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2011年6月 8日 (水)

わが子に暴言より愛情を与えよ

Photo ファミレスのバイト中に見た母親の行動は、日本の縮図だろうか。

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罵倒するのは、まあ当たり前の光景とはいわないが、思った通りにはならない子育てではよくあることとも言えるが、乱暴な言い方自体が、今の親世代には案外あること、かもしれない。私の見た乱暴な言い方は、女教師の生徒に対する呼び声が、凄く乱暴だと思ったことがある。英語の先生だということだったが、ある中学の文化祭に「見に来て」といわれて、行ったときのことである。

 展示物を見ていると、突然「●●!」生徒の苗字を大声で呼ぶ声が私のすぐそばで聞こえたから、私は驚いた。そんな乱暴な言い方で男子生徒を呼ぶことないでしょう。たぶん女生徒にも、そんな呼び方をするのだろう。女先生が、そんな乱暴な言い方、しかっているつもりでしょうか、それでも、もっと静かにいえないか、とその女先生の顔を見てしまった。化粧気もなく、事情がわからないから勝手なことはいえないが、日ごろのストレスを発散しているのか、と思ってしまった。こんな表現で男の子を指導できるのだろうか。

女は化粧しなきゃいかん、という偏見はないつもりだが、男先生と同じでは女先生の価値がないと思うのだが、間違っているのかな。優しい先生ほど、生徒は慕ってくれるのではないか、そんな気がしてしかたがない。子供もそうだと思う。反抗期前にやさしく、接していたら、その時期も穏やかに、子供は自立していくような気がする。

乱暴な表現とは、まったく反対の態度をとる名門学校出身の母親もいる。その方と話しているとき、突然電話が小学生の一人息子からかかってきて、「●●があるでしょう。そうなんです」と、息子には、今話していた口調とまるで違う妙に丁寧な言い方に変わった。別人格を演じているのがわかって、驚いた。

乱暴な口調も困るが、自分の本心を押し隠すような表現を自分の息子に使う親も、どうかと思う。子育ての正解というのは、ないだろうが、人間の子育ては、誰かに任せたほうがいいかも。

特に幼児期に、保育園、幼稚園で、幼児教育のベテラン先生に担任してもらうのは、非常に教育効果があることは確かである。自分で育てたいが、溺愛の傾向を自分で気づかない場合がある

親の態度→子供に影響する一覧 が参考になるか、わかりませんが、こう接すると、こういう結果が出ますよと知っていると、役立つと思ってごらんに入れます。参考にしてください

①、批判されて育つと・・・人を責める子供になる。
②、憎しみの中で育つと・・・人と争う子供になる。
③、恐怖の中で育つと・・・おどおどした子供になる。
④、哀れみの中で育つと・・自分をかわいそうだと思う。
⑤、馬鹿にされて育つと・・・自信がない子供になる。
⑥、嫉妬の中で育つと・・・人をねたむ子供になる。
⑦、引け目を感じて育つと・・罪悪感を持つ子供になる。

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コメント

だからよ…「飴と無知」じゃあ、駄目だと言うてんじゃろうが!
親子間のコミュニケーションをする暇が出来ない程、現代日本国は、働かなくてはならず、父親は扶養家族を養う生活費を稼ぐのも大変で、大家族から核家族化してから、親への尊敬心※特に父親※が無くなり、子供と休みの日にキャッチボールをするのなら、「星一徹」の様な威厳を示すことが、必要なんじゃないんかいの!遊びでも、何でもいいけど、父親は休みの日くらいは開放されたい、疲れを癒したい。子供とも遊びたい…父権が崩壊したから現在の教育制度(母親は学校のセンコーがワリーといえば、センコーは親子間の躾をしてねーからだ!)や社会も経済も失墜したんじゃないんかい!

投稿: リタリンを規制するな | 2011年6月 9日 (木) 09時15分

※知恵の学問※
 知識の学問と知恵の学問では異なり、知識の学問は理解力、記憶力、判断力、推理力など、誰しも一通り出来ます。
 が、そういうものではなく経験を積み、思索反省を重ねて人間としての体験の中からにじみ出てくる直感的な人格的な学問を知恵の学問と言う。
 だから知識の学問より知恵の学問になるほど、生活的、精神的、人格的になってくるのである。

管理人より
 いつも、有益なコメントを頂き、ありがとう。
 一般論ではなく、ブログとの関連で具体的にどうするか、その点を追求してくださるようお願いします。

投稿: 真言末徒 | 2011年6月20日 (月) 17時20分

個人的な意見で恐縮ですが…経済成長を遂げた日本国民は、自分が何をして居る時が一番、楽しいのか、幸せを感じるのかといった、仕事や家族愛の他に確固たるものを持って居るか、居ないかで、其の人間の人生の幸福の度合いが全く異なると思います。ゴルフ、カラオケ、映画、読書…何でも良いけど、何かしら一つでも其れをしていたら、全てから解放されるものを見つける事さえ、電気通信の発達によって、氾濫する情報をインフォメーションとして捉えるだけの人が殆どではないかと思います。

投稿: 真言末徒 | 2011年6月20日 (月) 19時28分

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