孝経 身体髪膚 毀傷せざるは、孝の始め
掛け軸が、西木村の佐藤さん宅の床の間に掛けてあった。「この文章の意味は?」と、つい聞いてしまったら、誰も意味を知らない。ちょっといやみだったかと思い、調べてみた。すると、論語と並んで、儒教において規範として尊ばれる先秦典籍。儒家経典の五経、十三経などの一つ。私が論語だと勘違いしている文章が、書いてある。
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身體髪膚、受之父母、不敢毀傷、孝之始也(身体髪膚之れを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。)東洋思想の基本が書かれている。今、さんまが「オレ肩に笑と(刺青タトゥー)入れようか、それとも耳にピアスを空けようか、悩んどる」としゃべっていたが、彼がそんなこと言い出すほど、体にキズつけてもなんとも思わないほど、儒教の思想が衰退している。
孝は『孝経』において、道徳の根源、宇宙の原理として形而上化され、絶対服従と父子相隠は法律にも明文化された。儒教において規範として尊ばれる先秦典籍は、儒家経典の五経、十三経などがある。
君臣間の徳目である「忠」と常に齟齬を来すことになるが、中国や朝鮮では多くの場合、「忠」よりも「孝」が大切だと考えられた。ただし、日本においては朱子学伝来以後、逆に「孝」よりも「忠」が大切だと考えられて、江戸幕府体制下では公的な見解として採られる様になっていった。Wikipedia引用
『子曰く、吾十有五にして学に志し、
三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を
知る。六十にして耳順(したご)う。
七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず。』
「孔子は言った、
十五歳のとき、私は学ぶことにまじめに興味を抱き始めた。(志学)
三十歳で私は私の性格を形成した。(而立)
四十歳で私はいかなる困惑をももたなくなった。(不惑)
五十歳で私は「天」の意志を知るにいたった。(知命)
六十歳で私の耳にするどんな言葉も、私を掻き乱すことがなくなった。(耳順)
七十歳で、私は道徳律を脱逸しないで、
私の思いを自由に遊ばせることが出来るようになった。(従心)」【論語/為政篇】
論語に書かれている言葉は、中学生、高校生になれば、大抵は知っていた。だから、15歳で志を立て、勉強始めるという励まし方をした。
今の天皇だったと思うが、40歳になったとき、不惑の歳という言葉を踏まえて「まだ迷ってばかりです」と答えていた。而立=30歳、知命=50歳、耳従=60歳。みんな、これらの言葉を踏まえて、自分の人生を語っていた。最終段階は、70歳で「心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」自分のしたいことをしても、法を犯さず、自在の自分が存在する、と考えられた。
なかなか、この通りにはいかないが、一つの道筋だ。私の好きな言葉は「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る 」倉庫(今は貯蓄かな)がいっぱいになって礼儀と節度を知り、着る物と食べるものが充分あってはじめて名誉と恥を知る。
なかなか、昔の人は人生の真髄をついている。現代人は、改めて古代の人が人生の全てを知り尽くしているなだから、それを「温故知新」っていって、学習しなおしですね。
これらは、みな中国から知恵を輸入したもので、東洋の知恵、これこそが東アジア共同体のコンセプトにしたらどうだろう。タトゥーを体に刻みこむ文化より、いいように思うが、どうなんだろう。
若い世代の人とは、文化のギャップがあるから、共感を持たれない。だからから、こういうことは異世代間で理解しあうチャンスがほしいものだ。
孔子謂曾子曰、身體髪膚受之父母。不敢毀傷孝之始也。身體、言其大。髪膚、言其細。聖人論孝之始、以愛身爲先。立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。國人稱願幸哉有子如此。所謂孝也。夫孝始於事親、中於事君、終於立身。愛親者不敢惡於人、敬親者不敢慢於人。愛敬盡於事親而德敎加于百姓、刑于四海。此天子之孝也。惡慢於人、則人亦惡慢之。如此辱將及親。在上不驕、高而不危、制節謹度、滿而不溢。然後能保其社稷而和其民人。此諸侯之孝也。高而危者以驕也。滿而溢者以奢也。制節、制財用之節。謹度、不越法度。非先王之法服不敢服、非先王之法言不敢道、非先王之德行不敢行。然後能保其宗廟。此卿大夫之孝也。以孝事君則忠、以敬事長則順。忠順不失以事其上。然後能守其祭祀。此士之孝也。用天之道、因地之利、謹身節用以養父母。此庶人之孝也。春耕、秋穫、高宜黍稷、下宜稻麥。謹身則無過不犯兵刑、節用則不乏以共甘旨。能此二者養道盡矣。故自天子至於庶人、孝無終始、而患不及者、未之有也。
【読み】○孔子、曾子に謂いて曰く、身體髪膚之を父母に受く。敢て毀傷せざるは孝の始なり。身體は其の大を言う。髪膚は其の細を言う。聖人孝の始を論じ、身を愛するを以て先と爲す。身を立て道を行い、名を後世に揚げて、以て父母を顯わすは、孝の終りなり。國人、幸なるかな子有りて此の如しと稱願す。孝と謂う所なり。夫れ孝は親に事うるに始まり、君に事うるに中ばし、身を立つるに終る。親を愛する者は敢て人を惡まず、親を敬う者は敢て人を慢らず。愛敬親に事うるに盡して德敎百姓に加わり、四海に刑(のっと)る。此れ天子の孝なり。人を惡み慢れば、則ち人も亦之を惡み慢る。此の如くなれば、辱しめ將に親に及ばんとす。上に在りて驕らざれば、高くして危からず、節を制し度を謹めば、滿ちて溢れず。然して後に能く其の社稷を保ちて其の民人を和す。此れ諸侯の孝なり。高くして危き者は驕るを以てなり。滿ちて溢れる者は奢るを以てなり。節を制するは、財用の節を制するなり。度を謹むは、法度を越えざるなり。先王の法服に非ざれば敢て服せず、先王の法言に非ざれば敢て道わず、先王の德行に非ざれば敢て行わず。然して後に能く其の宗廟を保つ。此れ卿大夫の孝なり。孝を以て君に事うれば則ち忠、敬を以て長に事うれば則ち順。忠順失わずして以て其の上に事う。然して後に能く其の祭祀を守る。此れ士の孝なり。天の道を用い、地の利に因り、身を謹み用を節して以て父母を養う。此れ庶人の孝なり。春は耕し、秋は穫り、高きは黍稷に宜しく、下きは稻麥に宜し。身を謹めば則ち過無くして兵刑を犯さず、用を節すれば則ち乏しからずして以て甘旨を共う。此の二の者を能くして養道盡く。故に天子より庶人に至るまで、孝に終始無くして、患及ばざる者は、未だ之れ有らざるなり。
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「1894年,朝鮮で農民の反乱である






























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