« 小沢一郎についた原口一博の戦略 | トップページ | ソーラーインパルス 太陽発電で世界一周 »

2010年9月17日 (金)

発明の巨人 西澤潤一 半導体の先駆

5987 西澤潤一 を爆笑問題の田中と太田がたずねる番組『爆問学問』で見たが、すごい科学者がいるものだと、目からウロコだった。こんな人物が数人いたら、日本はすごく発展するだろうと思った。西澤先生の研究一つだけでも十分、後世に名前が残る。それを数十と研究発明をしている。一人で10人分の研究だ。

自然科学を人間生活に役立てるてることが、科学者の特権」西澤 潤一インタビュー

読んだよクリック」よろしくね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ  今後とも、ブックマーク(お気に入り)で、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います。

5979 西澤 潤一(にしざわ じゅんいち、1926年9月12日 - ):専門は電子工学・通信工学で、半導体デバイス、半導体プロセス、光通信の開発で独創的な業績。東北大学総長、岩手県立大学学長、首都大学東京学長を歴任。東北大学名誉教授。宮城県仙台市出身。
1948年(昭和23)東北大学工学部電気工学科を卒業し、
1954年同助教授、1962年同教授、さらに1983年同電気通信研究所長、1990年(平成2)同総長、1998年岩手県立大学学長を歴任。

Photo_7 電子材料の基礎的性質を研究、半導体レーザー、光通信に必要な発案をした。また静電誘導電界効果トランジスタ(SIT)、高輝度発光ダイオードなどを発明、半導体研究をリードした。
1974年「半導体およびトランジスタ研究」で日本学士院賞
1980年大河内記念技術賞を受賞、1983年文化功労者
1989年(平成1)文化勲章を受章。
1999年には日本人初のエジソンメダルを受賞した。
著書に『闘う独創技術』(共著)、『「十年先を読む」発想法』『私のロマンと科学』などがある。

爆笑問題の田中と太田ガクルマでかなり田舎道を行くと、奥深いところに西澤潤一記念館研究センターがあった。中へ入るには、白衣と帽子をかぶり、無菌室の中へいくと、西澤先生以下外国人学生含め十数人が一室で作業をしていた。

Photo_4 半導体がガラス容器の中で作られていたが、さてこてがどういう意味があるのか、すぐには納得できない。次に、LED高輝度発光ダイオードの信号機、40年前、初めて作ったLED信号機だという。それを警察で採用してもらおうと持っていったエピソードを話してくれた。いまでこそ、信号機がLEDが当たり前になったが、作ったばかりのLED高輝度発光ダイオードの信号機の性能が理解できない人を相手に話しをするのだから、門前払いが多い。

Photo_8 信号機は70ワットで、数年に一度切れ交換しなければならなかった。それが、1/10の7ワットになる。「寿命はどれくらい?」と聞かれたが、生まれたばかりの製品、「わかりません」と答えると、もう問題にならないと言う感じで追い出される。まだ、一度も切れたことがないから、「わからない」のであって、既製品の30倍、数十倍は寿命がもつだろうが、証明できないからもどかしい。そんな状態であったらしい。全国に何百万も信号機はある。それを数年に一度の交換でも、費用も手間も大変だ。それが、ほぼ永久に交換も故障もないとしたら、こんなすばらしい商品はない。そして、徐々にクリアな光の信号の光に変わっていっているのがわかる。

半導体は素人にはわからないが、「半導体って、なんだ?」と、その当時1970年頃、早稲田の大学院で電子工学を勉強している友人に聞いたことがある。彼、しろうとにわかる事例として、暗くなると自動的に点灯する街頭がそうだ、あれには半導体が使われているんだ、と教えてもらったことがある。

彼の勉強振りは、集中するとすごかった。特に紙も鉛筆も使わないで、じっと考え始めると、頭の中がフル活動し始めて、周りのことが何も見えない状態になると言っていた。それで何か結果が出ると、つき物が落ちたようにメモとっていたようだ。その後、神奈川県のK大の教授をしているが、そろそろ定年だ。

研究室の中には、屋根の上に設置する太陽電池のパネルがおいてあった。太陽の光をエネルギーに変える装置にも、半導体が活躍している。

Photo_2 半導体レーザーは、CD、DVDのデータ読み取りや書き込みに使われている。ICチップやLSIにも西沢の半導体の技術が聞かされているという説明だった。半導体なしに生きていけないのが現代の生活である。

次に部屋は容量測定室だった。そこでは、野菜を育てていた。植物は太陽の光を受けて育つが、生育に必要なものは、わずかな特別な波長の光である。その必要な光をLEDで与えると、エネルギーは小さいが、植物は生育する。食料事情が悪くなっても、狭い土地でもLEDで野菜が育つ。

Cradle 光ファイバーは大容量で電話線の3000倍の情報量が送れるスグれものである。西澤の発明した光通信の光ファイバーを説明してくれた。1964年にこれが西澤先生の偉業である。

19世紀には、金属(電気を通す物体)と絶縁物しかなかった。人間がその中間に気づいていなかった。その中間、金属でも絶縁物でもないもの、ちょっとだけ電気を通す間の物体、その間の使用を行われるようになってが、それを人間が利用してアレを作り、コレをつくることができるようになった。これが20世紀の科学技術で一番したのが半導体である。

Photo_5 ソニーの井深さんが、アメリカのベル電話研究所に行って「コレ(半導体)を使って、ラジオを作る」というと、ベル研究所の人は「そんなものができるはずない」と言った。「補聴器が作れたらいいほうだ」といった。それが、ご覧のとおりだ。

私もまだ若かったら半信半疑だったが、もっと高い周波数を作ろうとか、もっと大きな電圧を取り扱えるものをとやったら、花開いた。

ところが、「ベル談話研究所の人が疑うような研究をしようとしても、日本で(予算を出す政府役人が)信じられるわけがない」と太田がいうと、西澤先生は「「これからの指導者は、外国の技術者がやっていないことを『やれるからやってみろ』という度量をもたないといけない」という。

誰もやらないことをやるというのが、西澤イズムである。今、エネルギーが問題になっているが、水力のエネルギーならそういう炭酸ガスはでない。今日本では、水力発電は開発されつくしたが、東南アジアの雨の多い地域なら、いくらでも水力発電ができる。それを、半導体とどうかかわるかというと、東南アジアで発電した電力を送電する装置に、この半導体を利用するアイディアである。

昼間は東南アジアの国々で大いに消費して、夜の時間は昼間の世界へ送ってその電力を利用する考えである。今、交流電気で送っていると、電気のロスがかなり多いが、直流で送ると、交流の50倍効率がよくなるという。そういう半導体技術で世界へ送り出すことができる。一度直流になおした電力を電線を30パーセント太くすると、1万キロ先へ送ることができる。2万キロに伸ばすと、北極から南極へいくから、それ以上伸ばす必要はない。

長距離の電送が可能になると。消費電力が少ない夜の国から昼の国へ送電することができる。つまり、地球規模の技術で、電気のやりくりが可能になる。これが地球を救う技術になる。水力発電を地球規模で見直すと、世界中がほしいだけエネルギーを使っても、まだの頃ほどにあんる。そうると、石油エネルギーで争ったり、原子エネルギーを開発する必要もなくなる。「世界のエネルギー事情はガっと変わる。戦争しなくても済む。」というのは太田。

Photo_3 最後に「テラヘルツ波」といいう電波を紹介してくれた。これは空港で身体検査で一部利用されている。この研究が進めば、ガンウイルスの検出が可能になる画期的な検査方法である。

X線では人体に影響が大き過ぎるし、病原菌までは発見しにくいが、「テラヘルツ波」では、有機化合物である細菌の原子構成までわかる。「テラヘルツ波」を空港において、即、病原菌を発見して、それでもって何を使えばこの細菌の原子構成を破壊できるかわかる。細菌の原子構成まで発見できる「テラヘルツ波」発射装置を研究費さえあれば、数年で作れるという。

Article_20090716top小学生、中学生が、こういう研究者になることを目標として、筋道がわかると、先生たちは単に暗記教育させたりしないだろう。役立つ研究というのが、いかに面白いか、それがわかれば、中学受験で、高校受験で無駄なエネルギーを費やすことがない。こういう先生が、小学生、中学生に話をする機会があるといい。大学の先生と小学生、中学生の交流があると、ずいぶん親たちの子どもへの勉強させるエネルギーが変わると思う。

教育/勉強指針 大学からの勉強と人生方針  ノーベル賞カペッキ氏の貧困生活  早稲田でどう学ぶか 単位の取り方   平成の突破力 早稲田スペシャル  脳科学者 茂木健一郎  脳みそを使おう 脳活  下りブレーキで発電する電動自転車    ロボットコンテスト2008中国大会  血管外科のプロフェッショナル大木隆生  材料学者細野秀雄教授ノーベル賞候補  太田光対阿川佐和子兄 親米反米論争  秋山仁 才能は努力についてくる  脳科学的ギモンに答える 澤口俊之  攻めの温暖化対策 火力発電CO2利用

読んだよクリック」よろしくね!
   ↓   ↓

人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

|

« 小沢一郎についた原口一博の戦略 | トップページ | ソーラーインパルス 太陽発電で世界一周 »

コメント

NHKをみてとにかく感動しました。西沢先生の人柄もいい、常に笑っておられる笑顔にも偉い先生とわ思えない親しみを覚えました。何より発明の数々。私も発明を志しておりますが学問のない者にはレベルがちがいます。西沢潤一記念館に行ってみたいです。
新潟から

投稿: 長谷川正利 | 2010年9月22日 (水) 22時13分

なぜ西沢潤一さんがノーベル賞受賞にならないのでしょうか!?????? NHKアーカイブス 平成25年 9月22日■NHK特集「光通信に賭けた男 ~独創の科学者・西澤潤一~」1985年3月にすでに放送されたということを知って衝撃を感じました。 当時0わたしはこの番組を見ていたはずです。しかしいま見ても、今だから衝撃です=ムラ社会。 電子-光の半導体の開発について西沢さんがNTT研究所や多くのメーカーをたずねて協力をお願いしたということ。ベル研にも匹敵していたNTT研究所ですら共同開発もしようとしなかった、、、 喜安善市さんの発言のように西沢さんを葬り去ろうとする日本の学会等のムラ社会の存在。自分の特許について当然のことを主張しようとするとそれを非難して封じ込めようとする学会や社会---よくぞここまで踏み込んだ取材をNHKはされたのだなという感慨。

投稿: とだ-k | 2013年10月14日 (月) 21時14分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小沢一郎についた原口一博の戦略 | トップページ | ソーラーインパルス 太陽発電で世界一周 »