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2011年11月 4日 (金)

むのたけじ×中村メイコ「人生の終いじたく」

Photo_2  むのたけじは、何歳だと思う?96歳だよ。対する中村メイコ77歳。七色の声とか言って声色つかってラジオでは、一人で何役もできるラジオドラマでは活躍していた。1970年代には、「こうざっくり秋が深まると、一肌が恋しくなるのよね」と言って、ラジオで若い女性からロストバージンを聞く番組があった。ドキドキして聞いたものだ。週刊新潮(10月27日号)で「特別対談“人生の終いじたく”」むのたけじ×中村メイコ対談を読んだ。若い人の気持は、自分にとっては過去は経験しているが、残念ながら、老いは経験していないから、聞いてみると「そうなんだ」と、年配者の気持を知ったような気がした。

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Ok20080719090234965l2_2中村 メイコ(なかむら めいこ、1934年5月13日 - ):日本の女優。東京都出身。本名神津 五月(こうづ さつき)。作家中村正常の長女。夫は作曲家の神津善行、長女は作家の神津カンナ、次女は女優の神津はづき、長男は画家の神津善之介と芸能一家。中村メイコを含めた一家は「神津ファミリー」と呼ばれる。芸名は、この世代の女性にしては珍しく、女言葉をあまり使わない

むのたけじ(武野武治、1915年1月2日 - ):ジャーナリ20110814130023スト。秋田県生まれ。東京外国語学校卒。報知新聞記者を経て、1940年朝日新聞社に入社、中国、東南アジア特派員。敗戦を機に戦争責任を感じて退社。1948年秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊、反戦の立場から言論活動を続けた。1978年「たいまつ」は休刊。2011年2月27日放送NHKスペシャル『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズ、第3回「"熱狂”はこうして作られた」の終盤に出演した。2011年8月14日NHK BSプレミアム放送『100年インタビュー「96歳のジャーナリスト・むのたけじ」』にてジャーナリストとしての思いを直言し、鋭く雄弁に語った。Wikipedia参照 むのたけじ 戦争反対の一

 むのたけじが「終いしたく」を書いた中村メイコに聞いている。
むの:世の中の人にこの本でなにを言いたかったのか、教えてください。
中村
“老いる”ということを「いやだ」とか「やれやれ」というが、私は「しめしめ」と思う。年相応に足が弱くなり、物覚えが悪くなるのは、正常の老いがきたのだな、という受け止め方をしている。元気に「老い」と手つないで行こうと思った。そのことを書きたかった。
むの:私も同感。物忘れしたり、体が衰えたりする。これは普通もこと、命ですからね。人間だって機械と同じで年をとればいろいろ故障が起こるのは当たり前で健康な証拠。故障が起こらなかったら、そっちのほうが異常なわけ。
 70年以上文章を書く仕事をしていますが、ものすごく腹を立てているのは、世の中が「老いる」ことをあるがままに受け入れていないことです。例えば「老醜」という言葉があるでしょう。醜いに対して美しいという言葉があるでしょう。だったら「老醜」に対して「老美」という言葉がないのか。年をとって、「老獪」という言葉はあるが、経験を重ね、賢くなって知恵や美しさがあるはず。しかし、「敬老」と言いながら、ちっとも、老人を敬っていない。妙に「敬老」ぶったいい方は、こちらに対する侮辱です。
 その中で、一番の問題は「高齢者」という言葉です。60歳から70歳を高齢者と呼ぶなら、10歳から20歳を「高齢者」の対義語「低齢者」と呼ばなければならんでしょう。「老人」は「老人」、年よりでいいでしょう。

中村:「熟女」という言葉も嫌です。熟している人ばかりではありません。私みたいに、この年になって、教えて頂きたいことも、覚えたいことがいっぱいある人間だっているのです。私は、ちっとも熟熟していないのです。
むの:私は、日本人が「人の一生の捉え方」を間違っていることをやっと気づきました。生まれて成長して、壮年期に入り、30歳から60歳までの人生の華で、後その先を余生とか、隠居とかいうでしょう。それは違うと思います。
 一日生きれば、それだけ経験を積むでしょう。人に何か書いてくれと頼まれると「死ぬときが人生のテッペンだ」と書きます。死ぬときが人生の最高の所だと、自分では思っている。日本は、生まれるときは「めでたい」が、死ぬときは、「悲しい」と大仰な葬式をする。これはおかしい。生まれる時が「めでたい」なら、死ぬときも「めでたい」でなければいかん。70歳くらいから、そう思うようになりました。
 だから死ぬときは、親しい人に「ああ、むのたけじ、よくぞくたばった」と言ってもらいたい。そこで、私は微笑みながら死ねるか、確かめた。息を止めてニコニコした顔を作ってみたが、全然そうはいかなかった。

中村:苦しいでしょうね、それは。
 先生の一番くつろげるときは、どんなときですか?

むの:今、子供と一緒に暮らしていますが、ポカーンとしているときです。このごろは天気のせいか、ずっと座って考えている。過去に考えることができなかった問題の答えが、ポロポロ出てきます。
中村:私は70代になって、一日一回は自分の死について考えるようになりました。
むの:70代だな、年よりの始まりは。75のとき、東北新幹線の北上駅で乗り換える時、時間がないので、ホームを走ったけれど、電車に乗った途端バタンと腰をついて、「ああ、我老いたり」とね。それまでは、自分が年よりだなんて思わなかった。75歳までは、たいがいの方は自分が若いと思っています。
中村 :私も同じです。去年イスタンブールへ、あこがれが強くて、♪飛んでイスタンブールというお歌があるますが、とてもロマンチックな思いで行ったのですが、76歳の私は、♪這ってイスタンブールって感じになりました。こんなにも、草臥れてしまうんだなと思いまいした。それが老いの入り口でした。

むの:そろそろ時間かな。きょうは本当に楽しかった。
中村:私もとってもたのしゅうございました。
むの:ずーっと長生きしてください。
中村:いやです。(笑い)
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