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2011年11月 1日 (火)

優秀な「受付のおじさん」(公立小学校)紹介

Photo 大企業でトップまで勤め上げたAさんが、定年になって、念願だった教員(小学校か中学)になろうと、その可能性を探った。普通、年齢からしてダメだろうとして断念するところ、彼は臨時でも、講師でもと問い合わせをしたという。彼の知力、体力の面からいえば、校長でも十二分に勤められるし、ヒラ教師にしても、もったいない能力だと、私は個人的に思う。

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彼は、年齢という壁にぶつかって、持っている能力が生かせないでいた。彼の挑戦は、あきらめず、教育委員会からシルバーセンターへ紹介されて、某区「(小中)学校受付員制度」が発足するので、そちらへ応募したらと勧められた。

●区内54学校へ二名ずつ、合計108名を採用。
●朝8時15分から午後4時まで(実質7時間)
●日給5,045円(休み時間を除くと時給735円)
●(1学校二人勤務)就業日数は1ヶ月10日
●年間二百日勤務で、担当は約100日。

●仕事は、来校者の訪問目的、氏名記載
●不審者の通報
●雇用者は教育委員会とシルバーセンター
●上司は、校長とすべての教員
●雇用期間は1年間、更新は、雇用者と被雇用者の都合で。

●受付の10メートル以内で、勤務する。職場を離れない。
●不審者を監視するため、新聞雑誌を読む許可はない。
●生徒・児童の個人情報に立ち入らない。

「学校受付員」という肩書きで、三年間つとめ、それを彼は「受付のおじさん」(源流社)という本にまとめた。

Photo その中で、彼の仕事ぶりは、その学校受付員制度中できちんと規則を守り、子供たちとキャッチボールをするにも、受付から10メートル離れない場所でキャッチャーをやり、(個人情報だだから)子供たちの氏名をむやみに聞かないし、立ち話でもプリベートに深入りをしない、そういう気配りは完璧であった。

 朝8時15分から生徒の登校に間に合うように入り口を開錠して、生徒に「おはよう」と声掛けをるよう、そのコミニュケーションの時間を楽しみにしていた。500名の生徒全員の顔と名前を覚えるために、名札と顔を必死に覚えようとした。クラスの名簿を入手すれば、容易になるが、個人情報保護制度では、受付員には範囲外のことだから、それはいけないこととして、彼は自分自身に禁じていた。このチョロマカシて、名簿を手にいれる、子供から聞き出すなど、裏の手があるが、彼は断固やらないのだった。これが彼の堅さであり、信頼の元になっている。

個人情報保護法ができるときは、雑誌。出版界では。大反対の運動があり、その先頭にたっていた彼であるが、こうして制度が施行された現在は、「悪法も法なり」ソクラテスが語った言葉だったと思うが、それを彼はきちんと守って、やってはいけない『個人情報』には立ち入らない。

 また、受付員の見ている前で、ケンカやいじめがあれば、それを説諭するのは、受付員の役目ではない。間に割って入り×のポーズをして止める。説諭は教師の仕事、権限のない範囲に入り込まない。女の子でイジメを受けていたら、以後も気をつけてみる。泣いていたら、慰めの言葉をかけるにしても、3年生以上の女の子には、必要以上に接近したらいけないのである。

 先生は、生徒と自由に交流ができるが、受付員はそういう自由はない。悔しい思いをしただろうが、それは書きたくても書いていない。勤務内で、自分の持つ能力を発揮する機会は与えられる仕事ではないが、与えれられた範囲内で子供を理解し、励まそうと努めていた。私だったら、制度そのものに意見を言いたくなって煙たがられるところ、彼は制度のなかで懸命に任務を果たしている。これが、どこでも受け入れられる彼の優秀さである。

 最後辞めるにあたり、卒業式後の謝恩会で、(彼は招待されていないので)副校長にお願いして(会の冒頭に)最後の挨拶をした。「ありがとうございました。」お世話になった礼とともに、光文社に勤務していて、こんどはT大で「報道倫理」の講座をもつことになり、多忙になった理由を語り、去っていく。まあ、「竹林の七賢人」や「寒山拾得」のように、最後まで正体が見えないままの人もいるが、彼としては、「お世話になった礼」と自身の説明をしておきたい気持があったのかな、と思う。校長や副校長は、「受付員」が辞任にあたり、挨拶の場をつくる気遣いがほしいが、たぶん「受付員」の辞任など、頭にないのかも。

 これは私の意見であるが・・・・、社会で働いた人を学校に「シルバー教員」として副担任として置くと、教育の幅が出るだろう。彼のような社会で30年、40年の知恵をもつ人を学校教育で活用する知恵があると、公立小学校も、私立小学校に奪われてしまう生徒を引き止められるだろう。

 シルバー世代の知恵を子供、孫世代に残すチャンスをつくることは大変貴重なことだ。『年寄りが死ぬと、大きな図書館がなくなるのと同じ』ということわざがあるらしいが、多くのシルバー世代の持っている知的財産を墓場へ持っていく前に、生きている孫や子に与えたい。シルバー世代は、そういう機会をもちたいし、孫や子の世代は、老人世代の持ち物を吸収するいい機会になる。特に公立小学校、中学に訴えたい。

※『年寄りが死ぬと、大きな図書館がなくなるのと同じ』は、国連事務総長アナンやオスマン・サンコンも紹介しているが、ギニアの格言と言う人もいるし、マリのアマドゥ・ハンパテ・バーという人の言葉ともいうが、アフリカで広まっている言い伝えであろう。紹介者は、フランス語の原文も紹介している。
En Afrique, quand un vieillard meurt, c’est une bibliothèque qui brûle.

 コレも、「観光通訳と外務省キャリア」のユニット化、「学校教師と文科省キャリア」の一体化、このアイディアと一脈通じる。学校の先生は、経験と能力があれば、先生になれる。田んぼの先生、クリーニングの先生、配送の達人は先生になりうる。そういう、先生が他の能力のある人を先生にする知恵を持つべきである。英語のネイティブを英語補助教員にするようなことができればいい。教員が余るなら文科省に採用せよ 通訳ガイドと外務省外交官試験 連動させよ

 制度の枠をはずして、敗者復活戦、あるいはサッカーの一軍、二軍入れ替え戦のような制度が、日本社会にあると、みんな真剣に自分の職を守るために勉強もするし、上昇するために活気づく。どの官公庁も、公立教員も必死に努力する。負けても、勝ちあがるチャンスがある社会を日本は持つと、TPP反対で農業を守るだけでなく、知恵があると勝てると思うだろう。

 この仕事と同時に、マスコミ関係の講座を持とうと、大学の講師の口を探していたが、ようやく東京の某大で「マスコミ」関係の講座をもつことに、一年賭けて見つけ採用された。彼の職歴からして適職である。彼は、それを足を棒にして探す労を惜しまない。的確な動きをしている。

 彼は、この本を棺おけに入れる本であると、決めている。彼は、大学卒業前から光文社へ1/500倍の倍率で入社した優秀な学生だった。その半生がほとんど書かれている。いい本になっていた。

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