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2011年7月11日 (月)

竹内まりあ『人生の扉』五十路の応援歌

はじめまして
さだまさしさんの『Birthday』を検索している中で、このブログにたどり着きました。
いろいろなご経験などとても興味ある内容がいっぱいです。まだほんの少ししか読んでいませんが、少しばかり父を思い出しました。私は『人生は明るく、歌も明るく、そして余韻を楽しみたい』です。予測では竹内まりやさんの『人生の扉』を描いていますが・・・・・
また時々、立ち寄らせていただきます。
ありがとうございました(^ー^)ノ
(勝手に引用、ご容赦)

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Photo_2  竹内まりあ「人生の扉」を連想させる、というコメントを頂いて、はて?どんな歌なんだろう、とYouTubeを探して、聴いてみました。歌手「竹内まりあ」の名前は知っていても、歌は知らない。歌好きの風上にも置けない私ですが、そこで、聞いてみると、なるほど、人生の深淵を歌っているのに気づいた。歌はまねできないが、文章ならもっと幅広く、自在に伝えられる。文章でお返ししなければと、思うのです。

 この「人生の扉」をちゃっかり借りて、自分たちの同窓会の映像とシンクロさせて、竹内まりあの歌を乗っけてしまったYouTubeがあった。まさにドンピシャ。
2007名古屋市立若葉中学校同窓会

「人生の扉」 竹内まりや★

 歌を生業とする竹内まりあ、歌詞でさえコピーさせないように、右クリックでのコピーを禁止して、著作権を必死に守ろうとしている。コレ、いつまで掲載できるか、見ものであるが、このYouTubeはよくできている。秀逸だ。

春がまた来るたびに また一つ年を重ね
目に映る景色も少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでいた 幼い日は遠くへ
気がつけば 五十路を越えた私がいる
信じられない速さで 時が過ぎ去ると
知ってしまったら どんな小さなことも 
覚えていたいと 心が言ったよ
I say it's fun to be 20
(20歳って とても楽しいと思うわ)

 こんな感じの歌詞が続く。
 全部まる写しして欲しくないのが、歌手の側の気持だが、ケチくさいな、と思う。だって、この歌が、国民全員が歌う、永久に歴史に残るなら、銭カネなど要らないと思わないか? 貧すれば、明日の100万円より、きょうの千円かもしれない。日本のみならず、世界全体が、ゼニ、カネ亡者になったのかな。アメリカ文化が入ってから、「武士は食わねど、高楊枝」というやせ我慢はしなくなったね。

 歌詞の心情と歌手の懐勘定にギャップがあるとわかれば、白けるが、竹内まりあの歌がそうではないことを祈る。
 たぶん、子育てを優先して、「歌いたかったら歌う」というコメントを読んだりすると、正直な人かな、と思う。しかし、直接会えないと、本性はわからない。歌手でも、10人くらいの人を相手に歌ってくれる、そんなうまい人が歌を聴かせてくれたら、感動する。きっと歌が好きになるし、その歌手が好きになっちゃうんじゃないかな。

 歌手は「夢を売る部分」と「現実の生活者」としてのギャップが多い場合がある。歌手の出版記念パーティに行って、控え室の歌手をまぢかで見ると、衣装が汚れてくたびれていて幻滅した。現実の歌手は、あまり近くで見ないほうがいいと思ったものだ。

 ジャスラックでカラオケ使用料をきちんと課金して、その上がりで多くの人が恩恵を受けているのは確かであるが、歌手のみなさん、10曲に1曲はみんなに解放したらどうなんだ。
 
自由に使ってもいい曲というシステムにしたらどうなんだ。
 そうしたら、
自由に使える曲が歴史に残る歌として、注目されるだろうよ。
 たとえば、東日本災害の募金やボランテァも結構であるが、「
自由に使える曲」、つまり非ジャスラック曲、無料曲としたら、それは世に衝撃になると思う。

竹内まりや/人生の扉 カラオケ フルコーラス
http://youtu.be/zYlU7wNqVnY

人生の扉/竹内まりや

人生の扉/竹内まりや)利根川CRと白井宿の満開の八重桜
もし掲載に問題あればコメントからお知らせ下さい。す­ぐに対処致します。

人生の扉/竹内まりや

人生の深い淵を見て、怖いと思うか、楽しみが増えたと思うか、人それぞれだろう。ただ、歌手たち、音楽家たちが、この歌の真髄をカネ儲けの手段にしてしまわないことを願うばかりだ。

God_2  4400362_original 竹内 まりや(1955年3月20日 - ):日本のミュージシャン。自称「シンガーソング専業主婦」。曲を提供する際に用いるペンネームはMiyabi。夫は山下達郎で本名山下まりや。一女がいる。デビューがアイドル不在の時期と重なったため、当初はそのルックスも相まって、アイドル歌手のような役割を担わされた。血液型はA型。

 出雲大社近くの温泉旅館「竹野屋」竹内繁蔵(元町長)の娘。世界で通じるように「まりや」と名付けられる。島根県立大社高等学校在学中に、AFS(高校生の交換留学団体)の交換留学制度でイリノイ州ロックフォールズ(Rock Falls)高校に1年間留学。

帰国後、慶應義塾大学文学部に進学。在学中に音楽活動(杉真理の所属する「ピープル」旧リアル・マッコイズ)を始める。このサークルで竹内は鈴木慶一の従妹の中山ゆき子らとともにバックコーラスやっていた。
第8回ポプコン関東・甲信越大会(1974年9月7日中野サンプラザ)に「踊りに行こう」という曲で参加。佐野元春、庄野真代、桐ヶ谷仁も参加していた。
1978年唐須教光のゼミと音楽活動の両立ができなくなり中退。
1979年のシングル『SEPTEMBER』、1980年のシングル『不思議なピーチパイ』などがヒットする
。(Wikipedia参照)

 まりあの父竹内繁蔵は、高校生のまりあがアメリカへ留学した時、どんな心待ちだっただろうか。AFS(交換留学制度)で留学した人を二人ほど知っているが、相当英会話のテストなど、相当多い希望者から絞られるから、たいへん。いろいろ、若いうちに体験させてもらったようだ。

 追加で、この歌も聴いておくべきかと思って紹介する。

竹内まりや - 【駅】 ★
http://youtu.be/y2XZY9aCQO4
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コメント

http://wn.com/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%89%89 竹内まりや/人生の扉

投稿: 人生の扉 | 2012年3月14日 (水) 23時42分

歌詞の心情と歌手の懐勘定にギャップがあるとわかれば、しらける。が、竹内まりあの歌がそうではないことを祈る。
 たぶん、子育てを優先して、「歌いたかったら歌う」というコメントを読んだりすると、正直な人かな、と思う。
 実際に直接会えないと、本性はわからない。
 歌手でも、10人くらいの人を相手に歌ってくれる、そんなカラオケでうまい人が歌を聞かせてくれたら、感激する。きっとその歌手が好きになっちゃうんじゃないかな。

投稿: 歌手の心情 | 2012年6月18日 (月) 23時55分

 問題のすり替えと言うか、無料で開放しろと言うのは、物乞いの考え方だと思います。
 作り手としては、金額の多い少ないよりもこうして「無料で開放してもいいじゃん」的な声が悲しい、というのも大きいのではないか。

無記名様
歌、音楽で生計を立てることは難しいですね。それだから、歌をただで聴かせることはできない・・・という趣旨でしょうか。
 たとえば、1万人の町に何人の歌手や音楽家が必要でしょうか。1万人に3人の職業歌手がいても多いくらいですよね。その人たちが1家をなして将来安定した生活するには、一曲何円なら歌ってくれるのでしょうか。そう考えると、音楽家は難しい職業です。
 だから、ただでは歌えませんというのではなく、一曲が国のため、国民のため、歌わざるをえない、国民を鼓舞するには歌手は歌うことが要求される・・・、そんなときは、歌手というのは、ただでも歌うと思う。そんな時の歌を聴きたい。そんなときは、帽子を回せばお金が集まってくる…歌は、本来そんな形で払われるものじゃないか。

投稿: 無記名 | 2012年12月 5日 (水) 07時32分

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