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2010年8月23日 (月)

日本人は「戦争」を選んだ加藤陽子

20 日本人は、どんなキモチで「戦争」を選んだのか、そして、昭和16年12月8日を迎えたのか。はどう考えたのか。戦前の大人の考えを知利他いと思っていた。

靖国神社でのぼり立てて行進する人たちのように、「強い日本」を押し立てて、アメリカの介入をとんでもないと思っていたのだろうか。

加藤陽子の書いた本では、どういっているのか、気になっていたから、図書館に依頼しておいたら、借りたい人は30人いたから、なかなか順番が回ってこなかった。借りる予約いれていたのを忘れていたら、図書館から用意できたので、借りにくるようにとメール連絡があった。

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加藤 陽子(かとう ようこ、1960年10月 - ):日本の歴史学者。東京大学教授。専門は、日本近代史。博士 (文学)。戸籍名は野島陽子だが、論文等では旧姓の加藤に統一している。埼玉県大宮市出身。夫野島博之は、東大文学部卒、元駿台予備校・現東進ハイスクール日本史講師。

1979年 桜蔭高等学校卒業
1983年 東京大学文学部卒業(第二類 国史学専修)
1989年 東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位取得満期退学、山梨大学教育学部専任講師
2007年 東京大学大学院人文社会系研究科准教授
2009年 同教授

1960年生まれ、太平洋戦争が終わって15年後の生まれ。戦争の実感から遠い存在だから、悲惨と痛みから離れて見られて、歴史研究には都合がいいかも。専門の「近現代史」、「戦争」を考えるとき、国の都合、国の力学関係等、軍事的な面を客観性をもって見られるのだろう。

 大学の先生が、(神奈川県)栄光学園の中学1年から高校2年までの約20人を相手に5日間、延べ25時間、授業で考え、まとめた。ここの学校は、人数が少ない学校なのに、東大合格者が多いと言う意味では、質の高い生徒が多い。
 戦争を直接知る世代が少なくなるなか、「当時の人の立場に自分を置き換えて考え抜き、日清戦争から太平洋戦争までの半世紀ほどの国内外の動きを扱った。」と語る。

終戦直後の「反戦平和教育」一本の史観とは違う見方をしているように見える。当時の政府の考え方や立場にも一定の配慮しながら、現代の人にもわかる見方を示している。読みやすいが、この本を自分の授業を中心にまとめているから、文章に饒舌さがある。要点をビシビシとまとめて書いてあるとわかりやすが、なんか散歩しなから説明している。

Tky200908060188 加藤 陽子(かとう ようこ、1960年10月 - ):日本の歴史学者。東京大学教授。専門は、日本近代史。博士 (文学)。戸籍名は野島陽子だが、論文等では旧姓の加藤に統一している。埼玉県大宮市出身。夫は東大文学部卒、元駿台予備学校・現東進ハイスクール日本史講師の野島博之。
1979年 桜蔭高等学校卒業
1983年 東京大学文学部卒業(第二類 国史学専修)
1989年 東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位取得満期退学、山梨大学教育学部専任講師
2007年 東京大学大学院人文社会系研究科准教授
2009年 同教授

1930年代を主に探求している研究者だ。政策の決定過程について新資料を駆使しながら新しい境地を開いてきている。だが、戦争犠牲者のことを柱に据えて戦争の全体像を描くという研究姿勢でない。日本近現代史の通史の中の一冊なのだから、その点、不満が残った。南京大虐殺についても、南京事件があったという程度で、日中戦争の叙述では避けて通れない重い問題を完全にパスして、政策決定過程に叙述が集中する。今の政治的な立場、左派でないから、批判的な目で見られている。山上俊夫・日本と世界あちこち

「なぜ福沢諭吉は日清戦争に賛成したか」など、生徒に対して、政治家や国民の認識を推測させ、また戦後生まれが人口の4分の3を超えた日本でも、「当事者の体験談のような形でなくても、伝えられることはあると感じました」。
 
「なぜ福沢諭吉は日清戦争に賛成したか」と、生徒に対して、政治家や国民の認識を推測させ、また戦後生まれが人口の4分の3を超えた日本でも、「当事者の体験談のような形でなくても、伝えられることはある」。
 たとえば、9・11後に「テロ掃討作戦」をとった米国と、日中戦争時に「(蒋介石の)国民政府を相手とせず」と、軍事的に掃蕩作戦を進めた。両者を比べると、「相手を、国内で不法行為を働く悪い人たちとして、取り締まる覚で武力行使した点で共通する」という。
 また、「日本の戦争責任について、戦後64年経っても、十分に議論されていない」。この議論の行き詰まりを突き崩す鍵は、戦争の悲惨な記憶がない若い世代にある。

 「戦争に関する歴史を学び、多くを考えておくことは、将来何かを選択する場面で、きっと役に立つはず」

加藤陽子の歴史観は、戦後、ずっと日教組が主導してきた平和教育史観とは違うし、扶桑社から出している教科書の旗立てて行進する靖国史観とも違う。加藤陽子はテレビへの露出が多くなったから、影響力が大きくなるだろう。多分、これからは、戦争を知らない人たちは、戦争の残虐さをしらないから、この傾向になる。

TBS日曜日のサンディモーニングのコメンテータに出ていたが、まだ慣れていないから、慎重で、コメントがまだ面白くない。あたり触らずの、まだ様子見だ。爆問学問で爆笑問題が突っ込んでも、知識はこの近現代史の知識はあるが、面白さはどこまで出せるかね。

31dafe6a24036b0a これって、日本通としてアメリカの大使ライシャワーの日本歴史書と似ている。歴史だけど、科学的に分析手法が似ている感じがする。

エドウィン・オールドファザー・ライシャワー(Edwin Oldfather Reischauer, 1910年10月15日 - 1990年9月1日):アメリカ合衆国の東洋史研究者である。ハーバード大学教授。1961年(昭和36年)~1966年(昭和41年)まで、駐日アメリカ大使を務めた。大使退任後はハーバード大学日本研究所所長として歴史に限らず日本研究を推し進め、後進の指導にも尽力した。

征韓論から太平洋戦争まで 加藤陽子

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