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2011年8月19日 (金)

政局混迷と戦争終結できなかった昭和17年

 二年ほど前に、自民党政権に飽き飽きして民主党が選挙に勝ち、ようやく日本にも変革の風が吹いてきたと、政権に期待をかけた。しかし、菅政権の政局運営を見ていると、手法を間違えたのか、運営が未熟だったのか、政治主導でと言いながら、一向に政治の浄化も進まず、公務員天下り禁止も出来ない。自民党政治の業界癒着の一掃を期待をしたのがバカだったのか、と思う今日この頃。

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政治家のやることはこんなもの、とあきらめ、私自身が政治ニュースを見たくない気持になっている。方策なしの投げやりになって、納得してしまっていいもか、一体いつから政治はこんなものと思うようになったのだろうか。

NHK特集、戦争当時(昭和17年2月頃)の「戦争終結」をどうするか、海軍と陸軍の意見のすり合わせについて特集していた。戦前の陸軍と海軍の戦争方針の対立にもあった。昔も今も、混迷したときの処理は、独裁者がでない限り、こんな状態なのかもしれないと思った。

民主党の中身は、①元社会党系、②自民党+さきがけ、それから合併した小沢一郎率いる③自由党系がいるし、④生粋の民主党育ちもいる。

 こういう混迷は、人の世の常、民主主義というのは、膨大なロスがあり、手間がかかるもの。人の知恵が進まない限り、この手間と愚を繰り返すのかも。この人たちが思想で一致はありえない。利便と人的関係+地位とお金で、くっついていても仕方がない。党是と信念で結びつくのは理想であるが、それがなかなか信じられない。

 最近、内部情報が簡単に漏れてくるから、その話にイヤ気がさすが、考えてみれば、以前よりよく見える(透明性が高まった)からだろう。民主党と自民党が拮抗しているがゆえの成果だ。一方の勢力が強くなるとか、独裁政治になった途端、上からの命令と管理で、コトの良し悪し関係なく、正当の意見が通らなくなる。特に、暗愚の独裁者が上に立った場合、ひどいことになる。それは覚えておこう。

  1941(昭和16)年
10月18  東条英機内閣成立
11月05  御前会議「帝国国策遂行要領」決定
11月26 米ハル国務長官、「ハル=ノート」を提示
11月27 ハワイ作戦機動部隊、択捉島ヒトカップ湾出撃 
12月01  御前会議、対米英蘭開戦を決定
12月08  海軍ハワイ真珠湾空襲、陸軍マレー半島上陸
  日本政府対米英宣戦布告
12月09 オーストラリアが対日宣戦布告
12月10  マレー沖海戦、陸軍南海支隊がグアム島占領
12月25  日本軍が香港全島占領 

NHKの戦争開戦当時は「戦争終結」をどうするか、誰も考えなかった。昭和16年12月8日、宣戦布告のフライング気味に日本軍がハワイ真珠湾へドッドーと奇襲作戦で、アメリカ海軍をやっつけて、大勝利に酔い痴れた。その後も、連戦連勝で昭和17年半ばまで勝ち進んでいたのは、ご存知だろう。国民は大喜びで浮かれていた。

 こういう勝ち進んでいるときにこそ、戦争の専門家は、この戦争をどう終結するか、勝利の勝ちを一番高く買ってもらうのが仕事である。相手を降伏させるまで戦うには、戦力の差がよほど大きくなければできない。このことは、戦争の専門家ならわかるはずだ。

 真珠湾奇襲を立案した海軍は、この程度の勝ち方では、アメリカ軍が日本に譲歩するはずがないと考え、徹底的にアメリカを叩きのめす方策を考えていた。ところが、陸軍は石油資源の確保、鉄鉱石のめどがついたから、あとはこの資源を日本に取り込み、占領地の経営と確保を目指したい、という考えで、これ以上の戦線拡大は日本の能力から、現状戦線の保守を考えた。

  1942(昭和17)年
1月02  日本軍がフィリピン・マニラ占領
1月04 日本海軍がラバウルに爆撃開始
1月23 日本陸軍南海支隊がラバウルに上陸・占領 
2月04  ジャワ沖海戦
2月14  陸軍空挺隊 スマトラ島パレンバン油田を占領
2月15 シンガポールの英軍降伏
2月19  海軍 オーストラリア・ポートダーウィン爆撃開始
   バリ島沖海戦
2月20  米海軍機動部隊 ラバウル攻撃を企図、失敗
2月24  日本海軍がポートモレスビーへの攻撃を開始
  スラバヤ沖海戦、海軍 ニューギニア マダンを攻撃 
3月01  インドネシア・ジャワ島に上陸、バタビア沖海戦
3月02 日本軍 ミンダナオ島のサンボアンガに上陸
3月08 日本軍がビルマ・ラングーンを占領、
   ニューギニア東部北岸ラエ、サラモア上陸
3月09 ジャワ島のオランダ軍が降伏
3月17 マッカーサーがオーストラリアへ脱出
3月30 海軍がソロモン諸島ショートランド島、ブカ島上陸 
4月02 ニューギニア攻略部隊がバホを占領
4月11 日本軍がフィリピン・バターン半島を占領
  米陸軍機B25が東京・名古屋・神戸を爆撃 
5月01 日本軍がビルマ・マンダレーを占領
5月05 日本軍がフィリピン・マニラ コレヒドール島上陸
5月07 コレヒドール島の米軍が降伏
   珊瑚海海戦で日米空母部隊が引き分け
5月09 海軍 海上からのポートモレスビー攻略を断念 
6月04 海軍アリューシャン列島ダッチハーバーを空襲
   
6月05 ミッドウェー海戦 日本海軍4空母喪失 大敗北

0204 開戦時、日本軍の快進撃は、実に見事であった。一般国民は、緒戦の勝利がこのまま続くと、思いこんだ。日本軍部=海軍も陸軍も、アメリカ軍との国力の差は明らかであったから、勝てるとは思っていなかった。これ以上戦争を続けたら、国力も生産力も、アメリカが追いつけない軍事力になる。アメリカのGDPの大きさから、すぐ足元にも及ばなくなるとわかっていた。その海軍の「分析グラフ」がこれである。

このグラフから、陸軍は「この勝ち戦のうちに、占領地を確保して、防御体制をきちんとしよう」と考えたが、海軍は「アメリカの戦争能力が上がってこないうちに、叩けるだけ叩き、アメリカから譲歩を引き出す」と、戦争継続を望んだ。

0191 今から見ると、当時の日本は現在の二倍ほど、朝鮮半島、台湾、カラフト南半分を領土にしていた。半ば、満州国は日本の領土と思っていた。イギリスが北アイルランドを自国領土にした例をまねみたいなもの。ただ、日本は100年遅れて植民地をつくったので、国際意識が変わって、「日本悪者」論が高まって、いつの間にか国際孤立となり、今北朝鮮が日本から禁輸されているように、日本はABCD包囲網(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)の制裁を受けた。そのまま、禁輸されたら、ガソリン原油はジリ貧になる危機意識が国中に満ちあふれ、戦争機運が高まった。

 それを打ち破るように、南方に進出して、限定戦争で抑えたかったが、意に反して、国内の意見が統一できず、やることなすことが一環した意志が見えないから、政府(吉田茂)がイギリスと交渉しようとしても、相手にされずに手の内を見られていた。ただ、ドイツのヒットラーだけが、喜んで日本を引き込んでくれるから、ああ・・・、戦争への坂道を転がり落ちていった。

0202 0206 戦争始めてしまって、昭和17年二月の初め、海軍陸軍の課長級10名が赤坂の山上ホテルに集まって、「戦争終結」の意見擦り合わせをしようとした。

 ところが、そこで意見が一致するどころか、違いがはっきりするばかりで、一本化は難しい。数回の意見交換したが、最高戦争指導会議へ意見を具申する期限が迫り、そこでは、結局「両論併記」日本人の得意な「玉虫色」の意見を書いて首相東條英機に下駄を預けた。

 三国干渉の例にならって、昭和17年の4月までの戦果をうしなっても、あそこで「戦争やめた」宣言を東條英機が決断できたら、絞首刑もなかっただろうし、日本は世界の指導者になっていただろう。

0245 えてして、議論がまとまらないときは、勇ましい意見の方が勢いがある。勇ましい意見は、冷静な意見を弱腰と非難して押してくるもの。陸軍は勝利の確保、防衛守りを主眼とした。海軍のアメリカを叩きのめす意見で、提出された文言は両論併記だが、海軍の意見が支配する形で、天皇に上奏された。

太平洋戦争の牽引車は陸軍か、と思っていたが、海軍の山本五十六の真珠湾奇襲で始まって、彼の部下の奇策を受け入れてしまう点が、日本敗戦のどツボにはまっていくのである。海軍陸軍のリーダーシップを握られるのを嫌がるキライがあったのではないか。政治より政局で議論が進むことで、まとまらない現在の政治議論が、この当時の人の感情にもあったのではないだろうか。国運を議論しながら、自分の部署の勝ち負けを優先して、日本の運命をミスリードしてしまった・・・、のではないか。

松下政経塾では、日本の将来を担う人材を育成しているというが、私欲、私心を捨ているのか、それがまだよくわからない。政治家になるには、この私欲を捨てて立ち向かう人を育てるシステムが日本にはないのではないか。この私欲、私心を捨てる訓練と聖書(仏典)に手をつけて誓うセレモニーがあるといい。

これは、現政権の菅政権の混迷は、似たような結末になりそうで、怖い。「日本中枢の崩壊」は、戦争中にもあったが、今の政権内も、同様なメルトダウン。だからといって、「日本主義を叫ぶ」新保守を支持すると、あぶない。あぶない。一気に解決はありえない。

民主党の中から、真剣に日本の将来を考えるグループを作って、自民党からも、自主的に行動できる人とグループを作って、新しい政治勢力を形成してほしいものだ。官僚集団のなかからできる人材を拾い出してオールジャパンで、「日本建て直し」「今前へ一歩」の日本を作りたい。

 失敗も成功も、含めて、我々の経験と知恵で、正常化していく粘りが必要である。日本のあり方を自分なりの意見を持って、どうしたらいいのか、せっかちな結論は禁物である。独裁とか、ヒーローとか、英雄とか、一気呵成に物事を成し遂げる、爽快感を語る政治家は要注意である。そんなことはできないんだから、甲論乙駁で、ああでもない、こうでもないと、失敗してはやり直し、そういう過程を経てから形になるものだから、一気に解決はありえない

 私たちは、いつも政治意識を持ち続けないと、日本の政治はよくならない。各自の勉強、というと固いイメージだけど、真剣に毎日考えながら生きる、コレしかないと思う。 

 靖国神社8月15日(2009年)  うじきつよし 本物の平和主義者になるために  海軍軍令部はどんな反省をしたのか  ミサイルとMDに戦争の悲惨さはない 陸軍中佐沼田正春 幼い息子に遺訓

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コメント

意思の自由は、行動の自由の基礎になる。
民主的な方法により個人選びをすることにより、社会の意思決定 (決断) をすることにする。特定の個人行動に自由を与えることにする。

個人に意思がなければ、せっかく個人選びをしても、社会の意思決定(決断)は行われない。
各人に意見はあっても、社会的に問題を解決するには至らない。だから、社会には、政治問題が山積している。

意思は未来時制の内容である。日本語には時制はなく、日本人には意思がない。日本人は、意思薄弱に見える。指導力に欠けている。
全てをさせられ体験としてのみ語る。自己の意思を高らかに示すことはない。能動がないから、日本人の精神には閉塞感がある。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
管理人より
内容が抽象的な論理ですので、具体的には、どうしたらいいのでしょうか。

投稿: noga | 2011年8月19日 (金) 05時59分


 戦前、国民党軍と共産党軍らの内戦状態だった中国。通州事件もハルノートも知らない人が多い日本。
 学校の授業もテレビ番組も自虐史観だけ植え付けますが、歴史はいろんな角度から公平に見て学習すべきですよね。なぜ戦争になったか。なぜ世界から孤立したかを。
 きちんと歴史を知らないと、歴史はくりかえしてしまいます。(外交べたの日本とプロパガンダが得意なかの国ですから。)

 民主党に期待して投票した人達も次の選挙はマスコミに踊らされないようよく考えて投票しましょ。なぜ自民党がダメで民主党に期待したのか?
 麻生総理と鳩山総理と菅総理、同じ1年間の在任で国の状況に合わせどれだけ法律を作ったか。外交、経済、どの面からみても明らかです。

 いち早くリーマンショックから抜け出したのに、マスコミは高給なスーツ着てるだの高給なバーで飲んでるだの、カップ麺の値段を知らないだの、漢字の読み違いしただの、おおよそ政治と関係のない麻生バッシングがワイドショーを賑わせてました。

 菅総理と鳩山前総理が北朝鮮の拉致容疑者関係団体に6千万を超える献金をしていた事や民主党全体で2億円超える献金をしていた事など、国会での答弁の様子さえニュース報道されない不自然な状況です。

 私たちは、いつも政治意識を持ち続けないと・・・真剣に毎日考えながら生きる。コレしかない。最後の3行。同感。納得。日本が好きだから。  

管理人より
 これからは政党に所属しない無党派の時代です。無党派は政治意識が低くない。無党派は浮動票ではない。無党派こそが、政治を動かす。
 これを標榜して、無党派が日本を変える。意識の高い無党派を増やしたいと思っています。日本の平和と発展のために、賛同してください。
 しっかり判断して、扇動政治に付和雷同しない無党派マジョリティで、政治を動かす力になりましょう。

投稿: K | 2011年8月20日 (土) 02時30分

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