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2012年4月11日 (水)

NHK「開拓者」満島ひかり 満州引上げ悲劇

Ws000006満州開拓の悲劇をなぞって描かれるストーリー、周知の事実であるが、何度聞いてもこの悲劇の責任を誰もとっていないことに、腹を立てている。誰が推進したか、あいまいであるが、当時の高級官僚は責任を避けている。

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 法律を作ったり、執行するレベルの上級公務員、軍人は責任を逃げた例がいくつかあるが、上手である。その代わり、責任を「一億総ざんげ」と称して、国民に押し付ける。大本営に属する幹部は、お互いに守りあい、責任が及ばないように守る。うそ突き通して、地位を守る。

   たとえば、海軍乙事件も、そうだ。福留繁参謀長以下の司令部要員が捕虜になる。一兵卒には「虜囚となって辱めを受けるな」と教えているが、幹部の軍人は捕虜になって一向に恥じない。
 機密資料を敵方に渡ってしまい、海軍の挽回作戦を米軍の待ち伏せ攻撃で大敗北した一件も、福留繁の情報流出が原因であることは、米国文書公開で判明した。しかし、その前に処分落着して、お咎めなしとなって、ノウノウと生き延びた。この福留繁参謀長のウソで多くの兵士の命が失われた。


 同じく、今も原子力発電の事故の責任があいまいのままである。誰も罰
せられることなく終わるとしたら、日本の指導者は×××と言わざるを得ない。この原発事故は、高級官僚の新旧数人は死刑になっても当然の事故である。満州開拓団を派遣した責任者は、誰だ?当然責任を引き受けるべきだ

014 NHK「開拓者」は、戦前、旧満州(中国東北地方) へわたり、過酷な逃避行と避難生活を体験した末に帰国、戦後の日本で、新たな農地の開拓にたくましく挑んだ人々の物語。新しい素材も加えて再編集した48分版、全6回のシリーズ。

 私の小学生時代、まわりには、満州もそうだが、樺太からの引き上げの子が大勢いた。中国、朝鮮から引き上げてくる子も多く、田舎の小学校には、昭和22年、23年ころ、次々にクラスに編入してくる子がいた。都会からの空襲疎開の子もいたから、教室はいつも満杯状態だった。

 終戦後、ソ連軍が樺太へ侵攻してきて、王子製紙の樺太工場にいた人は、命からがら引き揚げて、一年遅れで編入して来ていた。父親はみな守備隊に徴発されていたから、小学一年生の男子にもピストルを持たせ、留守家族を守る責任を持たせていたという。ドラマにもあった。夜になると、ソ連兵は、女を求めて、日本人家庭を訪問してくるから、息を潜め女は屋根裏や地下に隠れていたという。

 満州も、ソ満国境に近いところは、国境を守る関東軍が抜けたあとを開拓民から兵役経験なくても、銃を持たせて防衛に当たらされた。8月9日に日ソ中立条約を破って侵攻してからは、一日にして多くの民間人が根こそぎ召集をかけられた。

 義父は、満州の公務員養成の大同学院から満州の役人(馬政局)
になって30代半ばまでは順調にきていた。それが、ソ連軍の侵攻とともに、満州は崩壊して、一軍人になって数日して「名誉ある降伏」というスローガンで、抵抗運動もせず、ソ連軍に武装解除された。ソ連軍はウソばかっかりで、日本人をだましてシベリア抑留し、日本人は真正直にソ連軍の方針に従った。満州建国大学 最後の同窓会:
 

 日本人は武装解除されたのち、捕虜の意識がないまま、集まったところ、「日本へ輸送する」というソ連軍の言葉を信じて、港へ行く列車に乗った。ところが、南下するはずの列車が北上するので、日本人が騒ぎだした。その列車が停車したさいに、逃走した人が出た。軍用犬の追いかけにつかまり、みんなの前で銃殺された。これを見て、脱走はあきらめた。

 そのまま、シベリア抑留地へ運ばれた。夏服のまま連行されたから、秋口になると、耐え難い寒さが襲ってきた。すぐ帰されると思っていたが、そのうち・・・赤化思想教育を日本人が率先して行うようになった。義父は満州の役人という国家の手先であったとみなされ、ほかの一般収容者より、監視が厳しくなり、帰国も遅れた。


011  この満州引き上げの悲劇は、現地人の襲撃もあるし、ソ連兵の暴行陵辱もあるが、日本政府の責任もある。
 終戦降伏したのち、日本政府は故意に現地日本人には「引き上げを急ぐな」と放送通達させた。その間に、上層部の引き上げを先行させた。それは、「青春の門」の五木寛之は書いている。
 一般日本人には安心、油断させておいて、軍人や役人の家族は家財道具を列車に満載して引き上げて行った・・・。残った多くの一般人が悲劇を味わった。
優先的に列車に乗せてもらう話は、「赤い夕日」(なかにしれい)に書かれている。赤い月 なかにし礼 母の満州体験

 NHK「開拓者」のストーリーは、みんな知っている中身であるが、何度見ても、腹が立つ。直接の加害者は、暴徒化した現地民であったとしても、彼らには日本人を怒るだけの理由がある。

000 001  日本人開拓民が、土地を格安、ほとんどタダのように満州の土地を得られたのは、満鉄の調査部あたりが、現地人から土地を買い進め、つまり国家規模の地上げをして、そこへ日本人を入植した。また、独身青年を内地で教育して、僻地を中心に屯田兵として殖民する。ソ連の侵略の防波堤であった。今ならわかるが、現地の人々は「匪賊」と化して土地を奪われたうらみで日本人を襲撃していたのだろう。

 満州入植者は不安も多かったが、関東軍の精鋭が50万人いるという安心感で耕作が続けられた。満州には関東軍がいるという信頼があった。
 満州は「五族共栄」の国で、ソ連、中国、朝鮮、満州族、日本人が共栄できる土地であると信じていた。ところが、その開拓地が現地人から強制的に取り上げ地上げの場所だったら、恨みは大きい。知らずに日本人が貧困から解放されたと思ってセッセと耕していても、満州はもろい環境であったのは、入植者はしらなかった。

003  ソ連が侵攻してきて、バランスが崩れた途端、現地人が牙をむいてきたのだった。日本人だけの幸せは、一瞬にして崩れた。そのときには、後ろ盾になるはずの関東軍は、南方の戦況は悪化に伴い、すっかり精鋭はいなかった。残っていたのは、現地召集の弱卒ばかりであった。武器もほとんど太平洋の激戦地へ持っていってしまい、強力な武器を持つソ連軍にかなうはずはなかった。ソ連軍は、日本軍に抵抗されることもなく、一気に南下してきた。

 開拓民は、引き上げを即日決定して、ハルピン新京へ向かった。日本人が多い、土地へ向かったが、列車でいけば、一日、二日程度の距離を歩いていくとなると、一週間も二週間もかかる。それに橋は関東軍が逃げる際、破壊している。昼は現地暴徒が襲撃してくるという悪条件があり、夜しか逃避行はできなかった。病人もいれば、妊婦、子供、乳児もいる。食べ物の絶対量が不足している。追い詰められた人たちの集団自決も多い。

 現地民は即製の食料を売る。彼らは日本人の足元を見透かして、お饅頭が一個が今で言えば数千円とか、べらぼうに高いものになる。子供は腹をすかせるから、買わざるをえない。それにいちいち怒っている暇はない。

 この段階で、失望して、自殺図る人がでている。加藤登紀子の母は、たくましく、失望はしなかったと言っている。加藤登紀子 遠い祖国: nozawa22 親しい満人や中国人に慕われた人は援助してもらっている。ちばてつや満州体験語る ちい散歩

 逃避行のさなかに、日本軍のトラックなどが通る。それらのトラックを必死の思い出止めて、救助を頼むが、剣もほろろに、貴様らを援助に来ているのではない。軍務がある、離れろ、トラックに手をかけているのを蹴飛ばして落とす。

006 軍人少尉であったと思うが、「女子挺身隊の人がトラックに手をかけて、乗せてほしいと数人がしがみついていた。それを一人落ち、二人おちて行くのを見て、本当にもうそのときは胸が張り裂けそうだった」と述懐していた。これは、個人の意思が組織の意思を超えているから、どうしようもできない。

 この組織の意思に逆らって、旅券にサインし続けて、外務省を首になった杉原 千畝という人がいた。そこまでやるには、自分の命をかけるか、日本の安全を犯すことになるかもしれない。職権乱用で、帰国後、外務省から免職になって、長く不名誉な扱いを受けていた。が、今は名誉回復したはずだ。

007  もう一人の軍人(通信兵)は、
「日本人居留民を守ることは教わっていなかった。訓練もしたことがない。そういうことを言われたこともなかった。考えたこともなかった。はっきり言って、ひどいもんですよ」と、まるで責任はないような気持ちである。
 命令がなければ、見殺しにしても、無罪だろうか。集団の中でいると、個人の責任はないのだろうか。

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満島ひかり、「おひさま」(2011年4月4日 - 10月1日、NHK) - 筒井(須藤)育子 役ではじめて知ったが、ユニークな体当たり女優らしい。Shoujyo少女 (奥田英二作品)一見にしかず。 
http://youtu.be/2n1_1iOmJss ★
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コメント

五族共栄、ぱっと聞くとすてきですけどね…
いわゆる権力者が判断を間違えて一般人を誘導して、のってしまった人々が、ひどいめにあった、ってかんじなんですね。
育子ちゃん、体当たり演技ですね~^^

すっぱ様
コメントの長さにお気遣い頂き ありがとう。国家権力を信じないという人が、今も多くいます。指導者は、人間を数量でしか見ないことが多いです。また、そうしないと計画はできないでしょうが。

投稿: すっぱ | 2012年4月12日 (木) 05時53分

こちらこそ、ダラダラと書きまして恐縮です。
きちんと書くこと、勉強になります^^
「支配者層」というものを意識したことなかったのですが、たしかに集団でなにかをすすめるとき個人は「数」でみられてるんですよね。

すっぱ様
 彼ら、いつの間にか、庶民から支配者になったつもりになっている。その変わり目は、いつか、それを調べたいものですね。

投稿: すっぱ | 2012年4月14日 (土) 05時39分

そうですよね、庶民のひとりですよね、支配者層といわれる人たちも。
でも会社の社長や役員幹部とかと同じで、仕事のうえでは一般社員と立場が違う、ということでしょうか…
組織が大きくなると、さっぱりわかりません。

投稿: すっぱ | 2012年4月15日 (日) 10時26分

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