旧姓須沢須美子さんを探してください。
今から5年前、「中津川の文字を見ると想いだします青春!」と、急に古い記憶が甦ってきたというメールをもらった。そのあと、旧姓須沢須美子さんを探してください。と問合せを受けた。その須沢須美子さんは、私の家から近い桃園町にいた方だということはわかっていた。中津高校第6回卒業生(現姓新井須美子)だと、名簿で突き止めた。
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それは今から5年前の話である。私のホームページには、中津川ファンクラブで書いた記事を主体にしたコーナーがある。それを見て、「中津川という文字を見ると、胸が熱くなる」という石川県出身の男性からメールをもらった。
その人は、中津川市の女性と文通をしていたので、中津の山河が目に浮かぶというのだった。彼女からの最初の手紙は「木曽路はすべて山の中・・・」と藤村の夜明け前の一文が書いてあった。それ以来、大学生頃まで文通を続けていた。
それが、お互いに就職して、文通が途切れたころに、彼女のほうから、男性の就職先(熊本市)へ電話があった。たまたま、外出中で、帰ってから聞くと、(詳細は以下の文参照)。それを以後、音沙汰がない。新婚旅行で立ち寄った熊本で、文通相手の彼に電話をするというのは、罪つくりだが。
「遠い昔の事となりましたが、私が石川県の高校生時代(S27-29年)中津川市桃園町に住むSumikoさんと文通をしていました。
私が旺文社の「中学時代」に切手収集が趣味と住所を載せたのが手紙をいただくきっかけだったと記憶しています。お会いしたことは無く 電話などで話した事も有りません。高校卒業してからは、いつしか文通は途切れていました。それから何年か経ち、私の勤務するS化学熊本出張所へ私が外出中にS.Sumikoさんという人から電話が有ったと女子社員が教えました。熊本駅の公衆からだったと聞き、私が慌てて駅へ自転車に飛び乗って行こうとすると、女子社員が笑いながら新婚旅行の途中と言っておられたよと話した。それを聞いて何故か私はガクットと力が抜けてしまった。」
問合せられた私は、手元の同窓会名簿で調べた。1985年の名簿だったから、お知らせしたのは、今の姓は新井、大阪吹田に住んでいて、電話は06-▲▲▲-××71までわかった。それをお伝えして、彼は、その番号へ電話したが、その住所には住んでいない、とがっかりしたメールがきた。中津の須沢という姓なら、電話帳で一軒ずつ当ってみれば、兄弟親戚か誰か、消息を知っているだろうと思うが、そこまではできなかった。
彼女は、高校を卒業後、本州製紙山林部へ勤め、職場結婚をしたという。職場結婚というのは、好かれるタイプの方なんだな、と思う。
今なら、個人情報をむやみに公開しないから、こういう知り合いは少ないだろうが、昔はどんな雑誌にも、「ペンフレンド求む」というコーナーは、人気コーナーである。「中学生時代」は、まだ、昭和26年ころは学年別になっていなかったから、一年生から三年生が買っていた。だから2年下の人からも手紙が来たワケだ。
今なら、写メールで写真を送るのは簡単だし、声聞くのも簡単だ。会いにいくのも、ハードルは低い。ところが、文通友だちに会う事はほとんど想定していいなかった。今で言うなら、バーチャル仮想空間という意識だった。
携帯電話があれば、あんな行き違うことなかったのに、と思うことがよくあった。電話しても、本人が出てくれる確率が低い電話をかけるのは勇気がいるし、約束した電話も、当日の場所設定がピンポイントで決めにくい。駅の改札など、すぐ近くにいても会えないことも、案外ある。とくに初対面の場合は顔を知らないから、なかなか会えないことがある。
新婚旅行で立ち寄った熊本駅から電話を貰って以降、一切音信不通のまま、40年数、彼は今、私の「故郷郷愁」中津川から、刺激を受け、高校生時代50年前の文通した彼女を思い出し、胸にツンとくる想いをどうしようもなくなった、というわけだ。」
「私の高校卒業の時、その中津川市から、心のこもるお祝いの言葉を書いて送っていただいた手紙には、押花にした四つ葉のクローバーが添えられていました。人はだれでも、青春の頃に抱いた夢は美しいもの・・ですねぇ。私が、青春の夢として抱き、終生懐かしく想い出す人は、自然に恵まれた美しい中津川のイメージと共に心に刻まれています。
残されたこれからの人生におきましても私は、須美子さんのお幸せを祈りつつ、青春時代の 美しい 懐かしい 想い出として、ひそかに心に抱いて生きて行こうと思います。本当に有難うございました。」
私が乙脇孝一さんの願いを叶えてあげられなくて、つい懐かしい思い出をひそかに心に納めさせてしまった。それでいいのか、彼は70代なかば、今須沢須美子を見つけなければ、一生そのママになる。
中津高校同窓会幹事会へ招待されたので、話のついでにみんなに話してみたいと、急に思った。問い合わせてくれた乙脇孝一さんの願いをみんなに話して、探してあげたら、きっと喜んでくれるだろう。コレは、男のロマンだし、人生のおまけみたいな気持ちだ。
私も、小学校二年で転校した岡部洋子さんの消息を知りたい。そんな気持ちにさせるエピソードだ。
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携帯を「コミュニケーションツール」としか認識していないようですが、現在の携帯は、電子ブックを読んだり、その日のニュースを読めたり、脳トレが出来たり、もちろん単語帳として、またはシステム手帳として使えたりと用途の幅が広がっています。
外国人がアナログな単語帳で勉強している姿は美しく、
日本人が携帯で何かをしている姿を否定するのは、
いかがなものでしょうか。
人それぞれ違うわけですから、
他人を否定的な目で見る前に、
ご自身の無知をどうにかされた方が良いのではないでしょか。(投稿: ぬえ | 2009年9月10日 (木) 11時53分)
私自身、携帯の機能を使いこなしている方ではないので、若い方のフレッシュな脳で使いこなしている技能には尊敬のまなざしで見ています。よく読んでいただければわかりますが、携帯を使っている姿を非難したり、単語帳を繰っている姿を礼賛しているわけではありません。単に、朝の情景を描写しただけである。情の希薄さは、昔から言われるように都会の宿命であり、人は毎日、似たようなことを繰り返す、なんというか、虚しさと情熱の混合体を感じて書いたのです。
個々の人を否定してみたり、自分の価値観を押し付けるのはまずいだろうと思う。そう思われたりしたとしたら、ゴメンナサイ。コメントを書いてくれて、ありあがとう。
リラックスして、自然体で読んでいただければと思う。現在の携帯が、電子ブックとして読んだり、その日のニュースを読めたり、脳トレが出来たり、もちろん単語帳として、またはシステム手帳として使えたりと用途が広いとは、新しい世界が携帯には広がっているとは、素晴らしいことですね。
「ご自身の無知をどうにかされた方が良いのではないでしょか」なかなか、最後の一言は胸にグサっとくる言葉、知らない人だからこそ、言える言葉でしょうな。所ジョージの「ダーツの旅」、鶴瓶の「家族に乾杯」で知り合っている関係なら、こんな言葉を投げてはこないでしょう。
まあ、言ってみれば、私の言いたいのは、グサっとくる言葉を言い合わないで済む関係を持ちたいということなんですね。それを車内の情景を描写する中で、言いたかったのです。おわかり頂けますか。
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