2010年4月25日 (日)

馬宿うまやど 中山道中津川宿

時代劇ドラマで、人が泊まる宿は描かれているが、馬はどこに泊まるか一向に判らない。路上に放置されている?そんなはずはない。現代感覚でいえば、馬は高級乗用車だろう。当時はテクテク歩くのが旅行の形だったが、籠に乗る人もいるだろうし、馬に乗っていく人もいた。タクシー乗り場で車が待っているように馬も、宿の近辺にいたはずだ。

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中山道(中津川宿本町)の我が家は、その昔、馬宿の跡地に建っていたことを聞いた。父にしても、大正年間に祖父の移転とともに引っ越してきただけだから、よく知らない。母は後添えで来た人だから、知るはずもなかったが、家の敷地が地下室のようになっていることを指して、昔馬をつなぎとめる場所だと言っていた。母は大正から昭和の初め、中津川宿で女中奉公をしていたと語っていた。それが松原?という宿だった。それで、聞いたのか、中山道の宿のことに詳しかった。

大正年間、本町の端で川沿いの敷地を購入して、精米販売工場を始めた。精米工場には動力として水車があった。道路から一段下がったところが馬宿となっていた。馬のみずやり、洗馬にも都合がいい場所だっただろう。時代は下って、道路と馬宿の落差が水車を回す水が取りやすかったのだろう。

落差を利用して水が勢いよく流れ、それが工場内の水車が回っていた。昭和の初めだ。昭和6、7年、その流れの急な水路に落ちて水車に挟まれた女の子がいた。私の生まれるずっと前だから詳細はわからないが、次兄が一緒に遊んでいた子らしいが。

工場の動力である水車を止めて、救い出し病院へ連れていったが、助からなかったらしい。

昭和21年ころ、隣を購入して宅地が増えた。新しく購入した宅地には、古いトタン屋根のついた家屋がついていた。そこは土間のある家に見えたが、土間で、土間の次が石垣で下屋となっていた。そこが江戸時代、馬をつなぐ場所だったらしい。

その上に家を建てたので、一階がすでに二階になっていた。子供の頃、この地下室は物置になっていた。その地下には、味噌桶があった。ポンプ井戸があり、ここから水汲みをしてふろ場に運んだ。おふろ場へ、学校で使うバケツより大きなバケツで8杯から10杯、石段上がって窓から浴槽へ入れた。風呂たき作業も子供の仕事だった。

なにせ、ウチの母はキツかった。子供は働くのは当たり前と思っていたから、私は、学校へ行く前、掃除や雑巾がけをするのが決まりだった。どこの家も、子供が何もしないで学校へ行くことは、滅多あることではなかった。入口玄関の石垣上から、一段下がった地下室のある裏庭まで、下り板の間が続いていたから、冬場は水まくと凍って危険だった。

私の担当は、この板の間を掃除だった。箒で掃いて、水を少し打つ。15分くらいかかる仕事だった。近所の長話をする叔母さんを転ばせてやろうと思って、ある凍てついた朝、掃除したあと、その下り坂になった板の間に水をまいておいた。母も案外こういういたずらには寛容だったので、私のやることは見通していて、黙って見過ごしていた。

ところが、それに最初にひっかったのは、私だった。急いで弁当を持って出かけようと思ったら、ツルンと私は滑って転んだ。母は「自分でしかけて転んだ」と笑っていた。長話のおぼさんと母は、それをネタに、相変わらず長話していた。

今は、父も母もこの世にいなくなり、そのトタン屋根の家もなくなって、更地のあと、新しい家が建ち、もう江戸時代の馬宿の後も消え、その言い伝えも、私が言わなければ、断ち消えになるだろう。宿場として、名の通った旅籠は記録にのっているが、馬宿はどうなだろう。資料があれば、郷土史家が調査しているかもしれないが、多分わからないだろう。

昭和20年代、セメントの玄関、板の間、坂の板の間、外庭へ出る右側へ降りて地下室、ポンプ井戸、地下室は格子窓がついていた。格子窓は最初玄関についていたが、あまりにしもた屋風すぎるので、格子戸はやめ、地下室の仕切りにした。戦前の中仙道通り(本町)は、多くの家がガラスを使わない格子窓になっていた。本町通りの街路樹は柳が多く、昼間も静かで寂しかった。アスファルト舗装道路になると、街路樹が減ってしまった。

故郷の景色が見える  紙芝居のおじさんの副業神主 カケ将棋に負けた平八先生 保古沼でスケート  野菊のごとき君なりき 初代民子  紙芝居おじさん 神主が副業  市内の企業野球チームが盛んだった  初恋の洋子ちゃん、今いずこ  文化新進会 戦後中津川市に新風  復員兵が帰ってきた 昭20年秋   玉蔵橋(木曽川) 栄枯盛衰 中津川市 中川 鮮さん 前中津川市長 旅先で味わう贅沢 故郷の人々 間家大正蔵 中津川市 本町界隈 中津川市  故郷の廃家 中津川市内を歩く  木曽路から伊那路へ  水戸黄門「仇討ち笹りんどう・中津川」   馬宿うまやど 中山道中津川宿 「いじめ」四年生をふりかへって

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2008年5月20日 (火)

塗装ニスを窓板に塗る

0231 窓を開けたまま、雨が降り出して窓枠の板が濡れてそれが何回か続くと、塗料がはげてくる。白っぽい板がむき出しになる。こうなると、木の劣化が早くなる。鉄製の手すりも酸化してサビが出て、もろくなる。

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Img_0232 きょうは、まあ簡単なニス塗りをしてみようと、4年か5年前に買ったニスを出してきた。中の液体は密封してあるから、ブヨンブヨンと動いているから、使える。日曜日に刷毛を買っていた。雨も上がったから、さて始めるか、とニスの栓をひねると、いやはや固いのなんの、ビクともしない。何度栓をひねっても、動こうとしない。手の皮がねじれて痛くなる。私の力不足にあきれる。

4年、5年前という時間の経過が、最近と思えてしまう私自身がちょとおかしいかもれないが、使えるニスにこだわった。栓に輪ゴムを巻いて、摩擦抵抗を多くしてと再度ひねるがまだ空かない。なぜ空かないのか?わかるかな。

Img_0241 ニスが栓蓋の周りにくっついているんだ、と気づいて、鍋にお湯を沸かした。沸騰する少し前くらいの温度にしてニスの瓶の頭を突っ込んで膨張させた。多少熱い栓に輪ゴムを巻いてひねった。ニスが溶けて手応えがあった。この間、30分以上。少し動けば、もう大丈夫。ソロソロと動き、ようやくニスの液体を出せる。

ニスの液体に15%水をませるように書いてある。液体を入れる容器、容器・・・と探して、案外使えるモノはないものである。

Img_0233 小さな器を探して、そこへトクトクと30CC程度入れて、塗る。容器にはいたニスを刷毛につけて塗る。本当は、板をヤスリで摺って、トノコを塗ったあとにニスを塗るのがいいのだが、まあ、勘弁してもらって、ヒト刷毛塗ってみる。はげ落ちた白木部分を茶色のニスで隠していく。そう広い場所でもないから、10分もかからないうちに終わりだ。

トノコ(砥の粉)を塗る作業は、中学時代の知識である。出身中学には生徒工場というのがあって、工作室は主に生徒の工作作製する教室で、ほかには活版印刷の機械も買って運動会のプログラムも作成した。裁断機もあって、黒紙でアルバム製本の最後に裁断するのだが、Mちゃんが薬指のつめを半分裁断してしまった事故があった。その後は生徒一人では使わせなかった。

生徒工場は、理科実験室より大きな場所で技術工作が盛んであった。都会の中学では鉋カンナや鋸のこぎりを使う勉強はしなくていいのだろうか。本立てを作ったり、鍋敷きを作った。中学二年の農繁期休暇(2中では職業実習期間と称した)には、大工実習を選択して、先生に内緒で雀を打ち落とす目的で木銃パチンコを作った。

Img_0238 これだけ準備に時間がかかったのだから、どこか他にも塗るところがないか、探して雨で白木状態になっている所を探しては塗る。塗ったあと、そんなに簡単には乾かないのがもどかしい。

油性のニスを刷毛についているから、このまま放置したら、カチンカチンになって二度と使えなくなる。それをお湯で洗っても刷毛にこびりついている。手で搾ってもだめだから、ベンジンみたいなうすめ油に刷毛をつけてそれをしぼらないで、そのまま包んだが、これでいいのだろうか。

ニスを入れた器の後始末も刷毛の処理も、慣れないと面倒だ。ニス塗るかでなら簡単だが、前、後の処理に手間が掛かる。

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2008年1月20日 (日)

ジャンボ尾崎 夢の跡

S1 ジャンボ尾崎の家とゴルフ練習場が一緒になった邸宅があった。習志野自衛隊演習場の横に広くて、中がのぞけないほどの高い塀で囲まれていた。その横を通るとカーンとゴルフを練習する音が聞こえたものだった。何人か、練習生か弟子がいたような雰囲気であった。まわりの家と比べてかなり敷地が広く、さすが、ゴルフの御殿はちがう。そんな印象だった。

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8448尾崎 将司(おざき まさし、本名・正司、1947年1月24日 - )は、徳島県海部郡宍喰町(現・海陽町)出身のプロゴルファーである。「ジャンボ尾崎」の別名でもよく知られる。公式ゴルフランキングでも“Masashi Jumbo Ozaki”と表記された。[1] 世界ランキングの自己最高位は8位。

1974年の日本オープンゴルフ選手権も勝ち、破竹の勢いで日本プロゴルフ界のスーパーヒーローとして名を高め、同世代のライバルの青木功、そして中嶋常幸と並び称されて「AON」時代を築いて来た。

84472005年11月1日、東京地裁に民事再生法適用の手続きを申し立てて、破綻していたことが発覚した。ゴルフ場開発の失敗などが理由に挙げられている。50数億円の負債があり、民事再生法適用によって債務は16億円となった。 2006年オフに、ここ数年間悩まされている坐骨神経痛 腰椎分離症の手術を2006年12月14日にうけた。手術後の経過は順調で、2007年シーズンの復活が期待される。独特の口調や表情やグランドマナーは賛否両論で 財界などにアンチも多いがかつて丸山茂樹が盛んにテレビで物真似を した事もあってゴルフファン以外にも広く知られる事となった。

8458どの程度の借金かよく分らなかったが、どうなるか、見ていたが、邸宅を含めて、売り 払ってのち業者が入って鉄筋の自宅ビルが壊され跡地を造成していた。久しぶりに来てみると、分譲住宅の旗が並んでいた事情通の話

邸から庶民の家から、このコマゴマとした小さな家々に変ってしまった風景、ジャンボ尾崎はどう思って見ることだろう。

 尾崎健夫(おざき たてお、1954年1月9日 - ):プロゴルファーである。徳島県海陽町出身。通称はジェット、あるいは姓を続けてジェット尾崎。   ↓   ↓
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2012年8月10日、坂口良子と結婚した。
 
ジャンボ尾崎こと尾崎将司の弟であり、プロゴルファーとして知られているが、甲子園で優勝した兄と同じく海南高校(海南町)時代は野球部のエースとして活躍した。弟は尾崎直道

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2007年12月11日 (火)

中古車探しにカーセンサー データ入力

Photoカーセンサーは、最近中古車を買う際の参考書になっている。各地域版があって、関東版を利用して中古車を探し・・・。一軒ずつ中古車を探しまわるより、200円で雑誌一冊を買えば、関東全体から選ぶことができる。これは便利である。

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Photo_2 カーセンサーを作成するリクルート社のデータ編集に協力をしている。紙に書かれているものをインターネット上にある編集ソフトの中にデータを入れる。当社との関わりは、その作業をである。それが編集され雑誌になる。それが、月2回発行の雑誌になっている。一見、簡単な作業であるが、そのノウハウを理解しなければならないが、一旦きちんと覚えれば、全国どこにいても毎月一定の仕事が来るので、安定した仕事になる。ただ、その日に貰った原稿を午前に貰えば午後までにしあげ、午後なら夕方までに、夕方なら翌朝までにという制限があるが、家庭の専業主婦には、もってこい仕事だ。募集

00003 それは、またカーセンサーネットで、選ぶことができる。インターネット上でも見ることができる。雑誌とインターネットを併用して、探せば、ほぼもれなく市場に出ている中古車は見ることができる。

013ウチの娘も、イギリスから来て神奈川県に居を構えてまず必要になるのはクルマである。永住するわけではないので、中古車でいいから、雑誌「カーセンサー」を買い、インターネットを調べ、中古車を買った。中古といえども、新品とそう変わるものではない。子連れで中古車場を回って見ると、子供には退屈だし、中古車を選ぶ時間が理解できないらしく、何回も家に帰るハメになった。

015新車を買うと、慣らし運転が必要でである。その慣らし運転が済んでいるだけ運転がしやすいかもしれない。今の子供は、クルマはあるのは当たり前、ちっとも喜ばない。アイラは乗るたびにチャイルドシートに固定されるから、イヤな乗り物かもしれない。小田急の特急に乗ったら、自由に動けるから、すっかり電車がお気に入りになった。

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