2011年6月23日 (木)

ハリー・ポッター人気の秘密

6037 6046  私が図書館から借りてきたDVDは、第2巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋』だったようだ。今まで、ハリーポッターの魅力に取りつかれたら、同化されてしまう、と避けていた気持ちがあった。なんで、世界中の人が「ハリー・ポッター」、「ハリー・ポッター」と騒ぐのか、よくわからなかった。このDVDをみて、その魔力を知ってしまった。そんな気分である。もう、それを真似して書いても、「柳の下にドジョウ」はもういないだろう。

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6994  このハリー・ポッターは、憎めない少年であるが、親戚の家の屋根裏部屋みたいなところに押し込められていた。拾われてきた孤児だった。親戚のおじさんは、何かにつけて、あまり賢くない顔つきの同じ年頃の実の息子には優しいが、ポッターには冷たい。
 5993 おじさんがお客と商談する際は、ポッターは、「部屋で物音を立てないようにしろ」と言われる。お客さんが来ると同時に部屋に戻った。すると、一匹の小型怪獣がいた。

 まあ、そんな話から始まった。
5998  魔法学校の仲間が、空飛ぶ自動車でポッターを迎えにきた。鉄格子の檻の中に閉じ込められているポッター救出のため、鉄格子を車の力で破る。その物音で気づいて、おじさん一家はポッターの部屋に来る。ポッターたちは車に乗り込もうとしていた。そこの家のお父さん、ポッターを捕まえ引き戻そうとしたが、車の力でお父さんは鉄格子と一緒にビルの下へ落ちた。
 ポッターと迎えに来た三人の友達は、車は空に浮かんで走り出す。これが、ファンタジーの世界に引き込んでくれる。その車は、まず、魔法学校の一人の友達宅に着く。

6001  家の中では、魔法で鍋洗い機がたわしで鍋を洗っている。自動編み機が手編みを続けている。魔法一家の不思議さを家の中にある。
 そして、ハリー・ポッターはお母さんに歓迎され、妹も喜んでいる。なんで、ハリー・ポッターばかりがもてるの?他の友達三人が無視されるが、たしかに、ハリー・ポッターはかわいい、好感のもてる顔だ。メガネ顔は韓流ドラマのヨン様と通じるところがある。
 彼れが学校に着くと、やはり、ハリーポッターはこの学校での誰からも、注目されている。彼の人徳かもしれない。

マグル(Muggle)は、魔法使いや魔女達の間で使われる単語で、いわゆる「普通の人間」を指す。

【ホグワーツ魔法魔術学校】 イングランド北部ノーサンバーランド州6042アニックに存在するカントリー・ハウス、アニック・カースルホグワーツ魔法魔術学校は、年少の魔女や魔法使いが魔法についての理論や実技を学ぶための7年制の教育機関。全寮制。その年の9月1日時点で11歳である魔女や魔法使いに入学資格が与えられる。

6045 【教科について】 変身する術や、魔法薬の調合、魔法生物の飼育、占いなどについての授業があり、第3学年より選択制となる。またO.W.L.試験の結果を受け、第6学年で再選択する。薬草学 魔法史 呪文学 変身術 闇の魔術に対する防衛術 天文学 飛行訓練 占い学 マグル学(非魔法族学) 数占い 魔法生物飼育学 古代ルーン文字 

【平時の食事内容】イギリスの家庭料理が主流。朝食はパン、コーンフレーク、オートミール、卵料理、かぼちゃジュース、オレンジジュース、ベーコン、キッパー、昼食は肉料理と付け合せ、夕食はプディング料理、デザートはトライフル、糖蜜パイなど。

6040 【パーティ用の食事内容】 ほとんどがイギリス料理で、新入生歓迎会などではローストビーフやジャガイモ料理が出されている(第4巻で行われたボーバトン、ダームストラング勢の歓迎会ではブイヤベース、ブラマンジェとフランス料理が献立で出された)。パーティの際は、呪文によって厨房から料理を召喚する。新入生歓迎会の際にはダンブルドアの年々違う呪文で厨房から料理が召喚される

【入学案内】 その年の9月1日(イギリスの年度始め)時点で11歳である魔法使いや魔女に入学資格が与えられ、夏休みの間にふくろう便で入学案内が送られる(マグル育ちの入学資格者には教職員が派遣され、魔法使いや魔法界について簡単に説明される模様)。

6006 6007 イギリスと日本の違い?と思わされる魔法の力、あるいは雰囲気が随所に見られ、それが慣れてくると、親しみにもなる。また、仲間はずれ、意地悪など、アレどこかで見たようなものもある。そうだ。この意地悪パターンは、「小公女」のセーラがミンチン先生に受けた意地悪と同じだとか、白雪姫、シンデレラのまま母の態度に似ている。どの世界へ行っても、継子イジメはある…と思って見た。

60236022_2 6021_2 ←駅の壁をすり抜けホームへ行く術は、西洋劇ではよくあるパターンだが、クリスマスキャロル、デッケンズの作品だったが、これも見たぞ。イギリスの伝統か。まあ、現世では肉体のある人間のできない壁を乗り越えて、異次元というか、魔法の世界を見せる。イギリス独特の「魔女」の世界、錬金術師の世界があった国だから、日本人には未体験ゾーンだから、案外引き付けられる。それは、日本の陰陽師の暗い、不可思議が理解しにくい世界と同じかもしれない。

 それらを全部、まとめて「ハリー・ポッター」の中で集大成しているのかもしれない。それが現代の子供、大人を含めて、理解できる限界という線を意識しながら、物語を展開している。好奇心を失いかけた大人でも楽しめるのだから、女子供には、きっと続きを見たい、思わせるだろう。

ハリー・ポッターは、世界中で1億6千万部、日本(株式会社静山社)1,100万部(2002年7月現在)も売れた。
1979年、松岡幸雄により静山社創業。民衆史や闘病記の出版を中心とした社会派の小さな出版社で、1986年の筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 患者手記の出版を機に、松岡幸雄は、日本ALS協会の設
Photo0102_2 立、支援にも尽力。
1997年、松岡幸雄が死去、静山社松岡佑子は、元来は英語同時通訳者。
1999年、「ハリー・ポッターと賢者の石」の出版権を得て松岡佑子は翻訳、ベストセラーに。その続編も相次いでミリオンセラーとなり、日本にブームをもたらした。

第7巻最終のビデオ(動画)←クリック

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    2010年12月22日 (水)

    「夜明け前」島崎藤村 全巻読了

    200pxshimazaki_toson2 「夜明け前」(島崎藤村)の最後は、あまりにみじめで、読んでいて辛かった。木曽路12庄屋代表の主人公青山半蔵は、国学を信奉して努力してきたが、明治維新で新しい世が自分の描いていた世の中と違うことを嘆き、気鬱になり、直訴まがいのことをやり、「狂人」として見られ、座敷牢に閉じ込められた。寒さや不自由さ、思い悩むあまり、狂ってしまう結末。

    島崎藤村も青山半蔵は身内であり、書く側と書かれる主人公が一体化している面もあり、執筆していて苦しかったのではないだろうか。

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    江戸末期、木曽路から見た馬篭宿の風物から、時は明治へと移りゆく。その中で、馬篭の景色、習慣を綿密に描いている。木曽路の渓谷のせせらぎ、山中の風のそよぎも感じられる文章である。だけど、庄屋が廃止されたり、問屋制度がなくなる。江戸時代より、明治になればなるほど、青山半蔵には期待が外れていく。それが、彼のあせり、気鬱を起こしていく。彼の信念である国学は、維新の原動力であるはずが、なにも役立っていない。それが明治維新の姿だったのだろうか。

    木曾路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。  ・・・・ ・・・・ ・・・・  馬籠は木曾十一宿の一つで、この長い谿谷の尽きたところにある。西よりする木曾路の最初の入り口にあたる。そこは美濃境にも近い。美濃方面から十曲峠に添うて、曲がりくねった山坂をよじ登って来るものは、高い峠の上の位置にこの宿を見つける。街道の両側には一段ずつ石垣を築いてその上に民家を建てたようなところで、風雪をしのぐための石を載せた板屋根がその左右に並んでいる。宿場らしい高札の立つところを中心に、本陣、問屋、年寄、伝馬役、定歩行役、水役、七里役(飛脚)などより成る百軒ばかりの家々が主な部分で、まだそのほかに宿内の控えとなっている小名の家数を加えると六十軒ばかりの民家を数える。荒町、みつや、横手、中のかや、岩田、峠などの部落がそれだ。そこの宿はずれでは狸の膏薬を売る。名物栗こわめしの看板を軒に掛けて、往来の客を待つ御休処もある。山の中とは言いながら、広い空は恵那山のふもとの方にひらけて、美濃の平野を望むことのできるような位置にもある。なんとなく西の空気も通って来るようなところだ。(続き)←読みたい人、クリック

    このような息の長い文章が続くと、江戸っ子でなくても、「そこは端折ってくれ!」と言いたくほどの悠長さである。まあ、その時代の空気を伝えてもいるが、現代人には、ストーリーの展開をササっと進めてほしい。これだけのテンポで悠然と進むと、ちょっと退屈である。

    歴史上の出来事では、「中津川の牛方ストライキ」、「和宮降嫁の行列」、特に第一部の(下)「水戸藩の天狗党事件」で、木曽路で銃撃戦を長野県山中で展開する。かなりリアルに描いている和田峠の戦で戦死した横田元綱の首を中津川の国学の仲間に頼んでいく。幕府の目を気にしながら、国学者仲間が埋葬の協力した水戸天狗党を歓待する 

    天狗党の乱: 筑波山で挙兵した水戸藩士藤田小四郎ら尊皇攘夷激派等によって起こされた一連の争乱。
    元治元年(1864年11月16日旧暦)、上州下仁田において、高崎藩兵200と交戦。激戦の末、天狗党死者4名、高崎藩兵は死者36名を出して敗走した
    下仁田戦争)。また、11月20日旧暦には信州諏訪湖近くの和田峠において高島藩・松本藩連合軍と交戦し、天狗党、連合軍とも10名前後の死者を出したが天狗党が勝利した和田峠の戦)。

    天狗党一行は、中山道を進み、26日馬篭→中津川(昼食)→27日大井、美濃鵜沼宿付近まで到達するが、彦根藩・大垣藩・桑名藩・尾張藩・犬山藩などの兵が街道の封鎖を開始したため、天狗党は中山道を外れ北方に迂回して京都へ向って進軍を続けた。
     元治元年12月11日(1865年1月8日)、天狗党一行は、越前新保(福井県敦賀市)に至る。幕府軍を徳川慶喜が嘆願書の受け取りも拒否、自分達の志が潰えたことを悟った。これ以上の進軍は無理と判断した武田耕雲斎ら天狗党幹部は、降伏を申し入れ、元治元年12月17日(1865年1月14日)、天狗党は加賀藩に投降して武装解除し、乱は完全に鎮圧された。

    長州藩の藩論を倒幕へ旋回する「中津川会議」など、歴史上の見所が書かれている。しかし、丹念に書かれているから、木曾山中の道をトボトボと歩く趣きで、カーッと血沸き肉踊る活劇風にならない。

    戦時中、美濃出身の二等兵は、「美濃雑巾」と陸軍で言われたらしいが、生真面目で、「絞れば絞るだけ水が出る」と言われたように、ごまかさないで忠実に働いたという。島崎藤村は美濃ではなく隣の木曾・信州だが、よく似た性格なのか、派手なパフォーマンスはしないで、コツコツと木曽路の風物を描いている。

    大叙事詩といえばいいのだろうが、読者泣かせの長文である。場面展開、人物の性格の陰影の差、ちょっと派手なアクションとか、読者サービスに欠けている。郷土の大作家にいうのは失礼だが、地味すぎる。大河小説で、歴史上の「夜明け前」の空気を伝える意味あるが、テレビの見すぎかもしれないが、現代人の興味を引く何かがない。NHKの大河ドラマの題材に取り上られて、島崎藤村ブームが一向に起きないのは、このヘンに原因がある。吉村公三郎監督が映画「夜明け前(1953年)」を撮って以来、島崎藤村作品は話題にならない。

    おこがましいが、書き直したいという気持ちに駆られる。時間があれば、現代人の興味引くように直したい。他の作品も、こんなテンポだろうか。詩のリズムで味付けたら、どうなんだろう。生真面目な原寸大の青山半蔵のみ主人公で、歴史的な舞台を書いているが、青山半蔵が活躍する余地はない。木曽路にへばりつきすぎだ。 

    初恋 島崎藤村
    まだあげ初めし前髪の
    林檎のもとに見えしとき
    前にさしたる花櫛の
    花ある君と思ひけり

    やさしく白き手をのべて
    林檎をわれにあたへしは
    薄紅の秋の実に
    人こひ初めしはじめなり

    わがこゝろなきためいきの
    その髪の毛にかゝるとき
    たのしき恋の盃を
    君が情に酌みしかな

    林檎畑の樹の下に
    おのづからなる細道は
    誰が踏みそめしかたみぞと
    問ひたまふこそこひしけれ

    詩の中では、小説とは違って、情緒をうまく歌い込んでいる。「夜明け前」は、事実を見つめ過ぎて、叙情の欠落がある。

    『夜明け前』は、「江戸から明治の夜明け前」の歴史事典という役目は果たしている。島崎藤村は、歴史の目撃者として役目は果たした。その意味では、この4冊は役だっている。小説としては、いいところはたくさんあるが、もう一度、エンターテイメントの味付けを加えて、書き直すべきだろう

    夜明け前関連資料夜明け前の虚構と史実 「夜明け前」島崎藤村 全巻読了 藤村の「夜明け前」読み難いのはなぜ 歴史の鼓動 夜明け前の町  「夜明け前」の中津川で 心中事件:  中津川豪商 生き方 杢右衛門と半兵衛

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    2010年9月 1日 (水)

    家なき子のレミと平野レミの関係

    5439 捨てられていた乳児をバルブラン夫妻が育てるが、旅芸人にレミを売り飛ばしてしまう。捨て子のレミが旅芸人ビリタスと共に旅をしながら、過酷な環境でに生きる姿は 涙をよぶ。本当の母親を探す姿を描く。

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    原作はフランスの作家エクトール・アンリ・マロの19世紀代表の児童文学。健気なレミの姿が胸を打つ、壮大な冒険ストーリーである。

    54485450 小学6年生のとき、図書館で「家なき子」(講談社、少年少女世界名作選集)をクラスメイト数人と競争で読んだ。文章の書き方もちょうどよかったのか、読書が楽しかった。レミ少年の不幸と幸せが身につまされて、読んだものだ。その感動は、長く心の底に残っている。それを改めて、DVDで見ると、子供のときには気づかなかった背景がわかってきて、違った面を理解した。

    そのころ、担任の澤田寿美子先生、「大人になってからもう一度読むと、違った感想がある」と、先生は、「三銃士」を読み直した感想を語っていた。子供向きに書かれたものには、見させたくないもの、聞かせたくないものが、案外あるのだろうな、と子供ながら思った。

    今回DVDは、大人向き?子供向き?あいまいな作品だったが、子どもの売り買い、旅芸人の世界、実母伯爵夫人を死んだ亭主の弟が口説いているとか、そして、その義弟が財産ねらって、レミを殺そうとするシーンなど、多少、子どもには聞かせたくないのか、と思ったが。

    5500 作品の中で、大型の船をパリのセーヌ川にうかべて療養するというシーンは覚えていたが、病床にいたのはレミの弟だったが、この作品では母が病弱という形になっていた。大きい船だった印象だったが、船を作る予算がなかったのか、わりと小さい船だった。

    5405_25408なぜレミは伯爵家から連れだされ、路上に捨てれれたか。それは、夫の死後、伯爵家の後継者として財産をねらった義弟が人をつかって、遺産相続権利者であるレミをなき者にして、自分が継承者になるのが目的だった。

    5431 だから、レミが見つかってからは、人を介して、レミの命をねらう。最後は、散歩に連れ出して、湖に落としてを水中で殺そうつしたが父代わりのビリタスが助け、義弟は増水した川に流れていく。傷ついたビリタスは、レミに船の夫人がレミの本当の母だと教え、早く会いに行くようさとし、自分は傷ついた体を休めている間に絶命する。

    5480 時代は1800年代半ばの作品だ。テレビも、携帯電話も、冷蔵庫もないし、洗濯機もない。そういう世界にいると、モロに人間と人間のぶつかり合いがはっきりする。

    「家なき子」のレミの名は知っていたが、それがレミだろうが、ミレだろうが、あまり意味を持たないが、ラジオをよく聞いていたころ「平野レミ」の名が耳にとまった。

    W932450100817 TBSラジオ番組コーナー『ミュージック・キャラバン』(久米宏)の公開生番組コーナー曲のイントロで、平野レミが、繰り返し「男が出るか! 女が出るか!」呼んだ。その番組を聞いていたイラストレーター和田誠が平野レミに惚れ、その縁で1972年和田と結婚した。

    平野レミは、料理家として有名になったが、咳こむような語り口は今でも、変わらないが、その当時も、ゲテモノ的な突き抜けた個性があった。最近の活躍(デリバリーキッチン)。彼女自身が語ったのか、誰かほかの方の説明か、

    父親平野Img_09_05 威馬雄ひらのいまお)

    彼の父(平野レミの三代前)がスコットランドの貴族の家系で、ナポレオンの最初の皇后ジョゼフィーヌの近い親族の子孫

    フランス文学の権威で、「レミの会」をやっているとわかった。「レミの会」というのは、みなしごや、親に育ててもらえない子を引き取って育てているのだと聞いたから、興味もった。

    20050901org00m040019000p_size7_2 そんな関係で、娘にレミと名付けたらしい。元気の良さは抜群で、和田さんと結婚したときの話も、あけすけに語っていた。「アレって、毎日やるものだと思っていたけど、ちがうんだね。うちはめったやらないの」と、数週間に一回と回数をイメージさせる話を平野レミは語っていた。

    上野高校へ入ったが、受験勉強で必死の同級生をみていて、自分はそういう勉強していては、耐えられないから、「学校をやめたい」と父にいうと、「いいよ」と簡単に許してくれた。

    人間には個性があるから、個性にあった生き方をすてば、生き生きした生き方ができる。その父の度量に感動した。その度量の広さが、夫和田誠に会ったとき、感じられて、ケッコンに踏み切ったと語っている。

    料理愛好家・シャンソン歌手 平野 レミさん

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    2010年8月17日 (火)

    赤毛のアン みなし児ストーリー

    4847赤毛のアン・シャーリーが、どう育ったか。虐待に近い扱いを受けたりして、それを悲しみながら、うまく野生児から学校の先生になるところまでを演じきっていた。赤毛でそばかすだらけの少女が育つ過程が面白い。人間の元になる、幼少期こそが興味引く。

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    48724882 養子先の家が老兄妹という意外な家庭で、養母のマリラのオールドミスの偏屈さ、これが意地悪そうでいて、結構アンを考えてくれたり、責任もって隣りへ一緒に謝罪にいったり、勉強して女の自立を支援している。大学へ入って、一年で教師の資格を取って地元へ戻って、養母と暮らすという選択することを反対しながら、喜ぶ姿。その結構矛盾した性格を作者は描いている。この矛盾した姿が人間だから、うまく作品に収まっている。

    48864887 アンのおしゃべりで想像をたくましい性格、文学的センスで周りを楽しませる天才ぶり、死んだ両親が先生だったという設定だったが、学校へいくと成績がいい。この個性が、侮辱する人には、時として、破裂して強烈に言い返す。美女ではないが、面白い。これ、日本人の女優に当てはめると「室井滋」だな。あの感じで受け止めると理解しやすい。

    48684865 幼少期の才能って、大人には理解できないものだから、イギリスの片田舎と思ってみていたが、これはカナダの海べりの田舎のようだ。

    『赤毛のアン』(英: Anne of Green Gables グリーンゲイブルズのアン)は、カナダの作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した長編小説。とくに児童を対象に書かれた作品ではないが、この数十年は児童文学とみなされている。グリーンゲイブルズはアンが住むことになるカスバート家の屋号。
    4881 カナダの作家L・M・モンゴメリがはプリンス・エドワード島の田舎で育った自身の少女時代も作品に投影した。
    『赤毛のアン』は、孤児院暮らしだったアン・シャーリーが、11歳でアヴォンリーのカスバート家に引き取られてから、クィーン学院を卒業するまでの少女時代 5年間を描いた。モンゴメリーはイヴリン・ネスビットの写真を雑誌から切り取り、書き物机の上に貼り、主人公アン・シャーリーのモデルにした。

    48494880 見たのはDVDだが、11歳で親のいない少女アン・シャーリーが、努力する姿は、けなげ。それが頑固な養い母のマリラのキツさがいい味だしている。養い父のマシューは良識ある態度で接するが、オールドミスのマリラは、しつけと称して、色気つくことをかたくなに拒否する。

    48714874 ストーリー全体で193分(約3時間)あるが、この子の失敗や頑固さを見ていると、この時間が、長いとはちっとも思わなかった。明治一代女の理解しにくさはかんじなかった。イギリス社会の1800年代~1900年を描いた「誇りと偏見」の田舎暮らしににているが、単純化された家庭を見ていたが、キリスト教が日本の仏教のようにしみこんだ景色がある。

    4898_24907 まるで小学生時代に「家なき子」「家なき娘」「小公子」「小公女」を読んでいた、あの感覚を感じた。講談社少年少女世界名作を競って読んだときの感覚がよみがえった。

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    2010年8月 4日 (水)

    刑務所の読書で、更生の効果を

    8_2 犯罪者の多くが、最初の出発点が恵まれず、愛情を注がれることが少なかったという点があるのではないか、という点に注目している。

    単に、形式を守るだけでは、罪を反省して、その後の人生を償うことになるか、非常に疑問である。

    自分が経験してきた厳しいとさげすまれた過去にしか参照するべきモノがない。そのために、読書をする機会を得なかった犯罪者は、どれが正しいか、多くは知らない。

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    大阪の二児をマンションに置き去りにして餓死か、熱中症か、原因はわからないが、殺した23の女性は、きっと教育さえしっかり受けたら、贖罪の気持ちを持って、立ち直りそうに思える。

    そのためには、読書して生き方を見つけようと思って、本を読む人に図書館があるといい。寄贈される宗教の本が多いときくが、公平にあらゆる見地から人生を見られる配慮があるといいと思う。

    もう一点、刑務所の懲罰と教育という観点から見ると、決まりを服役者に守らせておけば、役目を果たしたという考え方が、管理責任者にあるように見える。

    受刑者にも、規則を守っておけば模範囚になり、早めに出所できるという考えになる。心から反省というより、形式上で反省していれば、それは書類上でOKとなる。お役所仕事が刑務所でも通る。一面それ以外の尺度は探そうとしても、見当たらないかもしれないが、内面からの改良は大人相手に考え方を変えろと言ってもできない相談かもしれないが、自発的な読書で何かつかむことがあるのではないか。

    教誨師となって、受刑者の相談に乗ったり、指導する方には多くの立派な方が引き受けている。また、仮釈放の判定を精神科医や有識者が面接しているが、模範囚であるとか、出所後の生活設計をきちんと立てているか、それらを判定するが、口頭でうまく言いさえすれば、許可が出る。

    これらのことを要領のいい受刑者は、わかっているから、面接j官の気に入ることを言い、早めに出ることを考える。真実に改心したかどうかは、二の次になる。

    相談に乗る有識者、教誨師の方の中に、刑務所内で受刑者に期待過剰のいいこと言うが、受刑者が外に出て相談にいくと、刑務所内でとった態度とずいぶん違う態度で接する人もいると聞く。

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    2010年6月12日 (土)

    藤村の「夜明け前」読み難いのはなぜ

    Photo 島崎藤村「夜明け前」を読もうと、挑戦するのは三度目である。これも一種古典クラッシックなのか、向こうから手助けしてくれない。こっちの努力だけで登ってこい、と構えているところがある。よほどのマニアでないと、この本はもう読まれないだろう。 クリック本

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    「徳川家康」(作者山岡荘八)のような長編、あれは数十巻もあるが、次々に読みたいと思って、するすると読めたが、「夜明け前」は地名も人物名も知名度が低いものばかり、出来事も、歴史上の有名なものはない。

    淡淡と山深い田舎の出来事を書かれても、興味を引かないだろう。私にとっては、郷土の文豪であるから、敬意を表して征服しようとしているが、あまり面白みがわかない。と、言ってしまうと、実も蓋もないが、いまどき風の面白くしようという観点がない。これからは、読んで頂く読者あっての、文学だから、音楽でもそうだが、読みやすくする工夫が必要だ。

    貴種流離譚(折口信夫の説)「高貴な生まれの、弱く、力ない人間が、遠い地をさすらう苦悩を経験する」この貴種が、読者は好きで好むというわけだ。その貴人がご苦労して、栄誉ある地位に上り詰めると、庶民読者は拍手喝采してくれる。こう文学界では説明している。この説からいくところ、木曾の山奥では、「貴種」のストーリーから遠い。

    彼は中津川の宮川寛斉に就いた弟子である。寛斉は平田派の国学者である。この彼が日頃先輩から教えられることは、暗い中世の否定であった。中世以来学問道徳の権威としてこの国の臨んできた漢学び風の因習からも、仏の道で教える物の見方からも離れよということであった。それらのもののそれらの影響を受けない古代の人の心に立ち帰って、もう一度心寛ゆたかにこの世を見直せということであった。

    藤村の文章は長く、これで一段落の半分。書いてある中身は国学の先生中津川の宮川寛斉の説明。そもそもと始めると、つい面倒な文章になる。ストーリーなら読みやすいのに、と思いつつ先に進む。木曽路、長野県、岐阜県の地味な気質が影響しているのか。

    一代の先駆、荷田春満かだのあずままろはじめ、賀茂真淵かものまぶち、本居宣長もとおりのりなが、平田篤胤ひらたあつたね、これらの諸大人が受け継ぎ受け継ぎしてきた一大反抗の精神はそこから生まれて来ているということであった。彼に言わせると。「物まなびするともがら」の道は遠い。もしその道を追い求めて行くとしたら、彼が今待ち受けている人に、その人の信仰に、行く行く反対を見出すかも知れなかった。

     内容はそれなりに意味のある内容だし、普遍性はあるから、ここはまだいい。小説の手法としては、思想を文章で盛り込んでしまったら、文章がギクシャクしてしまう。まだ、荷田春満、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤は、一般性があるから通じるが、読者と作者との暗黙の共通理解の上、登場人物名は出てくるといいが、ローカルの人物に名前を振られても、困る。

    中津川出身の私が読んでも、小説上では、中津川の問屋の角十=丸八だとか、蜂谷香蔵=間半兵衛(秀矩)と名前を変えているが、これは藤村の地元への配慮である。蜂谷香蔵=間半兵衛は、夜明け前の主人公半蔵の学友であり、後の中津川市長の間孔太郎の数代前の祖父である。現実の話とからむと、国学者として、政治の理想と商家としての投機利を求める矛盾はあまり表に出したくない。友人だった半蔵の子孫島崎藤村は、あまり迂闊なことは「夜明け前」に書くわけにいかない。その点は、「商人たちの明治維新」の著者大島栄子も語っている。

    有名な冒頭「木曽路はすべて山の中である。あるところはソバずたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」この木曽路が、私の母方の血筋だと思うと、こんな貧しい地域で祖先は生き延びてきたのかと思うと、つい情にほだされ読むことになる。

    昔、明治の人は、「夜明け前」一文の一呼吸が長い。文字の読めない非読者層は考慮されないから、どんどん進んでいく。興味ない読者は置き去りにされる。「夜明け前」ってどんな本、どんな文章、と興味ある方へ クリック本

    Photo_2 中仙道の宿場、木曾の馬篭、妻籠、中津川にも、明治維新の風を感ずるような話も伝わって来るし、影響もうけている。天狗党の一行が戦いに半ば敗れ、木曽路から中津川へ進行していく。実際の生活では、物価変動が激しく、特に純度の高い小判などが、1両を2割まし、高いときは3割増しで両替商が買い集めて、外国商社の手先に売るという話もある。そういう意味では、「夜明け前」のジャパンが目の前に展開する小説であるといえる。

    その当時の常識を身につけて読まないと、江戸時代末期の様子がわからない。読んでも理解できない面がある。1冊を半分過ぎて、後半になって、おぼろげながら、人物関係が理解できて、話の構図がわかる。そうすると、早く読めるようになる。

    1953年(昭和28年)に「夜明け前」として、新藤兼人脚色、吉村公三郎監督により映画化されている。
    監督:吉村公三郎 脚本:新藤兼人 撮影:宮島義勇 美術:丸茂孝 音楽:伊福部昭
    出演:滝沢修、小夜福子、宇野重吉、細川ちか子、乙羽信子、山内明、伊達信、日高澄子 ほか

    故郷中津川追憶 赤報隊 御一新、年貢半減 間家の歴史と中津川市  中津川市の間家 系譜  中仙道中津川 もっと知ろう  ふるさとを語ろうよ 中津川市(岐阜県)  おいでんさい 中津川市   歴史の鼓動 夜明け前の町  . 恩師オン歳90歳  がんばれ、太利先生!    間家大正蔵  楽しめる方言集   歴史の町中津川市 中津川豪商 生き方 杢右衛門と半兵衛 孝経 身体髪膚 毀傷せざるは、孝の始め 

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    島崎藤村:本名島崎 春樹(しまざき はるき)1872年(明治5年)410pxshimazaki_toson2 2月17日、筑摩県(長野県)第八大区五小区馬籠村 (現岐阜県中津川市)に生れた。父は正樹、母は縫の四男。生家は代々、本陣や庄屋、問屋の地方名家、祖は三浦半島の津久井。父正樹は17代当主、国学者。

     1878年(明治11年)、地元の神坂学校に入り、父から『孝経』身体髪膚 毀傷せざるは、孝の始めや『論語』を学ぶ。1881年(明治14年)に上京、泰明小学校に通う。寄宿していた伯父・武尾用拙に、『詩経』などを学ぶ。旧・慶應義塾分校、現・錦城高校、共立学校(現・開成高校の前身)など進学予備校で学び、明治学院普通部本科入学。共立学校時代の恩師の影響もあり、キリスト教の洗礼を受ける。学生時代は西洋文学を読みふけり、また松尾芭蕉や西行などの古典書物も読み漁った。明治学院普通部本科の第一期卒業生で、校歌も作詞。この間1886年(明治19年)に父正樹(『夜明け前』の主人公青山半蔵のモデル)が郷里にて(座敷牢で)死。藤村に与えた文学的影響は多大だった。(ウィキペディア)

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    2009年10月 1日 (木)

    ゴールズワージー林檎の木 純朴な娘の死

    秋がだんだん深くなると、ゆっくり人生を振り返ることがある。二十歳から二十五、六へ戻って、やり直しをしたい。今夜は、そんな気で沈潜して見たい気がする夜長である。

    リンゴの木(John Galsworthy1867-1933)の主人公、若き弁護士・アシャーストは妻と二人で、銀婚式の記念に車でドライブしてきて、田舎道を散策していた。

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    私の受験勉強の英文の中で、小説家ゴールズワージーの作品の例文が最も印象深かった。田舎から出てきた受験生には、田舎の女の子が見栄えしない気がするときがある。そして、田舎臭さを捨てたい気持ちが、そうさせるのかもしれないが、都会のキラキラする魅力に振り回される時期がある。

    二十六年前、一瞬のうちにアシャーストは一人の女性に魅了された。花のような魅力に富んだ青い瞳、清純でほっそりした顔や姿、リンゴの花を思わせるほの白い頬。隣にいる妻は四十三歳になった今は、その頬には、淡いシミができたが、灰青色の瞳には、一種の充ちたりたものが宿っていた。でも、美しく貞淑な彼の伴侶だった。

    散歩しまがら田舎の景色を見て、見覚えのあると思っている間に、小さな石の墓を見つけた。誰の墓だろう。路傍に打ち捨てられて墓を見て、自殺者の墓と気づく。彼の脳裏に二十六年前のことがよみがえってきた。

    アシャーストは、イギリスの片田舎で純朴な娘ミーガンと恋仲になる。しかし、身分差ゆえの反対にあい、遂にミーガンを棄て、都会へ帰ってしまう。ミーガンは彼を待ち続けるが、捨てられたことを悟り、自殺する。そのことを26年間知らずに過ごした・・・アシャーストはすっかり忘れていた自分に気づき打ちのめされる。

    18,9歳の子の田舎臭さなど、都会に住めば一年二年で、見違えるようにすっかり消えるもの。野暮な服装の女の子でも、ホンの少し温かく見守れば、アヒルの子が白鳥になるだろうに、男も若いとそれが待てない。そんな生意気な態度が今になると、許せない気がする。

    「林檎の木」のアシャーストも、田舎ポさが抜けない娘ミーガンから、都会派の娘、今の妻に目がくらんだのだろう。そして、純朴なよさに気づかないで、ミーガンを自殺に追いやったしまった。

    現実では、自殺にまで追いやらなくても、深く傷つけてしまうことがある。人間的なよさは、どこにあるのか、それを年とともに、少しずつ判ってくると、悔やむことがある。

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    2008年12月30日 (火)

    かさじぞうを読む

    Photoかさじぞうを寝る前に読むことにして、おしっこをさせ、さあ布団へ入れて・・・いっしょに読むのがじじの役目。

    これは、正直なおじいさんのまずしい日本の国のころのストーリー。これは、よく読むと、ジーンとくる。年の瀬におじいさんが、おばあさんの古着を都の町へ売りにいく。ところが、町の人々は忙しそうで、見向きもされず古着は売れ残った。そこへ菅笠を売りにきた人に声かけられて、売れ残ったもの同士で交換して帰ってくる。

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    雪の降る中を12地蔵が立っている村の角に立ち止まって、頭に積もった雪を払い、お供えのもちを供えて上げることもできず、その頭に笠をかけてやれなかったと詫びを言う。正直で信仰心が厚いのが、見て取れる。

    自作農で取れた農作物だけでは、年越しのご馳走を買えない収入の苦しさがある。「ヘンゼルとグレーテル」の話も、子捨ての話だ。貧しくて食えないから、食い扶持を減らすために子どもを捨てるのだから、人間は飢えに耐えて生きのびてきたことが良くわかる。中世ヨーロッパの研究している授業を録音で聞いたことがあるが、病気が流行した途端、町の人口が半分とか、それ以下になるなんてことは普通にあったらしい。

    Dscn4415 生まれた子が5歳になるまでに半分も亡くなる。それを考えると、日本の行事であるが、七五三の節目で祝った昔の人の思いがよくわかる。

    餅をついたらお供えするともりが、古着が売れず、菅笠を石の地蔵の頭に雪を払って載せてやる。その行動を見て地蔵がその易しい心を理解しして、お祖父さんとおばあさんが眠ったころ、地蔵12人がそりを引いてやってくる。

    そりに乗せてきたのは、米、味噌、野菜、お酒などなど、どっさり玄関先に山積みして帰っていく。地蔵も味なことをしていく。それを昔の人は、いいことするえば、見ている人がいて、報恩を信じていたんだ。

    これが人のありかたではないかな。難しいことを言っても、人間の営みはこのくらい単純でいい。この暮らしのなかにほっとするものがあれば、それでいいんだ。

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    2008年10月30日 (木)

    田辺聖子文化勲章ほんまかいな

    Mww931465Bks0805010851001p1_4 大阪の文化人の文化度というのが、東京に住んでいると、よくわからん。田辺聖子のイメージは、かしまし娘の庄司照枝にそっくり。写真並べてしまうと差ははっきりするが。空気が似ている。根っ子は、関西の匂いという点ではまったく似ている。

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    Photo 田辺聖子の文化勲章、誰が推薦したのだろう。ほかに受ける人はいないのか。人生相談の内容、どうもぴんと来ない。悪いはないが、普通のおばさんでもこの程度のことは言う。

    田辺文学も、提案型でないから、表現の面白さ、題材の面白さで、読者が楽しめばいいのだが。文化功労章、文化勲章も頂いた方は、それだけで偉い人になるから、私の意見は無視して頂いていいのだが。

    01 ノーベル賞を取ると、即文化勲章へという順番は、おかしい。勲章を授与する側に判断、調査能力がないのか。そうなると、文化勲章にしても、文化功労賞にしても、誰が決めているのか、基準はどうなっているのか、さっぱりわからなくなる。吉田茂、中曽根康弘、佐藤栄作は文化勲章、功労賞をもらったか?与える側にいると、「文化勲章」をやっとけ、という感覚?これも、教員採用の事務方へ圧力や賄賂が、もっと大掛かりで横行していやしないか。それを県水準より上のランクだから手が出ないし、マスコミも嗅ぎ付けないだけではないのか。佐藤栄作の沖縄返還が受賞理由でノーベル平和賞を受けた。が、それは相当いろいろの方面から受賞委員会へプ推薦プッシュがあったと聞いた。

    以前、堺屋太一と田辺聖子が対談している文章を読んだが、堺屋は書くテーマがいくらでもある、というのに対して、田辺聖子はテーマがなくて・・・といっていた。ということは、具体的な事象を書いていくのが、田辺聖子の書き方になるのだろう。女性作家は、男作家のように論理的なテーマを追求にテーマを求めるわけにいかないんだな、と思った。案外、書く材料に枯渇している、とひそかに思ってみていた。

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    2008年7月25日 (金)

    官僚国家の崩壊 中川秀直

    Ss400_ 中川秀直 経歴
    41年 3月 慶応義塾大学法学部  卒業 4月 日本経済新聞社入社
    48年 4月 政治部キャップを経て退社

    7年ほど日経新聞に勤めたのち、新自由クラブから立候補して当選したが、次の選挙で落選、それからが議員としての活躍が始まる。

    ようやく、復活してきた印象があるが、女性問題でミソつけて、官房長官を辞任。それからは、巨体を小さくして過ごしていたような印象だったが、最近クローズアップしてきた。党人派の代表の印象である。

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    Photo_2 官房長官、町村信孝  上げ潮政策を主張して、官僚系といわれる現官房長官、町村信孝氏と対立している。東大を出て、在学中は民主青年同盟系の東大民主化行動委員会で活動したが、卒業と同時に通産省へ。変身の効く人物だから、自分の立場に沿って頭のいい行動をする、とチラっと私には、思える。中川秀直さんは、スキがあって、右翼との付き合いをすっぱ抜かれ、女性を囲っていると書かれ、クソミソにいわれたが、この町村さんは涼しいスキのない顔でいつもいるように見える。官僚OBの顔つきだ。

    Photo_3 実力者河野一郎 党人派といえば、昔は河野一郎(洋平の父、太郎のお祖父さん)で、日ソ交渉へ行く飛行機の中で、鳩山一郎首相が懸命に下調べしているのに、河野一郎はグウグウ寝ていたとか。啖呵切って文句をいう強さはあった。党人派と言われるとそういうイメージがある。アイデア豊富な人で、50年前に既に電線を地中化を提唱して、そこには電気、ガス、電話、今なら光ケーブルの共同溝を考えていた。彼は首相になれそうで成れなかったから、実行できなかったが、実行していたら、世界のトップを走る情報立国に日本を導いていただろう。250pxichiro_nakagawa_2c19820623 

    暴れん坊中川一郎 党人派では、中川昭一の父、北海道のヒグマといわれた中川一郎氏(青嵐会の幹事)は、鈴木宗男を秘書に使っていた。彼が中川一郎を自殺に追い詰めてといううわさが未だに消えない。死後に息子の昭一氏と宗男さんの確執が取りざたされている。逆らったりして、あんまり暴れると、角栄さんは、池の鯉を示して「干上げるぞ」といったそうだ。

    Top 党人派としては、「僚国家の崩壊」を書いて、中川秀直の存在感をしめした。党人派のボスが最近いなくて、完了形の官僚ばかりが目だrつ。党人派の国会議員はアイデイアが豊富な人が多い。官僚になる人は、全般に勉強家だけど、型にはまり過ぎて新鮮なアイディアが欠如して、上から目線のひとばかり。自分の出世とか、身の安全を優先しているタイプが多い。

    01 僚国家の崩壊目次  中川秀直さん、新聞記者として現場に飛び込んで見識を広めて、なおかつニュースソースに近づく臭覚がある。文章のポイントも逃していない。あまり知りすぎて、書けない部分もあるようで、具体的な描写が欠ける。政策的な発想でかいているのだから、しょうがないにしても、もっと切り込んだ政敵の話が書けていたら、ベストセラーになっただろう。

    「空気の支配」を衝いているのは、彼ならではの発想だ。普通の官僚なら、空気の中に安住することを目標にして、現在の既成秩序を重んじるだろう。彼は明治政府が出来たときからの官尊民卑、この東大閥、官僚安泰、そういう秩序が代々伝わっている組織を切っている点、現在の日本が置かれている今を知っているのかな、と思った。

    新潮社発行の写真週刊誌「フォーカス」(休刊)は2000年10-11月、疑惑の記事とともに中川秀直氏が右翼〔日本青年社/住吉会〕の大物〔滑川裕二〕と一緒に写っている写真や、女性が中川氏の自宅で犬を抱いている写真などを掲載した。中川秀直官房長官の薬物疑惑 など、書かれてしまうようでは、まだまだスキがある。00008_2

    国家予算の1割貯蓄から日本再建  ホットマネー石油へ流入大暴れ・  自民党は、自分の支持者を苦しめている  暫定道路特定課税の期限切れ  新銀行東京と石原慎太郎 頭の中  国民はケージの中のニワトリか  自民党の老練さに民主党テンテコ舞い  石井一参院議員 創価学会党に噛み付く  福田さんの政策、拉致、北朝鮮問題  自殺もありうる 安倍首相のダメージ 舛添要一 身体検査「噂の下半身」

     福田康夫の油断に麻生の逆襲が  政権を放り出した非政治的理由  安倍首相の辞任!政治的自殺   YouTube動画 熱い熱い選挙報道  暫定道路特定課税の期限切れ  池田大作喚問を狙う民主党   お笑いハリセンボン箕輪と松島みどり  渡辺善美行革大臣の涙  防衛汚職喚問に自民、公明出席拒否  官僚国家の崩壊 中川秀直

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