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2011年2月 5日 (土)

母のネグレクト、虐待を受けた人へ

 明日香さん(仮名)から、おたよりを頂きました。
 私は、いつも中学生や高校生に語りかける気持ちでブログの内容を書いています。そのころが一番感受性が強いですから、話の内容が伝わると思っています。そんな思いで、明日香さんの悩みをともに考えてください

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はじめまして。
 ネット検索で何度かこのブログにお邪魔していることに、今日気づきました。検索で引っかかったキーワードは「ネグレクト」や「親の愛」等です。周りに話せる相手がいないので、どうかここで書かせてください。

 私は30歳になりますが、片親で育ちました。
 ずっと、母親は私を愛していると信じ続けてきたのですが、同時に生きづらさや母への嫌悪感、不信感がぬぐえず、先週初めてカウンセリングへ行きました。
 そしてじっくりと子供時代を思い出すうちに、育児放棄されていた現実を思い出しました。
(ご飯を作らない、洗濯掃除を一切しない、ガスや電気が止まる、男の家に行き帰って来ない、絶対に褒めない、いつも怒っている、男との揉め事に巻き込まれ警察沙汰になったり・・) 覚えていたのですが、いえ、それが正常だと思い込んでいたのです。女手ひとつで育ててくれてありがたいと思っていました。つい先週、おかしな子供時代をすごしたのだということにハタと気づき、だから、自分は人を信じたり、頼ったりできないのか!とショックを受けました。

 「人から普通に見えるように過ごす」ことを人生の課題としている、というようなことをブログnozawa22で読みました。それでは、今でも愛情を受けて育った人たちとは、ズレた観念が出てしまうことがある、ということでしょうか?

 「考え方がちょっとおかしい」と私は友人に指摘されることがありました。それが何故だか、自分でわからないのでとても嫌で、そのズレや考え方のクセがいつか直ればいいと思っているのです。そうでなければ、人を愛したり愛されたりすることが、一生できそうもないからです。しかしnozawaさんのような大人の方でさえ、普通と違う思考のクセから抜け出せていないのだと考えると、私は一生抜け出せず、生きづらいままなのだ、と絶望的な気持ちになってしまいます。

 nozawaさんは生きづらさを感じたことはありますか?そういう気持ちをどのように消化していますか?この先の人生を前向きに生きるために、ちょっとしたヒントをくださいませんか?(明日香)」

 私も、母の思い出ではあまり芳しい思いはありません。生みの母は、私が4歳の時入院して、5歳で他界して、後妻としてきた母と40年間、なさぬ仲の歴史を踏んできました。
 が、今や「恩讐の彼方」に行ってしまったので、かなり乾いた気持ちで語れるようになりました。歳をとると、「ああいうのは、こういう理由でこうなる」と、客観的にわかるものです。しかし、少年の頃に受けた傷は長く尾をひくものです。
 幸せにすごした人と比べて、「自分は不幸だ!」という思いは否定しませんが、これも案外人生、乙なもので、全体通してみると、プラス/マイナス=ゼロだったりするんですよ。
 母のネグレクト、虐待を受けた当時は、「ひどい母だ!」「冷たい家庭なんか、大嫌い!」「仕返ししてやる!」と思ったもんですが、これは、人間に深みをつけるスパイスになっているのかな?と思うことがあります。幸せモンの友人より、人生体験に深みがついた、と思える時期が来るものですよ。
にんじん(原作ルナール)虐待ネグレクト

人生、多少のデコボコこそが人生の景色、そういう人生のほうが、味わい深いものだ、という気持ちに達したら、なにも怖いものはありません。

  以上で、言い尽くしています。
  が、高校生のころは、必死でその泥沼でのた打ち回っていたのも事実です。どうすれば、大人が自分を受け入れてくれるか、そればかり考えていました。大人に嫌われないように「ニヤリスト」として振舞っていました。ニッコリ笑っていれば、相手は敵だとは思わないだろう、と信じていましたので、なるべく柔和な顔で振舞っていました。それが、大人になるに従って、今案外無表情な顔になっているのではないか、そんな気がする。それが、当たり前になってしまったようで、反省しなければと思っています。

 本当は、私が人生の演者としての舞台裏を見せては、よろしくないのかもしれませんが、
 「考え方がちょっとおかしい」、そのズレや考え方のクセ、一生抜け出せず、生きづらいままなのだ、と絶望的な気持ち、生きづらさ・・・・を感じているあなたに、いうべきことは、いくつかあります。

 私は、今はどうということもないことが、過去には、ドキドキのことはいくらでもありました。
「自分は欠陥人間である」とか、
「未熟ものである」、
「知らないことが多過ぎる」とか、
なんだろう、母と子が普通に過ごせば覚えるべきことが欠落しているという意識が強かったかもしれません。
親の支えがないと、生き方が「野暮」だし、「言い方が下手で雑」だし、「粗暴」だった自分を思い出す。毎日が失敗の連続だったように思う。
「お母さん、聞いて!」といえる相手がほしかった。それは、高校生のココロの悩みが一番深いころが、その気持ちがピークだった。「お母さん、聞いて!」という気持ちは、1日一ページ大学ノートに書く日記にぶっつけた

 そのころの日記であるが、「夜明かりを点けて勉強していると
 『もったいない。早く消せ!』と、大声で怒鳴るのだった。勉強であろうと、読書であろうと理由にはお構いなしで、怒る。ムシの居所が悪いのか、そして本当にヒューズを抜いてしまい、真っ暗にしてしまう。そんなこと、いくら貧しくたって,本当の親子だったら、やらないだろう。こんなこと、友達に言えることではない。真っ暗な部屋の机で、この母の仕打ちを忘れないぞ、と心に決めて時の過ぎるのを待っていた。」昭和と母への決別

 健全な普通の母だったら、こうしてくれるだろう、そういう母に対する「理想型」を描いていた。すがりたい気持ちから、きっと母は私の話を聞いてくれるに違いない、という期待が常にあった。今振り返ってみると、現実の母は、千差万別でそんなことはないとわかるが、そのころは、「母とは、こういうもの」との思いが強い。どんな母でも、「その母にして、その子あり」で、子供には、母は選べない。母親というのは、そういうもの。「女は弱し、されど母は強し」というが、本当は、母には定義はない。そう心得るべし。

 こんど、あなたが母となる番だから、「私はこのキャラでいく!」と宣言していけばいい。堂々と宣言して、自分の子供に立ち向かえばいいのです。それ以外、アドバスはありません。微調整は、あなたが、考えてやればいい。そういうキャラを通していける相手、話が通じる伴侶を早く見つけること、これが、別の問題として、あるのはあるのですが、そちらは大丈夫ですか。

 性格がどうの、「野暮、雑、粗暴」とか、自分の内面を見つめているあなたは、几帳面でいい人なんです。自分の欠陥に気づかず、平然としている人よりずっと上等です。他人は自分が気にするほど、そんなこと気にはしないし、そんなヒマはないのです。

 今度は、「三歳児のわがままや、乱暴、育児」に奮闘する番です。自分の子供のサンドバッグになって、叩かれてあなたが成長する番です。そうすると、人生が見えてくるのです。「くれ、くれ」と要求する側から「求められる」側に立つのです。そうすると、人生の景色が変わって見えてきて、今まで悩んでいたのはなんだろう、ってことになるのです。繰り返しますが、時間が過ぎれば、人生の景色が変わり、悩みも悩みでなくなるのです。

 最後に、「多少難あり、B級ブランド品は、お買い得!」と、大声で言ってみましょう。「多少難あり」が個性です。そういうジョークの言えるヤツを捕まえて、人生の連れにしよう。「旅は道連れ、世は情け」です。「ヤツを捕まえる」トラップ(仕掛け)は用意しましたか。向こうから白馬の王子は来ないなら、こちらから出かけるんです。

 では、いつかお目にかかったら、その後をお聞かせください。以上、私からのアドバスです。お役に立てたでしょうか。

「追伸。
 あなたはユーモアもあり、機知に富んでいる人とお見受けしました。自立した生活もできているようで、生活に困っているわけでもないのだから時々お母さんに会って、話を聞いてあげる度量ができるといい。・・・それはできすぎですね。適当な距離を置いて「できの悪い姉を見る」くらいの感覚がいいでしょう。

 あと一つ、男を見る目、こいつを磨かないと、自分の偏狭な見方で接して、男から重いとか暗いと思われるのではないか、ということです。今の若い男は、家庭の暗い話を相手の気持ちに沿って聞ける人は稀有です。
 軽く「語らざれば、憂いなきに似たり」という言葉のように、それは聞かれたら、チ
ビっと話す程度でいい。この話(経験)はもったいなくて、私一人のモノとして、笑え笑え、軽佻浮薄で、いいの。そのほうがらくちん。

 誰かに聞いてもらいたい、と甘えるな、あんたは大人だろう。そのあなたの経験が必要な人に話せばいいのであって、必要としない人には、教えたり、話したりしなくてもいい。それが「自然体」になるといい。以上追伸です

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コメント

僕の母親は夫子家庭で育ちました
彼女は母親に捨てられ、
彼女の兄と一緒に父親に引き取られました
彼女は父親の目が行き届かないことをいいことに
兄から暴力を受けグレました
そして18さいのとき、
当時付き合っていた17さいの男の子供を授かりました
それが僕です
しかしその男は出産予定日に別れを彼女に告げました
それから1年、母子で育ちました
しかしそこで新しい男との間に子供を授かります
そしてその男と結婚しました
ついでに言うと女の子が生まれました僕の妹です
そこから何年かは平穏な日々でした
そしてある日彼女は精神疾患を患います
そこからは波乱万丈です
彼女は精神疾患を言い訳に
家事、育児をしなくなりました
ご飯はココイチやベントマンばかりで
手作り何てほとんどしなくなりました
そんな生活を一転させようと、父が引っ越しを計画します
そしてそれから2年後、そこまでしても変わらない彼女に愛想をつかし、浮気をします、それがばれ父の方から離婚を提案されました
彼女は断固拒否し、外で飲んだくれるようになりました
そしてそのあと、帰ってくると僕達にやつあたりをするようになりました
そして夏休み、母が浮気をしていることがわかり、なんとその男を僕達に紹介しました
それからその男と別れ、父親とも離婚が成立
そして今僕は母と妹と暮らしていますが
最近母がまた新しい男を作りました
そしてその男と飲んでは喧嘩をし、僕達に八つ当たりし、仲直りして一緒に飲んでは
喧嘩をして、僕達に八つ当たりしての
繰り返しです
しかもその男と飲んだくれるために
お弁当を作らなくなり今では、妹がお弁当を作っています
こんな生活はもういやです
死にたいです

投稿: ココロナキガクセイ | 2015年11月29日 (日) 14時51分

ココロナキガクセイさん、大丈夫ですか?

投稿: | 2015年12月16日 (水) 05時37分

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