その時歴史 後藤新平 大風呂敷
帝都=東京の都市計画のプランを考えた人、ということは知られているか、どうして歴史の上に出てこられたか。長く、疑問であった。
NHK「そのとき歴史は動いた」最初、医師だったのだそうだ。岩手県水沢の武士の家の子だ。寺子屋で勉強していたが、栴檀は双葉よりかんばし。で秀才だったと。
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後藤新平 - Wikipedia 岩手県奥州市水沢区出身。後藤実崇の長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の大叔父に当たり、甥に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和子、哲学者の鶴見俊輔、演出家の佐野碩をもつ。
医師になって、岐阜で病院勤めだったとき、「歴史的な大事件に遭遇」
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←後藤新平医師24歳 「板垣死すとも、自由は死せず」と名文句を吐いた。名文句を言ったくらいだから死んだんだと思うと、さにあらず。ケガは治って、その後も、板垣の政治活動は続く。その時、派遣されてきたのは、24歳の後藤新平だった。
岐阜で後藤の診察を受けた後、後藤を評して、板垣は「彼を政治家にできないのが残念だ」と口にしたという。
板垣退助は、以前は百円札の顔だった。後藤新平は、医師として日清戦争から帰国する兵士20数万の検疫所を強引な手腕で三ヶ月で建設。やり手である印象を与えたので、軍幹部から目を付けられた。大阪府知事の橋下徹、宮城県知事そのまんま東(東国原英夫)が成り上がって、国会議員になり、大臣を務める、そんなような出世ぶりを見る思いだ。東国原英夫 - Wikipedia 橋下徹 - Wikipedia
時は、軍人こそが偉い時代、人材も集まっていた。そこで児玉源太郎 に見出されて、台湾衛生局の責任者に任ぜられて、台湾で都市の設計にまで手を染める。植民地になったばかりの台湾へ統治者として君臨する日本の有力者、それが後藤新平である。だから、医師、衛生関係の領域を超えて都市計画を始めて、才能を発揮していく。その占領地、植民地を日本政府の出先機関で、仕事があり、仕事場で後藤新平ブレーンを育て、仕事集団をこの段階で造り上げている。
10年くらい台湾にいて、思い切り都市計画の成果を上げた。一番いい台湾揺籃期を後藤新平の才能が開花し、かなり自信を持った。次の転勤先が朝鮮の南満鉄総裁初代に就任。彼は、満鉄の方向を決める仕事をいくつかやっている。


満鉄の主要駅の周辺のインフラを充実させることで、発展して人が集まる。そのために、先ずホテル(帝国ホテルのような)を建てた。図書館、公園など、日本でもめったないような立派なけい建築物を建てた。その充実振りは目を見張る。これは、外地であり、地主の権利がうるさくないし、植民地として宗主国日本がかなり自由にできたからだろう。と推測している。まあ、作ったもの、建設したものは、昭和20年(1945年)以後、向うに全て贈り物になってしまったが。
後藤新平 - Wikipedia 台湾時代の人材を多く起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。また満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄内に調査部(歌手の東海林太郎も在籍)を発足させている。
この後、拓殖大学の学長になって日本に戻る。帝都復興院総裁、東京市長、鉄道院総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣・・・総理大臣はやっていないが、あらゆる要職は歴任したといわれるくらいである。
江戸時代と少しも変わらない、狭い道路、道路の悪さは、台湾や朝鮮を見できた後藤新平には、母国がこれでは、と思ったにちがいない。東京を大改造を考えた。政府も台湾や朝鮮で都市計画を実行した実績と手腕を買われて、推挙されたのだろう。その計画は、大胆で、50年後、100年後を見据えて、プランを立てた。
幹線道路を幅、75メートルで、今の高速自動車道を同じ程度のことは考えていた。しかし、日本の土地の狭さ、土地所有権で実行ができない。占領地、植民地のの台湾や、朝鮮とちがって、土地収用がはかどらないし、費用が高騰して実行できない。そこで、考えついたのは、土地の区画整理という、事業者の費用負担が少ない方法を編み出した。
関東大震災では大災害で、死者10万人、先頃の中国の四川大地震よち死者が多い、そんな大震災を受けた。多くの外国から支援物資で助けてもらえた。両国の震災記念堂へ行くと、いろんな国から支援してもらった記念品がのこっている。
従来の都市計画プランは吹っ飛んでしまった。それから6年、震災復興計画が続いた。その間に後藤新平は死亡したが、台湾、朝鮮で後藤新平が育てた若い頭脳が、彼の意思をついで、継続発展させている。
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である。
(本日は、眠くなったので、ここまでにする。明日起きたら、ここの続きを書きます。お楽しみに、また当ページへ訪れてください)











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