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2011年11月16日 (水)

考える農業への挑戦 成功チャンスつかみ方 

01Kiuchi 庄内の佐藤彰一57歳、千葉「和郷園」木内博一43歳。二人に共通しているのは、従来の農業を大規模の農地にして効率的農業に変え、その米を農協JAに頼らないで販売ルートを作ったという点である。消費者の需要を汲み取り、新商品を作り、大規模消費者の需要をつむ点で共通している。農業で農産物を生産していれば、誰にもチャンスがある。特に農業分野では、その成功をつかむ工夫をすれば、すぐできそうだ。

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 企業が参入できない農業分野である点は、二人には幸運である。小さな資本でも、専門の農業分野ですでに生産しているから、それを出荷すればいいのだから、やり方次第で成功は目の前である。農協という保護団体の下で、補助漬けの農業では、創意工夫や企業マインドがなえていた。やる気があって飛び出すには、今こそ絶好の環境にある。今後10年、スーパーのような企業が農業に参入する前までは、努力すれば成功間違いない。農業で成功するチャンスは、今、いっぱい転がっている。

012 朝日新聞 佐藤彰一と言う名前は、インターネットで調べると、同姓同名の大学教授もいるが、ここで取り上げるのは、農業技術通信社の「農業ビジネス」で取り上げられている農業者佐藤彰一である。山形県庄内地方の農協幹部職員で、農協組織のサラリーマン生活であったが、人生を農業の活性化に掛けた。それが1989年から、組合長会議で『庄内米として売っている米の実態を調べてみよう』ということで調べてみた結果、庄内米として売られている米は、流通する過程で混米されてしまった「ひどいコメ」だった。

JTの職員から、特栽米に限らず、米の流通や制度に対し、多くの情報を得て、自分たちが行政やJAから得てきた方法がいかに一面的だったかを初めて気づいた。翌年から、佐藤と仲間は、全量農協出荷していたコメの一部を、特栽米制度を利用して親類などに産直で売るようになった。

 1993年。米の大不作で米屋からの注文の電話が殺到。ところが翌年は、「価格を下げてくれ」という依頼に変わった。凶作となると買いあさり、余れば値切る米屋の実像が透けて見えた。
「こんな商売をしていたら、お客さんの信頼を失うんじゃないか」――。それは、そういう米屋と付き合う自分にも当てはまることだ。信頼できる米屋以外とは取引をやめ、改めて売り先を探していくことになった。

Country2 カントリーエレベーターの参考図 農協のカントリー建設が決まったのはちょうどその頃だった。そのまま行けば集落のまとめ役だった佐藤が役員になることはわかっていた。レールに乗るか、経営者になるか、決断を迫られた。周りには、同じく生産組合長をつとめながら、現状の農業に疑問を抱く仲間がいた。「わたしらは皆、経営者にならないといけないんじゃないか」。佐藤はこう訴えた。

カントリー(エレベーター)とは、穀物の貯蔵施設。巨大なサイロ(貯蔵ビン)と穀物搬入用エレベーター、穀物の乾燥施設及び調製施設などからなる建物。穀物の乾燥、安全保存が可能になる。大規模営農には必要な施設。

 一方その頃、佐藤ら大規模農家に対し、「田んぼを預かってくれないか」という依頼が多くなった。自前で施設を整えると莫大な費用がいる。「どうせやるならみんなでやろう」。 こうして利用組合ができた。一人1,000万円ずつ借金し、独自にカントリー(エレベーター)を作ることにした。地域の生産組合長がこぞって抜けたことによる農協の反発は強かった。

 だが、メンバーにはそれを感じる余裕さえなかった。コメの販売の後ろ盾(農協JA)はなくなり、いままでなかった費用も発生した。カントリーの固定資産税もそうだ。米シストの施設には150万円以上の固定資産税が課せられた。JAのカントリーの場合は『公共性の高い建物』という理由で固定資産税は免除されていた。
・・・・こんなことも、ありました・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
1993年(平成5年)は、米の大凶作。梅雨前線が長期間日本に停滞し、日照不足と長雨(←エルニーニョ現象)。この年の日本全国の作況指数は74(評価「著しい不良」)。東北地方は更に大凶作となった。日本全体で1993年(平成5年)需要1000万トンに対し、収穫量が800万トン以下となった。
1994年(平成6年)明けには米屋の前に行列ができる社会現象が発生した。1kg入りなど小容量パッケージで目玉商品となった。この年、初めて日本の食料自給率が40%を下回った。世界の米の貿易量は1200万トンであったが、その20%を日本が調達したため、国際的な価格高騰。タイ国内の米価が急騰、タイ国民が日本の不作の煽りを被る事態になった

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 集落のまとめ役だった佐藤が役員になることはわかっていた。レールに乗るか、経営者になるか、決断を迫られた。同じく生産組合長をつとめながら、現状の農業に疑問を抱く仲間がいた。「わたしらは皆、(農業組織の)経営者にならないといけないんじゃないか」。佐藤は訴えた。

「庄内地方の人口を合計しても30数万人。地産地消などといわれているけど、生産地は消費地にきちっと農産物を提供することだ」と佐藤は話す。また、米の消費スタイルが「“米”を買って家で炊く」から「“ごはん”を買って食べる」、“外で食べる形態”に移ってきた。しかし、生産者から大量米消費する外食業者に直販することが多くないことにも目をつけた。

 新宿駅の一日乗降客はJRと私鉄を合わせて約440万人。新宿駅には主な改札口が3つある。平均すると143万人。この数字は「恐ろしく魅力的なマーケット」である。 これほど大胆な発想を持つ佐藤さえ、10年前は領収書の書き方さえ知らなかった。いかに農村が、ほんの最近まで、閉鎖され、保護されてきたたかを物語る。

 販売のための法人「(有)米シスト庄内」を同じメンバーで1998年に設立。
 営業はもっぱら佐藤が担当した。会社を設立してまもなく、おにぎり専門店「おむすび権米衛」との取引が始まった。「おむすび権米衛」は現在、首都圏で約30店舗を展開。品川区大崎の1号店からのつきあいだ。いまでは、店長やスタッフの農業研修も毎年引き受けている。
 他にも、汐留や四谷に店を持つダイニングバー「食通工房 然」にも米や野菜をセットにして納めており、北海道や沖縄のレストランチェーンにも卸すなど、取引先は全国に広がっている。

 米の販売量は年間約1万俵。すべて「めだかのお米」というブランドの特別栽培米で、業務用と消費者(約600人)への産直が全体の約70%、残りは米屋という比率。メンバーの米だけでは足らず、メンバーと同じ栽培方法で作ってくれる協力農家(約20軒)の米もあわせて販売している。

 米シストが他の稲作農家と大きく違う点は、ユニークな加工品を次々に打ち出している。
 その第一弾は「すっぴん煎」。実はこの商品、同社が米を届けている千葉県八千代市の老人介護施設で、「介護を受けているお年寄りに便秘の人が多い」という話を職員から、「運動不足のため便秘になりやすく、それを解消しようと薬を飲むが、体にはあまりよくない。食べ物で改善する方法がないだろうか」と相談を受けたのが始まりだった。
 佐藤さんらは、栄養価が高い上、ヌカに便秘解消の効果がある玄米に目を付けた。加工業者を呼んで「お年寄りでも食べやすい玄米商品は作れないだろうか」と持ちかけて「すっぴん煎」が生まれた。そのままおやつとして食べられるし、お湯やスープに溶かせば粥として食べられる。いまでは、幼児のおやつとして幼稚園から注文がきた。先日の食品展示会では大手量販店からの引き合いもきた。

 自分たちのコメを食べてくれる人をイメージしていった結果、「お年寄りでも食べ切れるタイプの漬け物はどうか」というアイデアが出てきたという。 本格的な販売はこれからだが、「家族の食」というブランド名も付き、
長芋の醤油漬、
山形みどり菜/大根醤油漬、
紅花と大根など 6種類を商品化。
普通の漬け物に比べるとかなり小ぶりで、食べ残しても手軽に保存できるよう開閉チャックまで付いている。原料は、産地を指定して減農薬栽培されたものを仕入れ、「すっぴん煎」とともに同社の加工施設「でどこ」(庄内弁で「台所」の意味)で加工する。

 農産物に限らず、商品のマーケティングにおいて、時代を読むことは欠かせない。日本はいま、急速に高齢化が進んでおり、彼らをターゲットにしたシルバービジネスが有望視されている。しかし農業の世界では、シルバービジネスどころか、消費マーケットを細分化して商品の提案を行なうことさえなされてこなかった、のではないか。

 こうした中、米シストはいち早く高齢者に目を向けた商品開発を行っている。それができたのは、“自分の作ったものが誰に、どんな食べられ方をしているのか”という情報を敏感にキャッチしてきたからに他ならない。 

 米シストのメンバーには、認定農業者のまとめ役もいれば、農業委員もいる。「農協とは一線を画しているが、行政とは普通の付き合いをしている。ただし政治色は一切なし。しがらみに縛られず、自由に動けるようにしている」と佐藤さんはいう。
 しかし「国が“作る自由、売る自由”と新しい米政策を出してきても、その政策が自治体に落とし込まれる頃には、まったく違うものに変わってしまう。もう、改革の遅さをじっと待っているわけにはいかなくなった」。

 そのためこれからは、稲作を広げるより、いま考えているのはハーブとイチゴの栽培。すでに精米所の横にあるハウスでは、30種類のハーブが育っており、今年春には出荷を始める予定だ。「これがまた面白くてね。居酒屋に提案したら乗ってきた。いまは焼酎が流行りでしょ?サワーは若い人向けの飲み方のひとつだが、ハーブを加えることで、OLを始め新たな顧客が開拓できるんじゃないか」
 一方、イチゴは、「雪景色に囲まれながらのイチゴ狩り」と観光的な要素を狙う。イチゴに関しては、稲作とまったく切り離して、
「作業はプロがいなくても、主婦のパートさんにやってもらえる環境をつくる。そうすれば、地域の雇用拡大にもつながる。前は感じなかったけど、農業はいろいろ考えると楽しくてしかたがない」(佐藤)

 メンバー全員が50歳に手が届いた。「皆そろって細かい文字が見えなくなって。米袋を上げ下ろしする機械も、老後対策だね」と佐藤は苦笑する。 だが、おそろいのジャンパーを羽織ったメンバーの目は輝いていた。「どんな人が、どんな風に食べているのかイメージすると、どんな商品が必要かわかってくる。生産者の気持ちを変えてくれるのは消費者だ」。もし10年前、組織から離れ独立営農を選択していなかったら、この言葉は聞けなかっただろう。

 10年間で、ここまで成功させたのは、一体なんだろう。「考える農業」を目指したからだ。
 
TPPから逃げ回っている農業団体とは、一線を画している農業者の生き方を参考にして、TPP論議の前に、農業の体質を変える作業が、今一番求められているのではないか!というのが、私の意見である

日本には、ちょっと改革を加えようとすると、ひっくり返るほど反応する団体組織がいくつかある。1農業団体、2医薬団体、3宗教団体、4自衛隊など国防組織 5皇族関係 6都市銀行 7(団体ではないが)共済年金、8検察裁判など司法組織、彼らの意に反する意見を述べたりしたら・・・●●するかもね。これらから、がっちり一般並みに税金を取れたら、日本は赤字国債を発行しなくてもいいかも。税の投入をやめるだけでもいい。そういう組織には、ガイアツしか、手がない。戦後60年過ぎたんだ、もう一度、“財閥解体”が必要ではないか。

後白河法皇は、「朕の意のままにならぬは、山法師と双六の賽に加茂川の水」といったが、昔も今も、扱いにくい団体と妥協しながらしか政治はできないか。民意がしっかり力を持てば、きっと変わる、と信じたいものだ。後白河天皇(1127年10月18日~1192年4月26日)、在位:1155年8月23日~1158年9月5日):平安時代末期の第77代天皇。

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コメント

散歩友達に紹介されて開きました。
考えさせられる内容に感激!
早速お気に入りに追加しました。
今後が楽しみです。

投稿: 和尚さん | 2011年11月17日 (木) 08時40分

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