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2011年6月 1日 (水)

夕張市長 鈴木直道 30歳の挑戦

407295_c185 北海道夕張市長選は、新人鈴木直道氏(30)(元東京都職員)当選。全国最年少の市長となった。大豪邸を持つ社長の羽柴秀吉氏(61)(15回目選挙)、北海道出身“小泉チルドレン”昨年落選した飯島夕雁前衆院議員(46)が立候補したが、鈴木氏が当選した。羽柴秀吉がそろそろ当選してもようさそうだが、1万そこそこの街だったら、有権者は6000人~7000人程度だろう。それでも彼が落選続けるとは、よほどみんなの意識が高いのか。

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 夕張市長選で、新人4人の戦いで、自民、公明、みんなの3党から推薦を受けた飯島夕雁氏(46)は無念の表情。たが、涙を浮かべ、「これが夕張の民意なのか」と、有権者が夕張の窮状を理解していないもどかしさを漏らした。

 たしか、東京都夕張市ではないが、反論するより、人材も補給してくれ、実際目で見える支援を東京都がやってくれているから、それが夕張市民には頼もしく見えるだろう。

30syasinn 夕張市へ都職員を派遣したのは、猪瀬直樹東京都副知事の発案。鈴木直道は、2008年1月夕張市の職員補充するために派遣された。夕張市では市民課に配属され、主に医療保険事務を担当。また特定非営利活動法人ゆうばり観光協会、ゆうばり再生市民会議、ゆうばり子ども文化の会「かぜちゃる」にも参加。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では、夕張市の特産品である夕張メロンの果汁を使用した「夕張メロンポップコーン」を考案し販売。

当初は2009年3月までの一年間の派遣予定であったが、その1年間の経験や地域との関係を基に具体的な行動するため、1年間の延長を申し出る。活動はフジテレビ系の報道番組『報道2001』にて放映された。

2009年10月、市民の声を政府へ伝えるため、夕張市を視察に訪れていた渡辺周総務副大臣(当時)が乗車するバスに同乗し、およそ20分にわたり渡辺副大臣に夕張市の状況を説明。同年11月、総務省で渡辺副大臣に報告書を提出し、夕張市の実情に見合った配慮を求めた。2010年4月からスタートした夕張市の財政再生計画には調査報告書を基に要望した「除雪体制の見直し」「老朽化した市立診療所の改築」等が盛り込まれた。

30022010年3月、鈴木直道の派遣期間が終了し、夕張市民は市役所前に集まり、黄色いハンカチを振って見送った。同年4月からは東京都より内閣府地域主権戦略室に出向したが、猪瀬副知事、藤倉肇夕張市長の意向により夕張市行政参与に就任した。

 市民グループ「夕張市の未来を考える有志」から、北海道夕張市を訪れていた鈴木に「夕張市長選挙」への出馬を要請。これを受け、石原慎太郎都知事、猪瀬直樹副知事が共に立候補に賛意を示した。「前向きに検討する」と意欲を示していた鈴木氏と石原知事らは、11月26日に都庁で面会。鈴木氏は「人生をかけてやります」と伝えた。知事は「男として美しい姿だと思う」と励ました。「男」の生き方を絶賛している。「女」を無視した発言でひっかるが、石原さんらしい。

03  鈴木直道は、12月8日に夕張市へ転居。翌2011年1月15日に記者会見を開いて市長選挙への出馬を表明。都職員を辞めて落選するかもしれないが、「男」一匹、勝負に出た、というところだ。それは、ちょうど婚約中で、3週間迷ったという。

市長なると、都職員、夕張市職員と意識を変えなければならない。方向を決め、指示して、部下を動かすのが仕事になる。この辺の変化が、30歳でできるか、相手は自分より20も30も年上の職員だよ。孫に指示されているような場合もあるだろう。

04_2 財政破綻都市は、財政難、少子高齢化、過疎の問題は山積しているが、今までの計画がうまくいかなかった結果であるが、その変更を議会が決めるのではなく、市の再生計画は国の同意を得なければならない。これが難しそうに見えて、国の承認を得ればできる、ということだから、逆に簡単である。国とつながる総務省幹部が会ってくれるメリットがある。

彼鈴木直道は、北海道出身で都庁に勤めたから、夕張に派遣されたのか、と思っていたが、そうではない。

鈴木直道:埼玉県春日部市に生まれ、三郷市で育つ。両親の離婚により母子家庭で育ち、経済的な事情から大学進学を断念。東京都職員採用試験に合格し、高校卒業後の1999年4月、東京都庁に入庁。2000年、法政大学法学部第二部法律学科に入学し地方自治を専攻。法政大学では体育会のボクシング部主将、「平成14年度国体東京都代表選考」では、フェザー級準優勝。2004年に卒業。東京都衛生局衛生研究所(現福祉保健局都健康安全研究センター)、都立北療育医療センター、福祉保健局保健政策部、福祉保健局総務部、知事本局総務部等を歴任。

今後、東京などの都会から、地方へ活躍する場を求めて、出かけると、プライベートの生活も豊かになるのではないか。仕事に忙殺されるかもしれないが、30歳で働く場を見つけて、一生の仕事として、発信の場を得て印象がある。

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