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2011年6月14日 (火)

自分育てに日記 鳥の目で人生を

Photo 小学6年生から日記を書き始めて、何十年も書いていると、その短所もさまざま感じてきた。こんな閉鎖的な自分はいやだ!と思う時期もある。止めればいいのだが、自分の心の話相手としては絶好だし、憂さも晴らせる。

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今はブログを日記代わりに書いて、ようやく、日記とは違う、書いていいこと、書いてはいけないことが、わかるようになった。余計なことを書いて、人から指弾をうけることもある。また、身近な話題で、身近な読者が読むと、問題がある。「ヒマですね」とか、「よくやりますね」とか、まあ、内容の可否より、筆者の動向に反応がある場合が多い。たぶん、ブログライターは、大なり小なり、悩み、問題を感じているだろう。できれば、直接面と向かわない読者に理解してもらうのがいい、かなと思う。

事実を通して、フィクションを語り、フィクションから事実に迫りたいと思うことがある。具体事例をとやかくいうと、特定個人を語るのは禁物のようだ。

しかし、個人のノートにつける日記は、そういうタブーは一切ないから、何を書こうとも、被害者はいないわけだから、まったくの自由の広場になる。それは閉鎖された広場で、呼べど叫べど、誰も返事をしない。

しかし、孤独を癒す場としては、役に立つのではないか。一日一ページを埋める課題を与え、書き続けると、長く書くのが苦にならなくなる。それには、時期もあるが、自分の思考することは文字にしたというまで、脳みそを一巡するには一年はかかるだろう。具体的な事実は書きやすいが、抽象的な思考を書こうとすると、テーマに自分が迫れるだけの材料がないのに愕然とする場合もある。

多くの日記人は、持続力がつくとか、自分の行動を反省をできる、なんていうが、私の主張は、日記は自分と言う人物を客観的に見ることが出来る。自分ともう一人の自分を明確に分けて、文章で書くと、よくわかる。それが一番大きい。あるときは、時代を超えて見れるし、自分を他人の目のように冷静に見ることができる。

文章にはしなくても、自分の人生の流れ、あるいは、自分の弱点や努力目標についても、考えることができる。日記で自分が育てられた面もある。鳥の目のように、上から自分をみたり、あるいは現在から、サーっと過去を見る習慣もできる。と私は思っている。自分を客観的にみる鳥の目、鳥瞰図で自分を見ている。日記を長く書いていると、その冷静さが得られると思う。それが、日記を書くと得られるメリットだと私は思う。

しかし、それも、人と交わらない一種のバーチャルの世界である。できれば、人と交流のある世界へ出て行ける人間を目ざそう。日記を書いていると、自分の考え方が、できると思うので、そのきちんと考えたトークができれば、案外しっかりしたことが話せる。

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