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2011年12月28日 (水)

夜の女を池に投げ込んだ旧日本兵

Photo  パンパンガール(米軍相手の街娼)が都会には当然のようにあふれていた。まあ、近くに知っている人がいる場所では、営業しにくいだろうが、生きるためにはこれが手っ取り早い。女でなければ、出来ない仕事ではあるが、腹では軽蔑しても、生活のためにはやむ得ない。だとしても、戦中の日本人の誇りを捨てて、米軍の腕にすがりつく大和撫子なでしこに、旧日本兵の怒りが爆発した話である。

すると、そのパンパンガールが言い返した。
「何よ!偉そうに、敗残兵のくせに!」、
カチーンときた元日本兵、戦争に敗れたといえどプライドがある。つい、カーッとなって、女を池に投げ込んだ、という事件である。「語りつぐ戦争」(朝日新聞「声」)から参照12/20

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 人間も、戦争仕様に仕立てられないと、国家のため必死で戦争なんかしないでしょう。考えてもみてください。相手に何の恨みも憎しみもない相手を銃で撃ち殺すことできますか。でも、勝つ戦いは、違う感じがある。日本海海戦で三笠旗艦の下、連合艦隊がバルチック艦隊を全滅させたシーンをみて、溜飲を下がる気分だ。このギャップはなんでしょうね。

 子供の頃、進駐軍がジープに乗ってスーッと、通りかかると、「Give me チョコレート!」とか、キャンディとか、知っている限りの単語を並べて、何かをもらおうとしていた。昭和21年、22年頃のシーンであると思う。
 田舎には米軍基地はなかったが、名古屋、大阪、東京と基地のある周辺では、、たぶん多くの女性が必要であったはず。トクに都会の女は、駅裏でたむろしている場所が必ずあって、そこが狙い目で米兵が寄ってきたようだ。
 一ヶ月に一回は、臨検と言って、性病にかかっていないか、保健所がトラックで乗りつけて、一斉に検挙して「性病検査」をする。たまたま通りかかった女性が検挙されてトラックに乗せられてしまう。検査が性病であるから、関係ない素人の女性には、あられもない姿で検査されるのは、悲劇であった。

 「パンパン」が、不特定多数を相手に営業をする街娼で、決まった相手だけに、自宅に来てもらうのが「オンリー」というである。

 昭和28年頃に発行され「基地の子」で知った知識である。二中の図書館は東海地方で表彰される五指に入る蔵書の図書館であった。「基地の子」が、お勧めの生活綴り方集であった。
 中身は、子供の目から見た母親がオンリーをやっていて、米兵が家に来ると、子供は家から追い出されている話が沢山あった。家の外から隙間からのぞいた話などあって、この本のエロさというか、ドキドキさせる部分もあって、真剣に読んだ覚えがある。

 今、その本がどうなっているか、調べてみると、どこにもこの本を読んだという記載はない。なお調べてみると、コレクターの人が所蔵していて、高い値段がついていた。「基地の子」この事実をどう考えたらよいか / 清水幾太郎, 宮原誠一, 上田庄三郎共編-光文社,(1953年) 中古品の出品:1¥ 2,800より ¥ 4,500より

 図書が生徒に一巡したころ、中学(市立第二中)の図書室で「基地の子」読書感想会があった。他の人はどんな感想を述べるか、興味を持って行ってみると、先輩の中3が三人と中2は私を含めて数名、図書館担当の堀田先生と西尾岩夫先生が司会で始まった。
 反戦教育の一環として、この本の果たす役割をもっと生徒に伝えたいと思ったのであろう。しかし、先輩の中3が全然発言しない子ばかりで、盛り上がらないことおびただしい。中2の私がいろいろ発言して「野沢ばかりでなく、他の人も発言をして」と先生がケシかけても、黙ったまま・・・そんな読書会であった。それが「基地の子」の思い出であった。

 まだ、進駐軍が占領していた頃だったから、教職員は反米思想が広まることを極めて敏感に抑えようとしていた。だから、私が書いた「基地の子」感想文を文集に載せたら、これを教頭あたりが気づいて、「その部分をカットしろ」と、担任が注意されただろうか、
 「代わりの文を書いて持ってきて」と私は催促された。しかし、あくまで反抗して出さなかったら、その部分だけが真っ黒く塗りつぶされて、黒塗り文集のページのまま発行された。中二の文集名は「鉄の玉」であった。

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    コメント

    そのパンパンガールは
    「何よ!偉そうに、敗残兵のくせに!」と、
    言い返されてしまった。カチーンときた元日本兵、戦争に敗れたといえどプライドがある。つい、カーッとなって、女を池に投げ込んだ、という事件である。「語りつぐ戦争」

    投稿: 敗残兵 | 2012年7月22日 (日) 11時33分

    私の知り合いで、姉が米国に住んでいるので、彼女は来年その姉80才代に会いに行くと言っていますが、姉の正体は戦争花嫁として米国に渡ったのに、あちらで大学の先生をしていて日本文化を教えているなんて嘯いているんですよ。

    敗戦国の女、それもブロークンな英語しかしゃべれない女を誰が相手にするのですか!
    今でこそ日本は豊かな国になりましたが、50年代の日本、しかも米兵相手のパンパンをまともに雇ってくれると思いますか?
    周囲の人達はずっと若いので戦争花嫁という言葉も死語に
    なりつつありますが、史実は変えられるものではありません。
    それもそのはず、正直に話せる内容ではありませんものね。

    投稿: 戦争反対 | 2016年12月23日 (金) 13時13分

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