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2012年2月24日 (金)

天皇心臓手術 南淵明宏でなく、天野篤・順天堂教授

20120219k0000m040065000p_size5_2 Main_200_2 15年前までは、心臓を止めて機械で血液を循環させて手術をしたが、今は心臓バイパスをつくり心臓が鼓動している状態で手術をする。

この技術は、細かい手先の器用さが必要である。爆笑問題の「爆問学問」で南淵明宏が、天皇の手術より以前に出て説明していた。先生のキャラクターは、明るく、快活で話しをしていて楽しい印象である。

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5106 年間200例の心臓手術する南淵先生にとっては、特にめずらしいケースではないだろうが、太田・田中に基本例を説明していた。心臓手術を受ける患者は心臓周辺の血管がもろかったり、硬直していたり・・・不可抗力で血管が切れたりする場合がある。

南淵 明宏(なぶち あきひろ、1958年3月3日 - ):心臓5096 5103 血管外科医。医学博士。多数の一般向け著書を発表しており、著書やテレビ出演が多く、最も知名度が高い外科医の一人である。
奈良県出身。東京都東村山市にある明法高等学校を卒業後、奈良県立医科大学医学部に入学し、1983年に卒業。奈良県立医科大学第三外科(心臓血管外科)に入局するも、国立循環器病センターで研修を受ける。その後医局制度に不満を感じて医局を飛び出し、小児心臓外科で有名な佐野俊二(現岡山大学大学院教授)の勧めにより、オーストラリア・シドニーにあるセント・ビンセント病院で心臓血管外科の修行を積む。その後、シンガポール国立大学病院・新東京病院・湘南鎌倉総合病院で勤務し、1996年9月に神奈川県大和市にある大和成和病院に心臓病センターを開設する。 2010年12月より大崎病院東京ハートセンター センター長に就任
。Wikipedia参照

南淵明宏 先生(心臓外科医)講演 http://youtu.be/9gVPoLyWPaI

20120219k0000m040019000p_size5 ちょっと、ちょっと、天皇の心臓手術執刀医は天野篤・順天堂大心臓血管外科教授だったよ。南淵先生ではなく天野教授であったのは、なぜだろう。マスコミに顔を出しすぎる南淵先生は困る・・・、という配慮があったのかもしれない。天皇陛下の手術を終え記者会見する執刀医の天野篤・順天堂大心臓血管外科教授(右)と小野稔・東大心臓外科教授=東京都文京区の東大病院で2012年2月18日午後6時17分、武市公孝撮影

東京大病院(東京都文京区)で行われた天皇陛下の心臓の冠動脈バイパス手術は18日午後、無事終了した。狭心症の治療が目的だったが、記者会見した医師団によると、冠動脈の狭窄(きょうさく)部分を迂回するようにつなげたバイパスの血管に血液が順調に流れていることが確認された。陛下は術後の検査などのため、集中治療室(ICU)に入った。順調に回復すれば約2週間で退院できる見通し。
http://d.hatena.ne.jp/cool-hira/20120222/1329858701

 手術は東大と順天堂大の合同チーム約10人で行われた。午後6時過ぎから記者会見した金沢一郎・宮内庁皇室医務主管は冒頭、「手術は予定通りに進み、終了しました」との発表文を読み上げた。
 執刀医の天野篤・順大心臓血管外科教授と小野稔・東大心臓外科教授らによると、午前9時24分、陛下は皇后さまと長女黒田清子(さやこ)さんに付き添われ、歩いて手術室に入った。同11時1分に執刀を開始し、胸骨の裏側にある左右の「内胸動脈」を冠動脈の左回旋枝(かいせんし)と左前下行枝(ぜんかこうし)の狭窄部分の先に縫合。出血はほとんどなく、輸血は必要なかった。医師団は「内胸動脈の状態は非常に良好」と説明した。天皇陛下が受けたのは、胸骨の裏側に左右2本ある内胸動脈を、冠動脈が詰まった部分の先につないで迂回路(バイパス)を作るバイパス手術だ。
 人工心肺は使わず、心臓が動いたまま手術する「オフポンプ」の手法を用いた。3時間56分後の午後2時57分に終了し、陛下の麻酔が切れるのを待って、同3時55分に手術室を出てICUに移った。20日ごろに特別室に移る予定という。
 また、手術中に不整脈を認めたため、左心房の一部で耳のような形の突起「左心耳(しんじ)」の根元を糸で縛る処置をした。この部分では血栓ができやすく、不整脈が起きると血栓が脳に達して脳梗塞(こうそく)を引き起こすことがある。それを予防するための処置で、医師団は「ある程度想定されたことで、事前に陛下のご了解をいただいていた」と説明した。
 陛下はICUで皇后さまや黒田さんと約5分間、対面した。手をさすられると、陛下は「気持ちいい」と答え、和やかな雰囲気になったという。

 小野教授は「これ以上ないという手術ができて喜びの限りだ」とほっとした表情で話した。天野教授は「手術のタイミングはベストだった」と語った。金沢医務主管は78歳の陛下の今後の公務について「心臓が良くなったから若い時と同じようにやっていただけるとは決して思っていない。ある程度の配慮は続けさせていただきたい」と話した。【真鍋光之、野田武】

爆笑問題の「爆問学問」で南淵明宏は、血管が切れたりする場合、そのとき、ベテラン医師はそれをリカバーする技術を求められて、あわてないこと、という。バイパス血管が他から取り外して使えるとは、素人には驚きであるImg_5085 が、このバイパスで血を流しながら、トックントックン心臓が鼓動している心臓に付着している血管をはがして縫い合わせる手術を見ると、細かい作業である。この手術につかう釣り針のような針、釣り針は返しがあるが、この手術用針は返しがない。ソレを手で持つわけにいかないから、ピンセットでもって縫合する。ソレを顕微鏡メガネを通してみながら、縫い合わせるのは、素人目には難しい。

 南淵先生は、二日に一回の心臓手術しているから、なれたものである。同じ箇所ばかりやっているから、まず間違えはない。名医ほど、特定箇所に集中する。かえって、外科医という看板かけていると、あらゆる手術を担わせるから、かって負担である。外科医は、個人的にみると、医師になって10年後から。体力と経験が伴う20年がシュンである、と言われている。バックアップする医師、看護婦や設備が支援で伸びているが、医師の中で一番体力が必要である。外科は医師生命が一番短いので、給与が一番高く設定されている。

 5099 5098 今は半ば引退したような状態であるが、外科医の実兄は、毎日のように手術をしていた時期がある。肝臓、小腸、胃、腕、あらゆる部分の手術をしていた。裁縫はしたことはないだろうが、腹を縫い合わせるのはお得意なものだった。爆問学問で田中と太田に顕微鏡をつけて手術の縫合をやらせていたが、カンをつかまないとむずかしい。

 余計な情報であるが、Wikipedia には、こんなことが書いてある。
1998年、東京大学病院で研修医から睡眠薬を投与された南淵医師の岳父が植物状態になったため、1億円あまりの損害賠償を求めて東京地裁に提訴。東京地裁は2004年、6600万円あまりの支払いを東大側に命じた。
2000年、医療過誤により死亡した元患者の遺族に協力したため勤務先の病院に解雇された等と雑誌やテレビで発言したため、病院から名誉毀損で訴えられた。
2004年8月4日の横浜地裁判決では、南淵医師の主張する病院からの嫌がらせや圧力の事実を否定し、南淵医師が無断で他の病院でアルバイトをしたり、ベンツの供与を受けていることが発覚したために退職を求められ、本人もこれを了承して退職したと認定し、南淵医師の発言は真実ではなく、真実と信じるについて相当の理由もないとして、名誉毀損の成立を認めた。なお、この判決は控訴取り下げにより確定している

 これが、南淵先生が天皇の心臓手術の担当者になれなかった理由になっている、と想像される。

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コメント

1 今回の天皇のOPEのことがよくわかりました。ありがとうございます。

2 ただしTVに出る先生や弁護士は3流。本当の実力ある医者は、勉強と治療で出られません。

3 東大の先生が南でも口を出して、勉強しないのと同じです。宣伝や、司馬遼太郎の言う<配電盤業です>

4 爆問に出た先生も、本当に金やベンツをとったから控訴しなかったのです。かれは200例、順天堂の先生は1000例。比較にならず。バイパスでも李登輝総統は倉敷中央病院へ台湾からくる。世の中はTV馬鹿が多い。

 tamada様
 見識あるコメント ありがとうございます。利口とバカがいるから、世間は面白いのですから、バカの効用も無視できません。
 どっちかというと、私はバカを見に行く野次馬ですので、利口な本当の実力ある方も、テレビで語る機会を持ってほしい、と思う。

投稿: tamada yoshihiko | 2012年2月29日 (水) 18時34分

失礼します。
天野先生も、南渕先生も須磨先生の弟子です。一次同じ病院で働いていた同志でもあります。おふたりとも医師としては素晴らしい方たちです。

東大は業界では循環器が弱いことで知られておりますから、逆に天野先生を指名したのは英断だったと思います。

大昔お二人のいた病院(松戸)でカテーテル室にいたため、ガセネタではありません。念のため。

投稿: yaa | 2012年5月 9日 (水) 10時57分

 天皇陛下の手術をされた天野先生もお名前は知っておりましたし、南渕先生のお名前も本で読んだ記憶がありました。
 ところで、心臓の手術ではなく変形性股関節症の手術をする予定なのですが、
 北海道にいらっしゃる石部基実先生は最近本も出され、一日の手術数も大変多く、ナビシステムも利用して手術されると聞いていますが、(NTT札幌から小笠原クリニックに移られ2008年独立)やはり外科の場合は手術数と年齢が深く係わりますか?教えてください。ちなみに石部先生は55歳です。

秋薫様
 手術を予定されているのですか。
 個々の先生を評価するつもりはありませんが、聞いた話をお伝えします。
 外科の医師としての旬は、医師になってから15年目から30年目、この間を含めて20年間が(一般的に)外科の腕が最も冴える時期だそうです。外科は、他の内科などより活躍期間が短い、と聞いたことがあります。
 手術が無事終わりますことを祈っています。無事退院しましたら、ご一報ください。

投稿: 秋薫 | 2012年6月 2日 (土) 13時13分

順天堂の先生は1000(バイパス+弁膜系)例?
だと、年間病院の手術より多くない
1日3回のOPは無理だと思うけど。
どちらも優秀な医師だと思いますが、
自分は
天皇と同じ右側の冠動脈バイパス1本と
大動脈弁輪拡張症同時手術にて
テレビや講演に精だす教授の代わりに
30代、40代で手術する
医者がいるのは事実。

投稿: 名無し | 2012年6月28日 (木) 12時43分

地元の事情通な循環器の先生に聞いたところ、南淵先生の手技は天野先生の足もとにも及ばないらしいです。

投稿: | 2013年6月23日 (日) 16時46分

追伸、人間的にはなぶち先生のほうが天野先生よりいい。両方知ってる

投稿: | 2017年9月21日 (木) 00時53分

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