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2012年4月22日 (日)

めぐり逢う朝 風景が素晴らしい 評価A

 

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You Tube / 「めぐり逢う朝」サント=コロンブとマドレーヌの二重奏
You Tube / 「めぐり逢う朝」サント=コロンブに入門を志願するマレ
You Tube / 「めぐり逢う朝」「スペインのフォリア」を弾くマレ
You Tube / 「めぐり逢う朝」亡き妻を想いながら演奏サント=コロンブ

めぐり逢う朝 ストーリー
035033 一七世紀の音楽家、サント・コロンブに弟子入りするマラン・マレ。マレは靴屋の息子であるが、歌が好きで少年聖歌隊に入っていたが、変声期になって追い出されて、名匠サント・コロンブ(ジャン・ピエール・マリエル)を訪ねてくるところが物語の始まりである。
 気難しい師匠の前でヴァイオリンに似た楽器ヴィオールで、一曲弾いてみるのが課題を出されて、マレはうまく弾いて、二人の娘はうっとり聞きほれて、「弟子にする」と判定と思って父サント・コロンブの顔を見つめる。「だめだ、弟子にはできないから、帰れ」というが、姉娘は「自作の曲もあるのでしょ」と助け舟を出し、前の曲以上に感情こめた演奏をする。師は「一ヶ月のちに結論を出す」と、返事をした。

064 音楽の世界では、豊かにくらせる才能はある。だが、音楽家とはなれない。まず、世俗のにおいのない音に耳をかたむけなさい。合唱隊を追われて気の毒に思うから、弟子にしょう。と一ヵ月後に決定した。その帰り道、姉娘は「水浴びをする」とマレに言いかけて川辺に行ってしまう。帰り道、姉娘の水浴シーンを見てしまう。これは、二人を引き寄せるためのシーンのようだ。

119 この映画は、師匠父サント・コロンブと弟子マラン・マレ、娘と恋人の関係の二層構造でストーリーが進む。
いったんは、弟子として師匠から学ぶべきものを学んでいるが、師は純粋的に音楽を追及しようとしているが、弟子のマレは世間の栄誉地位を求めすぎる点から、弟子であることを断り、追い出してしまう。

084  追い出されたマレが家を出ていくと、長女の娘が追い掛けてきて、抱き合いブチュっとキスをする。師の目を盗んで、演奏技術を長女娘から倣う。まだ、娘たちは演奏は父の技法を習って身に付けているから、演奏は官邸で父と演奏せkりるほど Ws000094 である。娘の部屋へも忍び込む関係でもあった。父の演奏専門のコテージの縁下へもぐり、演奏をまなんでいた。それが、ある日、二人でもぐりこんでいたとき、マレがくしゃみをして、師匠に見つかってしまった。ミロと娘は引きずり出されて、男は師匠から一発殴られた。

Ws000126  それをきっかけに再び、弟子にされて、二人の仲も公認となって、娘と半同棲になった。娘はマレにべったりであったが、彼は音楽の腕をあげ、宮廷演奏家になった。当時、宮廷で演奏できることは、成功の証であり、地位もお金もできることで、「娘と結婚する気はあるのか」と聞かれて、「確約はできません。しばらく待ってください」と、自分の将来を束縛しないように、上手に返事をした。

142それがしばらくして、ますます宮廷演奏家としての地位が固まると、娘と関係を持ったあと、「もうそろそろ終わりだ。別れよう」と切り出す。娘は「早く出て行って」と叫ぶ。マレを家から追い出してしまう。

名門の娘を利用して、地位が上がってく149_2 ると、束縛されたくないと思う心が芽生え、この糟糠の「妻」ではないが、恋人を捨てる。安定した住まい、食事、Sexまで提供してくれた女をこうもたやすく捨てる・・・、地位が確保されて、収入も上がってきたときの男の変化・・・。(しかし、女の側もこれに沿って成長していないと、男には物足りなくなるのは否定できない。急激に伸びた男にマッチしたポジションを女が保持できるか?難しい問題であるが、それを議論する場ではないので、省略。)

156 長女の娘は、急に落ち込み、それから妹は楽器製造の家の息子と結婚して5人も子供の母となるが、長女は結婚もせず、家にいるが、それから20年?30年後、病勝ちになり、いまは、床について伏せている。あの自分をテーマにした曲の演奏を聴きたいと父にたのむ。それ葉父の作曲であるが、マレの演奏が定番になっている、それを自分の枕元で演奏を聞きたいから、と大家になったマレに妹が使いとしていく。

伝言もメモを見たマレは「ノー!」と、このスケジュールの立て込んでいるとき、昔の女が病に伏しているからって、わざわざボランティアに行けるか、という気持ちだったろう。

その数時間後、気が変わり、昔の恋人、師匠の娘のとこへ駆けつけるが。彼は太り、娘はやせ衰え、昔の面影もない。
「頬はこけ、目もくぼんだね。腕もすっかり細くなったね」
「みんな、あなたのおかげ」
179_2 「声も弱弱しい」
「仕方ないわ」
「つらい思いをさせた。あなたは、ほんとうにやせた」
「なぜだか・・・、昔苦しんだことなど、ウソみたい」
「恨んでいる?」
「ええ」
187「にくいと思うのは、当然だ」
「私自身もよくない。自分を呪い続けたの。はじめはあなたへの思いに苦しみ、涙も枯れ果てたわ。そして、身体は骨と皮」
「もともと痩せていた。あのころ、キミの腿葉つかめば片手の掌で握れてしまった。」
192 「それでも、結婚を望んでいた!」
パっと布団を自分でまくり、痩せた太ももが見える。股間に何もかかっていない。「あなたの愛なんて、そんなものだったのね」
「違う、違う」というマレに迫ってくる。
200「(私をテーマにした曲を)弾いて」

曲が始まると、「もっとゆっくり弾いて」と静かに聴いている娘の顔色は悪い。マレの乗ってきた馬車が出て行くのを二階窓204_2 から見ている。出て行ってしまうと、娘はプレゼントされた靴を取り出して、包んであった紐を206 ほどき。それを柱の鴨居にかけ、それを首の周りに巻きつけ、乗っていた台から足が離れる。首吊り自殺である。

213 師匠である父とマレは、再び和解して、音楽は一体なんだと話合い、朝の草原で二人は演奏する。それでエンドになる・・・。

難しいテーマのようでありながら、コレで納得できたような、できなかったような・・・不思議な気分である。

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コメント

 自分ではみていないのに、また早送りで一本映画をみた気分^^ 純粋な音楽(何かを思う気持ち?)は死者をもこの世に呼び寄せる、みたいな。
 朝の草原で一緒に演奏したのは、あの世からきた師匠なんですょね、で、「君に音楽を教えてよかった」と和解。これで、師の域に追いつけた。
 世俗にまみれちゃうのも、性欲だか愛欲だかに溺れちゃうのも、若気のいたりなのかもしれません。ラストの成熟したマレなら、マーガレットを幸せにできたのかも。時すでに遅し。せつない。
 あらすじからこれだけ勝手に感想をもったら全然違ってたりして(笑)、またみてみます^^楽器の音楽、優雅ですね。

投稿: すっぱ | 2012年4月22日 (日) 23時38分

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