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2010年12月25日 (土)

大智は愚の如し「蒼穹の昴」見て

03 「大智は愚の如し」、「泥より出でて泥に染まらず」「家和して、万事興る」田中裕子が主演している清朝末期の西太后のドラマ「蒼穹の昴」で、老宦官から、ふと口から衝いて出る言葉だった。

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第1回 「紫禁城」時の権力者、西太后(田中裕子)は、我が子光緒帝(張博)に実権を譲り渡すべきか迷っていた。若い皇帝が思いのままに政治を行えば、国の行く末に不安を残すと考えたのである。一方、片田舎から二人の若者、梁文秀(周一囲)と春児(余少群)が北京に向かっていた。全く別の世界に生きる皇帝母子と二人の若者は、紫禁城の中で運命的な出会いを果たす。19世紀の末、激動の歴史の渦に巻き込まれる人々のドラマが今、始まる。

蒼穹の昴

105touhaku_kanzanjutoku 中国の知恵の深さを痛感する。森鴎外 寒山拾得 を読むと、乞食のような姿をした寒山と拾得を描いている。「その風姿は、痩せこけたもので、樺の冠をかむり、衣はボロで木靴を履いた奇矯なものであったという。食事は、国清寺の厨房を任される拾得から残飯を得ていたといい、寺僧に咎められると、大笑いして走り去った」という。寒山と拾得、乞食姿の二人に大智を森鴎外は感じたのだろう。

この森鴎外の興味をそそる中国の賢人を今日本の人々には、理解しずらい対象になっている。言いかえれば、こういう「大智」は日本人の常識のうちにあった。西洋文明が日本人の常識を侵食して、「賢いものは、賢いふうに見える」でないと、理解されない国になったのだろうか。ヨーロッパの人には、「賢い」のだか「愚か」に見えることはおかしい、となる。

中国から日本が学んだものには、「大智は愚の如し」のような深い知恵があった。ところが、中国では、深い知恵が表にでなくなったのか、あるいは、「大智」がなくなったのか、中国の外交上のコメントもそう、経済の方針、領土問題も、力で押すことばかりが目立つ。なにか、「古き知恵のあった」中国がどこかへ消えてしまったようで、さびしい。中国という日本が「漢文」を通して尊敬していた「中国」はどこに消えてしまったのだろうか。

領海を犯して韓国監視船に体当たりして沈没する漁民は逮捕され、中国政府はそれらの中国民を救助するために、どぎつい言葉を使ったりして交渉する。尖閣諸島での体当たり漁船の問題では、中国中で反日暴動がおきたり、中国は恐ろしい国だ・・・という悪い印象を日本国民が持つに至ったが、中国はそんな国ではなかったはずだ。

しかし、日本にいる中国人に、日本の印象を聞くと、とても好意的だ。彼らが中国に「反日暴動」について電話して聞くと、「それなんですか?」と、ほとんど知らない人が多い。中国の人口は日本の10倍であり、国土は20倍はある。暴動に参加する人の数は、誤差のうちだという。日本人が動揺する姿を、不思議がる。在日中国人は、反日暴動は全く気にしない。日本人はデリケートの人種かもしれないと思うほど、中国人は大まか、一人として日中友好にギモンを持たない。

それを見て、マスコミの報道のし過ぎかもしれないと思った。日本人の過剰反応も困るが、中国人の鈍感すぎるのもどうか、と思う。しかし、相互理解できない民度の問題かもしれない。

07ウェブ上には、「愚のように見える大智」これを知っている日本人は、ちゃんといる。捨てたものではない。「賢さを賢く見せないとわからない」(西洋の)文化は、底が浅いと知るべし。

その知恵は、こんな風に使われていると言う例の投書を見たので、紹介したい。先生が「友人が靴を呉れたが、合わないから、お前に貸す」と赤い靴を先生から借りた。一年後、返しにいくと「お前にやるよ」といった先生のことを書いた投書をみて、知恵の深さを感じた。昔の日本には、こんな先生がいた。そんな気がする。漢文が日本人の教養であったころの話である。中国人は、「中国三千年の教養」をどこへ置き忘れたのだろうか。

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