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2010年6月 2日 (水)

「野菊の墓」と北条VS里見の古戦場

Nogimu050501 柴又帝釈天側から、矢切りの渡しで対岸を渡り、伊藤左千夫の文学記念碑を見に行った。伊藤左千夫と「野菊の墓」のストーリーは何度も映画化されているから、有名である。

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2522 日曜日、暑くなく寒くもない日和で、渡し船で江戸川を渡るのは、櫓をこいで江戸時代の旅の味わいである。乗り合わせた客同士で、唯一言葉を交わす場所だ。ウオーキングの句読点にもなる。

渡し船を降りると、柴又帝釈天のに賑わいがウソのような田園風景が広がっている。キャベツが一年中収穫できるような、温暖な平地がひろがり、地味も豊かな土地だ。穏やかな土地を20分歩くと、小高い丘の上が伊藤左千夫の実家と文学記念碑がある。

B0057679_8295239 「野菊の墓」のストーリー:彼正夫が中学に上がるとき、従姉の民が正夫の実家に来てきて、彼の初恋感情が燃え、民も憎からずいたが、十七になった彼女に縁談があり、正夫が学校にいるうちに嫁ぐことないなった。正夫から好意のしるしにもらった赤い布地に彼の手紙をしまっていた。嫁いだあと、結核になってまた戻って寝付いていたが、その手紙を胸に握りしめ死んでいく。野菊のごとき君なりき 初代民子

2549 その伊藤左千夫文学顕彰碑が唯一あるだけの場所が、柴又の対岸にある。柴又帝釈天側と比較すると、矢切りの渡しできたわりには、イベント性が貧弱という感じである。

2546 平和というのは、こういうことかもしれない。そして、その横には、400年前の過去の戦争がここであったのだ。

そのわきに「国府台こうのだい合戦」の縁起が麗々しく説明してある。戦死者は1000人以上いるという戦いだ。この史実も、松戸の本土寺の過去帳に書かれているので、史実としては確かである。戦いは最初、天文7年(1538年)にあり、その25年後、永録7年(1564年)に再び両勢力は戦っている。

もう400年も過ぎればその戦いの説明の文章も、はっきりわかることのみが書かれている。1564年の二日にわたって戦った終わりの日だけである。2539

里見一族が館山から国府台まで勢力をのばして、さらに江戸領域を奪おうと力を広げていた。すでに、北条家が千葉を広く支配していた。松戸の高城、千葉氏、原氏も北条一族に服していた。江戸城にいたのは、北条の城代家老遠山丹波守

(国府台:現千葉県市川市国府台)矢切側に城を築いていたのは里見義弘、彼が8000騎を率いて陣を張ると、向かい側の帝釈天(北条)側には、江戸城代家老遠山丹波守直景葛西城(水戸街道と環七青砥七丁目交差点付近)の勇将富永三郎右衛門が着陣していた。里見側は8000騎というのは、戦闘要員が8000人という意味だろう。馬が8000頭というのは、多すぎる、しかし、8000人の武Kounodai士を地域戦闘に投入したのは、大掛かりである。一方、北条勢は2万人を数えた。1月7日両軍は江戸川を挟み対陣した。

大谷口に城のあった高城氏が、矢切の一角に陣を張り、江戸城代家老遠山側に味方したので、小田原から北条氏康、氏政親子が総大将として到着前に仕掛けて行った。遠山・富永は自信をもって、江戸川を渡り、里見義弘8000騎に積極的に戦いを進めた。第2次国府台合戦図

4382 遠山軍に押されて、里見軍は退却していき、大坂の途中まで北条方が押し寄せてきて、里見軍が坂の上に立ったとき、一斉に討ちかかり勇将富永三郎右衛門はここで獅子奮迅の戦いをしたが、落馬したところを里見軍が押し掛り、戦死した。それが文学碑のある下の坂道である。

城代家老遠山丹波守直景は、坂下坂川の手前にある「カイカバ曲がり目内野」という場所で、里見側の16歳の少年に打ち取られた。

Kounodai2 その日の戦いは、北条側の敗北で、柴又へ引き上げた。その夜、里見側は戦勝祝いで酔いつぶれているところへ、北条軍は忍び寄り、挟みうちの夜襲をかけた。二度目の戦いである。油断していた里見軍はコテンパンに敗れて、市川から中山を経て、安房へ逃れた。その後、再起することはできなかった。第2次国府台合戦図

本土寺の過去帳には「コウノ台ニテ上下諸人 遠山殿(江戸城主)正月 其外千余人」と記されている。最終勝利者である北条側の死者は、手厚く葬られているようだ。房総の領有権も里見から北条へ移った戦いであった。

近辺ウオーキング 安近短 柴又帝釈天、水元公園

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