12月8日 開戦記念日 海軍反省会

12月8日、リメンバーパールハーバー。真珠湾では、アメリカ人には、グランドゼロと同様に、アメリカ人屈辱の日として記憶に残っている。明日は真珠湾で「日本人憎し」を思い出す日になる。
海軍反省会400時間のテープをもとにNHKが開戦記念日を前に、海軍軍令部の特集した。
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昭和16年、対米戦争(太平洋戦争)を開始した開戦記念日に12月8日を前にしてNHKで、再び海軍反省会400時間の録音を取り上げた。これは今年8月13日だったかと思うが、そのとき始めて3日連続で特集した。
今回は録音を聞いて、半藤一利、澤地久枝、が出て彼らの見解を述べている。海軍内部では批判をそれなりにして、反省はそれなりに意味があるが、第三者の批判に耐えるものではない。
今回、見直してみて、重要な発見は、昭和8年に軍令部が海軍の中で、法令をもって立場の強化をした点の指摘だ。これは作戦の中枢で、この法令を危惧した昭和天皇の心配も吹き飛ばしてしまう切り札は、皇族伏見宮博恭王をトップに持ってきて、他の批判を封じたことが、その後の予算獲得とか、戦争推進に寄与した。海軍幹部の意図がこの人事に込められている。
伏見宮博恭王は、日露戦争にも参加した戦争経験者で、天皇より20数歳年上であった。こういう皇族が利用されていることも気づかず、自信もって意見を述べ、強気一辺倒で進んで行くのが、一番危険。強気な行け行け風な意見で押すと、単純で大向こうの拍手が多い。戦わないという意見は弱気で、大衆は喜ばない。慎重な意見の価値を伝えることの難しさがある。
もう一点では、戦争に進んだ理由として、第一委員会という戦争諮問会議みたいな委員会を作った点である。ここにエリート中のエリートを集めて、戦争経験はないかもしれないが、彼らが知恵袋、シンクタンクの役割を果たした。頭が良くて、作戦能力があると判断をこの委員会に任せた。永野総長でさえ、彼らの方針に任せてしまった、という見方をした。
ここで、欧米の圧迫が、この線まできたら戦争だ、という具体的なラインを決めていた。大所高所からの、展望ではなく、勝つための佐官クラスの技術的な方針を決めて、それが目標になった。それが石油の禁輸を上げて、それに追い詰められたら、戦争だとした点を批判することなく、第一委員会の判断に身を任せていた。大局的見地や諸外国との関係を考える政治的なトップ判断が欠如していた。
つまり、自衛行動として、マレーア半島へ軍事行動をすれば、イギリス、オランダ、アメリカが禁輸という手を打ってくる。アメリカが禁輸手段を取ったら、日本の生命線に触れる、それは第一委員会の決めた参戦のラインに達する。あえて海軍がしてしまう。そうすると、ワーっと日本国民が沸点に達する。それは、海軍としては、第一委員会が決めた戦争に打って出るデッドラインというお墨付きが簡単に手に入るわけだ。
そのとき、政治的なトップ判断が日本という国はできないし、それを手足の軍を止め、大衆を抑える、肝の据わったトップがいなかった。それに尽きる。
この流れを読めない人ばかりではないだろう。が、第一委員会という責任の所在の不明な組織に判断を任せて戦争へ突き進むわけだ。シンクタンクの役目をした第一委員会を解体して、大衆の国民的催眠から目を覚ますだけの力と行動力のある言論人か、政治家がいなかった。扇動家は大勢いるが、地味な役回りの良識人で止め男がいなかった。コレは、現代にも通じるだろう。
海軍の場合、
①軍令部強化、
②第一委員会のシンクタンク化。
③大衆の国民的な催眠
三つが、責任所在不明の潮流が戦争を進めた。
12月8日(昭和16年)真珠湾攻撃で大勝利、翌々年(昭和18年2月)シンガポール陥落と勝利に沸いた。日本国民がここで戦争を止めるという発想があれば、賢いだろうが、それが終結展望がないままドンドン進んだ。この戦争というものの止め方を国民に教育していないから、声の大きい武断的な人間がバカな戦争で国土破壊、国民大犠牲の敗戦になってしまった。これだけ悲惨な目にあえば、もう再び戦争はしないだろう、と思ったもんだ。ところが、どっこい、60年、70年経てば、そんなこと忘れてしまう。人間はそう賢くはならないもんだね。
これを半藤一利さんは「国民的催眠」状態で、沸き立っているから、ブレーキが利かないのだ、という。今の世でも、大衆を焚き付けてわーっと言わせて、そのエネルギーを利用しようとする輩が、東京オリンピックを招致しようとした。他の国の意見がそれを止めた形になって、事なきを得たが。
集団ヒステリー、あるいは国民的催眠、そういうものに気づかないのが、どこかの国民だから、ご同輩も、ご注意召されよ。
海軍には400時間の反省会記録が出たが、陸軍は反省する気力もなかったのか、あるいはみんな墓の中へ記憶を封じ込めたか。
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