オーストリアからのお客さん
娘の連れ合いの弟夫婦が日本にニ週間滞在して、きょうオーストリアへ帰国するので、成田へ送りに行った。
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十二時頃の離陸が、数十分遅れてオーストリア航空機は離陸していった。成田から約12時間でウィーンへ着く。一日1便(木曜日休み)。
見ていると、長い滑走路を早めに離陸するのは日航JAL,離陸が滑走路の端の方まで行ってから離陸するのが全日空、数カ国の外国航空、積荷が重いのか、と思ってしまう。離陸が遅いと大丈夫、飛び上がるのか、と心配だった。
ドイツの弟は、ウイーンの近くに住んでいてオーストリア人の女性と結婚している。日本人が韓国女性と結婚した位の感覚かもしれない。オーストリアの言葉はドイツ語とほぼ同じで、多少のなまりや方言が混ざる程度。ドイツのドイツ語は東京弁でオーストリアのドイツ語が栃木弁くらいのなまりの程度らしい。
ドイツ語教室が葛飾区で行われたときには、ウイーン出身のオーストリア人の20代の女子学生が来て教えてくれた。ドイツ語には変りはないが、ドイツ語というとドイツ人で、と思うが、あのヨーロッパの中央はドイツ語がメイン。あとイタリア語、フランス語、スペイン語となる。
オーストリアの北をドイツ、チェコ、東をスロバキア、ハンガリー、南をイタリア、スロベニア、西をスイス、リヒテンシュタインと接する内陸国。面積8万3871平方キロメートル(北海道よりやや大きい)、人口803万2926(2001センサス)、人口密度は1平方キロメートル当り96人。首都はウィーン。参照
内陸で、多数の国に過去囲まれているから、オーストリアの歴史を見るとわかるように、強い時は多数の国がウィーンへ集まってくるし、弱くなれば国土を狭められている。本国ドイツよりドイツ語に外来語が混入して、他国の影響を受けている。他のヨーロッパの国は、自国語の誇りが強すぎて、排斥傾向があるが、オーストリアは外来語の受け入れが非常に滑らかである。
15世紀ごろから、ハプスブルグ家の公領、のちにオーストリア帝国となり、フランスに対峙(たいじ)してヨーロッパにおける覇権を唱え、1867年から1918年までオーストリア・ハンガリー帝国を形成し、国の勢いが強かった。第二次世界大戦後は、経済復興とともに工業国として発展し、民主的な内政と永世中立を背景とした外交によって、とくに東西冷戦時代の東西ヨーロッパの仲介役を果たしてきた。ウィーンは世界の政治、経済の中心の一つであり、国際原子力機関やヨーロッパ安保協力機構の事務局が置かれる平和外交の国である。
弟の子はオージンはまだ1歳、カイの弟分だが、従兄弟だけあって雰囲気が似てオジーンと兄弟に思われていた。この歳は自由に動き回りたがり、成田のスターバックスの中から外へ飛び出して、目が離せない。二週間一緒に暮らしたから、相当親しみがあるようだった。
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