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2011年3月22日 (火)

無残田老町 津波想定の2倍

Photo http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1457509389
 岩手県宮古市田老の被害状況が知りたいです。テレビで宮古市内の情報は入ってくるのですが、田老の情報が全くなく、田老第一小学校で親が働いていますが、 未だに連絡がとれていません。田老第一小学校で働いている方や通っている児童が今どうしているか、わかる方いませんでしょうか?

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①田老第一小学校の教員をしているいとこがいます。いとこの妻に、小学校の同僚から電話あり。田老第一小学校から宮古まで自力で行き、そこから電話してきたとのことでした。いとこも働いているとのことで、避難者が多くいるようです。

②以下はミクシーからの転記「Kさんの日記より抜粋」
3/13 10:20の盛岡からの電話
 盛岡在住者が車で途中のいけるところまで行き、その後徒歩で田老町に行ってきた方からの電話です。
 グリーンピア・中学校・小学校・お寺に分散して避難し、田老町の人はほぼ避難ができているとのことでした。避難の分散

状況は分かりません。波は防波堤に押された波が防風林を破って来たようです。町は壊滅状態です。農協の建物が残っているそうです。

★1/14 8:00 皆様へのお願い★
安否確認:田老第一小学校・グリーンピアなどで確認が取れている方がいます。ツイッター利用の方が多いようです。

katsu1495さん
 私の家内は田老出身。親戚たちが心配で下記の情報をまとめました。重複している部分や、時系列により情報が変わっている可能性があります。
<ネットでの情報およびその他の情報 - 宮古・田老>
・宮古市の10前後の集落が津波で流されている。
・赤崎、堤防を越えて波が押し寄せる。10集落以上が壊滅的被害。鍬ヶ崎・磯鶏・田老の被害は大きい。
・長沢地区の方は千徳小か中に避難中。宮古市マースの2階と3階に15人取り残されているとの情報。
・浸水は市役所を超え、宮古駅、宮古小学校、魚菜市場付近まで。
・崎山、田鎖、花輪、蟇目、西が丘は大丈夫。
・鍬ヶ崎は家屋が水没、熊野神社に避難した方は無事。鍬ヶ崎⇒佐原に避難している方も。
・岩手県宮古市は小学校、岩手県大船渡市は病院に避難している方が多い模様。
・宮古市では市役所が2階まで水に浸かっています。
・市内を走る国道45号線は各地で通行できなくなっています。
・宮古の市街地ほぼ全域が水没 大衆浴場の3階に16人が救助待つ
・家電話は不通、携帯で連絡可能の場合あり。
・鍬ヶ崎全滅。鍬ヶ崎の人たちは散り散りになって避難している模様。
・田老方面に車で向かったら樫内から先には行けなかったらしい。
・三鉄田老駅まで水が来たらしく、市街地は皆水没、田老中のあたりは火災で焼けたらしい。
・市役所前は泥だらけだけど歩ける。
・岩手県警によると、宮古市内の老人福祉施設「あおぞら」で高齢者ら約70人が孤立しているとの情報
・中央通りの建物がいくつか倒壊、ショベルカーなどを使い復旧作業中
・宮古湾で遺体多数確認(フジテレビ)
・田老は壊滅。堤防超えて来て、避難場所の田老一中校庭にも瓦礫散乱
・堀長地区のテクノ(旧田老自工)付近まで舐めていった。
・田老の青砂里地区で大規模火災が発生して 避難場所の田老第一中学校に火が近づいている。消防の到着無し。
・熊野神社にも火の手が迫る。
・瓦礫下に助けてくれとの声。しかし、海底干上がり、救助に行けず(本日午後)
・町中に数体の遺体。
・田老トンネル付近で通行止め。
・ドコモは圏外。auは災害用伝言板すら使えない状況。
・宮古入りはR106の動物公園入り口付近で通行止め。小本街道は不明。
・宮古市内への乗り込みは禁止との事。
・岩泉方面より田老に向かうと盛岡の親戚より連絡があったが、行けたかどうかは不明。
・携帯電話auの回線が繋がり出した。
・田老、宮古入りなら、小本街道可能として、岩泉→乙茂→有芸→上有芸から宮古も田老も可能。
・田老へのルートで橋梁が3箇所崩壊している。
・田老地区では火災が相次ぎ、重茂地区、乙部地区の津波被害が甚大だということです。
・赤前小学校では校内に300人、社内に100人が避難しています。
・赤前地区ではおよそ40人が行方不明になっているということです。
・以下、本日午前2時ごろの宮古市情報です。
死者15名、行方不明62名、負傷者多数 避難者数 計 4,714名
合庁 450名超、山口小学校 400名、宮古小学校 1300名、グリーンピア三陸宮古250名、田老地区300名、田老総合事務所1000名
宮古消防署100名、かねはま老人福祉センタ200名、津軽石小70名、津軽石中50名、赤前小400名、他の内訳不明
鍬が先、磯鶏、重茂、津軽石、愛宕、築地、磯鶏、藤原、乙部、田老、里で津波被害甚大 JR船場鉄橋損壊 田老山林火災

・災害情報サイト - グーグルの安否情報確認サイト
http://japan.person-finder.appspot.com/?lang=ja 17時現在の情報
 盛岡に居る親戚が約12時間かけて田老地区に到着しましたので電話による情報をお伝えします。
・災害の影響が少ないのは、宮古北高より上側(養呂地方面へ向かう)と第一小学校裏手、第一中学裏手(アリヤノサワ)
だそうです。
・役場の2階部分まで津波の跡が残っている。
・漁組の建物4階まで津波の後があった。
・グリーンピアみやこへ向かう坂道の下辺り(乙部)の家は1階部分がドロに埋もれている。
・堤防の海側は壊滅状態。内側も殆ど壊滅。
・熊野神社の火災は頂上部だけ焼けたので避難場所になっていたところには火の手が及んでいない。
・106号線、樫内辺りまで自衛隊による重機で道路を確保しつつあります。
・町内の火災は鎮火しました。
・グリーンピアみやこ(300人以上避難しています)には支援物資も届きました。以上です。

地震だ!震度6 道路揺れて歩けない 地震 日本各地の入力者の反応 地震でスーパー棚の食料品 消えた 地震と原発事故で日本中大騒ぎ 京成電鉄11時~午後5時全面運行中止 田老町 住民4000中1000名消息不明 南三陸町 遠藤さん マイクを放さず

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参考記事http://www.asahi.com/national/update/0319/TKY201103190440_01.html「日本一の防潮堤」「万里の長城」――。住民たちは、そう呼んで信頼を寄せていた。岩手県宮古市田老地区にあった全国最大規模の津波防潮堤。だが、東日本大震災の未曽有の大津波にはなすすべもなく、多数の死者と行方不明者が出た。「今後、どうやって津波を防いだらいいのか」。住民たちはぼうぜんとしている。

 「津波は堤防の倍くらい高かった」。防潮堤の近くに住んでいた漁師小林義一さん(76)は顔をこわばらせて振り返った。11日の地震直後、いったん堤防に避難した。だが、山のような津波が海の向こうから押し寄せてくるのが見えたため、急いで丘に駆け上り、難を逃れた。自宅は押し流されて跡形もない。

 小林さんは「防潮堤は安心のよりどころだった。『防潮堤があるから』と逃げ遅れた人も多かったのではないか。堤をもっと高くしないと、これでは暮らしていけない」。

 約4400人が暮らす田老地区は「津波太郎」との異名がある。1896(明治29)年の明治三陸津波で1859人が、1933(昭和8)年の昭和三陸津波で911人が命を奪われた。

 防潮堤は、昭和三陸津波襲来の翌34年に整備が始まった。地元の漁師らによると、当時の田老村は、高所移転か防潮堤建設を検討。結局、海に近い所に住みたいとの村民の要望や代替地の不足から防潮堤建設を決断し、当初は村単独で整備を始めた。工事は中断を挟みながら段階的に進み、半世紀近く後の78年に完成。総工事費は80年の貨幣価値に換算して約50億円に上る。

 こうして出来上がった防潮堤は、海寄りと内寄りの二重の構造。高さは約10メートル、上辺の幅約3メートル、総延長約2.4キロと、まるで城壁のようだ。岩手県によると、二重に張り巡らされた防潮堤は世界にも類はない。総延長も全国最大規模という。60年のチリ地震津波では、三陸海岸の他の地域で犠牲者が出たが、田老地区では死者はいなかった。日本一の防潮堤として、海外からも研究者が視察に訪れるほどだった。

しかし、今回の津波は二つの防潮堤をやすやすと乗り越えた。海寄りの防潮堤は約500メートルにわたって倒壊し、所々にコンクリートの残骸が転がっていた。隣近所の多数の知人が行方不明になったという男性(45)は「津波の前では、頼みの防潮堤がおもちゃのように見えた。こんな津波を経験して、このまま田老で暮らせるのかどうか分からない」と泣きながら話した。

 今後の津波対策をどうするのか。漁師の川戸治男さん(69)は「漁師なら海の近くに住みたいと考えるだろうが、やはり高台の方に移住すべきではないか」と話す。

 宮古市は津波防災都市を宣言している。地域振興課長の鳥居利夫さん(59)は「防潮堤は、これまで経験した大津波を想定して整備された。だが、今回は想定外だった。今後、どう津波対策を立てるのか。今のところ思いつかない」と肩を落とす。(吉村治彦)

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コメント

今回の東北関東の大震災でお亡くなりになられた方と そのご家族のみなさんに心からお悔やみ申し上げます。
 災害に遭われた東北の各都市は、今度こそ世界の人が目を見張る、立派な防災都市に生まれ変わる必要があります。さすれば、観光の名所にもなるでしょう。世界遺産にもなるでしょう。
  はたして、この国には、この目的を成し遂げるためにふさわしい有能な政治家と、計画都市の設計者はいるのであろうか。壊滅状態にある地方都市に、世界観とマスタープランを堅持した有能な政治家は育っているのであろうか。
 我が国民は、防災に弱い家を建てる大ブタか、それとも、強い小ブタであろうかが判明するときであります。国民は、自分の体に見合ったサイズの政治家を選ぶものでしょう。

ブログ管理人より
 貴重なご意見 ありがとうございました。
 関東大震災後、後藤新平が帝都再興プロジェクトを実行しようとしたが、反対が多く、だいぶ縮小した案になったと聞いていますが、東北大震災の復興が景気刺激なれば、いいのですが・・・どうでしょう。

投稿: noga | 2011年3月27日 (日) 09時35分

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