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2011年3月13日 (日)

地震でスーパー棚の食料品 消えた

0815これは別の店である。飲み物を買おうとCO-OP生協へ入ってみると、エっ?店仕舞い?と思えるように棚に商品がない。考えてみたら、みんな、必至になって食糧の備蓄に走っているのだ、と気づいた。都会ではそういうことに敏感でないと、危機のときに生存できない。

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 このたびの東北・関東大地震は、神戸・淡路大地震の死者:6,434名を超すと予想されている。岩手県だけで、1万人の犠牲者を予想している。というと、2万5000人を超すかも。数年前のアジアの地震では20万人と比較するえば、十分の一だが、あの津波の怖さは、最近はそれがなんと甘い見方であったのを痛感する。

 こういう、買いだめの走ったのは、米が不作でタイ米を政府が輸入したとき、わずかな国産米をヨーカ堂店頭に並ぶ日は、開店と同時に買いに走る行列、あれ以来だ。私なんか、それには間に合わないから、長粒米のタイ米を1キロ単位で買った記憶がある。味が国産短粒米とは、まるで違うから、食べたくなかった。アレも調理の仕方次第だろうが。

CO-OP生協の棚に商品がなく、棚の骨組だけがむき出しになっているのは、異常な感じである。すぐ食べられるおにぎり、パンの類はまったくない。飲み物のボトルが売れていた。空になっている棚は、何があったのか、よくわからない。こんな需要の急増で、店側はホクホク顔だが。

食料品が、この地震で多くの人が、備蓄用にと買うから、店の側は売れまくる。安く仕入れておいて、多少高くても買いだめする心理に付け込んで・・・というとそれはまずいが、食料品は難しいが、原油はかつてガソリンスタンドに元売りが「(値上がりを見込んで、今)千載一遇のチャンスだ」と多めに仕入れるように通知書、FAXだったかもしれないが、送ってそれを新聞にすっぱ抜かれて、非難ごうごうだった。オイルショックの時代の逸話がある。それを忘れられているかもしれないので、記憶回復のため一言。

日産自動車が1500台、輸出用の乗用車を埠頭に並べていたら、津波でことごとく、津波の勢いで流されて、使い物にならなくなってしまった。これは保険掛けているだろうから、損にはならないのかもしれないが、津波の影響で、流されたり、浸水でだめになった車は、かなりの数になるはずだ。これで、トヨタ、日産、マツダ、ホンダ、三菱、どうだろう、売れるだろう。市民側の損を全部、得にしてしまう企業が出る・・・というのは、納得がいかないな・

江戸市内の火災で、「八丁堀の7人」で、木材商と結託して悪徳役人が大儲けするドラマがある。それと似ているのが、こういう広大な災害で、家を建てざるをえない人に対して、供給側ハウハウじゃないか。気になる仕組みだ。カリフォルニアで訪問した家は、新築木造だったが、谷間のある縦長4階建ての家、山火事の多い場所でその火災で焼けたあと、州政府だと思うが、政府で無料で建ててくれたと、内部を見せてくれた。そんな保障制度があるとは、日本と大違いだ。

敏捷に食料品を買い込む行動、あるいは才覚は、通常は目には見えないが、ぼんやりしている人裸足抜かれる。男は、よくぼんやりして、昔は正月三日間は店をやっていないのを忘れて、独身で都会暮らしの場合、食い物がない、ということが買いだめをしないで、ひもじい思いをしたことがある。先を考え、敏捷に・・・、これができると、きっと利殖で稼ぐ感覚もそうだろう。パソコンをつかって株のデイトレードで稼いでいる人とか、アフリエイトで商売する人、なんかは、先手先手で、人が考える前に行動しているのかも。

英語を覚えて使えると、将来の飛躍につながると外国へ出る人もいる。昔「バスター」という子供の映画のロードショーを息子つれて映画館に入った途端、親子で走り出す人が多かった。順序より先に、いい席を確保するため、いい席で映画を見させようと、母親が子供に席を確保させているのだった。

対馬へ渡る博多の船着場でも、切符を切ってもらったとたん、私の後ろの人たちが、座席確保のため、船内を走って自分たちの関を大きめにとる。しつけの悪差を痛感したが、これも、生存本能の強さかな、強烈な人を押しのける強さが一番大切だと、危機意識が刺激されたとたんに発揮される。

戦時中の食糧の買い出しの際にも、発揮された。要領の悪人は価値の高い着物を持って行って、ちょこっとしか農家から食糧を手に入れられなかった。恥を忍んで、という段階でもう差がつけられている。恥なんて感覚はなく、目的のために一途に走る、これが、生きる本能だ、と割り切ってこそ危機の時代に生き抜けると理解してほしい。普段は「いやしい」のだけど、そうは言っていられない。

東京から6時間も歩いて帰ったという人もいる。夕方6時ころから歩き始め、明け方になってようやく家についたという話もきいた。

Img_0816 飲料水のコーナーでは、高い値段だと思った「だから」240円の棚が空っぽである。ほかの2ℓボトルの飲料水が売り切れだ。そりゃ、水がないければ生きられないのはわかるが、あまりにも、反応が早すぎ。あと、タマゴのケースが空っぽだ。パンの棚も空っぽ。おみごと!と喝采するほどだ。

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