあるが、今から遡る50数年前の影響はいまだに私には昨日のように思える。それを書き起こし、みんなの文を集めて、文集にしてはどうだろう、と男子の側は主張した。同窓会準備会のために、はるばる、岐阜県中津川市まで出かけた。

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     先生への謝恩の気持を表したいと準備会を開いた。集まった場所は、プリンス松葉だった。そこでの意見の交換で、男と女は、意外と意見が並行であると気づいた。その考えの差が埋まらないもの。

     これは、謝恩と同時に人生の総括報告でもあり、積み重ねた人生を振り返るのもいい。友人は主張した。彼の意見に一理あるとそれに乗ってもいい、と思ったのである。女子の同級生のおばさん方は、「それをクラスメイトに書いてもらうのは、とても負担で、現実的ではない」という。たしか、普段文章を書かない人から原稿用紙何枚かの文章を集めるのは、これはとても実現できない。ムリかもしれない。

     実に、男女の差をあからさまに感じるものがあった。現実主義的な視野の女子と理想主義的な男子、これがはっきり出ていた。これを打ち破って、女子を従えるだけのエネルギーを発揮してしまうことの難しさ、これを男子の側にないのか、そりゃ、ないわけではないが、独裁的なコトになったら、誰もついてこないだろう。

     同窓会を開催して、そこで一日限りの“おしゃべり”で終えるのが女子の一番負担にならないやり方、と見えた。討論しようにも、話が前に進まない。同窓会の返信欄に数行の「思い出文」欄を作って、そこにコメントとして、返信と同時に集める、という妥協案をひねり出し、それをまとめる。思いの丈を書き切れない人には、追加文を封書で送るという作戦を編み出した。

     それを上手にまとめれば、文集になる。それでは、中学生時代の「文集」にも及びもつかない、と友人の嘆きが聞こえたが、乗ってこない女子共に現実の壁を打ち壊せない限り、「文集」作成の理想は実現できない。

    6166  10月か、11月に同窓会を開くことでまとまったことで、よしとして、先生宅へ報告がてら集団で先生宅へ顔を出した。いやはや、老齢の先生、正座してお待ちの場へゾエゾロと押しかけた次第である。個人宅へ集団で押しかけて、100歳近い人に負担をかけては、と短時間で切り上げ、となる。

     もっと語り尽くしたい思いが残った。男子は、意を尽くせないものだ、という現実をみて、ウーン、うまくまとめるのは難しい。これは女子の方が、ケアする現実を知っているのかも。

    6168  先生は痴呆でもないし、むしろ先生は95歳では頭脳明晰である。ただ、長年にわたり大勢を教えているから、生徒を全部覚えているわけではない。特に我々の学年だけを思いだせといっても、思いだすのには時間がかかる。話をトントンと進めるにはムリ。テンポを配慮する必要がある。

    6161  長年世話していなと、話のテンポが当の高齢者にマッチしているか、よくわからない。理解スピードというものはどの程度か。優しくしているような言い方が、高齢者にプライドというか、尊厳を傷つけるような幼稚な表現をすることがあるようにも思える。

    現実と理想、女子と男子のギャップ、このことについて考える機会になった。 恩師に感謝状 生前葬と「人生のクラス会」 

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    2011年4月 7日 (木)

    尾木ママの授業「つながり」金スマ

    11861196  こんにちは。ワー元気そうですね。名古屋女子大中学ですね。きょうは、皆さんに会えるというので、ボクのほうもいろいろ準備してきたの。アンケート書いてもらったの、覚えている?全部見せてもらったの。ウーン、そう。それで、いろんな準備してきたんよ。昨日夜、ほとんど徹夜。みんなのことが頭に浮かんで、ワクワクしてね、眠れなかった。みんなに準備したの配ろうと思うの。
    「授業だより」というの。一回しか会わなくても、ちゃんと心をこめてあるの。そうよね。

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    1190 ハーイ、全員もらった?それじゃ、正式に授業を始めるますよ。いいですか?ここでシーンとなるところが違う。この学校、ねー。
    「テーマ*人間、生きる、命」これがテーマです。副テーマ的には、何を考えるか、みなさんと考えたい。

    1192 アンケートの話に触れて、学校が好き89.2%ということから、その理由が友達、ほとんどの人が友達を挙げていた。東日本大震災の話で、死者と行方不明者を合計すると、29,699名で、宮城県の知り合いの先生に電話して、「どうでした?」と聞いた。「死者と行方不明者で800名」といわれた。それをみなさんにアンケートで感想を聞いたのね。それで、東日本大震災を前に、「今思うこと」とタイトルをつけてみました。

    尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - ):滋賀県米原市生まれの教育評論家。滋賀県伊吹町(現米原市)出身。高松市立高松第一高等学校、早稲田大学教育学部国文学科(現・国語国文学科)卒業後、私立海城高校の教員、練馬区立石神井中学校教員等を歴任。東京大学教育学部非常勤講師等を経て、現在は法政大学キャリアデザイン学部教授、早稲田大学大学院教育学研究科客員教授。大学では「臨床教育相談論」「キャリアガイダンス論」等(法政大学)の講義を担当.

    アンケートの中で、「苦しかっただろうな」「まだ、遣り残したことがたくさんあっただろうねという“思い”あっただろう」とか、「そう思っているにも関わらず、募金くらいしかできない自分がすごく惨めに感じられる」
    尾木先生「これを読んだとき、涙がでました。アノ、うれしくてです。つまり、何もできない自分を責めているのね。この子はね。
     アンケートは、一つや二つではないです。みんなは、何もできない自分を責めているのです。すごく自分を責めているのです。」

    1189 「そこで、きょうは、自分を責めるのではなく、変えていこうというのを一緒ん考えていこうというのが、きょうの授業です」と、生徒の心をつかむ導入を終えると授業を開始した。

    尾木先生だけではないが、授業の上手な先生は、キャラもあるかもしれないが、「最初の客(生徒)のつかみ方がうまい」そのあと、テーマに入る前の導入で、本題の下地を完成している。この流れを意識して、生徒を引っ張っているか、どうかで、かなり違う。尾木先生、授業が勝負なのよ。「金八先生は授業を見せない」と嘆いていたが。尾木先生の授業の流れを見てください。

     「自分を責める必要はない
      亡くなった人を思う気持ちは尊い 
      だだ亡くなった人のためにも
      これからどう生きるかが大事」と尾木先生はいう。

     自分の体験、20年前、現役で教師をしていた頃、石神井公園(練馬区)の近くにある石神井中学で、ある日、出張した先生の補欠で出席を取りに中学三年生の教室へ行った。4月新学期になってまもない頃であった。
     学級委員の男子と女子が司会をして学級会をやっていた。司会の男子の表情を見ると、顔色が悪いので、「大丈夫?」と聞いてみた。「大丈夫ですよ。風邪ひいただけですから。家で寝ていても面白くないから、きょうは出てきました」というわけ。それにしても、青い顔しているから、心配になったので、「無理したらダメだよ」という風に言った。

    彼は背が高く、ボク(尾木先生)は壇の上にいるのに、ボクを見下ろして「先生、ありがとうございます」といったの。すごくやさしい。それが、土曜日のことだった。

    月曜日、学校へ行くと、女の先生(音楽担当)が職員室で泣いているわけ。「先生、どうしたのですか」「彼××君が亡くなったのです」というわけです。そんな、ウソでしょう、といった。彼はスポーツ万能で、勉強でもほとんど、オール5に近い。それで、決して威張ったりしないのですよ。男子生徒にも、女子からもすごく人気があって、信頼の厚い子だった。その子が亡くなったというわけです。
     ボクはびっくりして、ウソー!といったのですけれど、ほんとうだとわかってきて、それで事情を聞いてみたら、風邪の菌が心臓に入ってしまって、お医者さんに言わせると、「運が悪かった」としか、いえないというわけです。

     そんな形で彼の命はなくなりました。ホントに私たち教師もつらかったのですけれど、そのクラスの生徒さんたち、みんな衝撃を受けたワケね。だれか、お別れの言葉を述べてもらわなくてはいけない。じゃあ、あの子にお別れの言葉を読んでもらおうということで、書いてもらったものがあります。これが、告別式に彼が読んだものをお配りします。

    1201 「(原文のまま)親友の亡き友に宛てた弔辞。これを安住さんに読んでもらおうと思います。」「みなさんも、文字を目で追っていってください。」と、安住アナは言ってから読み始めた。

     
    友人代表、 おとといの朝、少し寝坊をして朝練に遅刻しそうになったので、オマエの家に電話できなくて、親に「朝練に行く」って伝えておいて!と、家を出た。朝練を終えて教室で話をしていると、すると、いつものように先生が教室に入ってきた。
    「きょうは残念なことがありました」といった。先生はこの言葉をよく使うので、あまり気にしていなかった。そして、オマエの名前が出てきて、昨日死んだ、と言っている。オレは一瞬心臓が止まった。耳を疑った。気がつくと汗をたくさんかいていた。それからそのあと
    、頭の中が真っ白であまり記憶がない。そして、部活を早めにおえて家に帰った。

     やっぱり本当だと思った。それでオマエの家に行って、オマエの顔を見た。死んでいるようには見えなかった。頭の中はは真っ白で、何がなんだかわからなかった。
     次に朝、起きると目から涙があふれ出た。そして、オマエのことが頭の中に浮かんできた。涙が次から次に出てきて止まらなかった。
     オマエと知り合ったのは小学校1年、一組で同じクラスになった時からだ。オレは、遠くの保育園から来たので、友達がいなかった。おまけに体が大きいくせにいじめられて、泣き虫で、運動神経は最低中の最低で、頭もあまりよくなかった。オマエは、人気があって、走るのは早いし、塾にも行っていないに一番頭がよくて面白くて明るくて、そして誰よりも優しかった。オレはそんなオマエにあこがれていたし、大好きだった。

     小学校二年のとき、友達もいなかったオレに誕生日にチョロQをプレゼントにもってきてくれた。
      そのとき、600円というのは、オレたちにとっては大変な金額だった。とてもうれしかった。3年になって、一緒にサッカークラブに入った。やはり、オマエは上手でオレは下手だった。4年生のとき、イトマン(水泳クラブ)に入った。やっぱり、オマエは大会に出れるようになったが、オレは幼稚園児と一緒に練習していた。
     5、6年になって、オレは野球クラブに入ったが、やはり下手でいつも、みんなで野球やるときは、オレは、みんなにじゃんけんで「いる」「いらない」とかいわれていた。だけど、オマエにけなされた覚えは一度もない。

    12031195  ここまで読んだとき、安住アナは涙を堪え、読めなくなった。生徒も文字を追いつつ、泣いている子が多かった。

     こんなに差があるのに、友達でいてくれたオマエをオレは大好きだった。オマエは私立の中学に受からなくてまた一緒に学校に行けることになった。中学校に入学してから、また一緒に登校したし、部活のない日は一緒に帰った。
     昨日の通夜には行かなかった。家で机に向かってこの文を書いていた。オマエはオレにとって命より大切な友達だ。
     朝、遅刻しそうなとき、「内申書によくない」と言って、一緒に走った。オマエはよく遅れて来た。今でも後ろを振り向くと、後ろから走ってくる気がする。玄関で待っていると、「○○ちゃん!」と呼んでいるオマエの声が聞こえてきそうな気がする。
     今、オマエをこうして見ていると、「冗談だ!」と笑いながら起きてきそうな気がする。起きてきてほしい。 数えきれないほどの人たちが、こんなにも悲しんでくれる。
     オマエはテストでいい点を取っても、決して自慢しなかった。オレがテストでいい点を取れなかった時は慰めてくれた。オレが悪口を言われいると、かばってくれた。オマエは自慢しなかったけれど、これだけたくさんの友達をもって、これは自慢したほうがいいよ。
     よくケンカするほど仲がいいというけれど、アレは違う。オマエとオレはケンカかたことがないからだ。

     時々遊びに来いよ。夢でも幽霊でもいいから、盆と正月は必ず来いよ。オレが死ななければならない時は、三途の川まで絶対迎えに来いよ。こんど話すときは、オマエは天国の話、オレはプロ野球の話をしよう。
     最後にもう一度言うけど、オマエはオレにとって命より大切な友達だ。いつまでも、友達でいよう。お別れの言葉です。
    1187 尾木先生は、何度もこの話をしているのか、冷静であったが、安住アナは始めての話で、衝 撃を受けたようで、生徒に向かって
    1204「ごめんなさい。最近歳なもんで、涙腺がゆるくなっちゃってね・・・」というと、女子生徒たち納得した顔であった。

    「お勉強も、運動も差がある二人であったが、すごく仲がよかった。担任の女の先生も、『この弔辞を聞いて、なぜこの子が優しくて人気があったか、その理由がわかり納得した』と言っていました」と尾木先生の言葉である。

    この子は『最後にもう一回いうけど、オマエはオレにとって命より大切な友達だ。いつまでも友達でいよう』といった。その後、授業の集中力が今までと真剣さがまるで違った。真剣に食らいついでくる目で授業をうけていたので、授業のあとで「ちょっと」と呼んで「君ね、むちゃちゃ、授業に集中してがんばっているけれど、まさか亡くなった彼の分まで勉強しようとしているんじゃないでしょうね」といったわけ。「先生、そうですよ。早稲田の付属へ行きたかった彼の分までオレが勉強してやるよ」「そんなに無理しなくても、彼は天国で許してくれると思うよ。」「そんなに無理したらだめだよ」にこっと笑って「ありがとうございます」と頭を下げて帰っていった。

    生徒には、友達の力はすごい。気持ちがまとまる。つながる。つながって生きる。住んでいる世界が違っても、一緒に生きることができる。
    1182  人間、物質的なものももちろん大切ですが、心の豊かさというか、生きる角度というか、心の豊かさ、これがあれば、百万馬力というかしら。不幸で悲しくても、みんな同じなんだ、ここにいる私たちも、亡くなった人も、命をつないで、生きていってほしいな、というのが、僕のきょうの授業で訴えたいことです。どうでしょうか、みなさん。

     一人になって、おうちに帰って、ゆっくり繰り返し読んでほしいな、と思います。きょうの僕の道徳の授業「人間、生きる、命」は終わらせて頂きます。ありがとうございました。

    尾木先生の金スマの感想等を書いているブログを、気がついた分をご紹介します。http://ameblo.jp/doradora-shimajirou/entry-10851855861.html
    http://yanngotonaki.seesaa.net/article/193697333.html
    http://oginooheya.seesaa.net/article/194039471.html
    http://momoiro310.blog87.fc2.com/blog-entry-600.html
    http://sakkosan.jugem.jp/?eid=636
    http://shop.plaza.rakuten.co.jp/i-senbei/diary/detail/201104020000/ 

    [金スマで安住さんの涙を流すシーンを見たい]のにベストアンサーに選ばれた回答、その動画は「2時間丸々なのでうまくみてください」http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ref=em_over&ch_userid=k... ←こちらの動画は削除されました。

    生き方について 生き方  赤塚不二夫 弔辞森田一義  二八に帰るすべもなし 秋の夜長 河島英五か、本田美奈子か  命とは、駅伝の一区間だ  てなもんや三度笠からはぐれ刑事まで  元都知事鈴木俊一死す99歳 抱きしめたくなる女性 大原麗子 飛び降り自殺 日テレ女子アナ 元TBSアナ川田亜子 練炭自殺

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    2010年11月22日 (月)

    片田舎発 英語ネット教室 全世界に展開

    104102_2女性が講師をする英語教室 

    アメリカの片田舎で産業もなく、人口が減って学校の先生もリストラされて、人材が余っていたのを活用して、英語熱の高い韓国、中国、アフガニスタンとか、そういう国でパソコンを使えば英語を学べるようにした。

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    下地に英語学習意欲、英語の必要性がある地域では、英語のネイティブスピーカーから学びたいと思って107 いるから、浸透しやすい。

    無料英会話をパソコンと無料ネット電話スカイプで海外の受講生を指導する。時差のある国と通信するのだから、いつ指導する時間を設定するか、その辺が考慮するべき点だ。また、この記事では、料金の徴収をどうしゃっているか、書いてないが、アマゾンの本を買うのと同じ方法だろうか。

    私はアメリカ人が英語を教えるなら、日本人に日本語を教える教室も可能ではないか。英語ほど一般性がないが、海外に住む日本人子弟のために、日本語の学習補修塾ならできる。また、海外に進出した日本企業の現地採用の従業員に日本語を学ばせるなど、日本語の拡大にも役立つ。世界各地で「日本語」を学んでいる学生支援のボランティアをしてもいいと思う。

    101 田舎で何も産業がないという前に、世界を相手に日本を売り込むことを考えよう。田舎だから農業しかできないとか、人がいないから売れないとか、だだ選挙で票田のため農業補助金で都会のサラリーマンや自営業者より優遇されて、自立を考えないことが多い。「TTP関税セロの世界が展開されたら、日本の農業は壊滅する」とただ黒船の来航の前で右往左往するだではなく、知恵を絞ろう。

    土地を持ち、生産手段をもつ人は、企業を経営しているのと同じなのだから、知恵をしぼって、国の補助金に頼らない暮らしをしてほしい。そうしたら、何兆円の資金が浮く。それを借金しない国家予算のためになるはずだ。

    三人くらで協力できれば、機械技術面の担当と売り物(英語教室か、地域の特産物を売るか・・・)担当、会計法律担当と営業担当。協力者と意気込みの共感できるチームができらば、今からでも遅くない。

    以下、余談だが・・・、介護保険の掛け金の上がり、介護掛かるのも切り詰めることを求められる。年寄りは、生きていては申し訳ない気がする。元気ですごすには、適度の運動を推進することで、活動量計をお年寄りに持たせ一ヶ月の活動量をグラフに示して、体調を市で管理している。そうすると、市の予算で保健に使う金額が1000万円以上の節約になったと言っていた。健康で、死ぬときはコロっと死ぬ・・・こうして健康保険の金を使わないで死ねる。また、人間、死にたいとき死ねる制度があると、いいと思う。

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