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2011年10月 9日 (日)

ビッグダディ番外 離婚妻の真実

 離婚した妻の三つ子について、テレビ上では説明がなかったが、一体誰の子だろうと思いつつも、ビッグダディの話、テレビ番組は放映されていたが、その(離婚した=佳美)妻の過去を2chで、私小説~「桜を見上げるタンポポ」林下清志さんが、「賢治」というペンネームで書いている、と見つけた人がいる。

 それを見ると、前妻(佳美)との壮絶バトルが読める。テレビではつくろわれている部分が生で見える。佳美は風俗で当初からアルバイトしているとか、再婚話があったときには、賢治(=林下清志)が佳美の部屋にいくと、他の男とナニの最中だったとか、「お別れだからお別れの前に最後にもう一回、って・・・・・」と佳美が言う。彼女の感覚など、スゴ話が多くて、フィクション?と思わせるような実話が満載である。
Tc1_search_naver_jp 波乱万丈である彼林下清志の人生、テレビで暴露しているだけでなく、講演の要請もあり、その人生を語っている。えらいというか、そこまでやるの?という評になるかしらないが、講演している写真があった

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それを紹介している人は、書いている。「林下清志という“悟りに近い”東北人の親父と4男4女の子供たち、そして妻・佳美、佳美が生んだタネ違いの三つ子が織り成す長時間大家族ドラマ。年に数回放送され、特に有名な芸能人が出ているわけでもないのに、毎回15%前後の視聴率の人気番組でもある。

 そんなビッグダディーだが、最近、佳美と再度離婚して5人の子持ちで18歳年下の女と再婚したことが巷で評判になっているようだ。いったい、大家族に何が起きたのか?なぜビッグダディーは佳美を再度捨て、普通の可愛らしい女のもとへ走ったのか?その根本的な原因がズバリ分かるものが、ある。それは、ビッグダディ自身が2ちゃんねるで2004年に発表していた、「桜を見上げるタンポポという私小説だ。

 まだテレビに出る前の、当時の胸の内が赤裸々に書かれている。これを読めば今回の行動に至った原因、ビッグダディーの気持ちが分かる。
 名前は「賢治」として投稿されている。最凶のビッチマミー・佳美の常軌を逸した異常行動と、それに振り回されながらも、ある種の諦観を持って自分自身の人生を楽しんでいるビッグダディーの生き様を、じっくりと味わって欲しい。

私小説~「桜を見上げるタンポポ」(林下清志)話は長いので、ポイントを拾って、抄録にしてみる。

1 :賢治:04/05/11 16:00 ID:jr6EUfZN
 その年の桜もまた綺麗だった・・。いや・・ただ格別に忘れられぬ桜となったからそう想うのかも知れない。すべてはあの日から始まったのだから・・・
「私、出て行こうと思うんだけどいいかな・・」後部座席ではしゃぐ子供達の声をかきわけるように耳にとびこんで来た・・
「出て行くって・・子供達はどうするんだよ」動揺をはっきり認識する前に即座に投げ返した。
「子供はみんな置いて行こうと思うの」窓の外を走る桜並木をじっと見つめながら妻が言った・・
「そうか・・・そうだろうな」
 努めて感情を押し殺しながらそう答えるのが精一杯だった・・。今の自分はどんな顔をしているのだ
ろう・・心の動揺を抑え、自分の自尊心を守るべく冷静に会話を続けよう・・そう考えながらハンドルを・・・・・三十代半ばで向かえる人生の転機であった。

9 :賢治:04/05/12 11:31 ID:K+xCHLhG
 平成13年五月・・・東北育ちの私には、この時期の静岡の日差しは既に常識から外れていた。中央公園の小高い所に見事な藤の弦があり、その下の東屋に並んで腰掛けジッと前を見つめていた。
 隣に座っているのは家を出た通代の父親である。一部上場企業の役員であったこの人は、やはり人格者であり、本来であれば、娘と添い遂げる道を選択しようともしなかった私を責める事をしなかった。

「子供はみんなうちで預かろうと思てますねん」切り出されたが、その話には、最初から自分の中で結論を出していた。「うちの女房は・・みんななんて預かれへんで半分にしぃよ・・言うんやけどな・・そうもいかん思てなぁ」更に言い続けるが、もはや聞く気にもならなかった。この人はいい人だ。しかし元妻の実家に預けた場合、最も子供達に影響のあるであろう元妻の母親をどうしても、尊敬する気持ちになれなかった。「子供を半分って・・」その言い方さえ不愉快で、ただ黙って父親の言葉が終わるのを待った。

「子供を手放す考えはないですね・・」
 あたかも熟慮した言葉を口にするかのように・・穏やかな口調ではっきりと伝えた。だがその態度と裏腹に、胸中は漠然としていた。子供と引き離される可能性に、引きちぎられそうな想いを感じたわけではない。あえて言うなら、あの場面ではそう答えるべきだと考えたのだ。それは保身の為であったのかもしれない。しかしその状況においても「親」として本能に目覚めきれない自分には、正直に幻滅していた。

 朝、目覚めるとまず洗濯機をまわしながら朝食の準備をする。小学生組をまさに「叩き」起こして登校の用意をさせながら洗濯物を干す。小学生組が出払う直前に保育園組に朝食をとらせつつ、登園の準備をするのだが・・。お着替えをひと組下着をひと組、スプ-ンにフォ-ク、お箸とお椀にコップ、ハンカチとティッシュ・・・ノ-トには昨晩の就寝時間、今朝の起床時間、朝食の内容、排便の有無を記入するのだ。細かい愚痴を言えば、着替えと下着を各々上下たたむだけで四人分で毎朝16枚なのだ。
一歳の末娘を背負い、三女の手を引きながら次女と四男坊を走らせて保育園へ届けるやいなや仕事場へ向かう。とにもかくにも我が子八人との「父子家庭」生活が始まった。

「離婚届取りに行く時間ある?ちょっと忙しくなってん」と電話が来たのはまだ生活に不慣れだった六月の半ば・・
「いいよ、じゃあ俺が取りに行って先に記入しとくよ」
「そう、ゴメンね頼むわぁ」
 世代が違うのか、個人の認識なのか「戸籍を汚す」事にさほどの抵抗もなかった。

 離婚届作成に伴い謄本をとり寄せてみると、奇しくも入籍の事実も六月中旬と記載されていた。披露宴は三月に執り行い、と同時に結婚生活を始めた。無論記念日も同様であったがその際に妻の母親から
「入籍の判断は私にまかせやね、結婚はしたわすぐに別れたわじゃあ、戸籍が汚れるだけやからね」
そう言われた事を思いだした。思えば最初から「添い遂げる」可能性に疑いありとする、この人の下、始まった結婚生活であった。

 離婚も成立し、制度上は全くの他人であるが、元より彼女の一人相撲で展開した成り行きであるのだ。通代が家を出て三ヶ月余りが過ぎた頃・・・修羅場を演じて離婚した理由でもなく憎くもない元妻の、通代の住まいを訪ねてみる事にした。
そこには・・・それまでは離婚に際してさほど「我が身を削る」想いもしなかった私に、あまりに厳しい現実が待っていた。

 通代が水商売に生活の基盤を見いだした事はさほど驚きではなくむしろ予測の範囲だった。当然帰りは真夜中になるというので一時をまわってから家をでた。突然の訪問ではあるが「どうせ飲んでばかりでロクな物食べてないんだろ」という大義を繕う用意があった。
 今晩は早い時間からそのつもりで、夕食用の餃子を多めに包んでおいて持って来た。通代の好物でもある。
「一人暮らしも寂しくなって来た頃であろう・・元夫のこの、はからいに感激する筈だ」私には明らかに、そういうもくろみがあった。いや、そのもくろみが強かったと言おう。

22 :賢治:04/05/14 09:47 ID:2cLMr8uP
 ドアのノブに手をかけ回すと、カギは開いていた。
「こんな時間にカギが開いてる」
 そう思ったが、それは突然の訪問を演出するには有り難い程好都合である。そっと覗くと左手にキッチン、右手にバス、中央の廊下の奥にドアがあった。一歩玄関に踏み入った時、初めてそこに男性用の靴が、ある事に気づいた・・。と同時に、奥のドアの向こうから営み中の男女の声が無防備に聞こえて来た。明らかに通代のそれであった。

「仕方がない、通代と俺とはもう他人なんだ」
 家を出て三ヶ月も経ち、通代には職場というあらたな出会いの場もあったのだ。既にその様な存在があっても突拍子もなくおかしくはないのだ。流れる涙を拭きもせず泣いた、初めて己の浅はかさに悔し泣いた。
「通代を手放したくはなかった」そうはっきりとそして強く自覚した。家を出るという妻に対して、夫婦の間の「駆け引き論」を念頭に置く浅はかな男である。
「どうせ直ぐに戻ってくる」どこまでもそんな見当違いが邪魔をした。どれぐらい後悔しても遅いのだ・・・私は幼い子供の様に泣いた。

 例えようのない感情の波が、押し寄せては私自身を押し潰した。
「あ、あ、あ、あ、う、うう・・・」
 ちっぽけな男が、声にならない声をこらえきれずに漏らして泣いた。歯を喰い縛ってしゃくり上げると、鼻の奥を削られるような痛みがはしった。つらさが短時間で限界に達し、思考回路を占領すると「まあいい、しょうがない」
 一瞬、そう思おうとするが直にまた堪えきれない感情が襲う。繰り返す中、永遠に続くかとも思われた夜が明けた。子供達のはしゃぐ声を背に朝食の準備をしながら・・「すまない・・」
 かろうじて維持する理性が、今度は子供達に申し訳なく思わせ涙を流させた。

 通代が誰かに抱かれているという事実をあれ以上に残酷に告知される事はない。しかしそれをまた、知らぬ当人からは極々普通に連絡がある。
「今度の日曜は暇やから、一日子供みとるであんた少しゆっくりしいやぁ」子供と離れて生活する中での心境の変化か・・・意外な申し出に応える事にしたが、しっかりと化粧を施し派手目の服装の通代を直視する事は出来なかった。

 久々に自分の時間を持ち、落ち着かない気分で家を出た。とりあえず仕事場でゆっくりコ-ヒ-を飲みながら朝刊に目を通す。近日中、頭を離れなかった悪夢がこの時間は意外にも霞んだ。 

27 :賢治:04/05/18 08:23 ID:/ECRmqr9
 通代に男がいたのが実は、私の妻であった頃からと知ったのは・・・それから間もなくであったが、それさえも霞む衝撃が私の平静を揺さぶった。

「森上さんのお宅ですか、焼津警察署ですが・・」
 通代が飲酒運転の上、人身事故を起こしたというのだ。
「それもね、人をはねた後、逃げてるんですよ」お宅の奥さんが・・・という警察官の言葉が気に掛かったが、とりあえず聞き流した。
「すいません、通代と代わって頂けますか」
「お前、俺の女房だって名乗ったのか?」
「だってこんなん、私一人じゃあ何とも出来んじゃん」
「私一人ってお前、・・・男がいるんだろ!?」
「え・・・・」

 翌日、通代が仕事をあがった後に会う事になった。午前1時の待ち合わせに、30分程遅れて現れた通代は、本人の話通り、どこから見てもホステスだった。
「仕事はちゃんと行ってるのか・・」
「うん嫌なお客もいるし、やんなっちゃう時もあるけどね」
「そうか・・」
 仕事が終わった直後の通代と話をするのは、初めてではなかった。その度に、疑問には思ったが口に出来なかった一言をためらいもあったが・・
「聞くけどさ・・・お前ホステスしてるって言うけど、仕事帰りに会って酔ってた事ないけど、ホステスじゃなくて風俗で働いてるんじゃあないのか・・?」と、一気に言葉にした。

「わかったかぁ・・・私ね、上手になったんだよ」
 大して悪びれるでもなく話す道代に、間をあけずに応えることで自分の動揺を隠した。
「そうだと思ったよ、でもさあ、元亭主として言わせてもらうけどさ・・お前程度のテクで商売になるのか・・?」うまく切り返したと思ったが、次の通代の言葉に流石に表情がとまった。
「馬鹿だねあんた、女だっていうだけで商売にはならないんだよ・・最初はちゃんと、お店の上司とかで、何度も練習するんだよ」
「そうか、役得だなあ、そいつら・・」
 辛うじてそう流してから、慌ててニヤケ顔をつくった。数ヶ月前まで夫婦であった二人の会話であろうか。しかし元亭主である私に、淡々と話す通代に怯む理由にはいかなかった。いや、その駆け引きに集中する事がその場をしのぐ唯一の手法だったのだ。後日、しばらく続く苦悩の日々を思えば、よくぞこの場限りにしても、あの程度の動揺に押さえられたものだ。

 その後何かにつけ、保身の為にはあらゆる嘘をつき通そうとした通代が・・風俗店で働いている事だけはアッサリと認めた。家を出る事も止めず、離婚届の提出も躊躇しなかった私の反応を伺ったのか・・いやそうではない。それからの通代は会う度に、平気で仕事の話をするようになった。
「今日ね、お客でK-I戦士のあの人来たよ」などとはしゃいだり・・
「変なとこにキスマ-クつけたがるお客がいてさ」と、まるで普通の職場での愚痴のようにつぶやいた。

33 :賢治:04/05/18 14:08 ID:zUu1DFES
 そんなある日のお迎え・・
「森上さん、ちょっと・・・」と、園の先生に呼び止められた。
「あの・・」と一度はためらいながら
「お子さんのお母さんを、お母さんの職場で見掛けたという御父兄がいらっしゃるんですけど・・」と続けた。物を持ってまわった口調に、何を言わんとしているかが強調された。
「通代が風俗店で働いている事が見つかったのだ」そう思うと血の気がひいた。
「お父さん、御存知だったんですか・・」と聞かれたが
「いろいろと御迷惑をお掛けします」と、頭を下げただけで、直ぐにその場を離れた。帰りの道々、足元ではしゃぐ子供達に上の空で返答をしながら・・・胸がムカムカし、キュ-っと胃が締め付けられるような自分に、大きな不安がよぎった。
「もう、限界かもしれない・・・」

「子供が出来たんやけど、どないしよ」
「あの男、働かへんし子供産んでもやっていけるか解からん」
 この頃はもう、一緒に住んでいる男の存在を認めていたが・・私と夫婦であった時からの不倫を知られたくないが為、最初に問うた時は嘘に嘘を重ねて否定した通代からの一報であった。

「そんな奴のとこで子供産んだって不安だろ・・俺んとこ戻って産んだらどうだ?俺んとこで俺の子として育てりゃあいいよ」自分でも驚くほど素直に言葉が出た。
「本当に戻っていいの? ありがとう!」
「うん、俺もお前が出て行ってからちょっと物足りなくてさ・・こんな気持ちでいるより、戻って来る
つもりがあるんなら戻ってもらった方がいいや。」
「うん、うん・・・」そう答える通代の声が震えた。
「これでいい、これでよかったんだ・・子供は誰の子だって通代が産むんだから俺の子供と血を分けた兄妹だ、関係ない」そう思うと目の前がパッと明るくなった。

 これで万事が上手くおさまる、そういう思いがあった。不倫のあげくに出て行った通代をまた迎え入れる、しかもその相手の子供も実子として育てる決意であるのだ・・。
「男つくって逃げた女房を家に入れるのか」などと揶揄する輩もあろうが、この度量の前にはとるに足らない。誰が私を責められようか、と揚々だった。通代が出て以来、どれだけ惨めに涙を流したかなど、誰に推し量られようもないのだ。

 通代は帰って来る、そのお腹には生命が宿っているのだ。そう思うとその子はもう、既に私の子供なのだ。沸々と嬉しさがこみ上げた。通代と暮らした十年に満たない時間の中で八人の子供が産まれた。だが実は九人目の子供も妊娠していたのだ。しかしこの世に出してやる事が出来ず、生涯忘れ得ぬキズを負った。そのキズさえも癒えるのではと感謝した・・。

 早速、細かい話を詰めなければならない。通代の気持ちはともかく相手の男の事もあるのだ。子供の誕生と復籍を考えればそれは早いに越した事はない。翌日、仕事の昼休みに通代のマンションに向かった、気分は軽かった。
 聞いておいた暗証番号を押すとドアを開け、そっと中に入った。復縁がまとまり、電話を置いたのが午前二時過ぎ・・確実に通代はまだ寝ている、ブランチでも用意してから起こせばいい。確認すべく部屋のドアをそっと開けるとそこには男と重なり、正に最中の通代の姿があった。

「お前等、この野郎!」
 私の声と同時飛び上がって、二人は慌てて布団で身体を隠そうとした。
「いいから起きてここに座れ!」
 並べて正座させた二人の身体はまだ火照っていた。
「お前なぁ、昨日の電話は何だったんだよ!」と通代に詰め寄ると、男が動こうとした。
「かばうんじゃあねえ!座ってろ!」そう牽制すると、通代の肩口を蹴りあげた。
「昼間っから・・犬っころかお前等ぁ」

「大体、お前もなあ・・」と言いながら足先で男をこずくと
「やめてよ!」通代が怒鳴った。私に牽制され、動こうとしなくなったこの男を通代は正面からかばった。
「別れ話は済んだんだよ、あんたんとこに帰るって言ったら、良かったねって言ってくれたんだよ!」
「何言ってんだ馬鹿野郎!じゃあこれは何なんだよ」顎で状況を指しまわすと・・
「だから・・お別れの前に最後にもう一回、って・・」男は相変わらず無言だった。

「あのなぁ、お前等も嫌になって別れるんやないで、気持ちは解るけどな、俺に知られた以上、復縁の話はチャラやで」裸のまま並ぶこの二人に当然の宣告と思ったが
「なんでぇ!また一緒に暮らすって言ったやん!」と通代が叫んだ。
「アホかぁ!こんなん見しといて 何でや言うのがおかしいわぁ!」
それでも通代は
「一緒に暮らすって言うたやん、あれウソかぁ?なぁなぁ、一緒に暮らすって言うたやん!」と悪びれるでもなく言い寄った。

 通代の、一切常識や観念の通じない所には、一緒の頃から本当に往生した。新婚三ヶ月の頃に風俗で働かれた時には、私の理解の範囲を遙かに越えた出来事にのたうち回って苦しんだ。子供が出来てからも、私が会議で終日出掛けると、その間一切子供に食事を与えない母親であった。家事は全く手をつけず、我が家の経済がいかに苦しくても親から貰ったお金で酒を買い肴を買い、晩酌をする毎日だった。私の稼ぎからの支出ではなく文句を言う事はしなかったがその事で度々子供達につらい思いをさせる事があった。

 一度は成り行き掛けた復縁の話も、もう私には興味のないものになっていた。しかし、復縁話のきっかけとなった通代のお腹の子にはそう簡単に興味を失う理由にはいかなかった。私の元へ帰る事が難しくなったとみるや、通代と、相手との間でお腹の子を堕胎すべきという話が持ち上がっていたからである。二人の問題であり二人で考えるべき事ではあるが・・その論点が、小さな生命を存続するや否やでありそれが正に、二人の判断に委ねられている事が理不尽でたまらなかった。

 一度頷いた為に、その後何度も復縁をせまる通代に
「じゃあさ、俺達の九人目の子・・ダメになっちゃったの何月の何日だった?」と聞いた事がある。
「もし覚えていてくれたら復縁の話、もう一度考えてもいいよ」そう付け加えたが、復縁してもいいと言い切らなかったのはもしかしたら覚えているかもと思ったからである。その一方、私に復縁の意志はないがこれは覚えていて欲しいという思いもあった。現在目の前に存在する私達の子供と、何等変わる事のない私達の子供だったのだから・・「ええとね・・あれは11月のね・・ええとねぇえ・・」
「もう、いいよ!」
「何でやぁ、まだ言うてないやん」通代はその月さえも覚えてはいなかった。
「もう一回、もう一回チャンス頂戴!もう一回言わしてぇな!」と、まるでクイズにでも答えるように悔しがる通代にもう何も期待をするのは無駄だと思い知った。あの日私はどれだけ悲しかったか。
「男だったのだろうか、女だったのだろうか・・どんな顔をした子だったのだろう」
そう思うと耐え切れなかった、やり切れなかった。

「あんたら、子供はもう止めやあ!」
「子沢山は貧乏人の象徴や!世間様に恥ずかしいわ」
何度もそう言われながらも八人年子で出来、産まれてくれた。家族計画という言葉自体が気に入らなか

った。家族を計画的につくるなんて発想が不愉快だった。それでも生活はして行かなければならない、その葛藤の中で結婚9年目にして初めて避妊し始めた矢先、弱気になった私を蹴飛ばすように出来た子供だった・・それだけに、嬉しさも尋常ではなかった。一応気を使ったにも関わらず出来たという、堂々とした言い訳もあるのだ。

 生命とは不思議なものだ・・。
 確かに八人のどの子供を妊娠している時にも、通代の無茶はあった。点灯を始めた歩行者用信号に慌てて走り出し、大きなお腹を上下に揺らしたり・・日常の不満からボトルを空けた事もあった。それでも望まれた子供は強く、無事に産まれて来てくれたのだ。今回は、親のあまりの仕打ちに自分は望まれてないと小さな生命が判断したのだろうか。

64 :賢治:04/05/20 19:45 ID:VQ0LnRSP
「今、堕ろしに来てるんだけどさ・・」
 通代からの電話に胸がエグられる思いがした・・一言も何も言わずに受話器を置いた、何も聞きたくはなかった。その、物言いに不愉快を極めた。しかし通代である・・電話はまた鳴った。
「聞いて、あのね・・」
「仕事中だ!切るぞ・・」
「あのさ心音が一つじゃあないんだって」
「え・・・・」
「双子なんだって、どうしよう」
「おっ前なー!」
 耐えて耐えて、耐えに耐えた感情が一気に噴出した。近くにあった本棚を蹴り上げ声を荒げた・・
「お前はなんでそうやって俺に連絡するんだよ!自分一人では何にも背負いたくないのか!」
仕事場に居合わせた人間の目などもう、どうでもよかった。
「双子だなんて聞いたら俺がどう思うかなんて・・お前にもわかるだろうよー!」
「知らん知らん!俺は知らんぞー!」
私の人生には、常にそれを傍観するもう一人の私がいた。それが故に我を忘れるという事は、この時まで経験のない事だった。

66 :賢治:04/05/21 08:35 ID:44ozYj6D
頻繁にあった通代からの連絡が途絶え何日かが過ぎた。昼休みになり、何時ものように買い物に出ようとした時・・
「おぅ、久し振りやな」
と、声がする方を向くとそこには知り合いではあるが、あまり顔を会わせたくない人物が立っていた。
「ゆっくり話せるとこ、いこかぁ!タクシー呼びやぁ!」
 瞬時に私はこの後の自分の運命を悟った。この人物がどのような用件でここに現れたのか、それは
考える余地もなかったのだから・・・。
「すいません、じゃあ貼り紙だけ貼らせて下さい」
すぐに戻らせてはくれまい、と考えつつ紙に向かった。 
「お客様各位
 誠に申し訳ありませんが本日午後の営業は、四時からと・・」

後ろからゴツンと小突かれた・・
「四時に帰れると思っとるんかい!休みにせぇ!」
考えが甘かった・・と思うと同時に、抱いた不安が間違いなかった事を確信した。
「覚悟を決めるしかない」

タクシーで向かう先は通代のマンションだった。
「なんやはっきりせん街やなぁ」
この人物も、いつも面倒そうな物言いをするのだ。更に窓から街並みを見回しながら・・
「子供は元気かぁ?」
「ええ、何とかっすが・・」
「そかそかぁ、可愛いやろ?誰でもな身内は可愛いもんなんや」
数々の武勇伝を持つこの人物は通代の、まさにその身内である。

71 :賢治:04/05/21 10:37 ID:44ozYj6D
ドアを空けマンションに入ると通代は玄関まで走って来た。
「賢治お願いだからまた、一緒にくらしてぇ!」
だが、お願いなんて言い方も、この時の私には
「それがあんたの為だよ」という脅しの意味合いにも聞こえた。
どうしてこの人物がこの街に現れたのか。通代の言葉ひとつで、どうにでも説明出来ただろうにと、覚悟を決めた筈の私の気持ちがまた揺れた。
「座れ・・」
玄関先の台所の床に黙って正座をした。
「どういう事や・・」と、間近から私を直視するこの人物にもはや・・説明をする機会は与えられても、それを受け入れられる事はない。
「すいません・・」何に対して頭を下げなければならないのか等、考える必要はなかった。ただただ、この人物の感情を逆撫でしたくなかった。不思議なほど恐怖感はなかったが・・・こうむる被害はやはり最小に押さえたかった。
「賢治・・通代が可愛そうや思わないんか」私の反応を伺ったが、かわすしか手はなかった。
「本当に、すいません・・」ひたすら、そう言い続けるしか浮かばなかった。
「すいませんやないんやー!」と、蹴跳ばされた椅子が遠くに飛んだが「あの椅子はいいな・・あれだけこの人物から離れればもう構われないだろうな」そんな事を思うほど客観的な自分がいた。

「賢治よ、お前一度通代にヨリ戻すって言ったんだろぉ?」
そうなのだ、一度してしまった約束を果たさぬのは、例えそれが如何なる理由によろうとも、この人物の前では、それは明らかにこちら側の落ち度なのだ。
「すいません、申し訳ないす」
その台詞を繰り返しつつも、頭の中では何とか挑発せずに説明を出来ないものか模索していた。
「大体お前との生活に不満で、通代は家を出たんとちゃうんかぁ!」突然、私の背後に回るとまな板の上にあった包丁を持った。
「おぉ、こらぁー!」と威嚇しながら私の額を刃先で二、三度突っついた。傷は大した事もあるまいが血は大袈裟に流れた。
「やめてぇな!賢治、な、もう一度一緒に暮らそ!」
本気で止めるつもりもない、通代の芝居掛かった声が響いた。
「お前からヨリ戻せ言うたらな、お前の価値が落ちるんやでぇ」そう通代をなだめた。
「なあ賢治、通代がまたお前と暮らしたい、言うとるんや・・それでエエやろぉ何が不満なんや」
「ホントにすいません、勘弁して下さい」額の血は止まり、乾いて顔面の皮膚を引っ張った。依然、その人物の右手には包丁が握られていた。

夕方になり保育園の迎え、そして夕飯の時間が近づいたが私はまだ通代のマンションに居た。お迎えと夕飯は、通代の母親が面倒をみてくれる手筈になっているのらしい。こんな女であっても、通代が子供達にとっては母親であるのと同様に通代の母親もまた子供達にとっては、大事な存在なのだ。感情の起伏が激しいこの母娘に、私は随分罵られ八つ当たりされこの十年、過ごして来た。

79 :賢治:04/05/21 20:25 ID:72IzXu8u
 平成三年三月・・半年前に知り合ったばかりの通代との、何かを急がなければならないように婚姻話が進められ決まった、披露宴が行われた。
「女冥利につきる」という通代の母親の発案で、新婦側の友人代表挨拶は通代が以前、好意を寄せ付き合った男という理解を超えたものであった。それだけでも忘れ得ぬ出発となったであろうがこの日、この母娘に度肝を抜かれたのはその後だった。
 お花のお師匠でもある通代の母が、ホテルで飾った花が使い回しだ、と怒りだしたのだ。
「出すもんは出しとんのや!なめたらあかんでぇ!」
 絨毯に正座させた支配人の膝に、着物の裾をめくって足を置き、すごむ通代の母親を、通代の親戚だけがニヤニヤ見守っていた。

「今日のお前んとこのおっ母、すごかったなぁ」
本来であれば、披露宴の翌日から仕事をすべき立場にあったこの頃であるが、通代の母親に押しきられ温泉一泊だけの新婚旅行に来ていた。
「ああ、お母さんあの脚には太股んとこに薔薇を彫ってんねん、見せたがりやねん」
しかし・・
「今日はちょっと見えにくかったけど」
などと話すこの通代にもこの直後、更に驚かされる事になる。夕飯も済み何度目かの風呂につかり、新婚初夜の晩をむかえた。
「ちょっとここに座って!」
もう布団も用意した後であり二人とも寝間着に着替えていた。ふつつか者ですがと古風な挨拶でもあるのかなと思い布団の上に通代と向かい合って座った。

81 :賢治:04/05/22 11:18 ID:GqBGq/pz
「あんたね、この世で自分が一番強くて自分が一番偉いと思ってるでしょ」
言葉は聞き取れたが、言われている事の意味が解らず、きょとんとしていると
「それはね、間違いだという事をこれから私が時間を掛けて少しずつ教えてあげるから」
 通代はそう言うや否や、拳を振り上げ躊躇わず私の顔面に振り下ろした。握った指の付け根の節で殴らずに肩たたきの如く、それでいてまるで釘でも打ち付けるように振り下ろしたのである。正座していた私はグラリ後ろによろめき、ギーンと頭が鳴ったが反射的に腕を支えにし、かろうじて倒れる事は防いだのだ。ドクドクと鼻から血が流れたが、何が何だか解らなかった。
 さっきまでは普通に会話をしていた二人で、ましてや数時間前に宴を終えたばかりの私達なのだ。

鳩が豆鉄砲喰らったような顔、という表現があるが、この時の私と一体どちらが素っ頓狂な顔だったのだろう。更に通代は間髪入れず二度三度と、今度はストレ-トを私の顔面に向掛けた。どれだけの時間私の思考回路は止まっていたのだろう。
「この野郎!」我に返るなり立ち上がって通代を睨み下ろした。
「ふん!」
 通代は怯むどころか予測の範囲とばかりに睨み返した。思わず通代の胸ぐらを掴み持ち上げ、布団の上に叩きつけた。通代は、すくと立ち上がり今度は私を投げようとする。幼少より柔の道を志した私を無謀な試みであるが、やられた事でやり返そうとする通代の執念と、そのあまりに必死な形相が熱くなりかけた私を冷静にするのだった。

まだ続きがあるが、ここまで読めば、ほぼ、通代こと、佳美の人柄は分かるから、もういいだろう。しかし、実在の人物をここまで暴露していいのだろうか。批判の方はご意見ください。

私小説~「桜を見上げるタンポポ」(林下清志)続きを読みたい方はhttp://toniha.blog59.fc2.com/blog-entry-40.html←クリック

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 テレビで取り上げられているのは、以下のストーリー
 岩手県に住むH家の男性(通称ビッグダディ)は、整骨院などで生計を立て8人の子供たち(4男4女)と暮らしていた。元妻Yとは離婚、彼が36歳のころに友人の保証人になって借金を背負ったことで嫌気がさし、子供を残し家を出てしまった

そんななか、鹿児島県の奄美大島大和村では学費と通学費補助が付き、生活費も格段に安く上がるとの情報を得て家族全員で移住することとし、問題を抱えながらも島で順調に生活していた。

 元妻Yは離婚後、故郷の愛知県で暮らして新聞販売所で働き、その間に出来た三つ子を育てていた。その後、元妻YがH家の奄美大島での暮らしぶりの放送を見て、突然三つ子を連れて遊びにきた。遊びにきた後いったんは愛知県に帰ったが、また突然、彼にも相談なく仕事を辞めて三つ子とともに移住してきた。彼は復縁はしないが4人とも面倒を見るということにしていたが、12番目の子供の誕生をきっかけに正式に復縁した。彼は家族の生活費を稼ぐため、愛知県豊田市の接骨院へ出稼ぎに出た。

 ところが妻Yとの折り合いがうまくいかず、妻Yが三つ子と末娘(12番目の子供)を引き取ってふたたび離婚した。その後は勤務先で知り合った、18歳年下で5人の子持ち女性Mと再婚。奄美大島に高校生の子供2人(次男、三男)を残して、豊田市でふたつの家族がひとつになった。さらに現妻Mは懐妊した。 数か月の生活を経て豊田市の寮が狭いなどの理由により、子供2人(長女、長男)を寮に残し、勤務していた接骨院を辞めて香川県の小豆島に移住した。11人家族が生活するために古い一軒家を破格値で購入し、彼は別の場所で接骨院を開業した。
(wikipediaより引用)

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コメント

私小説の内容を読んで、御身内にその筋の方が居られる所とか…うーん、どうなのかなぁ。
今回の管理人さんは、とても良い仕事をされたと思いました。これを機に、関係リンクをご紹介させて戴きます。
【サラリーマン活力再生】
http://blog.goo.ne.jp/kintaro-chance
225727 大家族の母がフジテレビのやらせをネットで発信後→ブログ閉鎖.火事自宅全焼
大家族を話題にした番組

管理人より
 調べた範囲では、「熊本県宇土市新町1の新聞販売店従業員、岸英治さん(55)妻信子さん(54)方から出火、木造2階建て住宅を全焼した。7男3女の子供を持つ大家族、テレビでたびたび紹介され有名だった。」 ビッグダディ家族とは別ですね。
追伸:反日問題は、別のところで。

投稿: 日本へ帰ろ | 2011年10月10日 (月) 14時01分

管理人さん。
貴方は、とんでもない事をされました。一読者からのコメントの一部を削除した上に、文章の改ざんまで…。 これは、「検察のフロッピーディスクデータ改ざん」と同格の「裏工作」を行ったと言ってもいいのではないですか?
貴方の仰ってた「日本人としての品位ある態度」とは、一体何だったのでしょうか?これを私が言えた立場ではありません。
「悪い事には、悪いと言わなくちゃ。」と、貴方は書きました。ですから、こうして一度だけ声を挙げる事にします。
これで、この件に関してこれ以上貴方に言及するのは止めにします。

私がこのページ記事にコメントを投稿したのは、「テレビと新聞は嘘をつく」と言う共通点を感じたからです。皆さんへ伝えたかった事は「反日」の事では無く「日本の危機」についてです。お達者で。

 ペンネーム「日本へ帰ろ」様
 貴重なご意見、ありがとうございます。共感する点も多く、面白く読ませて頂きました。
 管理人の立場としては、もうしわけありませんが、個人のご意見に類するものは、そのまま全部載せるわけには行きません。当方の判断で、意見趣旨に加筆はしませんが、文章編集はさせて頂きます。ご諒解をお願いします。 管理人より

投稿: 日本へ帰ろ | 2011年10月12日 (水) 13時13分

賢治の書いたものの内容が真実だと思っている人がまだいたなんて、驚き

投稿: 今更 | 2012年1月11日 (水) 15時06分

これ、デタラメだったと接骨院に行った客に清が語ってますが。名誉毀損ですよ?
私小説は佳美さんsage清ageする為の妄想です。
風俗で仕事してたのは清自身です。

投稿: | 2012年2月12日 (日) 08時25分

ビッグダディの子供産んだだけで捨てた元嫁今贅沢三昧 税金泥棒 家事しない働かない死ねぶす

投稿: 子供捨てた元嫁むかつく | 2013年4月22日 (月) 12時33分

佳美もやるじゃないか

投稿: ひんがら由美子 | 2013年12月30日 (月) 22時06分

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