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2011年3月15日 (火)

田老町 住民4000中1000名消息不明

7026 7020 2009年東北旅行したとき、(宮古市)田老港の「民宿たばた」に宿泊した。朝食をすましたのち、漁港へ行き、漁港の近くにある景勝奇岩を見るため散策。遠めには静かな、それでいて波が岩に砕ける光景を楽しんだ。関東から来ると、遠浅の砂浜という楽しみは期待できないが、光景は得がたいものがある。

田老町は、今は宮古に合併されて、あまり名前を聞かないが、静かないい雰囲気のある町である。

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3/13 17時現在の情報 無残田老町 津波想定の2倍

盛岡の親戚が約12時間かけて田老地区に到着しました。電話による情報をお伝えします。
・災害の影響が少ないのは、宮古北高より上側(養呂地方面へ向かう)と第一小学校裏手、第一中学裏手(アリヤノサワ)だそうです。
・役場の2階部分まで津波の跡が残っている。
・漁組の建物4階まで津波の後があった。
・グリーンピアみやこへ向かう坂道の下辺り(乙部)の家は1階部分が、今もドロに埋もれている。
・堤防の海側は壊滅状態。内側も殆ど壊滅。
・熊野神社の火災は頂上部だけ焼けただけで、避難場所になっているところは火の手が及んでいない。
・106号線、樫内辺りまで自衛隊による重機で道路を確保しつつあります。
・町内の火災は鎮火しました。
・グリーンピアみやこ(300人以上避難しています)には支援物資も届きました。
以上です。 回答日時:2011/03/13 18:32:09
http://chiebukuro.travel.yahoo.co.jp/detail/1257483462.html?p=%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C&pg=2&st=1&sro=1

  【 三王岩 】 岩手県宮古市(旧田老町)
Iwate421_2田老港から北方の海上に突き出た3つの巨岩群。高さ50mの男岩を中央に、高さ23mの女岩と高さ17mの太鼓岩が寄り添うよう。男岩の海餌洞をくぐると幸運になるといわれている。駐車場のある断崖上から眺めるが、遊歩道で海岸へ降りて見上げると大きさをより実感できる。岩までは田老港から海岸沿いに徒歩5分。

Photoこのたびの津波では、田老地区の人口は4000人中1000名が消息不明。今回の津波は20メートルはあったようで、まちは壊滅的だったようです。総人口 4,570人(推計人口、2005年6月1日)

漁港の近くの散歩道からの帰りには、高い防波堤を見た。津波の備え、高くて厚い防潮堤を見て万全だろう、と思った。5517726016_cf514456bc_2

宮古市田老町(旧田老町)は、「津波太郎」とありがたくない異名をもっている.
 これまでに数十回の津波被害を受けている。そのなかで慶長16年(1611年)、明治29年、昭和8年の三陸大津波は全町壊滅という大被害。
05 ①明治29年6月15日:田老に15mの津波,村民7割6477人被害.
②昭和8年3月3日:田老に10mの津波,村民972人の死者.
 昭和三陸津波の翌年、昭和9年防潮堤建設に着手.戦争で一時中断したが,昭和33年に完成.街を津波から守る「砦」と総延長2.4キロ,海面からの高さ約10mである.

 田老漁港からアイラやカイと歩いた海岸沿い左に奇岩を見た小道はなくなってしまっただろうと思う。

6971 また、途中でアイラとクリスチャンが海岸に下りて、昆布を拾った海岸など、あのとき見て回った海岸砂浜、道路もきっとないでしょう。 10メートルの津波といっても、湾など狭くなる部分には、漏斗の形で津波が20メートルになる。

6974_2太平洋の荒波は、海底の昆布を打ち寄せ、ただで贈り物のように打ち上げる。働かなくてもとは言わないが、こんぶに困ることはない。夫婦でトラックを海岸まで乗り付けて、運んでいくようだ。老夫婦の二人、このたびの津波で命を失っただろうか。「民宿たばた」の人たちも、どうだっただろうか。

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コメント

田老町は津波の被害を歴史的に何度も受け、高さ10mの防潮堤がやっと完成して安心していたでしょうに、それでも被害を食い止められなかったとはとても残念です。それも今回で終わりにできるといいのですが。

投稿: | 2011年3月16日 (水) 09時45分

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