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2012年4月14日 (土)

池上 季実子は、いかに作られたか

 池上 季実子がNHKのゲストに出ていた。
Ws000018Ws000017 三歳までニューヨークに暮らして、その後は、京都で少女時代をすごしたという。その時代、父親は車で送られて帰ってくるようで、車の音が聞こえると、母と娘池上 季実子葉玄関で三つ指を突いて「お帰りなさい」と迎えないと説教されるほどの厳格さだったらしい。父親の意思が貫かれた家庭で、「愛と真」の主役に決まったときは、家族会議で父の怒りは頂点に達したと言う話をしていた。
 特別興味があってみていたわけではないが、プロ意識のある、意思のはっきりした女優だと思った。

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Ws000020  彼女の父の強烈なワンマン振りを聞いて、すごい!と思った。意思がはっきりしていて、個性が際立っている彼女の存在は、この父があってこそだと見た。

 一流商社マンで、バリバリ働く男は、かなり自信があるのは想像できる。よその国へ行って、相手国の一流のビジネスマンを相手にやりあうには、語学はもちろん、ほかの教養も知識も、政治情勢も、賄賂の使い方も、相手の弱点も知り尽くして、臨まないと負けてしまう。いい取引ができない。その勢いを家の中でも振るっているのか、家族は迷惑だろう。

Image59145 池上 季実子(いけがみ きみこ、1959年1月16日 - ):日本の女優。オスカープロモーション所属。血液型O型。
ニューヨーク・マンハッタンで出生、3歳の時に帰国。幼少期を京都で過ごす。ノートルダム女学院中学校・高等学校→玉川学園高等部→堀越高等学校1977年卒業(同窓生:岡田奈々、森昌子、岩崎宏美ら)。玉川大学中退。
1985年、できちゃった結婚(27歳)をして一女を儲けるも、3年くらいで離婚。。
 祖父(母方?)は歌舞伎役者の八代目坂東三津五郎。叔父に九代目坂東三津五郎、従兄には十代目坂東三津五郎がおり、十代目三津五郎の薦めで女優の道へと進み、1974年にテレビドラマデビュー。ドラマ「愛と誠」への出演で知名度が上昇、以後数々のドラマ・映画に出演。

 祖父は歌舞伎界の人間国宝、八代目坂東三津五郎。楽屋に遊びに行った時のびんつけ油の匂いを思い出す。祖父はとっても多趣味で粋な男性で、私が古美術を好きなのも祖父の影響ですし、最後の歌舞伎「千利休」の舞台では、本物の利休茶碗を使っている。ただ、私が15歳の時に亡くなったので、私は子供の目でしか祖父を見ていない。今だったらもっといろいろ感じることがあっただろうと、早く亡くなり残念。

Ikegami15  三歳半で日本に来たので、アメリカの記憶がほとんどなかったが、20歳の時に仕事でニューヨークに行った際、ケネディ空港に降りた途端、印刷の匂いのようなものを感じ、「何、この匂い。なんだか懐かしい」という感じだった。さらに街に出たら、マンホールの湯気の匂いにまた「うわあ懐かしい」と、自分がそこに住んでいたことを実感した。香りって人の記憶をよみがえらせるんですね。

 「三つ子の魂百までも」のようなことがあり、三歳半Ws000022 までイエス・ノーのはっきりした社会で育ったせいか、その後京都で長く育って、そういうことを言ってはいけなかったのに、中学生くらいからイエス・ノーをはっきり言うようになった。
 だから、人ともよくぶつかるが、そんな時は「しょうがないじゃない、半分外国人なんだから」と自分に言い訳している。
906b3391701c15afd9362c699aa9ad97  あいさつも、例えば、スタジオで以前共演した方に偶然出会うと、その方が男性でも女性でも関係なく、走っていってハグしたり、ほおにキスしちゃう。他人から見たら誤解される。

 私は中学生の時、両親が離婚に向けて別居した関係で、母と一緒に東京の祖父のもとにやってきたんです。その頃NHKの少年ドラマシリーズにいとこの坂東八十助(当時)が出ていたので、撮影を見学に行ったら、プロデューサーに「次の少年ドラマシリーズの主役をやってみないか」と声をかけられた。びっくりしたが、あまり深く考えず「やるやる」と答え、それがデビュー作「まぼろしのペンフレンド」になりました。

Ikegamikimiko005  もともと女優志望というより、画家にあこがれて芸術が学べる高校に通っていた。当時髪の毛が長かったので「テレビに出たらシャンプーのCMの話がきて、シャンプーをたくさんもらえるかも」などと考えるような軽いノリでした。やってみたら、演技は当然下手でしたが、これがおもしろかった。
 私は現場でも「これどういう意味ですか」などと臆せずスタッフにあれこれ質問して、「素人なのにおもしろい子がいる」とドラマ班の中で評判になり、NHK銀河テレビ小説にも出ることに。

 それまでの出演はNHKでしたから、通学の時間も考えてくれて、厳しい父親も許してくれていましたが、民放のドラマ「愛と誠」のオーディションに受かった後は、家族会議になってしまいました。

 
うちの父はスパルタ教育で、父の車の音がしたら家族は玄関で三つ指をついてお出迎えしないと一晩中お説教という人だった。口答えでもしたら、京都の家の長い廊下を引きずられて納戸に投げ込まれるような家だった。家族会議のこの日も大変なことになり、でも私は部屋の隅に追い詰められながら「私はこれをやるの、やりたいの!」と初めて父にはむかった。それで父は「勝手にしろ」と、初めて、父は主張を引いて許してくれました。この頃から本気で女優をやりたくなった。


 この場面を再現ビデオにして、NHKが見せていたが、「こんな程度ではない」と当の本人が否定するほどだから、父のワンマンはすごいことが想像できる。それを母は我慢し続けて、娘が大きくなって離婚を決意したのだろう。

Ws000019  女優とは、他人の人生を生きる仕事。そのためには自分の人生もきちんと生きたいと常に思っていた。やはり自分の性分ですね。石炭を満タンに搭載した機関車みたいにがむしゃらに走っていました。よく「一生懸命やりすぎる」とか、「まじめすぎる」と、特に最近そういう風潮がありますが、そういうのっておかしいと思いませんか。一つのことに一生懸命になることの何がいけないの、といつも思いる。

Ws000023  娘は、女優の子言われて甘やかされるので、厳しくしつけてきました。娘からは「世界一怖い」と言われていました。通学の服装にもうるさく、特にルーズソックスは許しませんでした。中学生になると娘も口が立ってくるので、言い合いになると、私が「ダーン!」とテーブルを叩いて立つわけです。すると、娘は自分の部屋に逃げ込んで鍵をかける。10円玉でガチャっと開けて中で娘をつかまえて、さらに怒る。その場で言わないと子供はわからないからと、ずっとそうやってきました。だからもう本当に疲れた。
 
でも、成人した娘のふとした時の発言やしぐさを見て、「ちゃんとやってきてよかった」と思うことが多い。

   娘が社会人になり、手がかからなくなってみると、
「何のために自分はがんばってきたのか」と考える。もちろん自分のためにがんばってきたはずですが、どこかで娘に依存していたのかもしれません。更年期ともぶつかり、ここ三、四年は鬱で、きついことも多かった。 
参考資料「DO楽 どらく ひとインタビュー
 

1626_2cb29ae007c3821032d4ec1a7ae6_2  とはいうものの、50代、元気あるし、やるべきことを持っている。完璧(かんぺき)主義すぎて、男は必要ないようにも見える。しかし、というか、男性にのめりこむと、靴下を履かせ、なんでもしてあげるタイプの女だという。それは、自分の思いのままに染めないと気がすまない、ということで、男を束縛してしまい、男はとても息苦しくなりそう。しっかり者の女性の犯し易い過ちが、こんな性格に現れている、かも。

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コメント

役のイメージのとおり、しっかり者の頑張り屋なんですね~
かっこいい。
しかしスパルタされて育つと、甘えベタになるかもわかりませんね。
もろさも持ち合わせているのかも。
でも自分にはない部分なので、すごいな~とひたすら思う。

投稿: すっぱ | 2012年4月15日 (日) 23時46分

サスペンス見ていて 池上季実子さんの近況が知りたくなり、読ませてもらいました。
面白かったです( ̄∇ ̄*)ゞ

投稿: サクラ | 2012年8月30日 (木) 01時15分

冠省。
初めまして、FBでご存知かもしれませんが花井と申します。池上季実子さんの生い立ちと子育ては「梨園」の厳しさが判ります。私の祖父(母の父)は「宮大工」でやはり厳しい躾けをおしえられ、高校時代一寸の期間反抗をした経験があります。池上さんも子育てにはやはり自分が育てられた躾けをされたことは大変良かったと思います。私は通算子供が6人います。私自身の身勝手で、再婚を重ねましたが、子供たちは立派に育っています。それは、私自身、幼い頃から父方、母方の祖父が共に「神仏」に深く傾倒しているのを観て育ったため、我が子の育っていく過程で、常に「神仏」への威徳にすがる事を忘れなかった事が大変幸いしています。もし機会があったらぜひお会いしたいです。不一。(CP:09051307431)

投稿: 花井重勝 | 2013年8月29日 (木) 02時04分

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