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2011年4月 7日 (木)

尾木ママの授業「つながり」金スマ

11861196  こんにちは。ワー元気そうですね。名古屋女子大中学ですね。きょうは、皆さんに会えるというので、ボクのほうもいろいろ準備してきたの。アンケート書いてもらったの、覚えている?全部見せてもらったの。ウーン、そう。それで、いろんな準備してきたんよ。昨日夜、ほとんど徹夜。みんなのことが頭に浮かんで、ワクワクしてね、眠れなかった。みんなに準備したの配ろうと思うの。
「授業だより」というの。一回しか会わなくても、ちゃんと心をこめてあるの。そうよね。

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1190 ハーイ、全員もらった?それじゃ、正式に授業を始めるますよ。いいですか?ここでシーンとなるところが違う。この学校、ねー。
「テーマ*人間、生きる、命」これがテーマです。副テーマ的には、何を考えるか、みなさんと考えたい。

1192 アンケートの話に触れて、学校が好き89.2%ということから、その理由が友達、ほとんどの人が友達を挙げていた。東日本大震災の話で、死者と行方不明者を合計すると、29,699名で、宮城県の知り合いの先生に電話して、「どうでした?」と聞いた。「死者と行方不明者で800名」といわれた。それをみなさんにアンケートで感想を聞いたのね。それで、東日本大震災を前に、「今思うこと」とタイトルをつけてみました。

尾木 直樹(おぎ なおき、1947年1月3日 - ):滋賀県米原市生まれの教育評論家。滋賀県伊吹町(現米原市)出身。高松市立高松第一高等学校、早稲田大学教育学部国文学科(現・国語国文学科)卒業後、私立海城高校の教員、練馬区立石神井中学校教員等を歴任。東京大学教育学部非常勤講師等を経て、現在は法政大学キャリアデザイン学部教授、早稲田大学大学院教育学研究科客員教授。大学では「臨床教育相談論」「キャリアガイダンス論」等(法政大学)の講義を担当.

アンケートの中で、「苦しかっただろうな」「まだ、遣り残したことがたくさんあっただろうねという“思い”あっただろう」とか、「そう思っているにも関わらず、募金くらいしかできない自分がすごく惨めに感じられる」
尾木先生「これを読んだとき、涙がでました。アノ、うれしくてです。つまり、何もできない自分を責めているのね。この子はね。
 アンケートは、一つや二つではないです。みんなは、何もできない自分を責めているのです。すごく自分を責めているのです。」

1189 「そこで、きょうは、自分を責めるのではなく、変えていこうというのを一緒ん考えていこうというのが、きょうの授業です」と、生徒の心をつかむ導入を終えると授業を開始した。

尾木先生だけではないが、授業の上手な先生は、キャラもあるかもしれないが、「最初の客(生徒)のつかみ方がうまい」そのあと、テーマに入る前の導入で、本題の下地を完成している。この流れを意識して、生徒を引っ張っているか、どうかで、かなり違う。尾木先生、授業が勝負なのよ。「金八先生は授業を見せない」と嘆いていたが。尾木先生の授業の流れを見てください。

 「自分を責める必要はない
  亡くなった人を思う気持ちは尊い 
  だだ亡くなった人のためにも
  これからどう生きるかが大事」と尾木先生はいう。

 自分の体験、20年前、現役で教師をしていた頃、石神井公園(練馬区)の近くにある石神井中学で、ある日、出張した先生の補欠で出席を取りに中学三年生の教室へ行った。4月新学期になってまもない頃であった。
 学級委員の男子と女子が司会をして学級会をやっていた。司会の男子の表情を見ると、顔色が悪いので、「大丈夫?」と聞いてみた。「大丈夫ですよ。風邪ひいただけですから。家で寝ていても面白くないから、きょうは出てきました」というわけ。それにしても、青い顔しているから、心配になったので、「無理したらダメだよ」という風に言った。

彼は背が高く、ボク(尾木先生)は壇の上にいるのに、ボクを見下ろして「先生、ありがとうございます」といったの。すごくやさしい。それが、土曜日のことだった。

月曜日、学校へ行くと、女の先生(音楽担当)が職員室で泣いているわけ。「先生、どうしたのですか」「彼××君が亡くなったのです」というわけです。そんな、ウソでしょう、といった。彼はスポーツ万能で、勉強でもほとんど、オール5に近い。それで、決して威張ったりしないのですよ。男子生徒にも、女子からもすごく人気があって、信頼の厚い子だった。その子が亡くなったというわけです。
 ボクはびっくりして、ウソー!といったのですけれど、ほんとうだとわかってきて、それで事情を聞いてみたら、風邪の菌が心臓に入ってしまって、お医者さんに言わせると、「運が悪かった」としか、いえないというわけです。

 そんな形で彼の命はなくなりました。ホントに私たち教師もつらかったのですけれど、そのクラスの生徒さんたち、みんな衝撃を受けたワケね。だれか、お別れの言葉を述べてもらわなくてはいけない。じゃあ、あの子にお別れの言葉を読んでもらおうということで、書いてもらったものがあります。これが、告別式に彼が読んだものをお配りします。

1201 「(原文のまま)親友の亡き友に宛てた弔辞。これを安住さんに読んでもらおうと思います。」「みなさんも、文字を目で追っていってください。」と、安住アナは言ってから読み始めた。

 
友人代表、 おとといの朝、少し寝坊をして朝練に遅刻しそうになったので、オマエの家に電話できなくて、親に「朝練に行く」って伝えておいて!と、家を出た。朝練を終えて教室で話をしていると、すると、いつものように先生が教室に入ってきた。
「きょうは残念なことがありました」といった。先生はこの言葉をよく使うので、あまり気にしていなかった。そして、オマエの名前が出てきて、昨日死んだ、と言っている。オレは一瞬心臓が止まった。耳を疑った。気がつくと汗をたくさんかいていた。それからそのあと
、頭の中が真っ白であまり記憶がない。そして、部活を早めにおえて家に帰った。

 やっぱり本当だと思った。それでオマエの家に行って、オマエの顔を見た。死んでいるようには見えなかった。頭の中はは真っ白で、何がなんだかわからなかった。
 次に朝、起きると目から涙があふれ出た。そして、オマエのことが頭の中に浮かんできた。涙が次から次に出てきて止まらなかった。
 オマエと知り合ったのは小学校1年、一組で同じクラスになった時からだ。オレは、遠くの保育園から来たので、友達がいなかった。おまけに体が大きいくせにいじめられて、泣き虫で、運動神経は最低中の最低で、頭もあまりよくなかった。オマエは、人気があって、走るのは早いし、塾にも行っていないに一番頭がよくて面白くて明るくて、そして誰よりも優しかった。オレはそんなオマエにあこがれていたし、大好きだった。

 小学校二年のとき、友達もいなかったオレに誕生日にチョロQをプレゼントにもってきてくれた。
  そのとき、600円というのは、オレたちにとっては大変な金額だった。とてもうれしかった。3年になって、一緒にサッカークラブに入った。やはり、オマエは上手でオレは下手だった。4年生のとき、イトマン(水泳クラブ)に入った。やっぱり、オマエは大会に出れるようになったが、オレは幼稚園児と一緒に練習していた。
 5、6年になって、オレは野球クラブに入ったが、やはり下手でいつも、みんなで野球やるときは、オレは、みんなにじゃんけんで「いる」「いらない」とかいわれていた。だけど、オマエにけなされた覚えは一度もない。

12031195  ここまで読んだとき、安住アナは涙を堪え、読めなくなった。生徒も文字を追いつつ、泣いている子が多かった。

 こんなに差があるのに、友達でいてくれたオマエをオレは大好きだった。オマエは私立の中学に受からなくてまた一緒に学校に行けることになった。中学校に入学してから、また一緒に登校したし、部活のない日は一緒に帰った。
 昨日の通夜には行かなかった。家で机に向かってこの文を書いていた。オマエはオレにとって命より大切な友達だ。
 朝、遅刻しそうなとき、「内申書によくない」と言って、一緒に走った。オマエはよく遅れて来た。今でも後ろを振り向くと、後ろから走ってくる気がする。玄関で待っていると、「○○ちゃん!」と呼んでいるオマエの声が聞こえてきそうな気がする。
 今、オマエをこうして見ていると、「冗談だ!」と笑いながら起きてきそうな気がする。起きてきてほしい。 数えきれないほどの人たちが、こんなにも悲しんでくれる。
 オマエはテストでいい点を取っても、決して自慢しなかった。オレがテストでいい点を取れなかった時は慰めてくれた。オレが悪口を言われいると、かばってくれた。オマエは自慢しなかったけれど、これだけたくさんの友達をもって、これは自慢したほうがいいよ。
 よくケンカするほど仲がいいというけれど、アレは違う。オマエとオレはケンカかたことがないからだ。

 時々遊びに来いよ。夢でも幽霊でもいいから、盆と正月は必ず来いよ。オレが死ななければならない時は、三途の川まで絶対迎えに来いよ。こんど話すときは、オマエは天国の話、オレはプロ野球の話をしよう。
 最後にもう一度言うけど、オマエはオレにとって命より大切な友達だ。いつまでも、友達でいよう。お別れの言葉です。
1187 尾木先生は、何度もこの話をしているのか、冷静であったが、安住アナは始めての話で、衝 撃を受けたようで、生徒に向かって
1204「ごめんなさい。最近歳なもんで、涙腺がゆるくなっちゃってね・・・」というと、女子生徒たち納得した顔であった。

「お勉強も、運動も差がある二人であったが、すごく仲がよかった。担任の女の先生も、『この弔辞を聞いて、なぜこの子が優しくて人気があったか、その理由がわかり納得した』と言っていました」と尾木先生の言葉である。

この子は『最後にもう一回いうけど、オマエはオレにとって命より大切な友達だ。いつまでも友達でいよう』といった。その後、授業の集中力が今までと真剣さがまるで違った。真剣に食らいついでくる目で授業をうけていたので、授業のあとで「ちょっと」と呼んで「君ね、むちゃちゃ、授業に集中してがんばっているけれど、まさか亡くなった彼の分まで勉強しようとしているんじゃないでしょうね」といったわけ。「先生、そうですよ。早稲田の付属へ行きたかった彼の分までオレが勉強してやるよ」「そんなに無理しなくても、彼は天国で許してくれると思うよ。」「そんなに無理したらだめだよ」にこっと笑って「ありがとうございます」と頭を下げて帰っていった。

生徒には、友達の力はすごい。気持ちがまとまる。つながる。つながって生きる。住んでいる世界が違っても、一緒に生きることができる。
1182  人間、物質的なものももちろん大切ですが、心の豊かさというか、生きる角度というか、心の豊かさ、これがあれば、百万馬力というかしら。不幸で悲しくても、みんな同じなんだ、ここにいる私たちも、亡くなった人も、命をつないで、生きていってほしいな、というのが、僕のきょうの授業で訴えたいことです。どうでしょうか、みなさん。

 一人になって、おうちに帰って、ゆっくり繰り返し読んでほしいな、と思います。きょうの僕の道徳の授業「人間、生きる、命」は終わらせて頂きます。ありがとうございました。

尾木先生の金スマの感想等を書いているブログを、気がついた分をご紹介します。http://ameblo.jp/doradora-shimajirou/entry-10851855861.html
http://yanngotonaki.seesaa.net/article/193697333.html
http://oginooheya.seesaa.net/article/194039471.html
http://momoiro310.blog87.fc2.com/blog-entry-600.html
http://sakkosan.jugem.jp/?eid=636
http://shop.plaza.rakuten.co.jp/i-senbei/diary/detail/201104020000/ 

[金スマで安住さんの涙を流すシーンを見たい]のにベストアンサーに選ばれた回答、その動画は「2時間丸々なのでうまくみてください」http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ref=em_over&ch_userid=k... ←こちらの動画は削除されました。

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コメント

通りすがりですが、管理人様にひとこと申しあげたく、コメントいたします。

番組に感動するのは自由ですが、プロフィールに「間違っていたら、お教えください。一緒に成長していきたいと思っています。」とありましたが、自分の反論を無神経にぶつけているだけのようにしかみえません。

TV番組を視ただけのあなたが何を思うかは自由ですが、第三者以下の者が、まるで主治医や教師かの如く当事者の方々に意見するのは良識ある大人の行動には思えません。表現の自由は否定しませんが、単なるTV番組の転載をするため、そこまであなたがいっていいことかどうか、考えが至りませんか?ブログ記事はそんなに大切ですか?

そういう言葉はあなたの胸の内に留めておけばいいのです。あなたのコメントへの返信を読むと、教育関係に携わる方によくありがちな自分の教え子でもないのに上から目線で人にモノをいってしまう、常識に難のある方なのかなと感じてしまいます。(もしそうであれば、仕方ないかと)

あなたが正しいかどうかが問題ではなく、人の気持ちに思いを巡らす知性があるかないかのことだと思いました。

 管理人より
ご意見をありがとうございました。感情的批判を排し、良識的なコメントでした。
 私の意見が、人を傷つけ、気分を悪くしているなら、お詫びしたいと思います。

 逐一、回答すると議論が複雑になりますので、簡単に基本姿勢をお話します。
 私の基本的立場は、「個々の批判」ではありません。個人の問題から感情的な言い争いにならないように考えています。「個人の問題」から一つの「典型」として、「人の道」「人のあり方」へ昇華した形で議論をしたいのです。

「TV番組の転載をするため、そこまであなたがいっていいことかどうか、考えが至りませんか?ブログ記事はそんなに大切ですか?」

回答:私自身の問題として、TV番組の転載で、問題はなにか、しっかりと理解しようと思っています。自分自身の人生勉強であり、問題が個人の手を離れ、人間の課題として考えています。「個人の手(問題)」から「普遍の課題(真実の追求)」へ移るのが重要であると思うのです。
 そして、ブログを読んだ方から、こうして私が批判されることが、過去の問題ではなく、今人々の心の内に問題を投げかけている、と思うのです。私が批判されることは、意味ないことではないと思います。
 「過去の問題」でありながら「今の課題」、「個人の問題」でありながら「普遍の課題」、この点を書いていきたいと思っています。 偉そう聞こえたり、上から目線に聞こえたら、ゴメンなさい。

 「通りがかりのもの」という匿名ではなく、ぜひ、次回からは、実名を出してお話ください。当欄では、(匿名・実名とも)誹謗中傷のコメントは掲載をしません。管理人より

投稿: 通りすがりのもの | 2011年8月16日 (火) 21時22分

人間は、四苦八苦からは逃れられないですね…。特に「愛別離苦」は最も辛いです…。
 私も、本当に苦楽を共にした親友や恩人の七人を毎日、何度祈り続けて居るか。そうして来て、其れがいつの間にか一心同体となり、悲しみや憎しみや怒りから、亡くなった友の代わりに、「俺が輝いて見せてやる!」と気持ちが変わるまでは大変でした…。
 なんか、余計な御世話と想われたら心外ですけど…。
 (追伸)私の親友や恩人達は、殺されたり、首吊ったり、車のトランクの中で腐乱死だったり…。と壮絶な出来事でした…。

管理人より
 齋藤さんの体験は、日常を越えていて、想像できません。紹介できる具体例を一つ・・・、いや、止めときましょう。

投稿: 齋藤邦恭 | 2011年8月16日 (火) 23時28分

今、改めて数えたらバイク事故死の親友と自動車排気ガス自殺の二人が居ります。

投稿: 齋藤邦恭 | 2011年8月17日 (水) 11時31分

 娘が「あの放送の手紙をもう一度聞きたい」と言い出したので検索して・・・こちらのブログにたどり着きました。
 手紙の文章を改めて読み返し、亡くなられた方のご冥福をお祈り致しました。そして自身を振り返り、あらゆる人々、環境、モノへの「生きさせてもらっている」事への感謝の念を感じさせられました。

 コメント欄の管理人さんの対応を読んで、管理人さんの反論(としか私には表現できません)は非常に自己中心的で私には全く共感を感じれるものではありませんでした。人にはそれぞれ触れて欲しくない過去や思いがあります。

 ある人はお金のことで辛い思いをし、ある人はプライドを踏みにじられて辛い思いをし、またある人は何かの喪失で辛い思いをし・・・文章などでは表現できない、どれだけの種類があるのか?百人百様です。確かに「えっ、そんな事で」と言いたくなるような事を悩み続けている人も多くいます。
 けれども、やっぱり、「自分だけの価値観」で・・・「それはこの程度」だの、「何年経ったから乗り越えられるだ」のとは言えない事だと思います。それは人の心の中に土足で踏み込む行為です。

 本人が「嫌だ」と言うのなら、それは「嫌な」事なのです。お説教じみた言葉や、ましてや病院うんぬんは「大きなお世話」だと思います。ましてや・・・面識も無い他人でしょ。たかだかTVでほんの一部の状況を知っただけの・・・あなたこそ当事者からしたら「通りすがり」そんな人がしたり顔でお説教している文章は滑稽でしかありません。

 一万人、百万人の人が感動しようとも。本人、関係者が「嫌だ、削除して欲しい」と言うのなら削除すべきです。例えば、付き合っている彼女のヌード写真を撮影し・・・嫌がる彼女に「君の裸は美しい、みんなに見てもらうべきだよ」と言って、強引にWEB上で公開しちゃう男。どう思います?私にはあなたの行為が上記と同じとしか思えません。

 管理人より
 ご意見、長文ですので要約させて頂きました。しっかりしたご意見で、私も大いに反省すべきだと思って読ませて頂きました。考慮して対応したいと思っているところです。

 記名について:ブログ筆者は、名前を出しているのもですから、反論する方には名乗ってから反論して頂くことをルールにしています。それは、お会いしてお話する気持です。そうすれば、貴重なご意見が自制的にお話しできると思います。匿名は、一方的に批判だけになりますので、そのようなご意見は、取り上げないようにします。

投稿: 通りすがりで何故悪い | 2011年10月 4日 (火) 20時58分

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