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2011年11月23日 (水)

巨人清武英利対読売渡辺恒雄 読売内紛?

2648 創業家の出でもない渡辺恒雄が、どうして読売の顔になっているか、ごぞんじであろうか。その経歴からして、戦後生まれの団塊世代の清武英利がケンカ吹っかけても、勝ち目はないのじゃないか?いやいや、これから団塊世代がの社会のリーダーになり、社会を変えていくのかもしれない。その意味で、大正生まれのナベツネをギャフンと言わせる機会かもしれない。がんばれ、清武!そんな気持で見ている。サル山のボスの交代劇の序章のような気分で見てしまうのは、私だけでしょうか。

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01cc8efdc96675c150c3d87c27bbeefb 渡辺恒雄は、銀行マンだった父が小学生ころ急に死んだので、母から頼りにされ、「全学科を全甲にして、そうでないと、恥ずかしく援助してくれている叔父に報告できない」と叱咤されて育った。しかし、期待通りの成績は取れず、当時の一流高、府立高、武蔵高、府立一中には、ことごとく不合格。第四志望の開成中にビリに近い成績で合格した。東京育ちの渡辺恒雄は、勉強と職業とを直結して考えて、出世に敏感になっていた。このとき培った考え方が、彼の人生を貫く思想になっているようだ。

 東京大学文学部を卒業して、マスコミに行くなら「朝日新聞」か「読売新聞」と思っていたが、幸い「読売新聞」に合格した。しかも、合格時の成績は二番だったらしい。一番が作家になった三好徹だとか。

 その後は、『週刊読売』記者を経て、政治部記者となる。政治部内で10人のグループをつくり、そこの中でトップに立つ。そして、部を牛耳る。これが第一歩である。そして、その他の部のトップ、ライバルたちの中で競い、頭角を現す。戦国武将のノウハウからのしていって、ついに読売グループのトップに立った。とあるところで読んだ。出世とは、仲間との戦いでもある。ナベツネの愛称で油断を見せながら、競争相手に勝って、今日まで歩んできた。

 田舎の友人から聞いた話であるが、T自動車に入って、まず1年は同じであるが、係長になる時点で、最初に差をつけてダッシュする人は、人望もあり、まわりとの調和、気配りを明らかにわかるように動く。彼は、最初、係長に上がる時点で、オレは社長には向かないと悟ったと。

Img_1186674_31580704_0 515fy1ag5dl  渡辺恒雄、政治部に配属され、警視庁出身の社長正力松太郎の眼鏡にかなって、自民党党人派の大物、大野伴睦の番記者になった。以後、保守政界と強い繋がりを持つようになり、大野の事務所を行き交う札束攻勢を目の当たりにする。
正力松太郎が中曽根康弘を支援する連絡に働き、大野伴睦のゴーストライターをして、週刊Glf1007291601002p2 誌などに論説も書いた。児玉誉士夫と懇意になり、日韓交渉の下交渉にも加わった。九頭竜ダムの補償問題にも暗躍した。大野伴睦の死後は、中曽根と深くかかわるようになった。

社内では、1977年、編集局総務{局長待遇}に就任。渡邉が編集局総務局長に就任して、百里基地問題では、違憲審査権を主張する読売の論調が、1981年からは国家統治行為を支持する立場に変わった。読売新聞が渡邉の主張を取り入れて、中道から保守に傾斜していく一端である。同年、取締役論説委員長に就任した。1984年からは元旦の社説を執筆するようになった。1991年に読売新聞社社長、横綱審議委員、1999年には日本新聞協会会長に就任した。
1990年代初頭より、読売新聞は「憲法第9条の改正を含む改憲キャンペーン」を展開し、半ばタブー視されていた改憲論議の口火を切る。世論調査の結果も、改憲賛成が多くなってきた。

 新聞は「公正中立」を旨としていたはずであったが、ところが、読売新聞は自民党支持に踏み込んで、公然と党派に加担してもいい、と思わせた。その考えは、野球においても同じで、強い「巨人」が引っ張れば、野球界は発展していく。野球界が発展することは、「巨人」が強くなること、とみなす傾向になった。渡辺恒雄の考え方が色濃く投影している。野球の強さは、強打者を集めること、強力ピッチャーを集めること、とドラフトの公平さを求める精神とは、まるで違う考えを出して、江川問題では、協定破りを発揮した。

 これも、巨人が強くて、人気があればこそ、他のチームは巨人にたいする不満を口にさせなかった。が、強打者ばかり、カネにあかせて集めても、それは野球チームが強くなることにはつながらない。それは、ことしの成績を見ればわかる。現場にいる清武GMの方が、チームの育て方がわかっている。それは、選手と接している側の方が理解しているという自信がある。コーチやスタッフの一覧表を作って、ナベツネさんに見せて承認を得たのが、口頭であったので、まだ決定ではないと思ったが、それが老人性健忘症か、「コーチは江川でいく」と、現場にいる専門家の清武プランをひっくり返してしまった。野球なぞ、現場の部署に任せておいていいのではないか。

 読売新聞当時10万部しか出ていなかったのが、野球を始めてベーブルースを呼んだら、新聞の販売部数が数か月で、一気に15万部、20万部にアップしたそうだ。その後、野球は打出の小槌だ、という信仰があるのか、読売の最高幹部は、野球、読売巨人軍を新聞社のものと思いこみがあるのかもしれない。

 2003年終盤にリーグ優勝の望みが絶たれ、球団は翌年のコーチ編成や他球団からのエース級の大型補強を嫌う原辰徳監督と対立、原が監督を辞任して堀内恒夫の監督就任で事態が収拾したが、これについて渡邉は「読売グループ内の人事異動だ」と発言した。
2005年、堀内が成績不振で辞任することになり、星野仙一の監督就任をもくろんだが失敗。再び原を監督に復帰させている。

1 2011年11月11日、清武英利(巨人軍専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行)は「読売巨人軍のコンプライアンス上の重大な件」と記者会見で発言、「球団が発表した岡崎郁ヘッドコーチの留任」に、渡邉が「江川卓をヘッドコーチ」に覆したことについて、「ツルの一声で、球団を私物化していいものか」と、渡邉を批判。なお、清武は同年11月18日に全ての役職から解任されている。

Img_153922_23796317_0 2011年11月11日、●清武英利は、文部科学省記者クラブで弁護士の吉峯啓晴を伴い、記者会見を開き、発言。告発の主な内容は以下の通りである。
巨人のヘッドコーチは岡崎郁の留任が内定しており、10月20日に渡邉に報告し了承を得たが、11月4日には渡邉は記者会見で「俺は何も聞いていない」と発言、11月9日には岡崎を降格し、新たに球団OBである野球解説者の江川卓をヘッドコーチとすると聞かされた。これは不当な「鶴の一声」で、渡邉による巨人軍、プロ野球を私物化するような行為は許すことは出来ない。
 この後の記者会見で、清武は自らが辞めるつもりもなく、また渡邉に辞任を求めるつもりもないとした。

5847688571 翌日の11月12日夜に●渡邉は会見、反論談話を発表。事実誤認、表現の不当、許されざる越権行為で渡邉に対する名誉毀損とし、清武に対し謝罪を求めた。談話の要旨は以下の通り。
 大王製紙やオリンパスに関する事件は刑事的なものであり、巨人軍の人事問題とは全く次元が異なる。桃井オーナーの退任は、読売新聞グループ本社社長の白石興二郎が新オーナーとなるためであり、桃井は引き続き球団代表取締役にとどまる。コーチ人事の報告をクライマックスシリーズ前に受けたのは事実だが、敗退によって見直しが必要になったのは当然である。清武のGM就任は、「態度が尊大」等の悪評や、選手補強の失敗もあり適任ではなかった。江川の招聘は原監督の提案であるが、「思いつき」の段階で具体的なものではなく、江川とは接触していない。しかし清武が会見で公表した事によって実現困難となった。清武の行為は会社法で定める取締役の忠実義務に反する。ただし、本人の反省次第では直ちに処分は要求しない。
 
1_2  これに対し、清武は同日深夜に、渡邉の反論について「信じられない」とし、原がGMやオーナーに相談せず会長に直訴したことは信じることはできず、原を巻き込むことに疑問を感じる、と談話を発表した。

このような流れであるが、第三者の我々は、ドッチガ勝とうがいいが、まあ、新しい勢力が勝ってくれた方がいい。そう長くナベツネが続くはずがないのに、清武さんの戦略は、手の打ち方が下手かもしれない。現状のメリットを得ている人は、渡辺派に行っている。長嶋さんが口出すにしても、一方的に、読売の名誉を傷つけたから「清武悪い」の論理は、間違いだが、誰も訂正しない。これも不思議だ。

江川は、「こうなっては、たとえ相談されても乗れない」という発言は賢い。トラブル慣れかもしれないが。

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