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2012年3月 4日 (日)

人生の仕舞い(終い)支度

人生の仕舞い(終い)支度を始めたのだろうと思って、その電話を切った。というのは、T県の高齢者ホームにすむ先輩のTさんから、「本を処分したいので・・・」と相談があった。彼は、長年教師をしていて、たぶん書物を多く溜めているのだろう。旧住まいの本を全部片付けたいのだという。残しておけば、誰かに迷惑がかかるというわけだ。

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だいぶ体が弱って、ほどんど家から出ない日々をすごしている。八十代を半ばを過ぎて、急に元気がなくなったようだ。病気ではないのかもしれないが、一日のうち寝ている時間が多くなっているらしい。本のほかに、古いステレオも処分したいという。人間の老化は、起きている時間が一日一時間程度にまでないなるらしい。中国の鄧小平は、相当老齢まで、長江(揚子江)横断を平気でやる人だったが、最後は一日で正常に頭が働くのが一時間だ、と聞いたことがある。

 Tさん、図書館に寄付したいと申し出たが、本も古いものは、困るらしい。また、書き込みがあるものは、引き取らないという。ケチ!本が山ほど出ているこの時代では、本は貴重品ではなくなったらしい。フィリピンのルバング島で隠れていた小野田少尉と故小塚軍曹(小野田さんが救出される前に、地元フィリピン警察に射殺された)のように、活字のない暮しをしていると、日本の捜索隊が置いて行った週刊誌をむさぼりようんだと聞いたが、そのように「活字に飢え」ていた昭和20年代は、本は貴重品であったが、今は書物は腐るほどある。邪魔にされて、買わない工夫が必要になった。図書館でさえ、本が増えて、置く場所に困っているようだ。古い本は処分しているように見える。

 何でもできるはずのTさん、本の処分、私に要らないか?という意味で電話してくれたのだが、T県まで出かけていくには、ちょっと・・・。私が買い取りする地元の業者を探すお手伝いをすることにした。老齢になると、以前ならできる仕事ができにくくなる。

 子どもが一人もいないので、手助けしてくれる身内がいないのが、さびしい。結婚して、しばらくできなかったから、不妊治療をしていて、一度妊娠してお腹で育っていたが、流産してしまってそれからはあきらめたようすで、夫婦二人で暮す決心をした。そして、今「しまい支度」となっている。まあ、こういうのも、人生の最後には、あるのだ。

 今日明日という終末治療とは違うから悲壮感はないが、日没の夕日を見るような寂しさはある。日の出があれば、日没はある。「死すべきときに死す」これを受け入れる生き方が、人間に与えられているのだから、仕方がない。甘受する平常心を持ちたい。

 業者を紹介するか、あるいは、赤帽のような業者を頼んで、私が動くか、考えてみなくてはならない

むのたけじ×中村メイコ「人生の終いじたく ...

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コメント

流産して、それからはあきらめたようすで、夫婦二人で暮す決心をした。そして、今「しまい支度」となっている。まあ、こういうのも、人生の最後には、あるのだ。
 今日明日という終末治療とは違うから悲壮感はないが、日没の夕日を見るような寂しさはある。日の出があれば、日没はある。「死すべきときに死す」これを受け入れる生き方が、人間に与えられているのだから、仕方がない。甘受する平常心を持ちたい。

投稿: 夕日を見る | 2012年7月21日 (土) 12時24分

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