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2012年7月23日 (月)

先生の根回しで?イジメ防止

Photo 担任の先生は忙しくて、生徒一人ひとりにまで、注意を払っている余裕がないというが、教育の専門家であるプライドを捨てては、先生失格でしょう。
 生徒間のトラブルを事前に察知して、手をうつくらいの手段を講ずることができないでは、プロではありません。教科の専門知識も大事ですが、モット大事なことは、生徒管理でしょう。管理というと、機械的な感じがしますが、担任のクラスが崩壊するような学級運営では困る。

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 全国のクラス担任が、うまく行くクラスばかりではないだろうが、投書の主も、生徒の担任がそういう点で、よくやってくれたのだと思う。いい先生にめぐりあえるのは、幸運かも。

しかしね、昭和も50年か、60年以降は、学校制度によって、先生が締め付けられ、先生自身も、こうしたい、ああしたいと思っても、雑事が多くてというが、土が休みという流れで休日が多くなったのと比例して、多忙になったように見える。安定した収入のある家庭は、私立学校へ行かせようとする親が多くなる。

 昔の話をしていいかな、
 先生が学校に泊り込む宿直、コレは夏目漱石「坊ちゃん」で、坊ちゃんの布団にイナゴをたくさん入れて驚かす話があるが、学校の決まりで、男の先生だけは、順番に宿直していた。それが近年、ガードマンになったし、侵入者がいると警備会社に連絡がいき、ガードマンが駆けつけるようになった。

 夏休み中、担任が宿直の日は夏休みの予定表に◎がついていて、行くところがない生徒たちは集まってくるのがイベントであったりした。勉強を教えてもらいに来ていいとか、星を見たり、花火をグランドでやったり、スイカを食べたり・・・。田舎の小学校や中学校では、こういう里山風俗があったような気がする。それが、消えていったのは、人間の何がそうさせているのか、みんなが考える問題だ。

 イジメが、その時代になかったかというと、人が集まると必ずある。小学三年で、チビのU君が少し大柄な男の子の背中に乗って、あっちへ行け、アイツをやっつけろ!と指示して、ターゲットにされたことがあったが、長くは続かなかった。
 六年生のときは、O君とは後に親しくなったが、運動会の道具倉庫から荷物運びをやっているとき、しつこい妨害をして“イジメ”状態になったので、ガマンしきれず、勝てる相手かどうか、わからなかったが、油断していた顔に一発拳骨を見舞ったら、引いてくれた。しかし、その後は、私の帽子を奪って、二階の窓から校庭へ投げられて、そのときもくやしい思いをした。
 一発殴ったのが、後の出来事であったかもしれないが、その後は、O君とは高校まで一緒であったが、良好の関係を保っていた。彼が、始めて年賀状をくれた人だった。集団リンチのような暴行は、受けた経験はないが、危なかったときは高校の弁論大会で、応援部のやり方を批判したら、呼び出された。

 そのときは、20人くらいの応援メンバーが、待ち構えていたときは、やられると覚悟をした。そのときのリーダーが同じクラスのK君で、それ前に、担任が「野沢を守ってやれ」と他の生徒に言ってくれていたし、たぶん、その雰囲気を察してK君にも、何か伝えていたと思う。だから、私の「弁論」批判に応援メンバーが「やっちゃえ!」といって盛り上がりかかったとき、「待て待て」とK君が止めに入ってくれたので、その場は収まった。

 中学生のとき、二年、三年担任の女の先生は、せっせと家庭訪問をして、家庭の事情を把握して、コミニケーションをとって、反抗期の男の子たちを押さえ、二年間、無事送り出した。
 その間に、文集を二回つくり、文化祭で劇を二回、音楽会二回、生徒会選挙半期ごと年2回で計4回あった。二年間で、近郊へ二時間、三時間歩いて出かける遠足があった。春秋と合計4回あったはずだ。悲喜こもごも、盗難事件あり、怪我、骨折したとか、けんかあり、ホームルームで遠征あり。市内流れる川の清掃と花壇づくりあり・・・、教科書を家に持ち帰らないで、教室に専用書架つくってしまう生徒会長がいたり、文集には生徒の力を結集して、謄写版で印刷し、製本までした。充実した中学生生活であった。

 その中で、高校受験の勉強はしたのだろうか。家に帰って復習した程度で、受験勉強らしい勉強はしていない。
 その中で、いじめ・・・は、中学で止める子が半分いたので、その子たちには、高校受験の勉強している他の子の姿が、どうだろう、彼らの人生にはイジメにも見えたかもしれない。
 “恩讐の彼方へ”行ってしまっただろうが、生徒同士では、小さな意地悪はあった。Kさん、中学までしか行かなかったが、隣の勉強のできるBさんが意地悪でいやだったと同窓会で告白していた。

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