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2011年12月 3日 (土)

性同一性障害 ゲイ レズと違う

11_3   雑誌「ニューメディア」では、「編集後記」をBetweenというのだが、編集者が興味持っていることを勝手に書いている。見逃している人もいるかもしれないが、このページはかなり面白い。今月号の中では、「性同一性障害」の(ふ)氏の記事が気になった。ただ、本ページより文字が小さいのが難であるが。

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 その趣旨は、以下の通りである
Photo_2  人間の性は、基本的にmale(男)と female(女)の二つに分けられる。ところが、性同一性障害という脳の性別と性器の有様が逆転している人がいる。ここでの話は、脳も性器もあいまいな状態、インターセックスの人たちについてである。 人の性は、maleと femaleのほかに、hem、性染色体はXY男性でありながら、性器は外見は女性である人たち。逆に性染色体はXX女性であっても女性器が欠如して男性化している場合はmem。男性器と女性器の両方をもっている人たちをherm。つまり、maleと female、hem、mem、hermの五種類に分けられる。
 原因の一つに、副腎からアンドロイゲンが過剰に分泌され、染色体は女性でも男性化する先天性副腎過形成がある。
 日本におけるインターセックスの新生児は、1500人に一人とも。これらの情報は、帚木蓬生著「インターセックス」に書かれている。ただし、本書はあくまでも小説である。(ふ)

Frm013 子供のころ、本町の家の裏から泉町通って杉野町へいくところに、金子孵化場があった。ニワトリの有精卵を雛にかえし、鑑別作業が行われていた。その孵化場のゴミ箱には、半分ひよこになったタマゴがたくさん捨てられていた。養鶏場に出荷するのはメスだから、オスは廃棄されていた。ゴミ箱の中で生きたまま、ピーピー鳴いていた。元気なヒナを拾っていって飼おうとする子もいるが、大抵は「エサだけ食べるから」と、親に叱られて、又戻しにくるのがオチだった。

 金子孵化場は近くだし、うちでもヒヨコを仕入れて育てていたから、父母とも親しかったようだ。その話では、鑑別士の仕事は、生まれたひよこの性器を見て、オスメスを鑑別するが、区別しにくいのが100羽に一羽はいる、と話していたのを横にいて聞いたことがある。タマゴで食べる分には関係ないが、メスを出荷する仕事では、中性を出荷しては、相手に損害を与えてしまうから、この「あいのこ」は問題である。このとき、初めて、オスでもメスでもない、性があることを知った。

人間の世界にも、たしか、女みたいな振る舞いをする男性がいることは、子供ながらウスウス感じていたが、世間には「Kichigai」と呼ばれる人もいたから、もっと目立つ異常な方に目がいっていた。

最近、「死ぬほどのものではない」と励ましたつもりの文章に「性同一性障害」の方から、そんなに生易しい問題ではない、とコメントを頂いた。当事者にとっては、世間の偏見に苦しむという点だけではなく、自分自身の人生に関わる悩みがあって、生きていくのは困難があると、知らされた。性同一性障害?死ぬほどの悩みか!

Img_755608_61601846_0 『自身が、男性または女性である自己の認識、感覚を持つ』これを性同一性(性別のアイデンティティー)という。一般には、身体的性別と意識の性同一性を有するが、稀に、自身の身体の性別と自身の性意識が一致しない人々がいる。そうした著しい性別の不連続性を抱える状態を医学的に性同一性障害という。
 身体の性と(意識の)性同一性はそれぞれ別にあることがわかった。性同一性障害は、何らかの原因で、生まれつき身体と、性別の意識関わる脳の一部とが一致しない状態で出生したと考えられている。

Img_1060605_59685513_0  性同一性障害者は、自身とは反対にある身体の性別に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のおいてその性別で扱われることに精神的な苦痛を受けることが多い。絶え間なく続く苦痛を排除し、普通の生活を送るために、自身の性意識と一致する性別への移行をすることがある。
 日本では、平成15年7月16日に、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律を公布し、翌年に施行された。
性同一性障害者は、戸籍上の性別を変更できるようになった。日本国外では、多くのヨーロッパ諸国、アメリカやカナダのほとんどの州で、性同一性障害者のために、1970年代から1980年代より立法や判例によって法的な性別の訂正を認めている。日本を含めこれらの国の法律は、性別適合手術を受けていることを要件としているが、イギリスとスペインでは、性別適合手術を受けていることを要件とせずに法的な性別の訂正を認める。

32kita3 当事者の性意識は、性染色体や内外性器からも独立していることがわかり、同じ性染色体の構成や内外性器の形態であっても、本人の性の自己意識は男性、または女性であったり、と一様ではない。単純に染色体や身体では性の判定はできない。けっきょく性別は本人の自己意識によって決定するほかない。

「ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case」
 1965年デイヴィッド・ライマー David Reimer は、カナダで男児として出生。生後8か月にして事故で外性器を失う。
 両親は息子の将来を憂慮し、著名な性科学者ジョン・マネー John Money の勧めもあって手術を施し、「女児」として育てた。彼は性分化疾患ではなく、そして一卵性双生児の兄弟の一人であった。生物学的に限りなく同じである兄弟の一人を男の子、もう一人を手術を施し女の子として育てた。
 この症例は、人の性同一性の形成は、環境要因か、生物学的要因かの論争において有名な症例となる。
 結果として、デイヴィッド・ライマーは14歳のときに父親から真相を知らされるまで、一度も自分を女の子のように感じたことはなく、それまで性同一性との不一致に苦悩していた。かなり早い時期から女児として育てられたが、女の子らしいところがなく、性格はまさに男の子そのものだった。幼少の頃は“自分は女の子ではない”と、うまく言葉に説明できなかったが、いつも「自分は女の子とは感じない」「とにかくしっくりこない」「何かが間違っている」と感じ、徐々に「自分は女の子では絶対にない」と自覚。真実を知らされてからは、即刻に本来の性に戻ることを決意、のちに男性としての人生を過ごした。

性同一性障害を抱える者は、「異性になりたい」のではなく、「本当は女性(男性)なのになぜ身体が男性(女性)か」という極めて率直な感覚を胸中に持っているが多く、「本当の性別」とは、まさしく自分を自己意識にしたがった性別である。

4771012288  一般の人にとっては、同性愛のホモセクシュアル、ゲイ、レズビアンと一緒であると思いがちであるが、これらは概念が異なる。同性愛は「恋愛の対象がどちらの性別であるか」の性的指向の概念で、性同一性障害は「自己の性の意識はどちらの性別であるか」の性同一性に関する概念である。
 性同一性障害は、恋愛の対象がどちらの性別であれ、その人自身が、性の自己意識と身体の性との不一致により、自身の生物学的性別への違和感、身体とは反対の性への一体感を持つ。誰を好きであるから性別に違和感を持つという表面的な程度ではなく、根源的に「身体の性別が違う」という感覚を有している。
 同性を愛するか、異性を愛するかは、その人自身の恋愛の自然なあり方で、何らかの疾患、たとえば性同一性障害が原因などというものではない。同性愛は疾患ではなく、同性愛者は何らの医学的治療を必要としないが、性同一性障害は疾患であり、その当事者の多くは医学的治療を必要とする。当事者による「自分は性同一性障害で心の性が女性」との説明に「男性が好きということか。つまり同性愛」と受け取られかねない。

 性的指向と性同一性とは別の概念であり、別個に捉える必要がある。
 性同一性障害を有する有さないに限らず、たとえば「ある女性が、女性を愛する(同性愛)」すなわち「その女性同性愛者は性同一性障害である」という理解は誤りである。もしその女性自身に、「性の自己意識と身体の性との不一致」を抱えていたとしたら、性同一性障害であり、抱えていないとしたら性同一性障害ではない。このとき、その女性がどちらの性別を恋愛の対象としているかは別の事柄である。ニューハーフと呼ばれる人のなかには、性別に違和感を持たない男性もおり、またその一方で、性同一性障害を抱える者もいる。

51q17h0s6pl__sl500_  専門医でも当事者でもない者が、性同一性障害の実際を知らぬまま、誤解を基盤とした差別や偏見、狭く限られた個人的な体験による私感や私情等を根源とする言葉が存在することもあり得る。

 現在「性同一性障害」という、名こそ広く知られているが、その反面、この疾患名を知る人々の全てが、必ずしもこの疾患概念を正しく把握しているとも限らない。
 とくに同性愛や女装との混同など、いまだ正しい認識があまねく浸透しているとは言えない。そのような状況にあって、ある者が「性同一性障害」という言葉を用いた時、もしくはある者が「自分は性同一性障害」と自称した時、その者が、同性愛や趣味による女装のことを性同一性障害だと誤認して用いている場合もあり得る。

Seidouitsuimage2  性同一性障害に対し、「心のほうを身体の性に一致させる」という治療は、現実的、倫理的な理由によりおこなわれない。過去、性同一性障害の治療において、ジェンダー・アイデンティティ(男性、女性としての意識)の変更に成功した例がなく、そのような治療は極めて困難だと判明している。ジェンダー・アイデンティティは人格の基礎の多くを占めており、人に対する人格の否定につながる。人格と身体を比較したとき、人格を優先することこそ、人の倫理に沿う。(Wikipedia参照つまり、男性には男性器をつけ、女性にはそれをカットする手術をする、という理由が成り立つ。

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