« ゆで卵のカラ なぜむき難いか | トップページ | 日韓基本条約 朴正煕と岸信介 »

2010年10月24日 (日)

小石川後楽園から神楽坂を歩く

756075617576 小石川後楽園で園内を1時間散歩した。園内は、江戸時代の上水、旧神田上水道が園内を潤しており、その水が池になり木々を緑にしていい景観を保っている。

★「読んだよ!クリック」よろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  今後とも、ブックマーク(お気に入り)で、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。

Photo六義園さくらの季節がベスト 文京区の中心にこんな木々の緑の多い景色を楽しめるのは、ありがたい。この近くには、元禄時代、徳川綱吉(43)の側用人になった柳沢吉保の私邸六義園がある。ここの庭園は都内随一の造園である。

Photo_2 小石川植物園、夏の緑陰が最高  また、小石川後楽園と混同しやすい小石川植物園がある。こちらは、赤ひげで有名な小石川養生所は目安箱で意見が寄せられ設置。今小石川植物園は東大農学部の管理下にあり、また空襲を免れた場所で、巨木がたくさんある。都内で文京区は、古い史跡や庭園を残している。

76297630 最近、NHKでタモリの散歩で、玉川上水を取り上げていたが、神田上水は玉川上水の前に江戸府民の水を供給していた上水であるが、その上水の流れがこの水戸藩上屋敷、後楽園に流れている。どの家も、屋敷が大きいと、庭の中に川を引き込んでいる。大きな池には鯉がいる。えさを与えているのだろうか。一袋150円の麩、ちょと高いよ。これを買って、池の鯉にあげると、水の上から見ているカモが近寄って、水中から見つける鯉より有利だから、さっと先に麩を食べてしまう。鯉のえさとなっているのに、カモのえさになってしまう。ソンした感じだ。

7572 これなら水の沈むえさ、食パンの切れ端のほうがいい。今度は食パンを一斤買って行こ、と思う。日比谷公園の池とか、えさを貰っていないコイが多いように思う。それにしても、小石川後楽園の麩を売る人たち、こんな麩では、コイにはあまりえさにはならないとわかっていないと思う。食パンとか、むつ(蚕のさなぎ)など、鯉の腹の足しになるものをやってほしい。そうすると、鯉だらけになるかもしれない。はと、ネコにえさやり、近所から苦情が出るよりいいのではないか。

7568 あと、水戸徳川家は頼房が始祖で、三代将軍家光と水戸家二代目光圀とがいとこで、ここへ家光が遊びにきて、庭園で時間を過ごしていたと言う話がある。初めて7歳の光圀が将軍家光にあったとき、家光から「文昌星」像を頂戴して大事にしていたが、それを祭るために堂を庭園内に作ったという、それが八卦堂という。関東大震災で焼失。

7570 そういえば、あちこちにそういう何か祀った祠というか、堂が園内にある。この「祀る」という神事が、今の人にはないナ、と思う。吉田茂が大磯の邸宅に6賢人を祀っていると聞いたことがある。庭の一部に祠があり、誰かを祀っていた。あの「祀る」という神経が、私を含め、日本人には、欠落している。庭をずっと歩いていて、その思いがあった。

7557_2 食事を大学のOB会は、小石川後楽園併設の座敷を予約してあるので、そこで年二回の集まりをした。少人数だから、気持ちよく会話が弾んだ。年二回でも、それぞれ、いろいろ話す話題がある。

7477 小石川後楽園から飯田橋に向かって、そうだね、10分か、15分歩くと神楽坂になる。まあ、軽くしゃべりながら、芸者の町だとか、あのヘンには思い出があるという人もいて、今どうなっているか、そこを確かめたい。

7653 黒塀の囲いのある料亭は、なかなか入りにくい。一見さんお断り?かとも感じるが。土建業に勤務していると、接待に使っていたとかいう話もある。神楽坂の町は、江戸時代からずーっと芸者が多く集まっていて、人を接待するのが仕事という店が集まっていた。

7504 路地が狭く、どこがどこにつながっているか、よ7654 くわからない道が多い。雰囲気がある。数人からの観光客が見学で回っている。待合へ客で行くと、店には何人かその筋の若い女性がいて、客は待合で食事をして軽く飲んで酔いが回ってきたころ、「お客さん、お湯が沸きました」とか、上さんの合図で、女性が待っているお風呂に入って、部屋へ行くのだ、と説明してくれた。

75077508_27512 そこの待合は二階に4部屋あって、そこで接待した、という。土建業のサラリーマンは、仕事のキーマンになる人をいかにつかむか、が仕事だったという。その部署にいると、客とツーカーになり、発注情報を他より先に知るには、どうしても強力なコネが必要だったという背景があったのだろう。当時待合に一人数万円払い、女性の取り分は一万何がしだろう、という解説も聞いた。

その当時、利用していた待合のあったのは、路地の奥まった場所、そこへ行ってみたら、建物はまだあるが、そこは民家になっていた。時代が変わって、そういう手が今は使えなくなったのか、営業している様子はない。もうそういう時代は変わったのだろう。土建業も、接待で仕事を取るのが難しくなった。

7513 神楽坂の横丁を歩いていると、何をやっているかよくわからないが、料亭であるような、そういいう店で入りにくい店がある。あまり宣伝もできないが、そういう店が、シーラカンスのように、神楽坂には案外あちこちに生き残っているようだ。

今は昔、そういう店に泊まっても、幹部社員のお供で行った新入社員はその仕組みを知らないから、何もなしで帰ることもあったとか。「惜しいことをした」とか、そんな思い出話を聞きながら、神楽坂の町をあちこち、探訪して帰ってきた。

東京散歩コース  デートに小石川植物園 癒しの空間 ブラタモリin早稲田界隈 鳩山邸で一族発展の秘密を探る  護国寺境内は梅の花盛り  代官山朝倉邸 ヒルサイドテラス 憲政記念館と国会前庭 小石川後楽園から神楽坂を歩く  江戸東京たてもの園を見学  安近短 柴又帝釈天、水元公園  哲学堂に井上圓了の思想を汲む  小石川後楽園は有料散歩コース 土と平和の祭典in日比谷公園で見た

★「読んだよ!クリック」よろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

|

« ゆで卵のカラ なぜむき難いか | トップページ | 日韓基本条約 朴正煕と岸信介 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ゆで卵のカラ なぜむき難いか | トップページ | 日韓基本条約 朴正煕と岸信介 »