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2011年6月22日 (水)

ワーズワース ピーターラビット湖水の世界

Imagescameb8fo   イギリスの湖水地方は、氷河期末期に氷河が溶けて作った湖らしい。スカンジナビア半島のスウェーデンの氷河湖と同じつくりだろう。イギリスの中央政府は、湖水地域に鉄道を通して発展させようと、何度も計画したが、一度目はワーズワースが、二度目はラスキンが先頭に立って、湖水地方の自然を守るために、活躍した。

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8236062  氷河時代の痕跡が色濃く残り、渓谷沿いに大小無数の湖が点在する風光明美な地域でリゾート地・保養地としても知られる。1951年にはその大部分にあたる2292k㎡が国定公園に指定された。イギリス国内の国定公園としてはケアンゴーム国定公園に次いで第二位の規模を誇る。
 湖水地方は今から約15000年前の最終England0131 氷期の終了に氷河が衰退するとそのあとには氷河が土砂を削り取ったU字谷や圏谷が残る。これらが水を貯めこみ湖となった。湖水地方近辺は緯度が高く、平均気温が低いために遷移が進みづらく湖とならなかった部分はシダなどが繁茂した。森林限界以下にはオークが茂り、19世紀にはマツのプランテーションが開かれた。標高800mから900mあまりの山がいくつもあり、イングランド最高峰のスコーフル・パイク(標高978m)を擁し、イングランドでもっとも深い湖もある
。(Wikipedia参照)

 この地方のこの鉄道敷設反対運動が、今日本でもナショナルトラストの原点となっている。だから、というか、自然保護の意識が高い。産業の発展(経済)も大事ではあるが、人間の原点を大事にする精神、つまり、イギリス人は「人が生きる」とは何かを考えていたわけだ。産業革命の発祥地でありながら、一方では、その産業の発展と同時に、そこで落ちこぼれる人間性というものを拾う精神がある。

ナショナル・トラスト (National Trust) :歴史的建築物の保護を目的として、英国において設立されたボランティア団体。正式名称「歴史的名所や自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」(National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)。 自然や街並みや歴史的建造物など、「国民の(あるいは世界の)財産として次世代へ引き継ぎたいが、所有権や法的・経済的な問題により維持が困難なもの」を守り、次世代へ引き継いでいくこと

 その「湖水地方」の景色は、自然を保つ姿勢がしっかりしている。日本と同じ島国で、日本38万平方キロ、イギリス(UK)24万平方キロ、人口は日本が一億二千万人、イギリスは半分の5500万人くらいだ。似たような状況でありながら、自然保護に関しては、意識が進んでいるのではないか、と思っている。

 「虹」 ワーズワース
私の心は躍る 大空に
 虹がかかるのを見たとkに、
幼い頃もそうだった
大人になった今もそうのだ
年老いたときでもそうありたい
 でなければ、生きている意味はない!
子供は大人の父親なのだ。
願わくば、私のこれからの一日一日が、
自然への畏敬の念によって貫かれんことを!
 平井正穂編、イギリス名詩選(岩波文庫)

 ワーズワースは実在の郭公カッコウの声を聞いて、そこからヴィジョンやイメージやミステリ(神秘)を感応している。郭公という具体的な「鳥」の彼方に、魂に共鳴するヴィジョンを感受し、自然の崇高な奥深さにワーズワースは忘我の境地にある自己を謳うのである。
 ロマン主義は、どこにもない、しかしどこかにある理想の世界や、境地を絶えず求めてやまない心情の発
として形象化される。『黄水仙に献げる詩』や『霊魂不滅のうた(Intimation of Immortality)』においても、ワーズワースは具体的な水仙や、森や野をうたいつつ、実はその彼方にある神秘的な心情の陶酔どこにもないが、まさに「魂の深奥」に存在する「共感の歓喜」を讃美しているのである。

ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth, 1770年4月7日-1850年4月23日):イギリスの代表的なロマン派詩人であり、湖水地方をこよなく愛し、純朴であると共に情熱を秘めた自然讃美の詩を書く。同じくロマン派の詩人であるサミュエル・テイラー・コールリッジは親友で、最初の作品集は、コールリッジとの共著であった。多くの英国ロマン主義詩人が夭折したのに対し、彼は長命で、1843年、73歳で桂冠詩人となった。Wikipedia参照

 恵まれた家庭に育っているが、フランスオルレアンで知り合って、子供まで作った女性とは結婚できずに、別れさせられ、イギリスで親の紹介で妹ドロシーの友人と結婚する。親の死によって莫大な遺産を相続して、経済的にはめぐまれている。

300pxtale_of_peter_rabbit_12 ピーターラビットを書いた作家ビアトリックス・ポーターは、資産家のせいか、母親は近所の子供とは「ばい菌が移る」といって、遊ばせなかった。教育は、学校へは行かないで、家庭教師を頼んで教育した。だから、家庭教師とは仲良くしていたが、あぞび相手はにないので、虫や動物を相200709140008o3 手に遊んだ、といわれている。

ピーターラビット(Peter Rabbit):ビアトリクス・ポターの児童書に登場する主役キャラクターであり、シリーズ作品の総称ともなっている。「ピーターうさぎ」と翻訳されている場合もある

165pxyoung_beatrix ヘレン・ビアトリクス・ポター(Helen Beatrix Potter, 1866年7月28日-1943年12月22日):イギリスのロンドン出身の絵本作家。『ピーターラビットのおはなし』シリーズで知られる。
 1866年・サウスケンジントン、陶芸家で法廷弁護士の父ルパート・ウィリアム・ポター(1832年-1914年)と、紡績商の両親を持つ母ヘレン・ポター(1839年-1932年)の間に生まれる。両親ともにそれぞれの祖父母の遺産により生活を送っていた。

 幼少時代は、ナースとガヴァネス(家庭教師)によって育てられる。 また、他の子供たちとあまり関わることなく、イモリ・蛙・蝙蝠・ウサギなどを飼い始め、小動物や植物に興味を抱くようになる。何時間も飽くことなく観察し、外出や遠出の際にペットもよく一緒に連れて行っていた。ピーターラビットのモデルになったウサギも、この頃飼っていたという。いつも飼っているペットの小動物をスケッチしていたという。 夏は、パースシア地方・スコットランド・湖水地方などの貸し別荘にて過ごしていたWikipedia参照

 20051011 もう一人、天才ジョン・ラスキン、彼の才能は多岐にわたるが、親の多干渉で私生活は不幸であった。最初の恋は、50代になって18歳のローズと相思相愛の恋仲になったが、ローズの親が若過ぎると、反対され3年後に父親が返事をすると言われ、ローズが精神錯乱で入院し、ラスキン自身も神経衰弱になった。三年後、結婚問題で体をこわしたローズが1875年死んだ。

 その後、ラスキンは湖水地方に鉄道を敷く問題で反対運動で先頭に立って運動に熱中した。彼は、イタリアへ病気療養のため旅行した。彼の書いた論文の内容で裁判で敗訴となり、その年、彼は最初の分裂症の症状が出た。ロンドンの大学の教授を辞職して治療に専念したため、病状は回復した。その後、たびたび神経症の症状は再発して、ラスキンを苦しめた。

 その後、恋愛の対象になる相手が現れ、求婚の手紙を出して、彼女自身もまんざらでもないと思われたが、周囲の反対でつぶされた。

 画家としての論文や中世ゴシック建築に関する論文は、ルネッサンス以降の精神の堕落を批判して、主流の人々へ批判を加える形になった。少数派となって、資産家の一員として生活しているのに、その立場と思想との間にはギャップがあった、と思う。つまり、彼は上流階級(アッパーミドル)に属しながら、自分の所属する階級を批判していた。

 それが、もともと神経的に病みやすいラスキンは、その後結婚した妻との間がうまくいかず、悩みは深くなった。彼は精力的にベネチアの建造物を調査している間、妻は貴族階級の仲間と遊びふけって、夫婦関係はますます悪くなり、彼の友人の一人画家ミレーと深い関係になり、離婚したが、彼はその友人画家の作品は支持し続けた。

 余談として、元妻と画家ミレーについて
 ジョン・ラスキンはタイムズ紙上でラファエル前派を擁護する論陣を張った。感激したミレーはすぐにラスキンへ礼状を出した。礼状が届いた午後、ラスキンは新妻ユーフィミアを伴ってミレーを訪ねた。1852年、ミレーはユーフィミアをモデルとした『除隊』や『ジョン・ラスキンの肖像』を製作し、ラスキン夫妻との親交を深めた。
 ラスキンとの結婚生活に耐え切れなかったユーフィミアは、ミレーに惹かれ、1854年ユーフィミアはラスキンとの婚姻無効の訴訟を起こした。当時は妻が夫を捨てる事は極めて稀で、ユーフィミアの行動は恥ずべき行為であると非難された。1855年にミレーとユーフィミアは結婚する。が、ミレーを寵愛していたヴィクトリア女王はユーフィミアの謁見を拒否し、以後ミレーに肖像画を描かせる事はなかった。
 181857年ロイヤル・アカデミー展で『浅瀬を渡るイザンブラス卿』を発表した時、「馬が騎士に比べて大きすぎる」と不評を買った。のみならず、この作品をカリカチュアが新聞に掲載され、中傷の的にすらなった。離婚後もミレーを擁護し続けたラスキンもが、「単に失敗ではなく、破局である」と手厳しくミレイを非難。結婚後8人の子供を養わなければならなかったミレーは、これ以後ラファエル前派の厳格な理想から徐々に遠のいた。●
注意●『落穂拾い』などのフランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーとは全くの別人。Wikipedia参照

イギリスを旅するなら、ロンドンもいいが、やはり田舎、田舎にその国の真実があるような気がする。今年はイギリスへ旅したいと思っている。

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