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2012年3月 6日 (火)

光市母子殺人 死刑と無期の綱引き

 事件のいきさつ
Images 1999年(平成11年)4月14日の午後2時半頃、当時18歳の少年Aが山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入った。排水検査を装って居間に侵入した少年Aは、女性を引き倒し馬乗りになって強姦しようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。
 その後少年Aは女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘(生後11カ月)を殺意をもって床にたたきつけるなどした上、首にひもを巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。
 少年Aは盗んだ金品を使ってゲームセンターで遊んだり友達の家に寄るなどしていたが、事件から4日後の1999年(平成11年)4月18日に逮捕された
。Wikipedia参照

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I81ef3cdd7aa73bb4bcdeb3fa79a2f8a154  弁護団によって引き出された被告人の主張の一部である。
①強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた
②(乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ。乳児を押し入れに入れたのは(漫画の登場人物である)ドラえもんに助けてもらおうと思ったから
③死後に姦淫をしたのは小説『魔界転生』に復活の儀式と書いてあったから。

被告人は第一審当初はこのような主張はしておらず、弁護人による被告人質問で主張が変わった理由を「生き返らせようとしたと話せば、馬鹿にされると思ったから」「ドラえもんの話は捜査段階でもしたのだが、馬鹿にされた。だから、(第一審の)裁判官の前では話をしかねた」と説明している。

被告人の書いた手紙
一審で無期懲役判決が出た後、被告人は知人に以下のような手紙を出している。検察はこれを少年Aに反省が見られない証拠として裁判所に提出した。
「終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君。無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す。犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか」

母子殺害 元少年「なめないでいただきたい」 ピザ弁護団感涙「胸を張って弁護できた」 http://youtu.be/fUL7en_ep58

被告Aの家庭環境を裁判で裁くわけではないが、父親を記者が海岸に呼んでインタビューしているのを聞いたが、この父親は子供を可愛がっていたのか?という疑問が起きた。ここでは触れていなかったが、妻であるA少年の母は家庭不和の影響で自殺している。その環境で育ったAは、事件を起こした日、不幸にも18歳を少年法の年齢を1ヶ月越していた。

この少年を死刑にして、このような強姦致死罪がこの世から消えるわけではないが、被害者の敵討ちの意識を満足はできないが、被告の人権を守ることを主眼に置いた刑法とか、裁判制度より、被害者の主張を聞いた裁判が本来は必要である。

無期だと、7年で出てこられると、このA少年は踏んで、「無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す。犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま“やっちゃった”・・・これは罪でしょうか」と、獄中から手紙をだして、検察側に尻尾をつかまれ、証拠として提出された。この手紙にって裁判官の心証をひどく傷つけた。この手紙で、「反省していない」と判断され死刑にされたようなものだ。

こういう発想は、多分不良少年なら言いそうな言葉だ。愚連隊のような不良たちは、概していきがっているわりに、我慢がきかないから、甘えん坊で、規制がきかないから、思いついたらすぐしゃべってしまう。

 この辺の機微が、お勉強で優秀で順当育った裁判官、検事、弁護士には、汲み取れないかもしれない。愚連隊のような不良、ドロップアウトした少年の心の底にあるものがよくわからないだろう。それと同様に、弁護側にも、過剰に被告に肩入れして、この少年を弁護して、常識はずれの言い分(死後姦淫は小説『魔界転生』の復活の儀式、)(乳児をドラえもんに助けてもらおうと押入れへ入れた)を展開させて、世間の人を驚かせる言い分を言わせていたのは驚いた。

不良には不良になった理由、経緯がある。勉強ができないとか、家庭環境がわるく、朝親が起きてこないとか。そんな過去を引きずっている上に自分に厳しく当たれない甘さが加味して、ワルになっていくのが大半である。これも、25歳までは、家庭・社会の責任でケア施設をもっと充実しておくという国の責任も問われなくてはならない。

http://youtu.be/OrbZIVOHfaY
光市母子殺害事件に死刑判決。加害者の父語る。

 あのY弁護士含む、死刑廃止論者がグループで裁判を利用して「死刑廃止」運動を展開しているのは、アレはおかしい。そこへ今話題の橋下弁護士が弁護士個人・グループに「懲戒請求を求めろ!」と世間の大衆に動員をかけるなどの動きをした。アレその後どうなった?

0170730_235218  懲戒請求したら、逆に被告にされた弁護士に逆に訴えられて50万円の請求される・・・と、江川晶子が橋下弁護士は、その負の部分を紹介しないで、大衆を煽る点を指摘していた。プロを素人がヘタに揚げ足をとると、痛い目にあう。この懲戒請求に言い出しッペの橋下弁護士は参加しなかった。「私には生活があるから」とか言って。だから、橋下弁護士の言動には付和雷同すると、彼が乗っていない場合がある。

 鎌倉時代、建永元年(1206年)、後鳥羽上皇が熊野神社参詣の留守中に、上皇が寵愛する側近の女性二名、法然の弟子安楽と住蓮房の美声法要に参列して、その流れで出家意、その夜宿泊したことを知った、上皇は二人の女性を死罪に処し、法然、親鸞ら幹部7,8名が流罪にされた。そのとき、法然は四国、親鸞は北陸へ流された。そのときの刑が、一年分の種もみを持たされ、それで田に種をまいて米を取って暮らせ・・・、というのが流刑であった。自活の刑は、死刑に近い。事実、数年で都へ戻ってしばらくして、法然は体が弱って死んでいる。ただし、親鸞は長寿をまっとうした。

 日本の刑は、一人の受刑者に一年間に200万円の経費が掛かるといわれている。これだけ費用がかかると、早めに社会に出してしまいがち、と考えることができる。

 無期の受刑者だけでも、開拓、あるいは、林業、漁業など、人手の足りない分野に労働させる法改正をしたら、どうだろう。無期と死刑の間に、昔の刑を参考にして、経費の掛からない受刑システムが必要があるだろう。

 この本村さん、妻と子供の裁判しているさなか、再婚している点、13年もあり、9年目で再婚、非難されるべきことではないが、そして殺された妻の両親に納得してもらったとはいうが、なんか・・・マスコミも、そっとしておいて、温かく見守っている・・・。再婚相手と一緒に死んだ二人の墓におまいりしている。が、アレ、そうだったの。死に損、という気がしないでもない。非難など、とてもとてもできないが、複雑な感情がある。

おかしな弁護士 光市母子殺害事件  弁護人の意図 光市母子殺害事件

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