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2010年8月20日 (金)

元ヤンキー木下 優樹菜の芸能界活躍

Ws000001 木下 優樹菜は、島田紳介のヘキサゴンに出ていなかったら、きっと芽が出なかっただろうと思うが、彼女の突き抜けた部分が現代の世相にマッチしているから、イオンCMなどにうまく利用されている。化粧すると、外見からはこの子ががヤンキーだったなどの経歴はわかるものではない。本日の記事は『徹子の部屋』より

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09木下 優樹菜(きのした ゆきな、1987(昭和62)年12月4日 -22 歳 ):東京都葛飾区生まれ。身長は1センチ低めにして169センチと言っている。多くの背高女子は、少なめにいう人が多いらしい。最近1年で、10キロやせたという。「ダイエットしているの?」と徹子さんがきくと「そんなことは嫌いだけど、何もしないのに減った」という。病気でないければいいが。

葛飾区立葛美中学校卒業。「渋谷高等学院」終了。日本の女性タレント、ファッションモデル、歌手、女優である。歌手グループ 『Pabo』、及び『アラジン』のメンバーでもある。自営業を営む家に、3人姉妹の末っ子として生まれた。長姉は元祖ヤマンバで19歳でできちゃった婚。次姉は運動部会系姉で19歳でできちゃった婚。陽は、また昇る 歌詞 音楽つき 2008.07.17 「Hiwanata.WMA」をダウンロード

こりゃ学校教育の場ではてこずっただろうな、という不良上がりのタレントや有名人は案外多い。和田アキ子、張本勲、島田紳介、木下 優樹菜とつながっていく。芸能界やそういう激流みたいない社会で、そのツッパリが役立っているのかもしれない。学校教育でいい子はカタなしだ。「やってはいけない!」と学校でいうことをやった方がいい?そんな感想さえ持ってしまう。彼らのやることは自分の独創だが、学校でいい子は自分で考えるという習慣がないかもしれない。

優樹菜は、スカウトされ、芸能事務所に入ってもオーデション受けに行くように指示されても、やる気なさがあってぜんぜん・・・。親切な友人が、ファーストフードの二階でコンコンと3時間にわたって説教してくれて、やっと一つオーデションに行った。そこで、周り見ると、黒髪のストレートで、素直そうな子ばかりだったが、優樹菜は地で行こうと、金髪で短いスカートで厚底靴で「チョリース」風な態度で、自分のままで行ったとか。一年間の水着のモデルが、決まった。

その間に、島田紳介のヘキサゴンに出演し、里田マイ、スザンヌの歌手グループ 『Pabo』、及び『アラジン』のメンバーになり、紅白歌合戦にまで、それが数年でトントンとうまくいってしまって、シンデレラストーリーである。これは、島田紳介との相性がよかったからだろう。

Hqdefault それでも、「だるい」から寝すぎて約束の場所へ行かなかったり、迷惑かけても、いつでも辞めてやるという、辞めたってどこでも生きていけるという案外ヤンキーの女の子の独特の強気があった、と島田紳介が指摘していた。

この地位を後生大事にするまじめな生き方をする子もいれば、ツッパリの子は偶然この地位のありがたさを気づかない子もいる。トントンときているから、優樹菜は頭の中は相当知識不足だし、言葉遣いも、ツッパリ言葉だし、アレアレと思うマネーもいっぱいある。

女子バスケットのベストプレーヤーに選ばれるほどの運動のセンスは抜群だったようで、自信もあった。それが、態度が不真面目で、練習嫌いであるから、先生には、ほかのまじめに練習する子の手前、放って置けないから、試合に出させないで締め付けたりしたが、優樹菜が出ない試合でチームが勝ったなら先生の措置が正解だったが、負けちゃったから、「優樹菜が出ないと勝てないだろう」という気持ちになっていた。

小学生から続けたバスケを、突如やめて、一夜にして、黒髪を金髪にして、ピアスの穴をあけ・・・とヤンキーグループに入り、家出を繰り返すようになる。それが中学生の半ば過ぎから始まる。

金だけは、電話して親からもらっては、家出していた。親から電話すると「電話なんかしてくるなよ!」と怒鳴っていたらしい。親は、この子はもうダメだと思っていたが、1%だけはわが子の更生を信じてお金を渡していた、と母から最近聞いた。

この一二年で、親と落ち着いて話ができるようになったので、母は「優樹菜が子供生むと、私が受けた迷惑の二倍、三倍の仕返しを受ける」と言われて、「子供産むのこわい」という。

高校も全日制は辞めてしまったが、高校だけは出ようと思ったので、週3日の通信制で卒業した。いい加減でありながら、キチンとしているところはある。優樹菜は徹子さんに自分の性格を語っていた。

ツッパリでヤンキーにも、頭のいいヤンキーは、自分の行く末を見通すことのできるのがいる。ただ付和雷同型の暴力と破壊や不法行為だけで、今自分が何をしているか、さっぱりわからない下っ端の不良は始末が悪い。

塾やっているときの話だが、不良が数人集まると、その学年はまじめタイプの生徒は駆逐されてしまい、ますます不良の溜まり場になる。ある年のクラスでは、ワルの一群が集まるようになって、地域一番のボスを連れてきたから、話をしてみたらその子は、ボスになるだけの頭があり、考え方を持っている、と思った。

 中1では、進学クラスのトップに近い成績であったが、行き違いが先生とあって反発からツッパリの道に行っている様子だった。話をすると筋道の通る考えをするから、いい感じはあった。下っ端の子は、ただ感情的な行動だけだけの子が多いのに手を焼く。

 デビュー前、安室奈美恵に憧れてアクターズオーディションや、13歳時の2001年(平成13年)第5期『モーニング娘』オーディションで最終選考の9人に残るも落選。落選理由は「協調性のなさ」。この挫折がヤンキーの道へと走ったきっかけであることも語っている。

「今までの人生で一番熱くなったことは?」と質問に対しても、優樹菜はヤンキーであったことを隠さない。「中学校のときの『タイマン』」と答えている。いわゆる『タイマン1対1』でトーナメントを勝ち上がり番長になれるというルールで番長決定戦が行われたが、本人は決勝で負けたために副番長となった。『タイマン』は都立水元中央公園で行われた。

2006年(平成18年)に勤めていた渋谷109前でスカウトされ、翌2007年(平成19年)、三愛水着イメージガールに抜擢。スポンサーモデルを勤める傍ら、グラビア方面でも活動。またおバカタレントとしてバラエティ番組に取り上げられ、『クイズヘキサゴンII』でレギュラー解答者となる。

68636_200908240184120001251109174cDrop_fujimoto2009年5月に『クイズ!ヘキサゴンII』で共演しているFUJIWARAの藤本敏史との交際が報道され、同年6月7日放送の『お笑いワイドショー マルコポロリ!』内で藤本は木下と交際していることを明言した。後に、木下も交際を認めている。この件については、『徹子の部屋』では何も聞かれず、答えてもいない。

イオンCM

浴衣モデル

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コメント

もう読みました いいですね

投稿: Pabo 画像 | 2010年12月10日 (金) 15時43分

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