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2012年4月21日 (土)

弔辞 熊崎公平先生

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熊崎先生(高三担任)は、広島師範に在学中に原爆投下に遭い、師範学校の学生は被爆しながら、市街地の被爆死体を片付ける作業に従事した。先生は、いわゆる「入市被爆」を受けて「原爆手帳」を持っている、と話されていた。中津川市で唯一の被爆手帳の所持者であった。被爆死体片付けた 広島高師の学生: nozawa22

 今朝午前9時過ぎ、T子さんから電話あり、今Wさんから連絡があり云々との趣旨である。

 女性の電話は、一方的な 話が多く、彼女の電話もそっちからかけてきたから、そっちの用件が優先であるのはいいが、相手の話を聞かない人が多い様な気がしている。そういうものだと割り切ってしまえば、それでいいかもしれないが、会話というのは、テニスのように打ったら打ち返す妙を楽しむものではないかな。面白い味を与え、相手の話を楽しむ、そんな余裕があると、友人として楽しいはずだ。

 その電話が終わると、すぐにWさんから「Nさん、弔辞を読んでくれない」と、「藪からスティック(棒)」に言われ、葬式に出られないから無理だ、と断ったが、だいぶ人選に困っている様子であった。
 先生には目をかけて頂いて、でもないが、弔辞くらい書くから、誰かに代読してもらえばいいかもしれない、と思って、弔辞をかいた。誰が読んでも違和感ないように、使って頂ければ、Tさんに添付で送る。余計なことでも、使われないことになっても、文句言いっこなし。

 Y君から電話があって、先生に花を贈るから、一口仲間に入って・・・と言う話を持ち込まれた。まあ、先生は本町の近所で、うちから1分のとおりであった。先生は、数学の先生で、できない生徒には近づきにくい先生で、道徳倫理に厳しい印象があった。

 男女は、密室に入ってはいけない。部屋はオープンにしておけ。とか、欲を刺激する宝くじ、あれは「多空くじ」で、損する仕組みになっている。射幸心を刺激するモノは大嫌いな先生であった。

しかし、弱いものをいじめるのには目を光らせていた。体育祭になると、バンカラ連中が幅を利かせて、生徒を強制的に応援歌を練習させていた。これを批判する弁論を私がやったものだから、いっぺんにこの連中に呼び出しを受けた。

 熊崎先生、その情報をキャッチしたらしく、体格のいいK君に「野沢を守ってやれよ」と、彼をガードつけてくれた。呼び出した彼らの多数は「なぐっちゃえ」とか「伸してしまえ」と声を上げていた。その中のトップが私のクラスの男で、彼も熊崎先生から何か言われていたらしく、「まあまあ」という調子で、無事に帰ることができた。

 大学にいるとき、熊崎先生、教頭かなにかやっていたころで、先生が銀座の三越あたりにあるビヤホールで待ち合わせ、「どうや」といろいろ話して、つまりは岐阜県の高校には数学を教える少ないから、早稲田の学生で「岐阜県に来て数学を教える人材はいないか」ということだった。教員免許なんか、なんとかなるから、と勧誘が目的であった。ちょど、第一次ベビーブームが中学から高校へかかる時期で、教員補強が目下の急務であった。

 アルコールに弱いのに、先生にしこたまビールを飲まされ、真っ赤かになって、池田隼人は偉い、所得倍増と言ったらそうした。とか、高度成長のさなかであった・・・懐かしい思い出である。もうそんな時代は来ない今では、過ぎ去った過去が懐かしい。

 先生宅では、お母さんがおばあちゃんが焼き芋、丸まま焼くのでなく、スライス型にして焼く焼き芋を売っていた。中津川市西山で競馬をやっていたころ、熊崎先生の家が焼き芋の販売権を持っていたと聞いた。中津川市での競馬は、採算がとれないので、数年で笠松へ譲渡した。笠松競馬の採算も、あぶないから、ライブドアの堀江モンがてこ入れして買い取る話があったが・・・。

「幾星霜いくせいそう」なんて言葉、古いね。80年も過ぎたら、元気な人も、黄泉の国へいくのは、ごく普通なのさ。公平先生のお嫁さんになった福田先生、昭和24年ころ、南小学校の先生で、丸としたかわいい、小学生から見ても、可愛い人と思った。

「先生は、被爆死体を片付ける話を終えると、熊崎先生は、その後、その話にはそれ以上触れなかった。メリハリのある態度は、先生の信条であった。

 昭和三十二年七月、真夏の日差しを避けて、旭丘公園の緑陰の中を通り抜ける風は、涼しかった。今も、あのときと同じように、先生は長い旅路を終えて、ほっとされているのではないか、と私たち教え子はそう思っています。
 これまでのお導きに感謝し、安らかに眠られることをお祈りいたします。以上、弔辞とさせて頂きます。」
追記「熊崎公平氏94歳老衰。今月16日に入院して20日死亡」

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コメント

「相手の話をきかない人が多いような気がしている」すみませんf(^_^;笑ってしまった。

高校時代の先生が亡くなられたんですね。お悔やみもうしあげます。青春エピソード、楽しく拝読しました。体験談て、やっぱり遠くなりますね。私なんて伝え聞きの伝え聞きで、なにが遠くなるかというと、その生々しさや実感ですかね。風化していくのは、その痛みや心におとした重みなんでしょうね。
 それを伝えようと多くの人が努力されてるのをかんじるし、聞くほうの想像力を育てることが、大事なんだと思います。つらい体験を伝えようとしてくださった方々、それを聞いてまた伝えようとしてくださる方々に、感謝します。私は子どもに伝えられるだろぅか。。
 口数の多いおしゃべりです。(笑)(._.)

投稿: すっぱ | 2012年4月22日 (日) 07時12分

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