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2011年6月17日 (金)

法然、親鸞 同じ点、違う点

5950 NHK「歴史秘話ヒストリー」渡辺あゆみ進行で、法然と親鸞を一括して取り上げていたが、わかったようなわからないで、これでいいのか、と、思った次第だ。二人の偉人をまとめてしまうと、無理がある。

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5941  法然は15歳で、父に遺言で「殺しあう武士ではなく、僧侶になれ」という言葉に従って、比叡山延暦寺に行ってた。貴族階級に生まれた親鸞は母子家庭に育ち、8歳で比叡山に入って坊さんになった。

法然:武士階級15歳、父に遺言で、比叡山延暦寺に。
親鸞:貴族階級8歳、母子家庭ゆえ、比叡山延暦寺に。

  修行僧は妻を持たず、一生独身で経典の勉強にいそしむ。これが僧としてのスタイルであった。その点、法然も、親鸞も真面目に戒律にしたがった。しかし、実際には、比叡山の僧坊の下のほうには、坊さんの妻を隠している家がいくつもあり、偉くなると隠れて妻帯するのが要領のいい坊さんだったらしい。

 余談だが、だから、織田信長の時代までそれが続いて、比叡山が信長に対抗勢力として立ち向かったとき、戒律を守っているなら比叡山にいるはずがない大勢の女子供の犠牲者が出た。そうすると、信長にとっては、僧侶はいい加減な存在だと思われる。それをマアマア、固いこといわないで、建前と本音を使い分ける生き方をしていたのを、信長に説得する有力仲裁者はいなかった。阿鼻叫喚のうちに多数の僧侶と妻子どもは殺され、伽藍は火をつけられ燃やされた。まじめな非妻帯僧侶も多くいたが・・・・。

02  戒律を守ることから生じる、人間本来の種の保存本能、性欲からの苦しみを親鸞は、真面目に受け止め悩んだ。法然は、それをどう処理したかは、どこにも書いていない。稚児さん、つまり同性愛、ホモによって、解消した場合も多い。信長の小姓森蘭丸も稚児から成り上がって大名格までなったといわれている。

Photo 「女犯」と称して、仏教のなかに戒律として存在した。相撲なども、女性は不浄だから立ち入らせない神聖な場所がある。山なども女性が立ち入れないところがある。つまり、男と女は違う生理を持っているから、女を遠ざけて、修行をした。

Photo_2親鸞入門 漫画で親鸞の一生表現されて、わかりやすい。 親鸞は、自分の中に克服できない悩みは性欲ばかりではないが、苦しみぬいて教えを乞いに大先輩の法然の評判を聞いて相談に行って、親鸞は法然の教えで目が覚めた。

 このあたりでは、頂法寺六角堂で100日参篭して95日目に夢の中で、女犯すると観音菩薩が「われ玉女の身となりて犯されむ。終生引導して極楽に生ぜしむ」と、親鸞に語っている。「これは観世音菩薩の誓いであるから、このことをみんなに説きつたえよ」と聞いて、親鸞は、女犯の重荷から解放された、と伝えられている。

 これは、日本の独特の解釈かもしれない、と私は思っている。スリランカの仏教者はみな一生独身のようだ。タイの坊さんも独身で、坊さんになると、独身で子供を残さないが、妻帯した日本の坊さんは子孫をのこす。だから、東南アジアの仏教国では、賢い人ほど仏門に入り、その子孫が残されないから、国民の知能水準の低下がある(かもしれない)。そんな見方を聞いた。

 のちに、親鸞のことを尊敬のあまり、「法然上人にだまされて 念仏を唱えて 地獄に落とされたとしても 決して後悔することはないだろう」というほど、親鸞は法然を尊敬していた。親鸞に準ずるレベルの子弟は100人200人は法然のまわりに常にいたようだ。

 法然の教えの「専修念仏」は、一生懸命「南無阿弥陀仏」と唱えれば、仏様が死後、かならず浄土へ連れて行ってくれる。わかりやすく、だれにでもできる信仰であった。それを念仏さえ唱えて入れば、約束してくれるラクチンな宗教であると思われ、人気が出て他宗派からやっかみが大きくなっていた。

 人気歌手や人気タレントがマスコミで騒がれるように、平安末期にも、人気僧侶、説教師がいた。一人は焼き肉チェーンと同じ「安楽」という名前の若くてハンサムな僧侶が有名だった。

5951 「安楽」というハンサム僧侶、法然の信仰を広める説教師で、念仏を語るのに音程とリズムがあるらしいんだね。その頃の楽しみに映画やコンサートがあるわけではない。浄土へ行ける説教がある、あの「安楽」さんが出ると聞けば、予約なしだから公演会場には早くから人が集まるわけだ。

5959  あるとき、後鳥羽上皇付きの女官がふたり、上皇が行幸で都を留守の間、その安楽説教師の公演会に行き、その場で洗礼をうけ出家してしまった。最高権力者後鳥羽上皇の女官は、お手付き女官だったのか、僧侶との関係を疑われた。女官が出家したことを烈火の如く怒って、「安楽」ほか一名の僧侶の首をはね、女官二人も殺された。

5962 二週間後には、法然の責任を問われ、僧侶の身分をはく奪されて、四国高知へ流罪に処された。そのとき、法然のまわりにいた高弟7名がバラバラに流罪にされた。そのとき、親鸞は新潟県の居多ヶ浜に流された。(流罪の際。食糧は自活できるように、種モミを受けとって、それで来年の食糧をつくるようにする、と聞いたが、これは正しいのか、確認できないでいるが、教えてほしい。)

5906 法然を師匠として、親鸞が仕えたのは6年間のみで、引き裂かれたことになる。その後、師匠の法然は1年で許されて、京都へ戻ってきた。流罪の疲れがあり、二か月後に衰弱して死亡(入滅)した。親鸞は、その知らせを新潟流刑の地で聞いて、泣きぬれた。

 遠流おんるの刑では、僧に資格ははく奪され、ただの人として流される。僧でも俗人でもない、それを、「非僧非俗」と称した。ここで在家で信仰する方法を開拓した。

Photo_3つまり、親鸞は、越後の地で妻帯して家庭を持った。日常の中で信仰し、仏にすがって生きる生活を続けた。浄土へ行けるのは、真剣に戒律を守り、たくさんの寄進をした人だけではない。みんな平等に救われるのだ。法然のいう念仏を唱えることではなく、信じれば、すなわち救われる、という親鸞の解釈を広めた。

 他力本願と悪人正機説 親鸞「他力本願への道」

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コメント

初めまして。
ブログ、分り易くとても読み易かったです。
にわか知識で恐縮なのですが、

法然:「南無阿弥陀仏と唱える」だけで救われる。
親鸞:信じれば、南無阿弥陀仏と唱えようが唱えまいが、既に救われている。念仏はあくまで感謝の意。
 という違いだったと思いますが、如何でしょう。とすると最後の文、「信じれば救われるという親鸞の解釈」というのは若干、ズレが生じるような気が致します。
 駄文失礼しました。これからもブログを拝見させて頂きます。

管理人より
 「信じれば救われるという親鸞の解釈」が先で、親鸞のポイントだと思うので、「南無阿弥陀仏」を口に出す、出さないは、問題ではないと思うのです。 
 他力本願と悪人正機説 親鸞「他力本願への道」も、読んで浄土真宗の理解の参考にしてください。
 また、記名にご協力ください。

投稿: | 2011年6月18日 (土) 20時40分

浄土宗と浄土真宗の違いという事でしょうね…
簡単に言うなれば、どんな悪人でも「南無阿弥陀仏」と唱えていれば、極楽浄土に逝けるという教えです。
 親鸞が法然の弟子となったのは、親鸞が二十九歳で法然が六十九歳で、親鸞が法然に師事したのは僅か六年間。
 法然上人から「あらゆる人を漏れなく」救う「念仏の理論」を学び、親鸞はその後、思索して、其れを完成させました。自我(エゴイズム)に気づいたのです。釈迦仏と阿弥陀仏の差は「自力」か「他力」か…と話が長くなるので、おしまいです。

管理人より
 要点をついた説明、ありがとう。浄土真宗は易行といいながら、奥が深いので誤解が多いので、「真言末徒」さんのお手をお借りしたいので、アドバイスをお願いします。

投稿: 真言末徒 | 2011年6月18日 (土) 22時40分

 法然上人が「念仏」を重視したのに対して、親鸞聖人は「信心」を重視しました。
 親鸞は赦免になった後、越後から関東に移り、四十二歳の時に衆生利益のために「浄土三部経」の千部読誦を始めたが、四、五日で止めた。
 理由は法然上人から「南無阿弥陀仏」の名号を称える以外に一切の善業は必要ないと教わって居ながら、農民のためとは言いながら善業を積もうと思って居る矛盾に気づいたからです。
 ところが、其れから十七、八年のうちに「無量寿経」が輝いて見え、すべてを阿弥陀仏にお任せして居ると他力の仏教を標榜して居る、「自力」の心に気づき、親鸞は徹底した「他力」に立つ事が出来たのです。
 歎異抄、親鸞聖人によると、「阿弥陀様、助けて下さい」の念仏ではなく「阿弥陀様、助けて戴いて有難う御座居ました」の報恩感謝の念仏というところに、法然と親鸞の差があります。

管理人より
 浄土真宗のポイントをわかりやすく教えて頂き、ありがとう。しかし、この「やさしさ」は、意外と奥が深いから、理解できたか本当はわからない。報恩感謝は、キリスト教の基本の愛なんかもと似たようものだ、と思っている。

投稿: 真言末徒 | 2011年6月20日 (月) 16時20分

信心すれば救われる
  何を救われるか:足元をすくわれる

信心するだけで救われる
  だったら何もお布施など払う必要はない
  また、とくに身につく教養など感じられない

 蓮如など5人妻帯・27人の子がいる?!
 最初の妻を弔い、生涯胸に抱いて人生全うすべき

 私の宗教は私が作る:当然過去の高僧・先哲たちの言・説を参考にはする(洋の東西(哲学etc.)を 問わず:一宗派のみではカルト的に堕する。
 

投稿: 強記博覧 | 2011年7月 9日 (土) 11時04分

「二人とも、妻を持たず、一生独身で経典の勉強にいそしむ。」と書かれていますが、何かの間違いでは? でも間違いとしても、それは致命的な間違いです。

管理人より
修行時代の話を誤解させてしまいましたので、帝政しました。ご容赦ください。お気づきの点がありましたら、ご指導ください。

投稿: 伊澄津左次 | 2011年7月 9日 (土) 17時13分

※各々の道を歩むのが仏教御念仏をして本当に御浄土に往けるか、地獄に堕ちるかと、親鸞聖人は自分は地獄行きの人間と認識して居り、法然聖人の教えに自分の来世を賭けたのです。私達も要するに「賭ける」だけの事であり、自分はきっちりした仏教の修行が出来る。戒律を守り、一切破壊の行為もせず、布施や忍辱という実践をやれると思っている人は、其の道を行けば良いので、「何故、御念仏するだけで極楽世界に往けるか?」という質問は単なる知的好奇心です。信仰は其の人の全存在を賭けるべきものです。法然聖人が提唱した専修念仏の教え、浄土宗はのちに旧仏教側から凄い弾圧を受けて、法然聖人も親鸞聖人も流罪になっています。何故かというと、主として比叡山の天台宗と奈良の興福寺の法相宗が法然聖人が提唱した新仏教を誤解したからで、それらを聖道門の仏教と呼びます。聖道門の人達は自らの信じる道を歩めば良いので、各々の道を歩むのが仏教ではないでしょうか。

投稿: 齋藤邦恭 | 2011年7月16日 (土) 21時21分

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