2012年12月18日 (火)

戦い終えて★話題の選挙区★2012衆議院議員選挙01

Photo  自民党は何で勝った?
 勝った理由がイマイチわからないが、敗者の自滅で勝ちを拾ったような印象がある。自民党とアメリカの共和党とはほぼ同じ傾向であるのを国民は知って知るのだろうか。共産党のいうように、基本的には、財界と大企業によって応援されている政党だということが、国民にはピンと来ていないようだ。

んで楽しかったらクリック 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の選挙の話題選挙区を見てみよう。
18020東京18区、民主党の首相経験者菅直人の地盤で、普通は絶対負けないのに、今回は逆風の中、選挙区に張り付いてやっと7万票だ。通常なら、10万票は軽く超えるはずが、比例区で惜敗率で救われた。
 この中央線沿線のインテリサラリーマン家庭の多いところ、中学生の偏差値が一番高い地帯である。ここでは、市民活動を続けていた市川房江に見出されて政治家になった菅直人の地盤であるが、民主党の政権運営は、最悪であったから、あぶなく落選するところであった。横粂 勝仁が、菅直人の刺客として立候補を以前から宣言していたが、残念ながら目的は果たせなかった。

横粂 勝仁(よこくめ かつひと、1981年9月10日 - ):政治家、弁護士。衆議院議員(1期)。改革の志士代表。血液型O型。
 愛知県出身。父・勝次(2010年に急逝)はトラック運転手。東京大学法学部に入学し、奨学金とアルバイトで学費をまかない、2005年に卒業、司法試験に合格した。
2006年、恋愛バラエティ番組『あいのり』に出演。番組中、女性の過去を執拗に詮索し、告白前にフラれる「前代未聞の失敗」を経験。
Wikipedia参照

東京10区016
 選挙区としては、狭い地区である。郵政選挙では、郵政法案に反対の小林興起(自民党非公認)氏の選挙区で、そこへ小池百合子が刺客として送りこまれた。某氏の選挙区に小泉総理が誰か刺客に立ってほしいと提案したが、男閣僚はダレもやろうとしなかったとき、「私がやります」と小池百合子が手を上げた、という。

201212172735311n まるで、織田信長に対する秀吉の態度のようだ。こうして、小泉の気持ちをつかんだ。その前は、小沢一郎の側近でもあったのは、そういう気働きができて、度胸があるからだろう。前の選挙区(兵庫県二区中選挙区)では、骨折した足で選挙を遣り通した。見くびるなかれ、根性の女である。選挙は、土井たか子の後塵を浴び、中選挙区時代一位当選は難しかった。この選挙区は、鴻池祥肇、冬柴鐵三、原健三郎が出ている。
 勝った小池百合子であるが、三年前の選挙では、民主党に処遇され小林興起が江端貴子を応援するかたちで、小池百合子に僅差で勝った。その雪辱選と今回位置づけて、相当前から準備怠りなく慎重yに進め、全世帯に小池百合子の名前を浸透させ、こまめにどぶ板選挙をしたようだ。江端貴子側には、小林興起は民主党から離れ、孤軍奮闘の結果、大差で、あえなく・・・。

009 北海道7区
 鈴木宗男の長女貴子が、公民権停止中の父の代わりに、公示一週間前にNHK職員を辞めて、立候補したが、残念ながら二位で、比例選でも復活できなかった。
 父の選挙の応援演説では、大衆の心をつかむセンスをもっていると、父親が評価していた。
 今回は歌手の松山千春に説得されての立候補に。かなりの健闘であったのは、わかる。次回は、当選する可能性があるが、父の公民権停止が解除されると、どう割り振るかだ。

大阪10区
008 大阪の維新(前職松浪健太)が一番強いところで、民主党の逆風のさなかに民主党公認の辻元清美のキャラクターでぶち破れるかというところだ。
 
自民党は、大隈重信の直系子孫を公認候補として立てていた。辻元清美が「ソウリ、ソウリ、総理・・・」と人気あるときに、秘書給与問題で失職してしまったり、民主党から連立の社民が連立離脱するのに「大反対」して、ついに社民党をやめて、無所属、民主党へ入党して、そんな経緯であるから、選挙では落選もしている。そして、今回は、どうなるか、興味津々であった。民主党の凋落傾向の中で、比例復活ならいいほうだ。

以下、続く。

衆議院選挙が面白い選挙区 2009.01.15
選挙したら、自民大物 その結果 2008.12.27

んで楽しかったらクリック 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

| | コメント (0)

2012年12月 2日 (日)

接戦★都知事選★宇都宮健児vs猪瀬直樹

 都知事選は、大勢立候補しているが、実質的には宇都宮健児vs猪瀬直樹二人に対決だ。この対決は、最近にない接戦になりそうだ。
 今、共産党支持者から電話で勧誘があった。宇都宮健児が当選できると思っているようすで、熱が入っていた。石原慎太郎の後継者として、猪瀬直樹を御してきた実力と経歴はタダものではない。

んだら ご挨拶クリック 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 都知事選挙が昨日公示日で、選挙が開始。早速共産党から電話がかかってきた。都内03の電話でない女性支援者からだった。熱心な共産党支持者だ。党の方針で、こまかく都内を配分して電話作戦をやっているようだ。

InoseUtunomiya  今回の都知事選挙は、猪瀬対宇都宮だという。実質的には、二人の決戦である。
 宇都宮さんは、弁護士のトップになった人で、原発反対で、多くの団体を集められる候補で、こんどこそはという意気込みが感じられる。

 猪瀬直樹は、石原慎太郎の後継だと印象で損している。前回は、神
奈川県知事であった松沢さんを指名しておきながら、調査したら勝てそうもないと本人=石原慎太郎が再出馬したという経緯はあるが、そのリベンジでMatuzawaはあるまいが、立候補した。これでは、石原後継の知事という点では、猪瀬に邪魔していることになる。
 その分、宇都宮健児は有利になる。石原慎太郎の松沢を邪険にしたその仕返しがここで現れた。松沢候補、衆議院なら当選の目があるが、都知事選では撃沈するための立候補になる。


Inose_2  猪瀬は、石原慎太郎の意のままに動く人材ではないが、一期目だけは、影響を受けるだろう。大学の自治委員で学生運動をやって、石原慎太郎の下で5年も忍耐し続けて来たから、自民党の扱い、公明党の扱いには長けているから、都知事には適任かもしれないが、バックにつくのは保守系の勢力であることは確かである。
 

Utunomiya_2 それでも、共産党と社会党が協力した候補が立てられるたのは、美濃部都政以来である。民主党は自主投票という最悪のパターンではあるが、民主党独自候補は桝添を担ごうとしたが、政党色の薄い宇都宮さんで、共産党も社会党も乗ってこられたから、かえってよかったのではないか。

 東京都で革新都政だったのは、40年(正確には32年前)も前になる。革新都政を謳歌して華やかであった。ギャンブルなど、教育上悪いものはやめるという清潔な行政をした。都内にあった馬券売り場を閉鎖して、なるほど、革新都政は道徳的な人間社会・・・と、大いに人々は喜んでいた。
 美濃部都政の一番強いときに、50代石原慎太郎が自民党から立候補、白馬にまたがった王子の(イメージ選挙のハシリで)、白スーツで白手袋で手を振りながら、宣伝カーが都内を回っていた。しかし、結果は、
美濃部亮吉に惨敗! 
 この都知事選の話は、石原慎太郎は言いたがらない。

Imagesca2ledsi美濃部亮吉、ソフトで女性の人気は抜群 
 
1975年(昭和50年):社会・公明・共産の推薦で出馬、自民党推薦の石原慎太郎前代議士と民社党推薦の松下正寿(立教大学総長)を破り三選
 松下正寿は、二度立候補しているが、いずれも落選、参議院議員で生涯を終えた。

美濃部 亮吉(みのべ りょうきち、1904年〈明治37年〉2月5日 - 1984年〈昭和59年〉12月24日):日本の経済学者、政治家。元東京都知事(第6・7・8代)。元参議院議員(全国区)。
 父美濃部達吉は
天皇機関説で知られる憲法学者、母多美子は、数学者・教育者・政治家として活躍した菊池大麓の長女。亮吉は箕作阮甫の玄孫にあたる。
 筑波大附中を卒業。附属中学の同級生に正田英三郎(日清製粉名誉会長、今上天皇妃の岳父)、岸本英夫(東京大学名誉教授)、芳賀檀(ドイツ文学者)、諸井三郎(作曲家)などがいる。

 美濃部都政、このギャンブルを禁止し清潔政治で、地方税など税収が激減し、歳入を減らしたが、多くの補助金などばら撒き・・・、いいことを続けたら、財政赤字が美濃部都政を追い詰めた。女性の人気は抜群であった。今回の宇都宮候補も、女性人気は高い。

 今回都知事選では、共産党と社民党がいちばん熱心に宇都宮候補を支援している。民主党から菅直人元総理も、宇都宮候補の決起集会に来て挨拶した。民主党の勢力もこちらに結集する。小沢一郎が後ろから支援する日本未来の党も支援する。
 その意味では、元各支援勢力が、久しぶりに革新系候補に協力して、勝ちにきている。すごく接選になっている。そんな印象で、共産党の細胞にあたる党員、支持者は熱を帯びる。
 公明党は、石原知事を押していた関係で、猪瀬を推薦することになるが、宇都宮都知事になっても、勝ち組に乗るだろう。

 共産党から電話掛けてきた人は、まだまだ、私を説得できた印象がないので、共産党の「パンフレット(マニフェスト)をお持ちします」というから、来られて長居されても困る。
 ・・・無党派を標榜して、いつでも、支持政党はかえていく姿勢はくずさない。共産党ガンバレ!と声かけて、電話を切らせてもらった。

宇都宮 健児(うつのみや けんじ、1946年12月1日 - ):愛媛県東宇和郡高山村田之浜に傷痍軍人の長男として生まれ,1955年、一家で大分県国東半島に開拓入植。 11965年熊本県立熊本高等学校卒後。東京大学に入学、駒場寮で暮らす。
1968年司法試験合格。1969年東大を中退、司法修習生、1971年弁護士登録(東京弁護士会)。1983年法律事務所を開設。
2010年、日本弁護士連合会会長選挙に立候補。史上初の再投票。再投票で宇都宮が、最多票を得て日本弁護士連合会会長に当選した。
※宇都宮 徳馬(政治家、実業家、1906年9月24日 - 2000年7月1日)宇都宮 太郎(陸軍大将、1861年4月27日 - 1922年2月15日)とは、関係はない。Wikipedia参照


猪瀬 直樹(いのせ なおき、1946年11月20日 - ):日本の作家、政治家。長野市出身。1950年5月、3歳半のとき父親が狭心症で急死した。 
 信州大学附属小学校、信州大学人文学部経済学科卒業。在学中は学生運動の指導者、1969年信州大学全共闘議長 改革推進委員会委員(2007年4月 - )、学生運動を離れた後、ナショナリズム研究の橋川文三に教えを請う「日常性の連続がふつうの日常性から日本の近代やナショナリズムをもう一度とらえ直さないといけないと思った」からだ。
 東京工業大学特任教授(2006年4月 - )。東京都副知事(2007年6月 - 2011年11月)、東京大学大学院研究科客員教授、国際日本文化研究センター客員教授。

1987年、西武グループと堤義明(プリンスホテル)について皇族との関係を絡めた『ミカドの肖像』で、第18回大宅壮一ノンフィクション賞、ジャポニスム学会特別賞受賞。「天皇制を考える」テーマに、「なぜ?」「なぜ『ミカド』が?」「なぜ、『御真影』か?」という謎を主軸に展開する。Wikipedia参照

んだら ご挨拶クリック 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  • 猪瀬直樹 将来の都知事で決まり
  • 石原慎太郎VS浅野史郎 都知事選 2007.03.01
  • 都知事戦 石原慎太郎VS黒川紀章 2007.02.22
  • 石原慎太郎圧勝 07都知事選挙 2007.04.09
  • 桜金造 なぜ都知事選へ立候補? 2007.03.19
  • 誰が勝つか 都知事選 石原氏袋叩き 2007.03.16
  • | | コメント (3) | トラックバック (0)

    2012年9月26日 (水)

    自民党総裁選挙 安倍、石破の一騎打ち

    040 一位、二位の決戦投票で、二位安倍晋三が一位石破茂を下した。二位が勝つのが、自民党の不思議な伝統。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    150pxtakeo_fukuda_1977_adjusted150pxtanaka_1973_2   福田赳夫対田中角栄の決戦でも、福田のほうが事前の読みでは勝っていた。それが、再投票の前数時間、もっと短い間だったかもしれないが、ははっきりしたことはわからないが、その間に角栄陣営は、三位陣営を抱き込んで、福田赳夫に勝った。お行儀のよさ、強引さが不足していいるから、お公家集団と言われた。こちらには、小泉純一郎が悔しがったのはよくわかる。

     このときの田中角栄の金権本領発揮。人間は、ナンダカンダ言っても、カネを握らせたら、弱くなる。このときだろう。両陣営からカネをもらうのをニッカ、三陣営からもらうのはサントリー、とかいって、新聞に書かれていた。代議士連中のカネに汚いのは、昔も今も変わらない。

     ポスト佐藤栄作総裁選(1970〜1972)田中 対 福田の決戦投票では、 佐藤栄作の腹は、東大・大蔵省出身の福田であったが、決選投票にまでなって、口を出せなくなった。
     総裁選には田中、福田、大平、三木の4人が出馬し各々156、150、101、69ずつの票をえて、一位田中と二位福田の票は僅差で、決選投票になった。決戦投票に行かない大平、三木票170票から、福田には40票、田中には126票上積みされ、結果田中282、福田190と、予想外の大差で、田中が佐藤栄作の後継となった。
     もし出馬したら台風の目になった中曽根康弘には、この時7億円の資金が田中から流れた、と言われている。
    Wikipedia 参照
     このあと、田中側の選挙裏工作したしたとして、福田陣営にいた若い議員には、恨みが渦巻いて、その後、長く角福戦争と言われる争いが続いた。

    038決戦投票では、
    安倍晋三108票、
    石破  茂  89票。
    一次では安倍54票、石破34票と、基礎議員票でもともと差があったので 
    石破は不利。町村27、石原58、林24票合計109票が、54票。55票と均等に二人に振り分け加えられ、結果、
    安倍晋三108票、石破89票となった。

     町村27→安倍へ、林24票→安倍+石破、ということは、長老締め付けの石原票が、かなり石破へ流れた。
     長老の石原支持票は案外モロイと考えられる。石原の地方票38票とは、(町村、林は論外として)安倍87票と比較して、総裁候補党員に支持されていない。地方議員は相当辛らつだ。彼は総裁になる器ではないと否定されたようなものだ。まじめな主君谷垣を蹴落とした光秀、そのイメージがあるのだろう。
     父
    石原慎太郎知事のバックがどうも、入学式に父兄帯同の大学生のように見える。家族が仲がいいように言うが、一族が権力志向で日本を牛耳る景色に、国民が嫌っている。彼ら一族はあまり学識があるように見えない。
     伸晃クン、日本のリーダーになるには、人徳が欠ける点だ。どこがって言うのは言いにくいが。みんなから愛され、尊敬される対象になりにくい。気象予報士の弟のほうが好かれるイメージ。
     野田総理でも、勤まると思われているが、総理の座を軽く見くびっている。彼では民主党の代表候補に負ける。超保守の安倍晋三で決まってよかったのではないか。この程度の争いなら、親父安倍 晋太郎も首相になっていただろう。毛並みも、学識も、実力も、この競争なら、勝てる。と考えると、政治家の器が小さくなっている。そこらのアンちゃんでも、国会議員から総理になれるかもしれない。
     日本国民を引っ張っていく、日本のリーダーだよ。方向を決めて、日本の形を決めるんだよ。

     総裁決定に響ないように、小泉進次郎は、石破支持だったと、事後に投票行動がわかったが、事前にわかったら、どんなことになったのだろうと、思った。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    | | コメント (0)

    2012年9月15日 (土)

    保守自民党って★どんな党?

     昨日は、中国の監視船など6隻が尖閣諸島の日本領海侵犯してきたので、日本国民にとっては心穏やかではない一日であった。
    そんな日に、自民党谷垣禎一総裁の任期満了に伴う総裁選、告示。5人が立候補した。
    自民党総裁選候補 当選は石原か
     

    日本維新の会結党は、二二六事件決行

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     総理を目指す自民党議員にとっては、まずは、民主党への失望感の強い今こそが、自民党が勝つチャンスと思うだろう。もう、テレビも、将来の総理への質問として、考えを聞きだそうと必死だ。

    049  年齢順候補者紹介
    ●町村信孝元官房長官(67)、
     町村氏は「新しい防衛大綱を作り、海上保安庁の装備もしっかりやらないと主権、領土を守ることができない」
    ●安倍晋三元首相(57)
    安倍氏は「戦後のくさびを断ち切り、いまこそ橋を渡って憲法を私たちの手でつくるべきだ」
    ●石破茂前政調会長(55)
     石破氏も「独立主権国家にふさわしい憲法をつくるときだ。集団的自衛権の行使を可能にして、国を挙げて安全保障に取り組む」、
    ●石原伸晃幹事長(55)
     石原氏は「集団的自衛権、国防軍だけでなく、特に大事なのは(武力攻撃など)危機事態への対応を憲法に書き込むことだ」と指摘。
    ●林芳正政調会長代理(51)
     林氏は「アジア太平洋地域の安定を図らなければならない。領土問題は(海上保安庁など)現場がきちんと対応すべきだ」と述べた。(中日新聞
     伝統の政党であるだけに、立候補者全員、二世議員、三世議員である。地盤と看板を受け継いで、彼らはダレの利益代表として意見を言っているか、自覚したことがあるか、その辺を聞いてみたいと思う。それは民主党にしても同じであるが、政権をとったとたん、群がる受益企業系の人が群がる。持ちつ持たれつの関係の人が、びっくりするほど、政権につくと、人ってこんなに簡単に集まるのかと思う。

     民主党が政権をとった・・・一ヶ月後、選挙終わったばかりのとき、6515 東京地方区(参議院)で当選したS議員が党の方針を語る講演会、30分程度の話をする取材に立ち会ったことがある。
     そのあと、名刺交換にとS議員の帰り道(通路)を立ちふさぐように、記者はもちろん、業者らしき人が列をなして、帰るに帰れない状況になった。

     
     国交大臣になったばかりの民主党エースの某M大臣、 「八ツ場ダム3322 を工事ストップ」を号令した。終わりなき工事は国民の税金を無駄に流し続けるとの声に応えたものだった。が、同じ政党が政権についているのに、それが半年もしないで、ひっくり返された。
     コレには納得がいかなかったが、当時の関係県知事、関連業者の代表がその「八ツ場ダム工事再開」を喜んで集まっている姿を見て、この図(バンザイの写真)こそが、保守政治の根源エネルギーだと実感した。
     ここには節約する思想はない。国がいかに
    財政困窮になろうが、各議員が地元へ、あるいは企業に利益をもたらすか、その功績で再選へつながるのが、たぶん保守系議員の傾向か、と思う。そうじゃない、もっと住民の福祉に努めているとか・・・地道に働く人も多いと思うが。

     自民党総裁選の争点は、どの記事を見てもあまり違いはないと評されている。主要政策に大差なく=5候補、党方針踏襲 その中で一番違いの出たのは、「衆院選後の政権の枠組み」である。それも、結果を見てから・・・と、意見をはっきりさせないで、ごまかす人が多かった。つまり、
     (A)3党合意「民自公」路線か、
     (B)新党「日本維新の会」との連携か、
     次の選挙で、自民党は過半数はとれないが、比較第一党になれると踏んでいる。だから、政権奪還をにらみ、候補者は「次期首相」を目指す戦いになっている。マスコミも、そのつもりでインタビューしている。

     5候補中一人が1回目で過半数を得るのは難しい。上位2人の決選投票になる可能性が高い。各候補は決選投票での連携を模索しながら選挙戦を戦う。

     衆院選後の政権枠組みにもっぱら関心が集まり、
    ●社会保障と税の一体改革、
    ●原子力、
    ●TPP環太平洋連携協定など
     主要政策では、主張に大きな差は見られない。 賛否が割れるTPPに関しても、「聖域なき関税撤廃を前提にする交渉参加に反対」とした公約にならい、町村氏「国益に反する形での交渉参加に反対」、石原氏「関税自主権の完全放棄は反対」といった玉虫色の表現にとどめる。
     ただ、こういった重点政策をめぐる議論は、各候補のアピール合戦で、今後、党内で骨太な議論が行われるかは不透明だ。(2012/09/14-21:35)

     不透明だ、ということは、「つまりはやらない」と同義語である。あまり期待はできない。
     ベテラン知恵者が自民党にはいるし、外交問題の処理には、なれがあるから、民主党のように、尖閣諸島を国有化をするのをオープンにやって、中国に付け入るスキを見せたが、自民党なら秘密裡にやったかもしれない。この程度の悪知恵が、自民党にはあることは、認める。それだけ民主党は正直でバカがつく。
     4年間は民主党の政権にしたかったが、官僚支配を許す点は、やはりこの自民党と同じだから、交代してもらいましょう。

     第三極を中心にした、選挙を通した“アジア極東の春”にしてみよう。多少の混乱はあっても、古い議員は交代の時期でしょう。
     革新系の「社民党」が伸びてほしいが、それは現実的にはムリだから、「日本維新の会」「みんなの党」が伸びて、「民主党の一部、自民党の一部」と結び、連合政権樹立に期待、政権構想では、オールジャパンチームを作ってみたい。
     首相には、座りのいい人がいない。
    安倍晋三ではちょっと中国と軋轢を生みそうだ。清潔さの岡田克也を副首相にして、外相に中国と関係がいい小沢一郎はどうだろう。日本政界で用意できる人材をそろえて、日本の苦境を突破してほしい。政党間の利益のとりっこではなく、政党横断型の組閣を一度してみてほしい。
     選挙が近づいたら、また、日本の政治を考えてみたい。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    | | コメント (0)

    2012年9月13日 (木)

    日本維新の会 挙党★二二六事件に匹敵

     「維新の会」の挙党は、武器も殺人もないが、そのインパクトは、二二六事件の青年将校の行動に匹敵する。
     昭和の初め、貧しい農村の窮状を知っている士官たちは、止むに止まれぬ心情を実行に移した・・・に似ている。「維新の会」の橋下徹の人気が、後押しして「維新の会」バブル状態で今はすべてに勝る人気で結構であるが、いつまで続くか、はなはだあぶなっかしい。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

     これも、それこそ金メダリストが強姦罪で訴えられたら、一気にしぼんでしまうように、勢いある「維新の会」も同様な事件があったら、つぶれる。まだそれほどモロい。まあ、政治権力は、男の遊びとしては一度権力を握ると、コセコセしたアバンチュールやSexよりよほど面白い、と誰かが告白していた。九州出身の有力自民党議員で、両刀遣いがいたがね。

     日本には、大衆を熱狂させた政治家は小泉純一郎がいるだけで、まだ政党で支配する例はない。特定政党が国内を支配するのは、ヒットラーのナチ党、イタリアのムッソリーニしかいないから、その例と比較してしまう。

     時が時で、韓国の竹島、中国の尖閣諸島の領土問題が沸騰しているから、国民は熱してしまいがちだ。冷静な側が勝利するとは限らないが、中国の「愛国無罪」で何でもやる国民に育てるお国柄でないが、「新しい教科書」の勢力が「河野談話」「村山・・・」を目の敵にして、日本の国論を国家主義的な方向へ持っていこうとしている。その方が勢いのいい意見だからね。慌ててそんな強硬意見を採用して、ぶつかりあっても、メリットはない。「物持ちケンカせず」で、多少の隣家のどなり声は黙って聞き流すほうが賢い。

     中国は国軍が上陸訓練してみせるなど、キナくさいことを平気でやるお国柄。首脳は、そういう蒙昧な相手に手足を掴まれているから、反日デモ連中をあまりきつく抑え込めないでいる。
     (まてよ、天安門事件の弾圧はなんだ?国民の民主化の熱気を抑えつけて、多くの天安門指導者は海外逃亡したし、死刑にもなった。あと、ウイグル族弾圧は?など)
     首脳交代時期は、首脳候補を抱えている派閥は、裏で今何か工作しているから、どこで、何が起きているか、さっぱりわからない。最近の新聞では、次期トップ候補の習近平が10日間ほど公の場に顔みせていないから、大けがしたとか、噂が飛んでいる。

    大阪弁を認めろ!」と主張していた連中が、
    「大阪弁を
    標準語にしよう!
    」と風向きを変えていると解説していた人がいた。なかなか言い得て妙である。
    壊し屋としては、こうして法律を作らないと何も変わらないから、国会に入ろうとするのだが、素人が議員になって何ができるか?と冷ややかに見る向きもあるが、「やれる」に掛けるか、「やれない」に掛けるか・・・、実に悩ましい。東西冷戦から改革が、アラブの春になり、日本にはこういう形で到達した、という印象がある。
    国会を占拠して、古い頭の人間を追い出す戦略は、拍手喝采である。 しかし、まだ、本気か?と疑う気持ちがある。トップの橋下徹が、信念の人として信頼されていないから、誰を幸せにする施策を行うのか、
    題目ばかり並べて、ごまかしてしまう政治家が多い中、素人の新鮮さはあるが、新鮮ということは、方策の実行プロセスに未熟ということだ。民主党のように官僚機構にマルメこまれ、大企業よりの人間より箱物で稼ぐ・・・、消費税上げたとたんに国土強靭化計画を条文にもぐりこませる連中と同じになるかも・・・、何度煮え湯を飲まされたら、国民本位の政権ができるのか、と思う。

     とくに賛成か反対か、二者択一にされると、勢いのいい方に転ぶ。毅然としてYesか、Noか、と迫られると相手のペースにはまる。物事の決断は、優柔不断でちょうどいいものだ。

     「日本維新の会」の結党セレモニーは「君が代」で始まった。「君が代」は悪いというわけではないが、「国家主義」右翼的な思考をするのか、とハッと思った。強硬に対外的にあたるのか?
     たとえば、
    中国のデモの動きに呼応して、こっちもデモで中国大使館を打ち壊しを許してみぃ、どうなると思う?中国の国内の大騒動で、「対抗処置をとれ!」と中国のトップはデモ隊の煽られて、「強硬措置」で、日中交流を止めたり、レアアースの禁輸措置をとる。
     勢いというのは、静かな理性的な大衆が八割いても、二割が強硬愛国主義者がいたら、物事は二割の方の勢いが勝ってしまう。声の大きいほうが世論を動かす。

     領土問題などに「弱腰ィ!」と言われたら、すると「強硬に」言わざるを得なくなる、こんな安っぽい国家主義的な政権は願い下げだ。 橋下徹の「維新の会」と、安倍、石破のラインは新国家主義を推進している。今、人気あるのは、東京都の石原知事、自民党の総裁候補では、安倍、石破だ。日本の威信を高めようと、経済力も世界のトップに行こうとしている。
     こういう「日本の力を強く」という言い分は、内側にいるもの(日本国内)には受けがいい。が、外側にいる人(東南アジアの戦争被害国)には、脅威の存在になるから、警戒される。この外側の人を無視しては、友好を結ぶのが難しくなる。
     アメリカの傘下にいて、戦後日本はアメリカの手先で生きてきて、今度はアメリカが弱くなった分を、日本が強くなろう・・・としている。そう簡単にアメリカの鼻息から逃れられないよ。

     さて、大阪革命ともえいる「日本維新の会」結党は、どこまでやれるか。日本国民に支持されているか。選挙で第一党にはまでは、なれないだろう。民主党が取りこぼした分を拾い、話題から外れている社民党や無所属議員分の票をかっサラうだろう。百人に近い議員を擁する党になる、とマスコミは予想している。

     日本の政治情勢からいうと、10数年前の「日本新党」の初選挙のときとは相当違う。そのころはどうなっていたか?例に見てみよう。

     武村正義らが自民党から離党して新党さきがけを、6月25日には羽田孜らが自民党から離党して新生党を結成した。そんな中、1993年東京都議会議員選挙に日本新党は挑み、22人の公認候補者を擁立、20人当選(推薦を含めて)。コレは脅威の記録で、最終的には27人の都議会第3勢力になった。
     1993年7月18日の第40回衆議院議員総選挙では、細川や小池百合子は参議院から衆議院に転出するなど、
    日本新党は、追加公認を含めて57人を擁立、35人が当選した。なお、この中には日本新党の公募に応募した約500人中から2人立候補した。結局、枝野幸男1人が当選。選挙後、衆院院内会派「さきがけ+日本新党」を結成。52人の第5勢力となった。Wikipedia参照

    日本新党
     10数年前と比較して、今の政治情勢、不景気などが加わり、見通しがわるい。「日本維新の会」は、「日本新党」の公募より、話題になることが多いから、「日本維新の会」の公募候補はどの程度当選するか、当事者ならずとも、大いにその結果は関心がある。
     純粋公募候補が50人立候補して20名の四割当選できたら、大成功。300人立候補するというから、120人が当選?それはムリだ。あとは、名前の売れている東国原、中田、元通産官僚など『維新の会』ブレーン、当選可能人材を立候補させて20名、あと離党者をかき集め、合計60名を勝利ラインとみるか。
     これで、目玉政策、議員定数480名を半減、240名削減目標を実行できたら、すごいことだが、言うは易く、行うは難し。自分の体を自分の手で手術はできないだろう。そうしたら、民主党の二の舞である。この政策は、「眉唾もの」だ。政権とってもできないのだから、政権とれそうにない「維新」は、ホラ吹きだといわれて幕。そういういい加減な連中・・・という結論になるかもしれない。どの程度粘るか。

     
    橋下徹という人物の信念が見えてこない。
    彼が東南アジアの国々を回って、やっぱり「河野談話」「村山談話」を継承して、人類平和は、過去の過ちに真正直に向き合うことから始めるほうが受け入れられるんだ、と国民に向かって語ったら、「橋下徹は人類の未来を考えている、と信じられる。が、まだ若さ、未熟さ、強引さばかりが目に付く。いいところも多いが。岸信介の思想を引き継ぐ安倍の考えに組するのでは、東南アジアを味方につけられないのではないか。

     「みんなの党」は、渡辺代表は「考え方が同じ」と盛んにアプローチして「みんなの維新」にしよう。合併しようと迫ったが、彼は橋下の意図が読めなかったね。
     鳩山由紀夫、菅直人が民主党を立ち上げたとき、当然同じ考えだら、呼んでもらえると思っていた(愛称ムーミンパパ)新党さきがけ代表武村正義ははずされた。扱いにくい大物は邪魔だよ。


     
    今回結党時に、バラで「みんなの党」から三名抜かれちゃった。代表の渡辺と幹事長の江田さんが残された形になった。江田さんは「あまり接近し、肩入れしすぎるな」とほれ込んでいた渡辺さんに忠告していたのに、蹴られた。渡辺代表のほれ込みに影響されて、党の肝心な国会議員が向こうへ行ってしまった。
     まだ、「みんなの党」は目が覚めていないかもしれないが、「日本維新の会」が大きくなってから「みんなの党」を吸い尽くされて合体する・・・。「みんなの党」カラーの強い渡辺善美、江田憲司は、いらないから「維新の会」には入れないという、さきがけ武村正義と同じ結末が待っているかも。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    | | コメント (0)

    2012年9月11日 (火)

    自民党総裁選候補 当選は石原か

    東京は午後には33度まで気温が上昇するという。それでも、空気が乾燥していて、日陰にいればすごしやすい季節にはなっている。朝の散歩を汗びっしょりになる速歩の散歩を一週間続けて、シャワーを浴びる爽快さを楽しんでいる。これが、雨や暴風にならず、いい天気が続いているからだと思う
    自民党って、どんな党?保守を牽引

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

    自民党は谷垣禎一総裁(67)と石原幹事長と遣り合って、昨日まで「オレがオレが」と言っていたのが、一転、谷垣さん譲ってしまった。栃木県の●●一太議員は「長老支配の自民党」と大書してテレビインタビューに応じていたが、この「長老」とは、森元総理と古賀派の古賀誠会長(72)が引き下ろしにかかったのが、功を奏した。

    0 左から林芳正、石原、石破、安倍、町村、谷垣(立候補断念)。

    古賀派としては、林芳正政調会長代理(51)支持を示唆した。森元総理は親父の石原慎太郎に親しいから、谷垣禎一総裁のような理論的に説明する頭のいい男は扱いにくい。

     候補者一口紹介(×を除き写真右から)
    ①町村 信孝(まちむら のぶたか、1944年10月17日 - ):日本の通産60_2 官僚、政治家。衆議院議員(当選10回)、清和政策研究会会長。衆議院厚生委員長、文部大臣(第124・129代)、内閣総理大臣補佐官(教育改革担当)、科学技術庁長官(第62代)、文部科学大臣(初代)、外務大臣(第135・136・139代)、内閣官房長官(第75代)などを歴任した。
    出生地 静岡県沼津市 出身校 東京大学経済学部卒業  前職資源エネルギー庁 石油部石油企画官
    親族  町村金弥(祖父) 桑田熊蔵(祖父) 町村金五(父) 町村敬貴(伯父) 河合良成(義叔父)

    ②安倍 晋三(あべ しんぞう、1954年〈昭和29年〉9月21日 - ):日本60_3 の政治家。衆議院議員(6期)。自由民主党幹事長(第37代)、内閣官房長官(第72代)、自由民主党総裁(第21代)、内閣総理大臣(第90代)などを歴任した。
    生年月日1954年9月21日(57歳)出生地東京都 出身校成蹊大学法学部卒業 前職神戸製鋼所従業員 実父秘書
    所属政党自由民主党(町村派)
    親族 佐藤信彦(高祖父) 安倍寛(祖父) 岸信介(祖父) 佐藤榮作(大叔父) 安倍晋太郎(父) 岸信夫(弟)
    配偶者妻・安倍昭恵

    ③石破 茂(いしば しげる、1957年(昭和32年)2月4日 - ):日本の60_4 政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。
    防衛庁長官(第68・69代)、防衛大臣(第4代)、農林水産大臣(第49代)、自由民主党政務調査会長(第52代)を歴任。父親石破二朗は、建設事務次官、鳥取県知事、自治大臣兼国家公安委員会委員長を歴任。
    出生地鳥取県八頭郡八頭町郡家殿 出身校慶應義塾大学法学部

    ④石原 伸晃 (いしはら のぶてる、1957年(昭和32年)4月19日 - ) :60_5 日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員 (7期) 、自由民主党幹事長 (第45代) 、自由民主党東京都連会長、TOKYO自民党政経塾主宰、社団法人日本ジュニアヨットクラブ連盟会長。
    規制改革担当大臣、国土交通大臣 (第3・4代) 、自由民主党政務調査会長 (第49代) 等を歴任した。
    神奈川県 出身校 慶應義塾大学文学部社会学科 前職 日本テレビ報道局記者
    父は参議院議員、東京都知事の石原慎太郎。ただし石原慎太郎・石原伸晃親子の間には、一般的な世襲議員には分類されない。弟石原良純(タレント、気象予報士)、石原宏高(前衆議院議員)、石原延啓(画家)がいる。父・慎太郎の旧東京都第2区の地盤は弟・宏高が継承。
     

    ⑤林 芳正(はやし よしまさ、1961年1月19日 - )51歳:日本の政治60_6 家。参議院議員(3期)、自由民主党参議院議員副会長・政務調査会長代理。参議院外交防衛委員長、防衛大臣(第5代)、参議院政府開発援助等に関する特別委員長、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)などを歴任。村上ファンド村上世彰は東京大学同期、麻雀仲間。評論家の宮崎哲弥は友人。
    東京大学法学部卒業 ハーバード大学ケネディスクール修了
    前職1984年に三井物産に入社 サンデン交通に入社 山口合同ガス従業員

    58 (立候補せず)谷垣 禎一(たにがき さだかず、1945年(昭和20年)3月7日 - )67歳:日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)。自由民主党総裁(第24代)。財務大臣(第3・4・5代)、国土交通大臣(第9代)、自由民主党政調会長(第50代)、国家公安委員会委員長(第69代)、金融再生委員会委員長(第3・4代)、科学技術庁長官(第56代)、産業再生機構担当大臣、きょうと青年政治大学校学長(第3代)を歴任。また、旧加藤派を継承し谷垣派会長を務め、古賀派では代表世話人を務める。
    文部大臣(第100代)を務めた谷垣専一の長男。影佐禎昭元陸軍中将は祖父。
    京都府福知山市 出身校東京大学法学部

     自民党総裁選は、
     石原対安倍+石破連合の戦いとしてみる。石原(旧来の長老支配自民党の勢力)対安倍+石破連合(新国家主義思想+大阪維新の会連携)町村派閥の町村と林は、同系派閥で、票は伸びない。と見る。が、結果は見てのお楽しみ。
     今、日本に不景気の風とともにに、アラブの春、東西冷戦、ベルリンの壁崩壊・・・それらの影響が、ようやく日本にも届いたという印象で、それが日本式な形で現れているようだ。
     無党派市民が50%を越した現在、一般市民の人気を得た党派が、権力を握ることになる。「大阪維新の会」を立ち上げ、橋下徹を担いだ勢力が今、自民党と公明党の核心部分と提携して、一大勢力を握ろうとしているが、旧来の三党合意勢力とどう対決するか。
     これがまた官僚組織に巻き込まれると、またガッカリである。

     「大阪維新の会」が民主党の轍を踏まないためには、知恵者が少なくとも、5人は必要である。みんなの党が飲み込まれていくように、官僚組織を解体できるだろうか?「大阪維新の会」→「日本維新の会」になるなら、多くの官僚を取り込めるかだ。

    「維新の会」は、関東軍みたいな立場にいる。壊すだけ壊して、一般庶民の立場まで考えてくれるか、彼ら「日本維新の会」幹部には、その優しさがあるか、危惧している。
     民主党の失敗から、自民党へ人気が戻ると思っているようだが、それはあてにならない。しかし、公明、民主、自民という保守勢力は大きいものがある。社民・共産党・生活ネットなど、弱小の政党はあっても、政治の中心に来ないだろう。どうしても、今は保守からのごまかさない政治・・・このレベルにしか期待できない。

     「維新の会」+安倍+石破の提唱する日本の威信を取り戻すのは、右側に近づき、彼らと勢いつかせるのではないか。新国家主義で近隣アジアとうまく付き合えるか、心配してしまう。憲法改正を今の程度の民度のレベルに任せたら、どういう文言をもぐらせてしまいそう。自衛能力がどうなるか、皆目見当がつかない。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    | | コメント (0)

    2012年9月 7日 (金)

    負けて、勝つ★渡辺謙★吉田茂を演ず

    Photo NHKは土曜日に吉田茂を中心にした戦後のGHQマッカーサーとの対決したその歴史をドラマにするらしい。その吉田茂に渡辺謙を起用する。また彼が使われるとは、日本の俳優は国際的に通用する人がいないのかと思ってしまう。
    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

    03  吉田茂は身長1メートル55の小柄な男。生前、「世界の歴史を動かすのは小柄な男」と決まっていると嘯いていたらしい。たとえば、ナポレオン、この男も小柄であった。中国鄧小平は150センチ、わが国の吉田茂は155センチ、世界的医学者 野口英世は153センチ、作家の三島由紀夫、川端康成だって160センチなかった。

    02  吉田茂は、身の丈のことは口にしていないが、「大男総身に知恵の回りかね」ということわざの時代、前にも書いたが「徴兵検査の甲種合格153センチ以上」の時代、だが奥方は背の高い人だった。「小りん」さんは、奥方の死んだのち家に入った芸者だった人。吉田茂が死んだ後、大磯の邸宅の一部にひっそり暮らした。田中角栄の奥方のような、控えめの印象だった。

     大磯から国会へ吉田茂が通う道路を「ワンマン道路」と称して、世間の人は恐れて、今の読売渡辺恒雄どころの話ではない。社会党のダレだったか(西村)、国会の質問中に、吉田茂にコップで水かけられ「バカヤロー!」といって、国会が解散になった。水をかけたのは、カメラマンだった。(以下が正確な事実である。)
     1953年2月28日の衆議院予算委員会で、吉田茂首相と右派社会党の西村栄一議員との質疑応答中、吉田が西村に対して「バカヤロー」と暴言を吐いたことがきっかけとなって衆議院が解散。
     映像資料で見ると、吉田は席に着きつつ非常に小さな声で「ばかやろう」とつぶやいたのをマイクが拾い、気づいた西村が聞き咎めたために騒ぎが大きくなったのが実態

     松浪健四郎は、民主党議員永田寿康にやじられコップの水を浴びせたが、吉田茂にも同様な逸話がある。
     しつこい新聞記者にコップの水をかけた吉田が、さる貴い人から「気持ちはわかります」と言われたそうだ。そこで吉田は、
    「水をかけたいと思うだけなら、誰でも思います」と答え「大事なのは、(実際に)水をかけることでございます」 と切り替えしたそうだ。こういうウイットを効かせると、次の矢を放てる日本人はいない。
    ウィットとエスプリに満ちた会話をした。

     吉田茂の有名なウイットというか毒舌が、某ブログにあったのでご紹介します。
    ①「特別の健康法とか、不老長寿の薬がありますか?」
    とある人に聞かれ、すました顔で即答した。
    「はい、強いてあげれば人を食っております」。

    ②外交上の会見の場で謝罪しなくても良いのに突然
    “I am sorry” と言った。その場にいた一同は、なんだろう?と驚いていた。次の瞬間、「私は、総理です」と吉田さんの一言で、緊張したその場は、一瞬で和んだという。

    ③終戦直後のまだ国民が焼け野原で飢えと闘っているころ、吉田さ04 んはマッカーサーに「450万トンの食糧を緊急輸入しないと国民が餓死してしまう」と訴えた。結局6分の1以下の70万トンしか輸入できなかったが、餓死者は出なかった。マッカーサーが抗議して、
    M氏:ミスター・ヨシダ、私は70万トンしか渡さなかったが、
    餓死者は出なっかったではないか。日本の統計はいい加減で困る。
    01 吉田:当然でしょう。若し日本の統計が正確だったら、むちゃな戦争などいたしません。
     また統計どおりだったら、日本の勝ち戦だったはずです。
     マッカーサーは腹を抱えて笑い出したという。

     たぶん、ここまで吉田茂の毒舌ユーモアやウイット、エスプリが広がると、彼ならこういうだろう、と付け加えられてしまい、彼の言わなかったことも追加されるだろう。まあ、それはそれで、面白いかもね。

    吉田 茂(よしだ しげる、1878年(明治11年)9月22日 - 1967年(昭和42年)10月20日):日本の外交官、政治家。位階は従一位。勲等は大勲位。
    内閣総理大臣(1946)昭和21年5月22日〜昭和22年5月24日、および、(1948)昭和23年10月15日〜1954(昭和29)年12月10日まで在任。

    優れた政治感覚と強いリーダーシップで戦後の混乱期にあった日本を盛り立て、戦後日本の礎を築いた。ふくよかな風貌と、葉巻をこよなく愛したことから「和製チャーチル」とも呼ばれた。
    政治活動以外の公的活動としては、廃止された神宮皇學館大學の復興運動に取り組み、新制大学として新たに設置された皇學
    館大学にて総長に就任した。また、二松学舎では、金子堅太郎の後任として学校法人の理事長にあたる舎長に就任した。

    おいたち:1878年(明治11年)9月22日、高知県宿毛出身の自由民権運動の闘士竹内綱の5男として東京神田駿河台(のち東京都千代田区
    )に生まれる。父親が反政府陰謀に加わった科で長崎で逮捕されて 母親は芸者だったらしく、竹内の投獄後に東京へ出て竹内の親友、吉田健三の庇護のもとで茂を生んだ
    実父と義父は若い武士として1868(慶応四、明治元)年の明治維新をはさむ激動の数十年間に名を成した者たちであった。

    1881年(明治14年)8月、茂3歳、旧福井藩士横浜貿易商(元ジャーディン・マセソン商会・横浜支店長)吉田健三の養子となる。
    ジョン・ダワーによると、「竹内からもその家族からも、この五男茂は余計者に扱われていた」という。 養父・健三が40歳の若さで死去し、11歳の時、茂は莫大な遺産を相続した。

     少年期は、大磯町西小磯にて義母に厳しく育てられた。
    200pxshigeru_yoshida  1889年(明治22年)2月、耕余義塾入学→1894年(明治27年)4月に卒業。同年9月から、日本中学(日本学園の前身)約1年通った、
    1895年(明治28年)9月、高等商業学校(一橋大学の前身)同年11月に退校。1896年(明治29年)3月、正則尋常中学校(正則高等学校の前身)を卒業。同年、慶応義塾・東京物理学校(東京理科大学の前身)に入学いずれも中退。
    1897年(明治30年)10月に学習院入学、1901年(明治34年)8月学習院高等学科を卒業
    同年9月、当時華族子弟などを外交官養成の学習院大学科に入学、大学科閉鎖
    1904年(明治37年)同年9月に東京帝国大学法科大学、1906年(明治39年)7月政治科を卒業、
    同年9月、外交官領事官試験に合格。合格者11人中、首席合格が広田弘毅

     外務省へ入省後は、20年の多くを中国大陸で過ごす。中国における吉田は積極論者で、軍部よりも強硬であったとされる。奉天総領事時代には、対中強硬論者政友会森恪と連携し、「満蒙分離」論を支持。1928年、田中義一内閣の下で、森は外務政務次官、吉田は外務事務次官に就任。

     外交的には覇権国英米との関係を重視し、この頃第一次世界大戦の敗北から立ち直り、急速に軍事力を強化していたドイツとの接近には常に警戒していたため、岳父・牧野伸顕との関係とともに枢軸派からは「親英米派」とみなされた。駐英大使としては日英親善を目指すが、極東情勢の悪化の前に無力だった。また、日独防共協定および日独伊三国同盟にも強硬に反対した。1939年昭和14年、待命大使となり外交の一線からは退いた。

     太平洋戦争開戦前には、ジョセフ・グルー米大使や東郷茂徳外相らと頻繁に面会して開戦阻止を目指すが実現せず、牧野伸顕、元首相近衛文麿ら重臣グループ連絡役として和平工作に従事(ヨハンセングループ)し、ミッドウェー海戦大敗を和平の好機とみて近衛とともにスイスに赴いて和平へ導く計画を立てるが、成功しなかった。
    その後、殖田俊吉を近衛文麿に引き合わせ、後の近衛上奏文につながる終戦策を検討。
     しかし書生として吉田邸に潜入したスパイ(=東輝次)によって1945年(昭和20年)2月の近衛上奏に協力したことが露見し憲兵隊に拘束。ただし、同時に拘束された他の者は雑居房、吉田は独房で差し入れ自由という待遇(親交のあった阿南惟幾陸相の配慮によるもの)40日あまり後に不起訴・釈放となった。この戦時中の投獄が、逆に戦後は幸いし「反軍部」の勲章としてGHQの信用を得る。
     スパイ(=東輝次)には
    後日談がある。
     その書生が戦後現れて、「上官の命令とはいえ申し訳ないことをしました」と詫びると、「忠実に任務を遂行したのだから、別に謝る必要はない」と激励し、就職の世話までしている

     第一回放映
     ダレの脚本だろうか、視聴者を買い被っているせいか、平家物語の官位がわからないように、多くの人には、東久邇、近衛になると、どういう位置にいた人か、よくわからない。人物を景色扱いで通すつもりだろうか。主人公だから吉田茂とダグラス・マッカーサーははっきりしているが、出てくる人物の戦前の働き、業績がわからないと、ストーリーについていけないじゃないか。
     東条英機を対立軸に立てて、枢軸国へ加担するか、英米を味方につけるか、緊張感があるストーリーにしてほしい。5回連続で、視聴者がついてくるか、心配である。
     昭和20年代の話にしても、もう少し画面を明るく、親しみやすくしてほしいものだ。薄暗くて、ダレがダレだか、特に女性の関係が説明不足のきらいがある。事実に引っ張られすぎて、展開するストーリーが散漫な印象がある。
    Shigeru_yoshida_suit_2 吉田茂を渡辺謙に依頼して、NHKは彼の演技力頼みになっている3e6a5098_2 が、吉田茂は渡辺謙でないほうがよかった気がする。第一似ていない。ネームバリューで見せようとする意図が感じられて、よろしくない。小野
    武彦のほうが吉田茂に似ていないか?

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

    | | コメント (0)

    2012年8月15日 (水)

    靖国神社前に社会変革、兆候を感じる

    0926 去年も感じたが、今年はもっと、もっと警備陣に進化した分、靖国側も右翼を追い出したのか、人々に自由度が消えた。毎年見ているとわかる。為政者側の制限が確実に厳しくなっている。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村 

    0935中国の領事館を指して、中国共産党は、日本にいる学生に指示すると、すぐ集まると善光寺で北京五輪の聖火リレーのときの例を出して説明
    日本には、中国から送りこまれたスパイ、あるいは中国のため働く学生らが何十万といる。彼らは本国共産党の指示でうごく。
     今回の新潟領事館の敷地を広くしたのは、そういう人が集まる場所だ、と説明した。
     靖国神社の中のテントでは、毎年8月15日に集会をしているが、その中では、新潟から来たその敷地購入反対運動の事務局の人がやはり、その点をスピーチしていた。

     一方で、黒い紋付はかまのオジサン、「チョウセーン、シナのチャンコロは、殺してしまえ!」と、独り言のように繰り返して通りぬけていった。この気分は、多くの右翼の原点にあるようで、この古い認識が変わらない日本人が多くいる。

    今年は、中国が新潟に広大な敷地を購入して、領事館敷地を広げようとする問題が、いろんな場所で問題にしていた。日本政府は、中国にある日本大使館を建て直し後の建築認可をせず、日本を困らせたとき、何か取引をし手許可を取ったのか、中国は新潟領事館敷地の購入をやりやすくした・・・とも思われている。

    靖国神社の中入り口までは、自由にチラシ配りのような右翼系の活動を許していたが、警察によって、門の前のバリケード風に入り口を狭められていた。入口をグッと狭めて人の流れを管理しやすくしている。

    09450942 あそこが一番いい場所で、新しい社会科教科書発行の「扶桑社」思想宣伝していた人たちが追い出されていた。今年は、扶桑社は、まだ良識的でおとなしい。
     よく見かけるようになった「女性の会」、リードしている男性のアジ演説の口汚く罵る口調が、日本を代表する右翼と思われると、残念だ。

    01_402_4  ←今年靖国神社へ行った人の多くがこの団扇を受け取った。my日本と言う団体。「始めての参加?」と聞くと「毎年参加している」と答え、「今年は総動員で配布した」と語っていた

     政府は、日本に在日朝鮮人、中国人に地位向上を図ろうとしている。これが日本人にあまり理解されていないから、このように外国人参政権を拡大しようとして、この流れを中国や韓国の在日を図に乗せると思っている。そういう側面もないわけでもないが、良識ある在日の人を味方につけるには、やるべき流れであると私は思うが、思わしくない要素も、右翼のいうようにある。
     「河野洋平の中国への謝罪」を取り消せと、この運動は、相当しつこい。
     この中国への謝罪は、繰り返し行っているが、それを日本側の右翼は快く思っていない。その集大成のような「河野談話」を集中攻撃している。

     
    日本人が、中国人、朝鮮人・韓国人を知らないから、理解できないのだと思う。朝鮮半島の500年間に外国からの占領や蹂躙は何百回と行われた歴史がある。その故に、国民性として、諦めも恨みも、怒りもある
     だから、日本人同士でなら、お互いの妥協点をさぐりあって、「まあまあ」とお互いに引き下がるものが、虐げられた民族はそういう「まあまあ」と言ってくれない。ソレがしつこさになって、妥協しない性格を見せ付ける。

     中国は、国民政府の蒋介石が日本を講和条約で承認したとき、賠償金の放棄した。それをうけて、謝罪としてかなりOEDの日本負担金として払われている。敗戦国日本は近隣に賠償金を払っている。中国国内に日本からの賠償として、そうはいわないのかもしれないが、OED援助を毎年行って、その基金から発展した点も多いが、それが知らされていない。日本人でさえ、どの程度、いつ、援助したかもしらない。

     この中国共産党は、かつて中国開放の八路軍は、多くの人がいい人たちだと言われ続けてが、中国政府を支配する共産党は、どうも納得がいかない行動や方針を出す。

    01 中国から日本へ亡命している「ウイグル族」人々は、中国共産党の暴虐を訴えている。この立場を日本人に理解させるのができないから、その残虐さばかりが目立つ。簡単にいうと、日本が朝鮮半島を併合して朝鮮人を日本人として創始改名した・・・、そのとき、朝鮮人が英国ロンドンやフランスへ行って、「日本政府は朝鮮人の人権を無視した」と訴えている・・・、と言うのと同じ行動。

    02_301_3   常連の「法輪功信者への虐待」は、今年も多くの中国人が日本語で訴えていた。日本人の理解が低くなっている。なぜ「法輪功信者」を恐れるのか。今信者が、一億人を超えているという「法輪功信者」が、どんな団結をするか、それが怖いのだ。清朝の末期に紅巾の乱が中国全土であったが、その赤い布を身につけた宗教(キリスト教)を信じる団体が社会運動に変わっていき、それが政府との衝突に発展した。
     「法輪功信者」が一億人もいると、政府には、この人々が太極拳の朝の体操のような団体には見えなくなって、拷問して・・・その後、生体肝移植の材料にしたりして、中国の中間幹部の腐敗がそこの加わって、人権意識の低さが作用している。

    軍服で行進する人はだんだん老齢化で顔を見なくなった。今年は、ドイツ軍服、ナチの旗を持って写真にうつりたがる男性がいた。ああいうアナクロというか、コスプレをゆする靖国神社は、一体何を考えているかよくわからない。

    0962 その後、千鳥が淵戦没者慰霊園で、大河内(民主党)センセイの追悼の辞を読んでいたが、あの団体、平和愛好団体だけど、センセイたちがいくら文章を読んでも意味がないのがわからないのか・・・。戦記を語る人を50人育成して、戦場について人々が語り合う場所にすると、あそこは多くの平和主義者を育成できる。
     このことは提案したが、どこにも取り上げてもらえないようだ。
     
    拝啓、社民党代表福島さんにお願いが 2009.08.17
     
    あなたのお父さんは、ここで戦った…特集がいい。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村 

  • 靖国神社周辺の変貌先鋭化 2010.08.16
  • 靖国神社と千鳥が淵戦没者霊園2010 2010.08.15
  • 何で日本は戦争したの? 2010.08.13
  • 靖国神社と千鳥が淵戦没者墓苑 2010.08.11
  • 靖国神社8月15日(2009年)  
    うじきつよし 本物の平和主義者になるために  
    海軍軍令部はどんな反省をしたのか  
    ミサイルとMDに戦争の悲惨さはない 
    陸軍中佐沼田正春 幼い息子に遺訓  

    8月15日靖国神社2008年 千鳥が淵Ⅳ   
    8月15日靖国神社2008年 Ⅲ  
    8月15日靖国神社2008年 Ⅱ   
    8月15日靖国神社2008年 Ⅰ  
    靖国神社(18)0815 
    靖国神社 8月14日(1) 
    靖国神社 8月14日(2)  
    靖国神社 8月14日(3)  
    靖国神社 

    太平洋戦争 開戦から学徒動員まで   
    嗚呼 満蒙開拓団 岩波ホール盛況なり  
    橋本艦長 回天出動せず 真夏のオリオン

  • | | コメント (4)

    2012年8月10日 (金)

    消費税10%増税 参院通過 誰が喜ぶか

    011 最後に消費増税反対演説をしたのは、緑風会と名乗った女性議員、ちょっと緊張気味の話しぶりで、迫力には欠けていた。この人が最後で、投票になった。関連法案など、電子投票ですぐに結果が出る参議院の投票システムで6法案くらいはすぐ片付いた。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   
    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村


    006_2蓮舫は、白札(賛成)票を投票 消費税法案だけは、白札(賛成)と青札(反対)を登壇して、渡して投票するやり方で進んだ。民主党参議院議員から、6反対票を投じた。今自民党系と民主党系議員差は1表しかないから、除名のような措置は取れないから、今はそっとしておくらしいが、マニフェストを掲げて当選したから、それを違反した投票行動は出来ないと思っていて、党議拘束に従って行動するほう間違っている・・・、と悩むのは当然だ。
     
    蓮舫の仕分け実況で、民主党の人気を上げた頃がなつかしい。「二位ではダメですか」と言った途端、揚げ足を取られていじめられた。
     あの仕分けは法律上の裏打ちが欠けていて、結果が予算には反映されなかったことで、トタンに尻つぼみになった。一年目は湧き上がったが、二年目以降は官僚、外郭団体も要領を覚えてうまく逃げていた。

     民主党のマニフェストに国民は期待して政権をとったのに、ことごとく裏切られる結果になった。信じるものは、国民にはマニフェストしかない。小沢一郎に総理になってもらったほうがう信頼できたのかもしれない。他の党に期待しても同じだろうか。
     公務員制度改革で一気に直し、ムダになっているものを縮小して、議員定数を半分に減らす改革をしないで、消費増税のみを先行するやり方では、許せない国民の声を代弁すれば、こうなる。

     戦後の引き上げ者を公務員に吸収したり、鉄道員にしたり、国民を雇用したが、やはりムリだったとして、一斉にカットしてしまった。それに対抗して、労働者はゼネストに打って出た。そのゼネストは、GHQマッカーサーはそれを禁止した。騒動の中心にいた委員長は涙を流して、ラジオで『2.1ゼネストは中止」と放送した。 私の記憶が正しければ、国鉄では、2割の人は首を切られた・・・。後で調べてみることにします。

    二・一ゼネスト:1947年(昭和22年)2月1日の実施を計画されたゼネラル・ストライキ。決行直前に連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの指令によって中止となり、戦後日本の労働運動の方向を大きく左右した。
      1月31日午前8時、ゼネストが強行された場合に備え、第8軍は警戒態勢に入った。午後4時、マッカーサーは
    「衰弱した現在の日本では、ゼネストは公共の福祉に反するものだから、これを許さない」と、ゼネストの中止を指令した。
     伊井委員長は、NHKラジオのマイクへ向かってスト中止の放送を要求された。午後9時15分に
    「声がかれていてよく聞こえないかもしれないが、緊急、しかも重要ですから、よく聞いて下さい。
     私はいま、マッカーサー連合国軍最高司令官の命により、ラジオをもって親愛なる全国の官吏、公吏、教員の皆様に、明日のゼネスト中止をお伝えいたします。実に、実に断腸の想いで組合員諸君に語ることをご諒解願います。
     敗戦後の日本は、連合国から多くの物的援助を受けていますことは、日本の労働者として感謝しています。命令では遺憾ながらやむを得ませぬ。…一歩後退、二歩前進」と、マッカーサー指令によってゼネストを中止することを涙しながら発表し、「日本の労働者および農民万歳、我々は団結せねばならない」と締めくくった。
     翌2月1日には全官公庁共闘と全闘が解散した。また、伊井は占領政策に違反したとして逮捕され、懲役2年を宣告された。
    Wikipedia参照

    016 所得が多ければ、それなりのガマンをすればいい。しかし、所得が低い人は、職業そのものが不安定の人が多い。それは勤め先が倒産したり、解雇される可能性、給与が低いということは、こっちが大きいのだ。固い勤め先ならとにかく、やりくりしていけるが、自営業や非正規雇用の人にとっては、生殺与奪の権を消費者に握られて・・・不景気のときは、特に収入の道が途絶の恐怖と戦って生きているのだからそれを単に数字の比較で語られても現実とは違う。
     所得の多い人から、税金を納めてもらう制度をきちんと活用してもらいたい。

    もう一点は、歳出の部分で、消費税の賛成する政党は、主に歳出の恩典を受けている側にいる政党ばかりで、消費税で増収=懐に入る・・・と言うイメージでいるようだ。

    01030102  参議院での消費税に関する公聴会を開いてその意見を聞いても、消費税を進めようとしている民主党も自民党も公明党も、「公聴会」の参考意見を聞いていやしない。言わせておけば、ガス抜きになる。その程度の認識だ。あきれる。
     消費増税賛成なのは、経団連の回し者だけ。「消費税を上げないと、財政が危機に陥る。日本の産業の空洞化、外国へ産業が行ってしまう」

    後の人は、全部、反対の意見。その反対の多さ、国民は消費税を上げてもらいたくないし、その時期ではない。消費税増勢で、デフレ下では、ますます産業はうまくなくなると主張している。税金をほしがる人の多いのは、もらう側。

    んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   
    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

    | | コメント (1)

    2012年8月 8日 (水)

    日本を強くしなやかに 強靭化増税撒き散らす

    057_1057_2 出版記念パーティと称する土木事業者を集めたのではないか、という後援会を招集かけると、見事に背広で営業する方々が集まってい51iykxxutjl__ss500_

    読んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   ↓

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村


    著者は大勢だが、論客が参加していない。これは致命傷だ。 これは。出版記念パーティだが、語る側に人材がいないから、二階俊博さんが代表で、本の内容を語るのだが、言っているないようは、これで「国家予算から、お金が下りてくるぞ、喜べ」という内容になっている。話の内容が実に低レベルだ。

     自分の金でないと、こうもアッサリ配ることに熱中できるものだ。三党合意でこの「強靭化思想」を入れたと大威張りで、「予算を分捕ったぞ!」という。この人二階俊博の普段の思想を見たいものだ。

    二階 俊博(にかい としひろ、1939年2月17日 - ):日本の政治家。衆議院議061員(9期)。 和歌山県御坊市出身。 父二階俊太郎は和歌山県議会議員・稲原村村長・御坊造船社長。母、菊枝は女性医師。
     和歌山県立日高高等学校→中央大学法学部政治学科卒業(法学士)→衆議院議員遠藤三郎の秘書。遠藤の死後、和歌山県議会議員に当選。1983年自由民主党公認(田中派)2位当選(以後8期連続当選)した。
    運輸大臣(第75・76代)、北海道開発庁長官(第69・70代)、経済産業大臣(第6代・9代・10代)、保守新党幹事長、和歌山県議会議員(2期)を歴任。学位は法学士(中央大学)。

    2000年4月、野田毅らと保守党結成し、自公保連立政権に参加。同年7月、保守党国会対策委員長に就任。2001年に保守党幹事長に就任。2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙で惨敗し、自由民主党に。復党後、旧保守新党の議員で二階派(二階グループ)を結成。以後2009年までほぼ一貫して政府や党の要職、離党・出戻り組の中では異例な存在。
    人物については、
    「人脈と調整力と勝負カンの鋭さと気配りは、衆目一致するところ」(馳浩)
    「日本共産党の議員とも人間的な信頼関係で結ばれている」(松浪健四郎)
    Images ●1999年通常国会で、自民党古賀誠、公明党草川昭三としばしば国対委員長懇談、当時の流行歌をもじって「談合三兄弟」と称された。
    ●グリーンピア南紀(和歌山県)の跡地開発をめぐり、所有する那智勝浦町に中華人民共和国のリゾート会社「香港BOAO」を紹介した
    ●国道42号線のバイパスとして開通した那智勝浦道路に関して、二階が強い影響力を持って作らせたとして「二階バイパス」と呼ばれている。
    ●2009年8月30日青瓦台で朴智元・大統領秘書室長と会談し、自身が韓国の国立墓地「顕忠院」に参拝したことを紹介し、靖国神社に代わる新たな追悼施設について「必要性をあらためて認識した。実現のために努力したい」
    第45回衆議院議員総選挙には、公明党の推薦も受けて9回目の当選
    ●陳健中国大使に対し、「日本は、中国から文化を教わり、その延長線上に今日の日本の繁栄がある。そのなかから、たまたま新幹線の技術を開発した。この技術が中国の発展にお役にたつならば、どうぞ一つお使いください。積極的に協力します」と発言した。
    ●東シナ海の日中中間線でのガス田開発問題では、麻生外務大臣が中華人民共和国によるガス田開発強行に断固対応する姿勢を示すと、この「日本の対応に“こそ”問題がある」、「強硬に対応するなら勝手にやればいい」と述べた
    。Wikipedia参照

    たぶんじかに接したら、人の良さ、気配りのよさでコロっとファンになってしまうタイプのように見える。政治理論で引っ張るタイプではなく、人間的な信頼関係 の中で政治を考えるタイプで、演説は上手には聞こえない。

    「強靭化」を語る姿は、まるで原稿を読んでいるかのような、説得力のないしゃべりである。こういう人は、舞台裏の黒幕的な活動が向いている。
    Main02  この「国土強靭化」には、片山さつきがメンバーとして参加してお先棒を担いで宣伝して歩いている。この人単純すぎて、片山さつきさん、桝添さんと離婚したさいにも、DV家庭内暴力だと言われているが、亭主の論理に逆らって・・・(これ以上いうのは)止めた、人の家の問題を言うのは止めた。

    20120509_yuumeijin_361_2 これは、かつての自民党の復活したようなあり方。三党合意しておけば、旧来の自民党のやり方が実行できると、大物自民党議員は喜んでいるのがわかる。若手の小泉進次郎は、三党合意を破棄白!と大いに暴れている。解散総選挙しろ!と、自民党のトップに噛み付いている。

    読んだら クリック」よろしくね!
       ↓   ↓   ↓   ↓

    人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。 
    ブログ村

    | | コメント (0)

    より以前の記事一覧

    その他のカテゴリー

    Eラーニング | nozawa22の楽しみ方 | うちの仕事 | おすすめサイト | その時歴史 | アメリカ関連 | アンケート入力 | アンケート集計 | アーカイブス切抜き宝庫 | イギリス、ヨーロッパ | ウェブログ・ココログ関連 | グルメ・クッキング | ゲーム | スポーツ | テープ起こし | データ入力 | ニュース | ノーベル賞 | パソコン・インターネット | ファッション・アクセサリ | ベトナム | ペット | マスコミ | メール | ランニング | ロシア問題 | 世界、地球 | 中国と中国人 | 事件・事故 | 人生訓 | 人間の本質 | 住まい・インテリア | 余暇の善用 | 健康 | 先生、教師 | 出世 | 創価学会、公明党 | 動物 | 北朝鮮問題 | 医療 | 友人 | 司法 | 国家戦略 | 国際政治 | 地方自治 | 外国習慣 | 季節景色 | 学問・研究 | 学問・資格 | 学校・受験 | 宗教 | 宝飾アクセサリー | 家族 | 平和 | 年賀状 | 幸福 | 心と体 | 恋愛 | 恋愛、愛 | 意見・主張 | 愛国心 | 慶事 | 慶事おめでとう | 戦争 | 戦後日本の問題 | 手紙 | 携帯・デジカメ | 政治 | 故郷追憶 | 教育 | 文化・芸術 | 文章 | 旅、旅行、見聞 | 旅行・地域 | 日本の体質 | 日本文化 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 時々刻々 | 書籍・雑誌 | 東京見聞録 | 歌、メロディ | 歴史 | 歴史文化 | 死の門出 | 環境エコ | 生き方 | 生活 | 病気 | 社会問題 | 私の提案 | 経済・政治・国際 | 経済・金融 | 結婚 | 美容・コスメ | 職業プロ | 育児 | 芸能・アイドル | 草花 | 言語問題 | 詩歌 | 読書 | 財産形成 | 趣味 | | 選挙 | 野球 | 録音起こし | 青春時代 | 韓国、アジア | 音楽 | 食べ物、食文化