« 財政再建策を 国民から募集せよ! | トップページ | 田母神さん俎上に論争の難しさ、 »

2010年7月15日 (木)

京マチ子 雨月物語 溝口監督

3795 主な登場人物:京マチ子  (若狭) 朽木屋敷の姫、陶工の 森  雅之  (源十郎)と 田中絹代  (宮木) は夫婦。武士になりたがっている小沢栄太郎 (藤兵衛)と 水戸光子  (阿浜)義弟夫婦 。二組の夫婦と源十郎を誘惑する朽木屋敷の姫若狭が主な登場人物。

戦国時代16世紀半ば、織田信長が全国制覇を志しているころ、琵琶湖の北部を舞台にして、男は大きな志しをもって、兄は大商いでカネ儲け、義弟は侍で手柄を立て立身出世を願っている。妻たちは安定した小さな幸せを願う。都に近いから、焼き物を船に積んで売りに出かける。そもで戦乱の余波とでもいう出来事に出会う。

読んだよクリック」よろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

昭和30年代に大映映画には、京マチ子はほとんど出ずっぱりだった。これでもか、これでもか、というほど、京マチ子は町の映画ポスターで見かけた。時代劇でも、現代劇でも使われていた。

京 マチ子(本名:矢野 元子やの もとこ1924年3月25日 - )平成08100320kagi20kyo20matiko 22年現在98歳。日本の女優。大阪府大阪市出身。身長159cm。血液型O型。大阪松竹歌劇団(OSK)の娘役スターを経て、1949年に大映に入社、女優デビュー。後輩の若尾文子、山本富士子と共に大映の看板女優。溝口健二監督作品『雨月物語』(1953年) 、 黒澤明監督作品『羅生門』(1950年)、衣笠貞之助監督作品『地獄門』(1953年)など、海外の映画祭で主演作が次々と受賞し「グランプリ女優」と呼ばれる。80歳を過ぎた現在も舞台で主演。
私生活では、一人っ子として出生したものの、5歳のときに父が蒸発により生別、母と祖母の手で成長した経緯を持つ。大映社長永田雅一との恋愛関係が憶測された時期もあったが、デビュー以来今日まで独身を通す。

幻想の世界と現実、夢まぼろしの世界を見せる時代映画が大映は得意なのかな、と思わされた。京 マチ子過激なヌード、裸を見せる映画はないのに、エロティックな印象を与える。男目線ではなく、女が感じる色気をかもしているのかも。

70408017 余談だが、「義仲を巡る三人の女」昭和31年1956年・大映/監督:衣笠貞之助)で、巴には、京マチ子、山吹には、山本富士子、冬姫には、高峰秀子が演ずると、悲劇の武将義仲長谷川一夫、中津の旭座でみた。白黒からカラーに変わったばかりで印象に残っている。映画の全盛の時代だった。

2007093020051020193950799 源十郎の妻をやっている田中絹代は、良い妻である印象はあるが、色気のある雰囲気は出てない。義弟藤兵衛の妻水戸光子は藤兵衛をやり込めるくらいの元気さと可愛らしさ、両方がうまく出ていた。「水戸光子」を思い出せない方へ。小野田少尉が20数年ぶり帰国したとき「好きな女優は?」と問われて「水戸光子」と答えた、それを見ていた水戸光子が、小野田さんに花を贈った。それが報じられて、一躍話題になった。

物 語
3806 天正十一年。戦国時代のある早春。
近江国琵琶湖の北岸に貧しい二軒の家があった。陶工の源十郎(森雅之)の家族と彼の義弟藤兵衛(小沢栄)夫婦である。
 源十郎が荷車に陶器を積み、町へ売りに出かけようとしていると、藤兵衛が「連れて行ってくれ」とついて来た。彼は武士になりたくて仕方がないのだ。やがて、源十郎は陶器が売り切れ、大金を手に帰ってきた。妻の宮木(田中絹代)や息子源市に小袖や様々な食べ物を買って来てやった。

3749 一方、分かれた藤兵衛は長浜で武士になりたいと、丹羽方の武将に直訴するが、「具足と槍を持って来い」と追い返され、悄然と家にもどった彼は、妻の阿浜(水戸光子)に罵倒されるのだった。

もっと働くぞ」大金を手にし、幸せは金3794 で買えると思う源十郎は、陶器づくりに励む。妻や弟夫婦も手伝った。しかし、宮木は家族が平和に暮らせさえすればよいと思っていた。だが、戦乱はこの寒村にもやって来た。柴田の軍勢が農家を襲い、源十郎たちも着の身着のまま逃げ回る。源十郎は逃げながらも焼いている陶器が気になって仕方がない。軍勢が去って、家に戻ると、陶器が素晴らしい仕上がりに出来上がっていた。

源十郎の家族と藤兵衛夫婦5人は、小舟に陶器を積み込み、琵琶湖に漕ぎ出した。阿浜が舟を漕いでいると、霧の中を一艘の舟が漂っていた。中に瀕死の船頭が一人。「海賊にやられた」と言って息絶えた。源十郎は舟を一旦戻し、妻宮木と息子源市を置いて再び大溝へと向かった。

3800 大溝城下の市で、陶器を並べると、次々と売れた。その時、源十郎の前に市来笠を冠った美しい女が付き人の老女を伴って現れた。大量に買い込み、「山陰の朽木屋敷に届けてくれますか、お金はその時に・・・」と命ずるように言うのだった。

義弟藤兵衛は通りかかった武士の行列を見ていたたまれず、売上金を持って具足屋に飛び込んだ。そして鎧に身を包み槍を持った。一方、藤兵衛の妻阿浜は、藤兵衛を探しているうちに、侍たちに襲われ犯された。

Ugetsu1  大金を手にした源十郎が妻への着物を物色していると、先ほどの美しい女若狭(京マチ子)と老女右近(毛利菊枝)が現れた。「朽木屋敷へ案内しましょう」と連れて来られた朽木屋敷は、荒れた庭の中に大きな屋敷があった。やがて若狭が衣裳を替えて現れた。源十郎の作った陶器に酒肴を乗せ、酒宴が始まる。
Ugetsu 「貴方様のような美しいお方に使っていただくとは、陶器も幸せ者です」「貴方様の腕は、貧しい片田舎にうずもれて終わるものではありません」
「では、どうしたら良いのでしょう」源十郎が言うと、老女の右近が「若狭さまとお契りなされたら良い」答えた。うろたえる源十郎に若狭が源十郎に迫り抱擁した。

3737 右近が鼓を打ち、若狭が舞う。源十郎は、右近から織田信長に滅ぼされた朽木一族の話を聞かされ、若狭と右近のみが生き残ったことを知り、そして、源十郎はいつしか若狭の虜となっていった。

一方、残され家にいた妻の宮木は、源一を背負い、武士たちから逃げ回っていたが、家に帰る途中、落武者に槍で突かれ死んだ。

3756 鎧に身を包み槍をもって義弟藤兵衛は、敵将の介錯の場面に遭遇し、敵将の首を奪い、それを届けたことから出世の道を掴んだ。そして、十数人の家来を持った藤兵衛が、部下の慰労のために立ち寄った遊女屋で、皮肉にも今や遊女に落ちぶれた妻阿浜に出会った。
「お前さんが出世する間に、私はこうなったんだよ」阿浜の言葉は藤兵衛の耳をつんざく。

3725 源十郎は美しい女若狭(京マチ子)のもてなしを受けて朽木屋敷で過ごしていた、町へ出て着物屋で衣裳を買った。「少し足りないが、朽木屋敷まで来てくれれば、払う・・・」と、源十郎が言うと、着物屋の主人(上田吉二郎)は、「朽木屋敷!?」と、急に怯えだした。

帰り道、源十郎を呼び止めた老僧がいた。「お前の顔には、死相が出ておる」朽木屋敷にいる若狭と右近は死霊しりょうであると、老僧から聞かされる源十郎。

3744 朽木屋敷に帰った源十郎は、若狭に買って来た着物を見せる。喜んだ若狭は、源十郎にこの世を捨て、自分たちの黄泉の国へと誘う。だが、源十郎の体には、老僧によって魔よけの梵字が書きめぐらされていたのだ。若狭と右近はそれを見て狼狽し、源十郎を責め苛む。
「お許しください、私には、妻と子が・・・」 源十郎は、二人を突き放し、傍らの太刀を振りかざして斬りかかった。そして、庭に踊り出て、そのまま気を失った。

3778 神官、土地の目付けたちが源十郎を引き起こす。源十郎は、朽木屋敷の姿は、朽ち果てた廃墟であることの気づく。それで目覚めた源十郎は、家へ戻る。疲れ果てて戻ると、宮木が囲炉裏端に座っていた。源市は傍らに寝ている。源十郎は、源市を抱きしめた。そして、欲に溺れた自分を宮木に詫びるのだった。

3781翌朝、源十郎は、村の名主(香川良介)訪ねてきて、宮木はすでに落武者により殺されたことを知らされたのだ。では、あれは・・・宮木の亡霊だったのか。一方、義弟藤兵衛も阿浜と真っ当な生活に戻ろうと決意し、具足を捨てた。
 源十郎は、宮木の墓に供養し、陶器作りに精を出す。

読んだよクリック」よろしくね!
   ↓   ↓
人気blogランキングへ  ご感想  お書きください。

|

« 財政再建策を 国民から募集せよ! | トップページ | 田母神さん俎上に論争の難しさ、 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 財政再建策を 国民から募集せよ! | トップページ | 田母神さん俎上に論争の難しさ、 »