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2010年7月13日 (火)

無党派が 日本の政局を動かす

5946086_2 民主党が政権を取ったときは、政権は十年は続けて、自民党のアカを落としてもらいたい、と思っていた。しかし、今回選挙に行く前から、一体だれを投票していいか、迷っていた。棄権はしたくないから、投票所へ行ったが、投票用紙に記入しようとした段階でも、「民主党」と書く気持ちが萎え鉛筆が進まない。かと言って、自民党と書く気はなかった。

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Photo_3Photo_5前回衆議院選挙で「政権交代」で民主党へ投票した人の多くが感じたのではないか。なぜだろう。鳩山由紀夫の基地移転で、友愛思想の実現で失敗、お金の問題意識の欠如、これでは、理想を実現する基盤の弱さを痛感・・・、サテ次、に控えていた菅直人の現実主義者の行政能力を期待したが・・・。

なんで、あんなにブレた話をしてしまったのか。杉並区住民で、落選しても、駅前に立って、晴れの日も雨の日も、毎日ハンドマイクで熱心に語り続けていた。それは20数年前の思い出を投書で見た。無名時代の街頭スピーチなら聞き流すが、それが総理となると、聞き逃すわけにいかない。内容そのものが、消費税をと語ったら、即、国民生活に影響する。

03  それを昔の愛人騒動にからめて、奥さんの○子さんが「脇が甘いのよ」という言葉を思い浮かべたのは私だけではなかった。
 漫画で、ソレを使われ、確か、「消費税」は当然と思うのは、マスコミにしても、議員にしても、経済界にしても、公務員にしても、懐が痛くない人の発言、消費税のババ(ジョーカー)を引くのは末端だからね。テレビをはじめとしてマスコミの大合唱、もうイエスマンや、おベンチャラをいう人に菅直人は囲まれてしまって、消費税は当然と考えているのか。そんな思いを感じる。

Photo_6  彼の学生時代、東京工業大の学生運動を牛耳っていたが中核派であった。しかし、彼はそのような既成の左翼派閥を嫌って「全学改革推進会議」をいう組織をつくり、リーダーになった。暴力革命を推進する動きには反対する理論を持っていた。市民派の立場を築いて独自理論で進んできたという。

安倍晋三、麻生太郎は菅直人を「左翼」と呼ぶらしいが、「左翼」には程遠いように見える。「現実主義者」ではないか。その根拠は現実を見て決めるような独自理論が基本に見える。確固たる信念が左翼より弱い。それだけ柔軟だといえるが。市民運動に転じてからも、自分の構築した思想の中で成長してきた。市川房枝の市民運動をと出会ってから、どう理解してきたか、その辺が明らかではない。

市川房枝:1974年(昭和49年)の第10回参議院議員通常選挙でPhoto 全国区から立候補、当選して通算5期25年務めた。組織に頼らず個人的な支援者が手弁当で選挙運動を行う選挙スタイルを生涯変えず、「理想選挙」とまで言われた。市川は自らの選挙手法を他の候補者にも広めようと選挙浄化運動に参加した。

無所属議員の集合体「第二院クラブ」で活動を行った。1967年(昭和42年)の統一地方選挙では東京都知事選挙で美濃部亮吉を支持。その一方石原莞爾を「高潔な人格者」と高く評価したり、1963年(昭和38年)結成の「麻薬追放国土浄化同盟」では、右翼の大物と目されていた田中清玄や暴力団・山口組組長の田岡一雄などとも協力するなど、ある種の柔軟性も備えていた。

1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙では、87歳の高齢にもかかわらず全国区でトップ当選を果たしたが、1981年(昭和56年)に心筋梗塞のため議員在職のまま死去。

与党として組閣して統治機関の頂点に立って日本運営の責任者になると、赤字財政をどうにかしなければ、と痛感する。そこに漬け込まれ、レクチャーを受ける。外国からは「ギリシャの財政崩壊」を聞かされ、財政の建て直しを言われると、「消費税を含む抜本的な財政健全化」といわざるを得なくなる。

20040405sw915z20040405105009025m_2 革新系、左翼系の政治家は、国家統治のキャShinpei_2 リアを積んでいないから、茶坊主の進言に丸め込まれる。保守政治家のほうが、人事にも、財政にも、行政のツボを心得ている。行政の建て直しで成功した鈴木俊一東京都知事を見習うべきだろう。こういいう人は、大抵は自分の意図を実行するスタッフを抱えている。少し古くは、大風呂敷と言われた後藤新平がいた。

07_06  赤字体質の改善には、今回東京選挙区で立候補した杉並区長山田 宏などもいる。そういう人材を集め、知恵を結集する。こういう手段を講ずる方向へ進めば、既成の行政官僚に取り込まれないだろう。それを間違うと、失敗して日本の赤字体制はひどくなる。

 特に、マスコミの消費税増税合唱に一般人も騙されたが、官僚操作にも、菅総理も、舵を切るタイミングだろうと錯覚してしまった。その点では、小沢一郎のほうが、ギマンを見抜く力があったkら、マニュフェスト違反に敏感だった。マニュフェスト違反すると、国民の支持が離れると理解していた。

Getimage その意味では、二代目、三代目の議員にはない良さはあるが、菅総理の弱さでもある。その意味では、佐藤栄作、池田勇人など、官僚の頂点から政界に入ってきたドンのもっているドッシリ感が不足している。官僚組織のツボの押さえ方、これができれば本格内閣になる。

Watanabe  さあ、参議院選挙惨敗でオタオタしていると、前に進まない。菅政権で、「公務員改革を進める」と「みんなの党」へ声かけて、彼らの政策を丸呑みする気で、行政改革担当大臣をお願いするしかない。ただ、自民党時代も彼渡辺喜美は行政改革担当大臣だったにも係わらず、その公務員改革は実行できず、泣いた。

 それを思うと、トップの菅さんの覚悟の程が問題になる。自民党が社会党の村山さんを首相に据えたくらいの離れ技を見せないと、難しいかもしれない。

 今回の選挙ほど、無党派の力の強さを まざまざと 見せ付けた選挙はなかった。民主党の54議席のうち10議席を減らし、「みんなの党」へ移し、「みんなの党」を10議席にした。アジェンダ「公務員改革」が実行できなきゃ、議席をゼロにすることもできる。

 渡辺喜美も、今は「民主党と組まない」と言っている。が、しかし、政策実行のためには、民主党と組まないと、実行はできないと、腹の底では思っている。しかし、腹の底を見透かされるのは一番イヤだから、突っ張っているのだろう。それを指摘されると、ヘソを曲げそう。

 自民党にいるときは、行政改革は福田内閣で閣議決定していたのに、その後、麻生内閣ではまったくやる気なく、渡辺喜美は泣かされた。あの屈辱がトラウマになって残っているから、なかなか信用しない。

 だが、みんなの党も、野党のままでは何もできない。あまりつっぱっていると、公明党が動き出す。公明党は野党でいつまでもいられないだろう。与党に戻りたい、その一念で行動する党だから、みんなの党が置いてきぼりにされる。

 それを懸念してか、民主党に近づけと渡辺喜美を突っついたのが、評論家の田原総一郎である。これをねじれ国会というが、かえって、ブレーキも効くし、話し合いのテーブルにもつきやすい。原案から多数の党が参加して討論する場ができて、画期的な選挙だったのではないか。

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