2009年11月13日 (金)

幼児と大人の違い

8713_2家に帰って「ただ今!」と玄関で声を上げれば、即座に子ども達が玄関まで駆けてきた。そんな時期があった。あの頃は、父親として、一番楽しい時期だった。その時期は、いつの間にか、過ぎ去り消えてしまった。少し大きくなると、テコでも動かないような存在に変ってしまう、この人間の不思議さが、なんともいえない。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

8365昨夜、孫が今5歳の女の子、2歳の男の子が泊りに来た。彼らがお祖父ちゃん、お祖母ちゃんと懐いて、一緒にフロへ入りたがり、一緒に食事をしたがり、一緒に寝たいという。これも、数年にして変わってしまうだろう。

夕べは、狭い布団のなかで、手をつかんで寝たがる。私の手のひらにはいってしまうこの子の手を握って、あと何回こういう至福の時を持てるのかと思いつつ、窮屈な一夜を過ごした。

そういえば、ウチも子たちも、日曜日の朝は、競って父親の布団の中に潜りこんできた。あれは一体いつだったのか、と思う。

6735aira6739kai そうやって、人は大人になっていく。また、そうして、親から離れていくのが、人間の成長なのだ。いつまでも子離れ、親離れできない方が問題である。気付かずにいると、煩悩が成長を止めてしまう、そういうことも起こりうる。

昔の人は、今現代人が悩んでいる問題は、大方回答を出しているものだ。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

2009年11月 2日 (月)

妙に納得する 理想の夫、理想の妻

Photo 誰が書いたか知らないが、読んでいくと、妙に訴えるものがある。「オレはあまりあてはまらならないぞ」と、しみじみ自分の日頃の行いを反省してしまう。これは、9月に秋田県大曲(大仙市)へ行ったとき泊まったホテルの一階のレストランに掲げてあった。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

理想の夫

一、にこにこしていながら締まりのある夫
一、仕事を楽しみながら家庭の和楽を図る夫
一、言い出さぬうちから、妻の心を察する夫
一、生活に不安を与えぬ夫
一、男らしくテ同情心に富んだ夫
一、快活で気品のある夫
一、何となく大きな感じのする夫
一、親に孝行、目下に親切な夫
一、時代の進歩に伴って進む夫
一、無断で外泊しない夫
一、慈悲と真心を持ち合わせる夫

理想の妻

一、夫の好き嫌いを早く飲み込む妻
一、快活で愛嬌たっぷり、従順で優しく上品な妻
一、どことなく初々しい感じのする妻
一、家政と料理が上手で糠味噌臭くない妻
一、機転がきいて利口ぶらない妻
一、何事も理解と同情を持とうとする妻
一、働き者でこせつかぬ妻
一、話上手で聞き上手な妻
一、飾り気なく身だしなみのよい妻
一、世の中に遅れぬ修養に努める妻

全部読んで、いかがでしたか。相手に要求はしても、自分の方にはそんなこと言われてもナ、と思ってしまう凡人の悲しさ。そんな感想を持つのは、頭が固くなった証拠。ようし、私はこれに沿ってがんばってみよう!なんて思えたら、前途にきっと大きな果実が人生に待っているにちがいない。

このような人生訓を戦前までは、庶民に押し付けるのが為政者の習いだった。この文言自身は間違っていないが、これを何か目的を持って利用する輩やからがいたもんだ。だから、教育者は人生訓を嫌う。かって味わった苦い経験から、日の丸と君が代と人生訓を日教組は毛嫌いする。日の丸と君が代は話題になるが、人生訓に注意を払っていないが、日の丸君が代人生訓(教育勅語)は三点セットだ。

人生訓は、どこが悪い?いいこと書いてあるじゃないか!日教組はろくな教育をしていない!と大声をあげる落選した元代議士中山さんがいたが、そのポイントに気づかない人が多い。別に悪いことなんか書いてあるわけではない。むしろ、儒教思想のエッセンスが書かれている。長幼の序とか、いつくしみの心を教えている。いい思想である。それは間違いない。ただ、男女同権とか、主権在民に反する西洋の思想とぶつかる部分はあったとしても、妥協してうまくやろうとしてできないもんではない。

各々が確固たる自信のある魂胆が腹にない日本人が過ぎる。そこに強制的に思想として、これらの良い妻、よい夫像を型にはめ込むのが政府であったり、お上であったりするのが、問題なのだ、ということに気づいてほしい。ただし、あくまでも、自分で、そうありたいと思えば、それでこの教訓は非常にいいわけだ。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

2009年10月16日 (金)

仲の悪い夫婦が多いのに驚く

夫婦とは、いつまでも助け合って共に白髪の生えるまで。そして、偕老同穴、といきたいものだ。これが固定観念と思われるかも。人間何千年の歴史の中で、最近数十年の価値観を振り回すより、古い身分制度の中に知恵が隠されている。私は、古い封建制度の中に、案外いいものがある、と思っている。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

同性の友人でも、親友と呼べる人にめぐり合えるのは数少ないのだから、まして異性でいい人に会えるのは、そうそう選択肢が多くない。

男は、つい弾みで、ワナに掛かるってことも、多い。大抵場合、決めたあと、アッと思っても遅い。女を見定めるのは、クジ引きに近い。大過なく数十年過ごせれば、まあいいのだと納得した方がよろしい。そう思うと、言葉でなんやかや話すより、村祭りの夜に暗闇で手を握って結婚相手を決めてしまう、そんな大昔の結婚もそうそう外れてはいないのかもしれない。

Aさんと某氏の場合、家の中で、口も利かないし、食事も一緒でないし、まして相手の行動予定も知らない。ここまで徹底していると、すがすがしいくらいのものだ。離婚すればいいのに、と他人は思うが世間体で別れない。ガマン、我慢の忍耐である。外にまで、不仲が見えてしまうのは、よほどだ。

最近は、失敗と感じたら、あっさり離婚に踏み切る人が多い。しかし、前よりいい人を見つけたといえる場合ばかりではないから、要注意。

Bさんと某氏の場合は、車の乗せてもらってきたが、まったく別々の行動するし、趣味も違うし、考えていることも違う。田舎に住んでいる人は、都会の人になれば、畑仕事で日に焼けることもなかった、という。そりゃ間違っているといっても、それはその立場にならないとわかるものではない。

7829Photo_2 C氏と妻の場合は、お互いに別々に寝て、C氏の妻は寝室にかぎを掛けて寝る。十年結婚しているが、6年は肌を触れていない。しかし、C氏は妻を愛しているし別れる気はない。ところが妻はそろそろ結論を出したいという。弁護士の意見は、C氏の妻から離婚請求しても認められることはないだろう、とのことであった。C氏の妻は、保阪 尚希と離婚した高岡 早紀の妹、高岡由美子モデル

7817 D氏とDさんは、誰が見ても似合いのカップル。Dさんは癒し系の女優で、誰の目にも優しい人である。D氏は、彼女に自分の弱点をずばりと突かれて、ストレスがたまって、そうすると外へ出て一人で歩きまわり、歌をブツブツ歌っているとか。(行列のできる法律相談から)

形は違っても、うまく合うのは至難のワザである。それが昔は、女が我慢して家に縛り付けられ、自立できる職業を持っていなかったから、離婚が困難であるという状況があった。その上、男には家長として地位が保証され、決定権が民法上あった。このために、女に理解を求める必要がなかった。家事の手伝いをしなくてもよかった。

女には子供を生むと、途端に「女は弱し、されど母は強し」というように、強さが出てくる。多くのサラリーマン家庭では振込みで給料は支払われると、親父の権威が振るえるシーンがなくなったのではないか。かえって「こんな薄給!もっと稼いで来い」と文句が先になる。

結婚前には可憐な少女が、急に変身して強くなってしまう、という気持ちが多くの男の本心が渦巻いている。強くならないとやっていけないのかも。

というわけで、「近くて遠い男女の仲」というか、「遠くて近い男女の仲」だから、自分に合う方法で妥協していかないと、ミゾが深くなるだけ。

最近の亭主は、食事の後の洗い物は自分の仕事にしているが多い。相手に合わせ、補完する形で家庭の平和を保つしかないか、いや、そんな「気使う弱気な亭主はイヤ」という場合、そばへくるのもイヤだとか、「見るだけでイヤ」と思われる関係もある。そうなっては、別居、別行動しかない。あとは、私の関知するところではない。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

| | コメント (0)

2009年10月12日 (月)

幼児反抗期 2歳カイの場合

7760 相模大野の駅前の盲導犬育成キャンペーンの一場面。カイ(弟)もアイラ(姉)犬が好きで恐怖感はない。動物好きは、登園途中にいる犬をなでているから、慣れている。

7814 きょうのニュースでは、弁護士が飼っている二頭の大型犬に4歳児がかみ殺された事件が報道されている。前途のある子供が命を落とすのは、親たちの悲しみ名いかほどか。この犬たちは、かつて狸を捕まえた経験が、子供をみてターゲットだと勘違いしたと飼い主は説明している。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

カイの日常につきあっていると、彼の行動に振り回されて疲れる。彼の最近の最大の事件は、クレヨンを持たせてテーブルの上で紙に絵を描かせていたら、静に楽しんでいた。安心して母親が目を放したスキに、カイは畳の上に描き始めて、畳一枚分以上、色を塗って得意げだった、という。それからは、色を消せる筆記用具にした。

7724 姉の行動と同じことをしたがるので、すぐに玩具の取り合いでケンカになる。力はかなりついてきて、お互いに放さないで引っ張り合いになる。カイの泣き顔がめった撮れないので、写していたら、娘に「そんな写真は撮らないで!」と叱られてしまった。

風呂にいっしょに入ろうとしても、なかなか脱がないので、後回しで。姉の方と浴槽に入っていると、カイがあとから入ってきてプラスッチックのバケツで不意打ちに姉の頭のゴツンと来る。本人は意図的にやったか、その辺がわからないが、姉は泣くし、一瞬にして収拾がつかなくなる。

7743「ゴメンは?」と言っても知らん顔で通そうとする。このあたりがむずかしい。泣き止んでも「ここが痛い」と姉のは方は言っているし。ムリにでも和解して、ようやくカイの「ゴメンなさい」と言ったか、言わないか、微妙なムニャムニャ・・と言う状態で決着するしかない。

7701フロの中では、ようやく二人が浴槽に入って楽しんで・・・時間がたって、さあ、出ようという時も大変だ。こんどは出たがらない。出そうとすると、いやだと泣き叫ぶ。「出るからね」と放置して私が出ても、まだ絶叫調で泣いているから、パパが心配して飛び込んでくる。

自分の意思を貫徹するためには、幼児は幼児なりの知恵をつかって泣き叫ぶ。それに大人が負けないで対応できるか、どうかが試されてしまう。アタフタと、彼の泣き叫ぶのに負けて要求通りにすると、この手は使えると覚えてしまう。

7668_2 運動会では、お遊技の踊りは、完全にボイコットしていた。天気が悪く、雨が降り始めていたのが、気に入らなかったのか、それとも、出かけるときビーチサンダルで来たいと泣いたのが原因か、よくわからないうちにゲームが始まった。行進はと友だちと手とつないで出てきたが、遊技が始まると先生は必死にみんなにやらせていたが、カイは知らん顔で突っ立ているだけ。最後まで遊技の振り付けを無視していた。

7712 半年ほど前には、子供自転車のサドルに乗せて散歩したとき、まだペダルに足も届かないので押していくと、自分の行きたい方に行かないと怒り、地面に下りて、道路で腹ばいでストライキをした。私には、放っておいた。時間の余裕があったからできたのだが、これ、近所の人が見ている前では、子供に道路でひっくり返られると、大抵の人は負けて、子供の要求通りにしてしまう。

7731 今では、写真にポーズを取って写してというようになったが、姉のアイラもイギリスのデパートの中で、何がほしかったのか、床の上に寝転んで泣き叫んだという話を聞いた。イギリスのデパートの掃除のオバサン、ちょっと顔が魔女っぽかったらしいが、その人が娘に一芝居打ってくれて、「泣いているとゴミとして集める」と言って脅したら、急に泣き止んだ、という。

7735 一日、カイは休みなく動きまわて、寝るまで目を放せない。そして、力尽きると眠る。力つきるまで、自分の意思と現状の戦いをしているのが、この第一反抗期。

この間は、急にカイがいなくなって、どこにもいないので大騒動だったらしい。そうしたら、パパの机の下の座布団の下にもぐりこんで、力尽きてか、眠りこんでいた。一緒にねると、あっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロと寝ているあいだ中、動き回るから、寝た気がしない。

イギリスか、ドイツには、「幼児反抗期が激しい子には、中学生反抗期は激しくない」という言葉があるという。

小学4年の時のU君、クラスの番長的な少年だった。工作で杉の板を加工して、何かつくるのが課題だった。私ともう一人、U君の家へ行ったら、彼は一人っ子で、両親が共稼ぎの家らしく、おばあさんが彼の世話をしているようだった。

彼はおばあさんに「板を買ってこい」と命令していた。その板が板目で安い板だったので「柾目の板に取り替えてこい」と再度命令していた。お婆さんは抵抗していたように見えたが、可愛い孫のためにシブシブ出かけて、改めて柾目板を買ってきた。

その後、彼の家の屋根へ私も一緒に上って遊んだが、乱暴なことをやる子だな、と思ってみた。5年、6年ではクラスが違い、中学は別だったから、接点がなくなったので、彼の乱暴ぶりは伝わってこなかった。

お婆さんッ子は、この子供時期の反抗、わがままを放置すると、自分の行動が許されるものだと思い込む。「お婆さんッ子は三文安い」というのは、この反抗期をうまく乗り越せない、という意味なんだろう、と思う。彼の行動は、その後どこまで続いたか、よくわからないが、高校時代は普通のおとなしい子だ、と聞いた。お婆さん子は優しい子になる、とも言う。

子供の夏祭りから見える子供模様

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

2009年10月 9日 (金)

施設に預けられている子の背景

新聞記事にはならないが、施設に預けられている子の背景には、問題が一杯ある。

親が職業婦人として、バリバリ仕事をしていると、自分ができたことが娘にできにはずはない、そんな意識がある。同じ親から生まれても、能力が違うし、個性も違う。だから、それをうまく乗り越えられない場合を無視して、叱咤激励ばかりで進んでしまう。

☆読み始めたら、ここで木戸銭としてクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  nozawa22ブログ順位見る

気だけは強い女の子になると、結婚しても、夫に対して強い女の面ばかりが出て、衝突しやすい。夫が他の女性に目が行った途端、離婚を言い出し、夫もそれを受け入れざるを得なくなる。子供がいても妻はこの子の将来を案じる余裕がないまま、慰謝料をもらって、離婚をしたはいいが、精神的な不安、生活の不安から、頼りになる男を求めていく。

これが、離婚したのち、生活不安のある女性の多くの心理である。これが善良な男性とめぐり合うならいいが、今正規雇用で働く独身男性の割合が、15%くらいだと聞いているから、簡単に頼りになる男性は見つからない。

(関係図)
  ―D同棲男(借金を抱える職業不定)
ーB母38 一人っ子A少年(小2)
    ―C離婚した夫40(資産家の家の息子、離婚後再婚した)
E祖母68(Bの母、Bには姉と弟二人、夫は没)

Bさんの場合、知り合った男性Dは、まあ普通の男には見えたが、借金を抱えていた。Bさんが離婚で慰謝数千万円を持っていると知ると、ナンだカンだと、彼女にカネを頼りにして、働かない。次に、ツレ子Aを邪険にしはじめた。

男は女に子供があると、二人だけの間の邪魔に思う心理は、理解できるが、それが男と女の間にミゾができる。女はそれを何とかしたくなる。

猿の世界では、子連れのメス猿と交尾したオス猿は、連れ子の猿をかみ殺すという。これは、立花隆の研究にある。

最初、Bさんは、実家のEの元へ帰ろうとしたが、それをEは許可しなかった。他の弟達と暮らしたいEには、Bが子連れで戻ることは困る。受取った慰謝料もなくなっていた。

事実、二人だけの生活するため、Bはその子Aを施設に預けてしまった。別れた夫Cには、新しい妻と生活を始めていたが、息子Aを施設に預けたと聞いて幼いとき別れた息子に面会に行った。

施設の側は、母親の側の意向で息子Aに会うのは問題があったが、Cが父親であるとわかり、面会を許可した。CはAが施設の広場で友だちと仲良く遊んでいる姿を見て安堵した。

Cが「おじさん(自分)を知っているか」と、息子Aに近づいて聞くと、思いそうとしているようだが、、「知らない」と答えたという。ニ歳か、三歳で別れていれば、ムリもない。それを聞いて、Cはその場を離れ、涙涙の帰り道だったという。

家に帰り、「長男を引き取りたい」と言うと、妻はいいというが、妻の親が反対だという。元妻も、養育費がもらえるから手放さないという。一度子供会って、子供状況がわかって、離婚したことの影響の大きさに愕然としている。

離婚した女の生き方、育児放棄の罪 nozawa22: 育児ネグレクト 秋田の例   出産、子育ては楽しみでありたい   悲しい 母への詩 小4少年    生んでくれた恩、育ての恩、どっちが    子育てイライライ どうするの?    親も しょせん 子供のなれの果て   捨て子の気持ち   新山千春「喜んで!」赤ちゃんの世話   家庭で子育てしながら働くSOHO   おとなの知恵で、丸く治まる    風見しんご 親の悲しみ    お父さんの育児協力    奈良の事件から考える   中国人お母さんの孤独ストレス 

☆読み始めたら、ここで木戸銭としてクリックしてね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ  nozawa22ブログ順位見る

| | コメント (0)

2009年10月 3日 (土)

参加することに意義ある、精神の是非

7693 クーベルタン男爵は、「オリンピックは参加することに意義がある」と言ったそうだが、本当だろうか。

名言「オリンピックは、参加することに意義がある。」を残したのは、。1908年のロンドンオリンピックの際に「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことであろう」とペンシルベニア司教エチュルバート・タルボットが語ったのが由来である。その言葉に感銘したクーベルタンが演説で引用した。また、「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ、これこそがアスリートの義務であり、最も大切なことである。」とも語っている。Wikipedia引用

☆読み始めたら、ここで木戸銭としてクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  nozawa22ブログ順位見る

7707 その精神は、「ぜひお寄りださい」と言われて寄ると、相手が困るような日本のリップサービスみたいなも。高速道路時速80kmでも、それを守らないでビュンビュン高速でスピードだしているような言葉だろうか。

たしか、勝つことが至上命題であるようなのは、あまり感心しないが、勝とうとしないゲームも、見ている側には面白くない。やっている側は、そんな相手を押し倒して勝つ態度も、あれはよくない。スポーツの発祥って、戦争や本気のケンカや殺し合いの代わりだと言われている。

7682 考えてしまうのは、テニス。特に、テニスや卓球は、相手の打ちにくい場所へ打ち込んで勝つ。タチの悪いゲームだと思う。相撲などは相手と正々堂々と戦う面はいいかな、と思うが。楽しむ要素が減って、相手が負け、そして相手を屈服させることが楽しい・・・となる。

そのことを最近問題にしていないが、コレ、ちょっと考えなくてもいいのか?オリンピックで金メダルの数を競って、東京オリンピックの16個を越えようと必死だ。どうして、勝つ事が義務付けられるのか、それが不思議でしかたがない。

7688 参加することに意義があれば、自己ベストで堂々として、相手がいい記録だせば、拍手して褒めればいいのではないか。それをあまり嫉妬して、昂じていくと邪魔するとか、問題が起こる。

7667 勝負にこだわる戦いは、問題がある。参加することに意義がある。それをおじいさん競技で、孫のアイラと買い物競争があったのだが、買い物カードを引いてから商品を買う場所まで歩いていった。それがイヤイヤやっているように見える、と娘に叱られてしまった。必死さが表現されないといけないのか。

「オリンピックの参加することに意義がある」とは雲泥の差がある話だが、見る側からすると、必死さ、勝つ気持ちを表に出さないと、やっぱりいけないか。

☆読み始めたら、ここで木戸銭としてクリックしてね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  nozawa22ブログ順位見る

| | コメント (0)

2009年9月23日 (水)

軍用馬を徴用された体験談

7365 秋田県田沢湖村の近くに、西木村がある。有名な作家西木正明の出身地でもあるが、そので代々続く家へ訪れたとき、額に入った軍用馬の写真を見つけた。

仙北郡西明寺村及び檜木内村が合併して西木村

7369 今年、卒寿になる佐藤コメさん、「(その写真の馬は)ウチのチロです」という。その話は、聞いていても、涙が出そうになる話であった。

「卒」の略字(卆)が九十と分解できるため、90歳の祝いの言葉に使う。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ
  ご感想  お書きください

昭和16年、女学校のとき、きょう生まれるか、まだか、とコメさんは楽しみにして学校から帰ると、毎日馬小屋にかけつけた。そこには、生まれたばかりのチロがいた。どこの農家でも、馬は大切な動力源だから、大切に育てていた。

ウチで生まれた馬だから、馬小屋に敷きわらをして、餌の世話もした。まるで自分の弟のように子馬のときから可愛がって育てた。コメさんの家は、村で一番の大農家で、広い田を耕すには農耕馬は大切な動力である。それをちょうど、これから力を出し始める三歳を迎えたころに、徴発するのだから、農家には辛いことである。

それが、昭和19年暮、軍用馬として徴用されると、通知がきた。コメさんには、家族の一員を奪われる気がして、耐えられない気持ちであったが、軍の命令に逆らえるものではない。国家への奉公は、当然の時代に、少女の胸の痛みなど、数に入らない。

1939年(昭和14年)4月に軍馬資源保護法が公布され、毎年の検査で軍用保護馬に指定された馬の所有者は、一定の管理や「鍛錬」への参加などを行ない、大日本帝国陸軍による徴発にそなえる義務を負うようになった。
昭和16年10月、陸軍馬政課の命により、仙台師団は戦時に必要な軍用馬を徴発するため、師団長直轄委員会を開き、必要な徴発馬の数とその条件並びに買い上げ価格を決定した。

出征してく兵士を送る気持ちで、彼女の名づけた名前「チロ」を駒ヶ根の神社へ連れて行き、武運長久を願って帽子、肩掛けなどで飾ってやった。

チロが徴用される頃は、戦雲怪しくなってきていたが、まだ、姉は満州の公務員宿舎で子ども四人と幸せに暮らしていた。弟は東京の大学に通っていた。その二人が、あと数年で、弟は戦死、姉は引き上げ間際に病死ということになっていくとは、そのときはまだ知らなかった。

馬を送り出す前に、薄紙の和紙にチロの送り出したわが家の住所を書いてコヨリにして、耳の陰に見つからないように編み込んでおいた。馬は軍用馬となると、どこの馬か一切わからなくなるのが通常だった。

チロはコメさんの世話で、丸々太った健康優良児として、言ってみれば、甲種合格であった。荷駄を運ぶ馬ではなく、人が乗る騎乗用の馬にされた。出征の前の日まで、「軍へ行ったら、餌をたっぷりもらえないだろう」と、普通の倍以上は食べさせて、体調を整えてやった。

馬小屋の中は、ワラを敷き詰め、ふわふわの寝床にしてやり、至れり尽くせりの大事にされて、送り出された。徴用され貨車に積み込まれたのを見たら、涙がでた。ふわふわにワラの上から、板張り有蓋貨車にぎゅうぎゅう詰めの状態で仙台の司令部から下関まで連れて行かれた。

下関では、大陸に渡る前に、もう一度身体検査され、日本内地で最後の日は、水をたっぷりのませ、飼い葉をたっぷり食べ、朝鮮半島の釜山へ送り込まれた。そして、あとは軍事機密により作戦地名は一般国民には知らされない。したがって、チロの着いた場所は一切わからなかった。中国国内であることは想像がついた。

昭和19年、チロが徴発されてから、半年が過ぎ、一年に近いころ、写真入りの軍事郵便がきた。「チロ(とは書いてないが)は、御国のために、懸命に御奉公に励んでいます」という手紙の文章だった。写真を見て、あのチロに間違いない。そう思うと、懐かしくて、懐かしくてうれしかった。内緒で住所を書いておいたあのコヨリを、馬を世話する兵隊さんが見つけてくれたのだ。

その文面に、愛情を持ってお世話してくれる人の情けが伝わってきた。しかし、チロが出征する前の福々しい姿はなく、以前の一割どころか、二割は痩せていた。つらい仕事に従事していることが伺われた。

送ってくれた将校の名前も住所も、手紙そのものが戦後引越しなどしているうちに、なくなって、今ではこの写真だけが残っているだけである。チロに乗っている兵隊さんを探す手掛かりはない。

姉は、昭和21年、子供四人を連れて満州を脱出しようとしていたが、5人目の男の子を生んだばかりで、気はあせったが、体力が伴わず、病気を併発して満州で没した。

チロは、その後、どうなったのか、どこで戦死したのか、あるいは中国人の手に渡ったか、それも亡羊として判らない。戦争に負けるということは、こういうことなのかもしれない。

東京にいた弟が学徒動員で、軍隊に入ることになった。体格に恵まれていた弟は、激戦の島へ送り込まれたが、輸送船が攻撃されたのか、昭和20年、戦死の通知は来た。しかし、どこで死んだのか、わからないままであった。

コメさん、語り終わると、「ウチでは、私一人が生き残った。憎マレッ子、世にはばかる、ってか。ハハッハハハ・・・」と、卒寿のコメさんは笑っていたが、笑い飛ばすしか方法がないだろう。

「釣りバカ日誌15」ロケ隊が秋田へ来た  戦後引き揚げ 故郷への道   シベリア抑留の話

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ
  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

2009年9月17日 (木)

鳩山一郎後援会長だった叔父

52_hatoyamai鳩山由紀夫が総理に選出され、鳩山家とのつながりを思い出した。私が文京区の叔母の家に住んでいたころ、死んだ叔父が鳩山一郎の選挙のたびに、店を放り出して、鳩山一郎後援会に夢中だった。という話をよくしていた。

叔父は駒込病院のすぐ近く、文京区動坂でお針子を集めて洋装店を経営していた。店の名前はホワイトタイガー(白虎)の名の通り、福島の出身だった。戦前叔母は東京へ出てから、写真館をやっていた叔父と叔母は結婚した。その後、とどういう経緯で洋装店になったか知らないが、戦後は洋装店だった。私が上京したときは、叔父は死んで、洋装店は片付いていた。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

戦時中、多くの人が疎開していなくなるのに、叔父は文京区動坂で頑張りぬいたから、町内会の活動で名を上げたのだろう。音羽町御殿のある文京区に住んでいる関係で、文京区を選挙地盤にしている鳩山家では目をかけてくれたのだろう。

戦時中、駒込病院の敷地に地元の人が逃げ込める大きな防空壕があった。その防空壕へ米軍機から直撃弾が落とされ、近所の人が多く亡くなった。そのときの町会長は叔父だった。文京区の町も、焼け野原であの辺から富士見坂もあるくらいだが、富士山がよく見えた。

いなくなった家の跡地を不法占拠されないように留守番するのも、町会長の役目であった。泊まるところもない人がけっこう大勢いた時代には、不法占拠してバラックつくる人も多かった。叔父は町会活動には貢献していたが、ウチでは暴君で、叔母は小さくなっていた。洋装店だから、お針子が大勢同居していた。子供をはらませ、生ませたのちは、叔母はますます肩身が狭い立場に追いやられていた。

外では違う顔を見せていた。後援会では、特に張り切って活動していた。おぼっちゃま育ちの一郎氏には、汚れ作業というか、町の人に投票を頼むとか、ビラ貼りなどなど、後援会が一括して行っていた。その統括して、いろんな場所に顔を出し、鳩山一郎の名刺で行動していた。鳩山一郎も叔父には感謝していただろう。

叔父は、彼のプライドをうまくくすぐるように地位や権力が目の前にあったから、親分に対しては絶対忠実であったし、大いにがんばったのだと思う。選挙区の文京区においては、鳩山一郎の足元の危なくなる事態は一度もなかった。

鳩山一郎後援会会長という肩書きは、社会的にも効力があった。叔父は文京区にある女子高へ乗り込んで、校長に談判して、すでに入学試験が終わっているところへ押し込んだ。それは昭和20年代の頃だからできたのだろうが、ずいぶん強引だ。鳩山一郎に恩義を売ることが、学校法人として、メリットはないわけではないから、とも思えるが。

叔父は昭和30年ころからガンになり、入院していた。その頃、まだ鳩山一郎はまだ健在で衆議院議員であった。病気が重篤になったころ、鳩山一郎は足が悪いのを押して新宿の東京医科大へ叔父を見舞いに来てくれた。鳩山一郎の信奉者であった叔父は大いに感動した、と叔母に聞いた。

それから、まもなく叔父は亡くなり、数年して鳩山一郎も 亡くなった。時は流れ、鳩山家には孫、鳩山由紀夫が総理になった。小さくなっていた叔母も、その後、叔父の死後、長く生きたが平成初年、92歳で亡くなった。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

2009年9月15日 (火)

ダーツの旅、家族に乾杯と現実の違い

所ジョージのダーツの旅、鶴瓶の家族に乾杯は、好きでよく見ている。二つの番組はよく似た趣向で、地方へ行って突然知らない人に声掛けて、話し込む。相手もいい反応で、交流が深まる。そういう情景を見ていると、日本社会も捨てたものではない。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

鶴瓶の家族に乾杯」デーマソングは、さだまさし作曲

そんな温かい光景を見て、山手線の乗客となって、回りを見渡すと、まるで違う。そのギャップの光景を見たことを書いたら、ラッシュアワーに山手線に乗ると  以下のような注意のコメントを頂いた。携帯について指摘されました。

携帯を「コミュニケーションツール」としか認識していないようですが、現在の携帯は、電子ブックを読んだり、その日のニュースを読めたり、脳トレが出来たり、もちろん単語帳として、またはシステム手帳として使えたりと用途の幅が広がっています。

外国人がアナログな単語帳で勉強している姿は美しく、
日本人が携帯で何かをしている姿を否定するのは、
いかがなものでしょうか。

人それぞれ違うわけですから、
他人を否定的な目で見る前に、
ご自身の無知をどうにかされた方が良いのではないでしょか。(投稿: ぬえ | 2009年9月10日 (木) 11時53分)

私自身、携帯の機能を使いこなしている方ではないので、若い方のフレッシュな脳で使いこなしている技能には尊敬のまなざしで見ています。よく読んでいただければわかりますが、携帯を使っている姿を非難したり、単語帳を繰っている姿を礼賛しているわけではありません。単に、朝の情景を描写しただけである。情の希薄さは、昔から言われるように都会の宿命であり、人は毎日、似たようなことを繰り返す、なんというか、虚しさと情熱の混合体を感じて書いたのです。

個々の人を否定してみたり、自分の価値観を押し付けるのはまずいだろうと思う。そう思われたりしたとしたら、ゴメンナサイ。コメントを書いてくれて、ありあがとう。

リラックスして、自然体で読んでいただければと思う。現在の携帯が、電子ブックとして読んだり、その日のニュースを読めたり、脳トレが出来たり、もちろん単語帳として、またはシステム手帳として使えたりと用途が広いとは、新しい世界が携帯には広がっているとは、素晴らしいことですね。

ご自身の無知をどうにかされた方が良いのではないでしょかなかなか、最後の一言は胸にグサっとくる言葉、知らない人だからこそ、言える言葉でしょうな。所ジョージの「ダーツの旅」、鶴瓶の「家族に乾杯」で知り合っている関係なら、こんな言葉を投げてはこないでしょう。

まあ、言ってみれば、私の言いたいのは、グサっとくる言葉を言い合わないで済む関係を持ちたいということなんですね。それを車内の情景を描写する中で、言いたかったのです。おわかり頂けますか。

☆今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください

| | コメント (3)

2009年8月 6日 (木)

親愛なる子供たちへ「手紙」樋口了一

Photo_2 Photo5506

手紙~親愛なる子供たちへ~

原作詞:不詳/訳詞:角 智織/補足詞:樋口了一/作曲:樋口了一/ストリングス・アレンジ:本田優一郎

年老いた私が ある日 
今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 
靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話をする時 
同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 
消え去っていくように見える 私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に 
私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには
思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 
様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った
懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 
旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 
飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 
自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい

きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私のこどもたちへ 愛するこどもたちへ

今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ
  ご感想  お書きください。

日本テレビ系『誰も知らない泣ける歌』に出演してから、「手紙」という歌がヒットしている。老人が衰えて死に至る過程を子供である成人が理解してやらないといけないんだよ、というモチーフだが、老人(衰えていく側)の書いたものではない、と案外わかる。

たとえが違うが、ある70代先輩が「息子たちが旅行をプレゼントしてくれたが、息子たちは、新婚旅行の経験から計画するから…」と苦笑いしていた。ありがたいが、ひとつ焦点が違うという。

この「手紙」も、未体験ゾーンについて書いているから、隔靴掻痒という感じがある。オシッコもらしの体験、介護されないと立ち上がれない経験はない人の詞だろうな、と思って読んだ。私も、介護された経験がないから、勝手なことは言えないが、身体は徐々に衰えていることは、自覚している。

さだまさしも、目が弱ってきている。彼、「今夜も生さだまさし」(奈良の春日大社から実況)で見ていたら、演奏用のメガネ、原稿読むときのメガネを架けかえていた。あれが老人初期だ。それは東国原宮崎県知事のあのメガネをずり下もそうだ。次に足にくる。その前に肩、手、腕などが回らないとか、五十肩現象が出ては消える。

Dsc08041 年老いている姿は、自然だよ。淡島千景だって、美貌が衰えた。7月29日(水)のゲストは、女優 淡島千景。文化放送:大澤悠里のゆうゆうワイド8:30から1:00で、五月みどりと並んで写真を写していた。普通のオバサンよりは・・・だけど、昭和30年代「義経をめぐる三人の女」で見た光るような美貌はいずこへ…だ。

淡島 千景(あわしま ちかげ、1924年(大正13年)2月24日 - ):日本の女優。 東京都出身。本名は中川慶子。宝塚歌劇団出身

歳取っての楽しみは、生命のバトンリレーで子孫が広がっていくのが楽しみだが、これも子供を持てなかった人には酷な話題になるから、これは余りいえない。仏教の教えの中には、一枚の葉が枯葉となって地になって堆肥になる。新芽は春に芽吹く。木全体で生命だという。死も自然の流れ。

この「手紙」の歌に文句を言っている人がいた。「子供への愛情をそのまま親へと転化しているのが勘違い。親への愛と子への愛は生物の本質からして違います。
「昔やってやったんだから俺にもやれよ」ははっきり言って我が子へのタカリです。生き物は次世代を生み出した時点でミッション終了、介護は子の仕事ではなく福祉の役割です。

元気な子が年老いた父母を介護するとき、その齢にならないとわからないが、子供みるように年老いた父母を見れるか。確かそうはいかないが、理解する手立てとしては、幼子のときにお世話になったあのころに重ねるしかない。過去はわかっても未来はわからない、から。

5507

デビューするために両親の老いを利用したと言えばいえるが、それはそれでいい発想であり、若者が老いを理解する手立てになって、みんな、この歌で涙しているから、ヒットしてもやきもちを焼かないで、拍手してやろう。それ以上の老いを理解する歌を作ればいいのだ。

そうだ、この「手紙」のメロディが懐かしい感じがない。文言はこれでいいが、ギターの伴奏がピンとこない。ドボルザークの懐かしい「家路」「新世界」のような流れがあると、西方浄土の安堵感がある、と思う。

「死は楽しみ」死は成長過程の順序、最後。未知への探検かもしれない。特に自然死は、西方浄土へいけるような楽しみだな、と私は思っている。これは、私の意見、ご検討ください。

年取ってくると、この世の知り合いより、あの世へ行った人の知り合いの方が多くなる。同級生が一人もいないなんて、寂しいす。70代は、「秋の日はつるべ落とし」特に体が弱っていくから、注意して、楽しみを見つけよう。

参照 手紙 拝啓15の君へ アンジェラ・アキ  井上陽水 「いつのまにか少女は」聴く エンヤの歌声を大晦日に聴く 新宿駅裏「紅とんぼ」ちあきなおみ 遠藤実 国民栄誉賞 北国の春  三原純子『南から南から』昭和17年 歌で一息 休憩だ 椎名林檎 天才か、はったりか 真夏の夜も さだまさし ハーレム  ドイツ平和村へ千手観音がきた  陽は、また昇る 歌詞 音楽つき 人間力大賞 大野靖之学校ライブ 歌は世につれ、世は歌につれ 佐藤しのぶ 品のある点が魅力  親愛なる子供たちへ「手紙」樋口了一

真夜中に倍賞千恵子を聴きながら ちあきなおみ 冬隣 喝采 紅とんぼ  さだまさし バースディBirthDay  歌で脳活 人生いつまでも青春時代 お互いに目を見つめる トワエモア 本田美奈子が歌うドボルザーク新世界  夏川りみ 彼女の歌をYouTube聴こう アジアの風 感じて 加藤登紀子 ヨイトマケの唄 米良美一が歌う もうすぐ春ですね、キャンデーズが歌う  心疲れた方へ 童謡唱歌を紹

今後とも、励ましクリックよろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ
  ご感想  お書きください

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

Eラーニング | うちの仕事 | おすすめサイト | その時歴史 | アメリカ関連 | アンケート入力 | アンケート集計 | アーカイブス切抜き宝庫 | ウェブログ・ココログ関連 | ギャンブル | グルメ・クッキング | ゲーム | スポーツ | テープ起こし | データ入力 | ニュース | パソコン・インターネット | ファッション・アクセサリ | ベトナム | ペット | マスコミ | メール | ランニング | ロシア問題 | 世界、地球 | 中国と中国人 | 人生訓 | 人間の本質 | 住まい・インテリア | 余暇の善用 | 健康 | 先生、教師 | 創価学会、公明党 | 動物 | 北朝鮮問題 | 医療 | 友人 | 国際政治 | 外国習慣 | 季節景色 | 学問・研究 | 学問・資格 | 学校・受験 | 宗教 | 宝飾アクセサリー | 家族 | 平和 | 年賀状 | 心と体 | 恋愛 | 恋愛、愛 | 意見・主張 | 愛国心 | 慶事 | 慶事おめでとう | 戦争 | 戦後日本の問題 | 手紙 | 携帯・デジカメ | 政治 | 故郷追憶 | 教育 | 文化・芸術 | 旅、旅行、見聞 | 旅行・地域 | 日本文化 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 東京見聞録 | 歌、メロディ | 歴史 | 歴史文化 | 死の門出 | 環境エコ | 生き方 | 生活 | 病気 | 社会問題 | 私の提案 | 経済・政治・国際 | 経済・金融 | 結婚 | 美容・コスメ | 職業プロ | 育児 | 芸能・アイドル | 草花 | 言語問題 | 詩歌 | 読書 | 財産形成 | 趣味 | | 選挙 | 野球 | 録音起こし | 青春時代 | 音楽 | 食べ物、食文化