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2012年2月17日 (金)

雪の朝 足跡を追いかけて歩く

5012 外へ出ると、雪が薄く積もっていた。まだ暗かったが、駅に向かって歩くと、私の前に歩いた靴跡が・・・・と続いていた。昔なら
「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」というところだが、今は靴の跡である。
この句を作ったのは、江戸時代、芭蕉の頃の捨女という六歳の少女の句とあった。
http://plaza.rakuten.co.jp/articlenine/2001

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5007 歩道も時には平らではない。車道と自宅敷地をつなぐのに歩道が傾いていたりすると、滑らないように宅地側を歩く足跡、それを見て私も危険を避けながら、駅に向かう。スルッと滑った跡を見ながら、「ここで滑ったな」と思いつつ、薄暗い中をその人の歩幅に合わせて歩く。

 人の足跡に合わせると、その人がナニを考えていたか、分かるような気さえする。不思議だ。人からもらった手紙を書き写して(日記帳に)記録すると、言外にあるその人の言いたいことがわかるように、歩いた足跡をなぞっていくと、同様に歩いた人の気持を知る。

 5008 駅に行くに従って、人の足跡が多くなり、いつの間にか、その人の足跡がどこかへ消えてしまっていた。駅に向かっていると思っていたが、家に帰ったのかもしれない。

 現代では、ぬかるみに、足をとられそうな道、ドロ撥ねでズボンまでドロのつく道はない。昔は、田んぼの横道など、雪解け道は長靴でないと難渋するものだった。だいぶ前のブログに書いたが、いい詩があるから、再度紹介しておきます。

 「町の辻」参照
雪解け道のぬかるみを 
杖にすがりてとぼとぼと
歩み来れる老婆あり 
行き来の車馬の絶えされば
向こう側へ行きかねつ
老婆の前を右左
行き交う男女の多けれど
北風寒き街の辻
身なりいやしき老婆には
手を貸す人もあらざりき

米屋の小僧お得意へ  
米を運びし帰り道
ひらりと降りて自転車を 
角の下駄やに預けおき
すぐに老婆を導きぬ
  
下駄屋にありし人は皆
「年の若きに感心な」
かくゆう声を後にして
くにに 母親残すらん
彼の瞼に露ありき
下駄買う人も売る人も
下駄屋にありし人はみな
彼の姿を見送りぬ
さとすべき子にさとされし
小さな悔いを抱きつつ

『尋常小学国語読本~国定(3)期~』

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コメント

 素敵な詩でした。
 先日入院して80歳のおばあちゃんと同室になり、こちらが気遣うべき所を『若いのにかわいそう』とかえって心配され、お年寄りの優しさって長く生きたぶんだけあたたかさの厚みが違うなと思いました。そんな彼女らを大切にしなければと思いました

明日香様
『詩』は、大正初め、小学校四年生あたりの教科書に載っていたそうです。それを思い出そうとして、うろ覚えでという投書で、多くの方がおばあちゃん、おじいちゃんに聞いたり、ようやく正しいものが判明した、そういう曰くつきの詩です。

投稿: 明日香 | 2012年2月17日 (金) 21時05分

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