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2012年4月 2日 (月)

住民運動から国政で活躍する代議士?

120100916163922a11_2 ブログ主さんは、橋下さんに、ずいぶん注目しておられるんですね。私は、地方の町おこし(町づくり)や住民運動から力をつけてきたような人が、今後国政にでてきて、活躍されないかなぁと、期待をします。
以上のコメントを頂いたので、それについて、私なりの考えを述べてみたい。

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I0102I0101 「維新の会」の集まりにどんな人が集まったのだろうか。2000人の集団として、報道されているだけで、どんなレベルの人があるまったか、、興味があった。それが、週刊文春の4月5日号。

2000人の内訳は、全国都道府県(山形県を除く)から、維新政治塾に集まった。大阪国際会議場に入りきらなくて、午前と午後に分かれて行われた。受講生は、金髪に染めた20代女性から定年後の男性まで、あらゆる世代の男女が集まった。

式の最初に、国家斉唱、しかしきちんと口をあけて声を出している人は少ない、と記者は判定をしている。橋下塾長からは「手を前で組んでいた人はダメです。“休め”の姿勢で国歌を歌うのはマナー違反です」と“気お付け”の姿勢で国歌斉唱することの大切さを強調した。

次に、記者が報告しているのは、集まった2000人はまだ受験生で、選考の結果400人が国政選挙立候補の塾生として合格するのだ、という。その判定をするのが、維新の会の市会議員だという矛盾をついていた。

勝ち馬「維新政治塾」に2000人、既成政党脅威

Photo_2I0201開講式には、山口県光市の母子殺害事件で大月(旧姓福田)孝行死刑囚(31)の弁護団に参加した今枝仁弁護士(41)も参加した。彼は、塾長橋下弁護士とは反対の立場で、争う関係であったが、降参する形で、維新塾へ出席する。立場を180度変えてしまう、この変わり身の早さには、辟易とするが、時流に乗るには、その程度の変身は必要と思うのが、今の生き方?そういうのは嫌いの「時代遅れ」の私だが、そういってばかりはいられない、か?

住民市民運動を熱心にやって、そうしてそこを地盤に支持を広げ、そして選挙に出て国政で活躍する・・・そういう代議士がかってはいた。市川房枝などは、参議院に全国区があるころは、薄く広く支持者を集めて当選できた。ところが、小選挙区で二大政党時代には、それでは、当選はおぼつかないし、内輪の論理で純粋ではあるが、支持が広がらない。生活ネットワークなどが、これにあたる。

今、こういう地道な運動で、意識が高い人が集まるが、それで当選できるだろうか?人口が少なく、人々の意識が多様化する前なら、その意識を広めるのには向いていただろうが、とても今の選挙には向かないのではないか。その選挙運動が人々の心にフィットしていたころがある。

E0171614_10223981矢印が菅直人 市川房枝  菅さんが、政治家になったきっかけも、市川房枝の市民運動に飛び込んだことからだった。でも、常に政治のトップを目指していたとあとから語っていたね。そういう代議士を目指す人の多くは、市民運動にしても、「維新塾」出身にしても、目指すのは議席であり、名誉であるのは、変わらない。協力するボランティアには純粋の心の持ち主はいるが、トップに立つ人は、野心家だ。

今までは、役人(国家公務員)などから立候補したり、最近ではテレビの人気で注目され立候補して当選する場合があった。市民運動から実力と信頼で政治家になるコースもありましたね。

 橋下徹大阪市長の政治手法は、市民扇動型ではあると思うが、これが現に人気を呼んで、社会に影響を与え、フォロー者が多数出ている。今の若者には、これでないと引き付けないのではないですか。すでに、このように受講者が集まってくるというのは、勝負としては、このやり方が「勝ち」だろう。実際に2000人集まったから、その十倍以上の人が関心を持っていただろう。

 市民運動からオバマ大統領はアメリカのトップに立ったが、市民の意識が高くなれば、そういうリーダーが生まれるだろう。が、日本では、無党派層の大衆を味方につけるには、コツコツと積み上げる市民運動のような方法では難しい。刺激の強いYes,Noのはっきりした提示で引っ張るしか、いい方法がないのではないか、と見る。
 
 その中で、社会の進むべき方向を選別していくしか、今のところ、社会を改革できるだけの大衆に力がないだろう。そう思っている。

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コメント

たしかに、政治を動かす力は大衆にはなく、
そういう意識は低いのでしょう。

「成熟した社会というのは、
市民が政治に参加する社会」だと、
2012.3.19(月)中日新聞でたまたま読みました。
『日本の1960年代のデモは、開発途上国のデモ。転換点は73年の石油ショック。
先進国の市民参加型が育たないまま、途上国型の混沌が消えた。それが90年代まで続いた。
いま。デモで目立つのは、20代~30代の非正規労働者。
生活形態や勤務シフトが「自由」だからデモに参加しやすい。
学生と違い社会の矛盾も肌で知っている。
一億総中流の安定社会が崩れて生まれた層。
こうした市民参加の流れが定着すれば、
新しい日本社会が生まれる可能性があるかもしれない。』
という内容のもので、
ふむふむ(´・ω・`)
と思ったものですから、
参加するSNSに書き込み、
今またそこからひっぱってきてみたわけですが。

成熟した社会にむかいつつあるなら、いいな、
と、思ったりするのです。

でもあいかわらず、デモは中高年層が中心ともききました(脱原発デモに参加した人曰く)。
60~70年代に元気な若者だった世代?


市民参加を促すのは、橋下さんの、すばらしい力かもですね。

リーダーで大切なのは、いかに底辺の声や信頼を集めて、下から押し上げられるか、かと。
昔はそれが、地域の名士とかそういうんで、
地元のボスみたいのが、地域を代表して国政にあがったりしたんでしょうが、
地域のつながりもうすれ、地域の枠をはずれて様々なツールで底辺の声や信頼を得る機会のある現代は、
各々の立場から(たとえば弁護士とか教師とか)得た底辺の声を力にして、
あとは何かの組織をうしろだてにもって、
リーダーシップが発揮できたらいいのかもしれません。

投稿: すっぱ | 2012年4月 4日 (水) 16時21分

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