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2010年8月 6日 (金)

にんじん(原作ルナール)虐待ネグレクト

4441_2 「にんじん」は、作者のジュール・ルナールの実体験だと聞いているが、見事なほど、文章では母親の意地悪が特出していたと思ったが、映画では、あの程度のお母さんはいるぞ、と思う程度になっている。

母親に愛されない少年の悲しさがよく出ている。「にんじん」と呼ばれる少年、お母さんの立場も気持ちもあるが、そういっていると、この小説「にんじん」の味が消えてしまうから、「にんじん」の辛い気持ちを汲む点から見てみる。母親に愛されないと、少年も少女も人生に傷を負っていく。

他の人は、傷の大きさと意味に気づかない。まあ、簡単にいうと、「マザコン」の正反対の意味である。親の態度→子供に影響する一覧 

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443   ジュール・ルナール(Jules Renard,)1864年2月22日 - 1910年5月22日):フランスの田舎マイエンヌ県に生まれる。
1881年、17歳、パリに出て高等師範学校を目指すも、劇作などに興味を持ちはじめた。
1888年、24歳の時にマリー・モルノーと結婚。
1894年に『ぶどう畑のぶどう作り』『にんじん』を発表。
1896年に『博物誌』『愛人』をリリース。1897年には散文劇『別れもたのし』を上演。この劇は大成功を収め、一躍一流作家の仲間入りを果たした。
1897年には父親が病を苦に猟銃自殺を果たし衝撃を受けた。
1898年父親が村長を務めていたシトリー村の村長になる。
1910年に動脈硬化症により死去。享年46歳。また、日々ルナールがつけていた日記が『ルナールの日記』として死後出版され、日記文学として認められている。

4448赤い髪から「にんじん」と呼ばれている。最初、見ていると、母は何でそこまで辛く当らなければならない必然性が見えない。多少「にんじん」は不細工な顔して、ガンコではあるが、どこにでもいる少年である。それが、一学期の終了、夏休みの始まりの日、学校へ母親達は我が子を迎えに来てくれる。「にんじん」には、そういう母親の気遣いはない。よそんちのママは、手つなぎ、楽しそうに帰っていくのに「にんじん」そういう経験がない。

4472 ママは、お兄ちゃんのフェリックスとお姉ちゃんのニコルには愛情を注いでいるが、「にんじん」はいつも仲間はずれだ。日曜日にしか帰って来ないパパと兄は釣りの約束したので、「にんじん」も連れて行ってと頼む。ママは「釣り竿がない」という。近所に住んでいる祖父に釣竿を借りてくれば行ける、と借りにいく。

祖父は唯一「にんじん」の理解者であった。竿を貸してくれたとき、こんなことを言っていた。

4452 「醜いアヒルの子」って知ってる?おじいちゃんが言うんだ。僕とおじいちゃんは似たもの同士の「醜いアヒルの子」なんだって。わけわかんない。今度本をくれるっていうから、読んでみよう。
 ママはお兄ちゃんやお姉ちゃんには、よそんちのママみたいにギュッて抱きしめたりニコニコしてる。違うのは、僕なんだ。きっとそうだ。家族の中で赤毛なのは僕だけだし。

あの時、おじいちゃんは僕に秘密を打ち明けてくれたんだ。おじいちゃん、「似たもの同士」って言ってたろ?きっとこのことだ。確かめなくっちゃ・・・

4450 次の日、起きると、父と兄は釣りに出かけていく後姿が見える。「母は起こしてくれなかった」と思ったが、今から急げば追いつくと、釣り竿を持って出かけようとすると、母は行かせまいと「私のいうことが聞けないのか。手伝いをするのだ」と釣りには行かせない。

お使いから帰ると「おじいさんが亡くなった。パパを呼んできなさい」といわれ「にんじん」は必死に走る。

おしっこしたくてトイレへ行きたくても、カギをかけてしまう母に逆らえなくて、部屋中でオシッコしてそのニオイでママは「にんじん」を殴る。

4465 「にんじん」には、どうして自分だけがことさらに母親からいじめられなければならないのか、分からない。父親は少なくとも彼を嫌ってはいないようだが、母親は父親と「にんじん」が二人で仲良く出かけたりするのをとにかく邪魔して許さない。仕方なく母親の命に従う。この家庭、実は、父親と母親は仲がよくない。母親は、父親とうまくいかない苛立ちを、すべて「にんじん」にぶつけている。

母も本当は赤毛で染めているだけだ。髪の毛は染めても下の毛は染めていないから、きっと赤毛だ、と信じてそれを確かめようとして、ハシゴから落ちて怪我をする。

 いつもママに苛められているから、「にんじん」は、ひねくれた子になっていた。狡猾で意地悪で残酷な面をも持っている。小鳥や生き物を見つけると、殺してみせた。兄ニコルは、「にんじん」の残虐な行いを見て失神してしまうほどだ。

ママはトラブル続きでほとほと「にんじん」に手を焼いていた。「にんじん」は、ママの子ではなく、よそからもらわれてきた子であるか、確かめたくて、役場へ戸籍抄本を取ろうとしたが、うまく行かない。

44534454 こんどは、医者の元恋人ではないか、とニセ手紙でママの反応を見てやろうと、友達に代筆を頼むが、それも見破られて、ひどく叱責される。家出して、湖で死んでやろうとして深みへ歩いていくが、知り合いが見つけて助ける。

4457  ずぶ濡れで家に帰ると、母に咎められるが、「にんじん」は階段を上がって行こうとする、母に咎められる。が、「ママのいうことは聞かない」と、階段の上から宣言する。完全にママへの反抗宣言をする。今までは叱られる「にんじん」だったが、きょうから「従わない!」と逆らってしまった。

4459 父は黙って、「にんじん」のすること、いうことを聞いている。「パパが降りて来いというなら、降りていく」と、父には柔軟な態度を示す。「わかった、●○」と「にんじん」を本名で呼ぶ。彼をあだ名の「にんじん」と呼ばないのは父だけだった。

散歩へ出て、「にんじん」と二人きりになって話す。「母とはうまくやれないか」と切り出す。「パパは家にいないから、知らないが、ママはボクだけを差別する」 これがわからない。

4460 「パパはぼくのパパではないんでしょ。だって、ぼくだけが赤毛だ。」
「お祖父ちゃんがいるよ。お祖父ちゃんは昔から白髪だったわけでじゃないんだよ。前は赤毛だった。」
「ママは赤毛がキライだから、ボクを苛めるんだ」
「いや、不幸だからだ。わかるか、不幸だと優しくなれない。マ4461マは子供は二人でいいと言っていた。仕事をしたかった。気をつけなかったパパも悪かった。そして、赤毛のお前が憎まれたんだ。お前だけが感じが違うから、昔は優しい女性だった。結婚した頃は」
「今もママが好き?」
「背を向けたのはママだ。お前は幸せな人生を送れ」
4462 「ママに嫌われても、幸せになれる?」
「なれるさ、お前なら」
「ボク、家を出たい。寄宿舎に入れて。ここでは、ボクは幸せになれない。」
「寄宿舎はきびしいぞ。長い休みにしか帰れないぞ」
「会いにきて。お願い、パパ」
「赤ん坊だと思っていたら、いつの間にか、成長したな。ああ、良い子になった」と、いつの間にか父は「にんじん」の肩を抱いていた。

寄宿舎へ「にんじん」が行ってしまうと、母は、自分の手元から去ってしまったことで、自分を責めているのか、泣いている。この女の気持ち、少しよくわからん。だったら、手元にいるとき、抱きしめてやればよかったにに、と思う。

女は、“夫を口汚く罵る”とかしながら、愛しているという芸当ができるから、男とは人種が違うと思うことがある。夫が死んで、深く落ち込むという女がいる。だったら、生きているうちに夫に愛しているし姿勢を示せよ、ということだ。それの子供板だ。

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コメント

 ラストは原作と全然違いますね。
 原作には「救い」はありません。母親がにんじんに冷たい理由も説明されません。やはり一般受けを考えると原作のままで映画にするのは無理だったのでしょう。
 ただ、そうなるとルナールの「にんじん」とは別物になってしまい、わざわざ映画にする必要もなかったと思います。

投稿: (無記名) | 2012年1月 2日 (月) 01時44分

 結婚して子供もいる男性です。
”寄宿舎へ「にんじん」が行ってしまうと、母は、自分の手元から去ってしまったことで、自分を責めているのか、泣いている。 この女の気持ち、少しよくわからん。”について
 母と子どもの距離が近すぎのでは。
 子どもは別人格と自分に言い聞かせて、(私は)子育てしましたが、妻はなかなか別人格と割りきれず、ついつい当てがはずれたような理由で子どもを叱っていました。父(男親)の役割は家庭でもやはり大きいと言えます。
 昨今はイクメンなので家庭の男親は立派に役割を果たしているのかもしれませんね。

投稿: tedted1 | 2012年8月 8日 (水) 13時54分

>女は、“夫を口汚く罵る”とかしながら、愛しているという芸当ができるから、男とは人種が違うと思うことがある。

男にもこういう人はたくさんいますよ。
あなたは知らないかもしれませんが。

投稿: | 2017年8月13日 (日) 23時21分

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