2012年8月 4日 (土)

甲種合格は身長152センチ以上で身体頑健

Examination_for_conscription_in_jap 徴兵検査は、(地域により多少に違いがあるが)ふんどし一枚で検診され、最後、軍医による性病検査が行われた
 徴兵検査は、学力検査はなく、身長が152センチメートル以上で身体が強健、視力がおおむね良好ならば甲種合格とされた。今「甲種合格」が152センチと聞くと、ずいぶん小柄で甲種になれたと思うが、これでも明治時代では、合格率がかなり低く、10人に1人か2人が合格する程度だった。
 太平洋戦争末期では兵員不足になり、基準を5センチ下げた。ただし、身長が極度に高いなど体格が標準でない場合は、軍服の支給に支障があるため乙種、もしくは丙種であった。


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日本では、20歳に達した男子は誰もが徴兵検査を受けることが義務付けられていた。4月~5月頃に通知が届き、徴兵検査は4月16日から7月3日にかけて全国的に行われた。検査に合格した者は翌年の1月10日に各連隊に入営する事となる。尚、志願者は、17歳から入営することが出来た。

 建前は「お国のため」というが、徴兵は逃げたいのが本音であったが、そうもいえないから、みんなとあわせているのが現実であった。徴兵に取られて殴られたりするより、早めに入隊して殴る側にはなろうと思う人もいた。その話は小沢昭一の話も含蓄がある。小沢昭一が戦中、戦後を語る

 検査を受ける男子は、褌ひとつになって身体計測や内科検診を受けた。最後にはその下着もはずさせ医師が股間を強く握って、性病の有無も確かめる衛生検査もあった。軍隊の集団生活に不都合な疾病、伝染性の結核と性病であった。この検査が済むまでは、多くの青年は花柳界へ遊びに行くのをためらう傾向があった。徴兵検査が終わると、晴れて登楼する、という話も聞く。当時の青年が「女」を知るというのは、こういうコトであった。
 
また軍務に支障あるのは、長距離行軍が困難な偏平足・心臓疾患、射撃目標の見えない近視乱視、諸動作・乗馬の難しい痔疾であった。X線検査などはなく、単に軍医の問診・聴診・触診や動作をさせての観察など簡単な方法にて診断が行われた。特殊兵種の航空機操縦や聴音などの少年志願兵の検査には入念な検査が実施された。

 検査が終わると、次の5種に分類された。
①.甲種 身体が特に頑健であり、体格が標準的な者。現役として(下記の兵役期間を参照)入隊検査後に即時入営した。甲種合格者の人数が多いときは、抽選により入営者を選んだ。
②.乙種 身体が普通に健康である者。補充兵役(第一または第二)に(同)組み込まれ、甲種合格の人員が不足した場合に、志願または抽選により現役として入営した。
③.丙種 体格、健康状態ともに劣る者。国民兵役に(同)編入。入隊検査後に一旦は帰宅できる。
④.丁種 現在でいう身体障害者。兵役に適さないとして、兵役は免除された。
⑤.戊種 病気療養者や病み上がりなどの理由で兵役に適しているか判断の難しい者。翌年再検査を行った。

 当時は、今の青年と比べて、体格は15センチも小柄な日本人であるが、体力は勝っていた。基準になる歩兵は、75㎝の歩幅で一時間4㎞が平均の歩行速度である。歩兵の装備品は、完全武装で約30㎏、戦時であれば、さらに食糧が加わる。強行軍となると、一時間6㎞、荷物を背負って走っている状態になる。今の青年はそれだけのコトまねできそうにない。

 日本軍が通過したあとを追いかけてみると、何千人も行軍すると、列から離れ用便をする人は何人かいる。500人いれば、行軍中に便意を催す人が必ずひとりはいる。「小便一町、糞一里」と、中国へ出征して行軍の経験ある人が語っていたが、用便を済ませたあと、原隊への復帰のために必死に追いついた。
 
ところどころに脱糞した跡があるが、それが一回の分量が欧米人の二倍以上で、彼らは日本軍の兵士は巨人ではないか、と思ったそうだ。
 その当時の日本人は、炭水化物を多く取る食習慣であったので、ウンコの量が多くなった。肉類は消化して栄養になる効率がいいが、でんぷんの穀物、野菜,根菜は消化しない部分が多い。欧米人にはわかっていなかったので、糞の量を見て日本人を大男だと勘違いしたという話が残されていた。

 雨の日。中国大陸は、舗装されて道ではないし、傘を差して歩くわけではないから、めがねをかけた兵隊には、泥水をかぶるから、めがねが汚れて、前がよく見えないから、行軍はつらかったという。また、生水を飲んで胃腸を壊すと、とたんに落伍してしまう。体調を整えておくことが、兵士にとって非常に重要な課題であった、と聞いたことがある。
 もちろん、兵器の手入れ、これは天皇から下賜された銃器であると、上官からくどく言われて、武器の数が不足していると、その場で、グループの責任があり、往復ピンタで済めばまだいいほう。「要領本分とすべし」と、まず軍人勅諭にあるとおり、盗まれたら、どこかから盗んででもグループのミスをなくすことが優先された。
 
佐倉連隊にみる戦争の時代 佐倉国立博物館の場所に佐倉連隊の兵舎が残っていたとき、「真空地帯」のロケが行われた。兵隊の生活がよく分かる。

 徴兵検査の責任者は聯隊区司令部より派遣される徴兵官(佐官級の陸軍将校)で、市町村の兵事担当部署が補助し、身体検査自体は部隊派遣の衛生兵が実施した。在郷軍人会が会場整理など雑務は担当した。
 その場で徴兵官より身体検査の合格・不合格が告げられ、志願の有無(外地部隊や海軍)を問われた。海軍は志願制が主体で、不足人員分の徴兵を行って、陸軍は徴兵検査自体を委任していた。

Sakurae1_1近衛兵が佐倉連隊へ移動してきた様子。 兵科兵種への割当は、たとえば砲兵は重量物を扱うため体格良好でなければならず、騎兵は乗馬するため高身長で、視力良好でなければならず、工兵は職人・熟練工が選ばれた。輜重しちょう兵は大勢の輸卒を部下に持つため統率力が要求され、高学歴者が選ばれた。近衛兵は、入営してから眉目秀麗・姿勢良好な一般兵から抽出されるので、その選考は徴兵検査では関係しない。近衛兵になれるのは、名誉というか、自慢であったようだ。

 平時の徴兵検査は春にあり、翌年の1月に入営した。
 入営即日に軍医の身体検査があり、そこで「兵役に耐えられず」とされると、即日帰郷を命ぜられ除隊となった。軍医が中隊ごとに新兵を集めては「身体に不具合のある者は申し出よ」と命じ、その場で簡単な診察を行って決定した。これは自己申告制で、従って不具合があっても認められない者や、虚偽申告によって入営を免れた者など、さまざまな悲喜劇が生まれた。国民皆兵であったので、徴兵されたり、出征したりすると、困る家も多かった。軍医のさじ加減で、「免除」の決定もできた。
赤紙召集令状のからくり


 戦争、軍事紛争などの勃発により軍隊の増員が必要になると、現役兵だけでは賄いきれないため、予備兵、国民兵などが召集された。
 召集は聯隊区司令部が取扱い、誰をどの部隊に召集するかを、本人の兵科兵種希望、特技を勘案して決定した。適任の候補者が多数ある時は、在郷軍人の名簿からアトランダムに抽出した。
 市町村自治体の兵事担当部署が兵役にある者を名簿に記入して綿密に掌握しており、年度の徴募計画に従ってあらかじめ作成された召集令状は警察署の金庫に保管されていた。動員令がくだると、兵事担当者はすぐさま本人に令状を届けた。
大郷村兵事書類から戦争を見る

 多いのが充員召集、臨時召集で、他に臨時召集や教育召集、演習召集など多様な召集があった。召集の種類によって令状用紙の色が異っており、臨時召集令状は赤いので、「赤紙」と俗称されていた。広く誤解されているが、「召集令状」=「赤紙」ではない。教育召集は「白紙」であり、防衛召集は「青紙」と呼ばれた。

「国民皆兵」であるが、いくつかの免除規定があった。
 徴兵令(1873年(明治6年)1月10日に制定)
①身分上の免除 官吏、陸海軍生徒、官立専門学校以上の生徒、洋行修行中の者、医術・馬医術を学ぶ者
②階級上の免除 代人料270円を払った者(歩兵年間維持費3年分 現在の880万円に相当する)
③嗣子に対する免除 家長とその家の長男(実子、養子を問わない)
④前科者に対する免除(排除)、禁固以上の刑に処せられた者は、名誉ある兵役につかせない政府の考え。


 教員優遇「六週間現役兵制度」
 師範学校を卒業した小学校教員は、兵役期間を短縮した「六週間現役兵制度」を課し、個室と上等な衣服を与え、特別待遇を受けた。教員を通じて、軍隊は良いところだという印象を児童に教育し植え付ける目的があったためらしい。一ヶ月半の訓練は、普通の場合二年は入隊することを考えれば、ずいぶん優遇である。しかし、教職員実習二週間と比べたら、それでも三倍はある。

 従来の師範学校の他に、中学校卒業者を対象に一年課程の師範学校第二部が作られた。この第二部卒業生も六週間現役兵制度の対象になった。徴兵逃れに第二部を利用する者も少なからずいた。1919年(大正8年)に六週間現役兵制度は一年現役兵制度に改められた。

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