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2010年5月15日 (土)

人格を磨く 艱難かんなん汝を玉にする

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質問をすると、読者が回答するコーナーである。こんな質問があった。

 『艱難汝を玉にする』 ということわざがあります。
人間というものは、厳しい苦労を一つひとつ克服して、人格が磨かれて立派な人物に成長していく、という意味ですが、これは本当でしょうか?
これは苦労して生きてきた人間はとてもよい人間のようですが、そういう人間に限って、人格が歪んでる人も少なくありません。楽してそうな他人を卑下したり、他人に苦労を押し付けたり、中には現状(苦労している環境)を受け入れ、いつまでたっても境遇が変わらない人(国)もいます。また、苦労により余裕がなく、視野が狭い人間もいます。
苦労によって「素晴らしい人間になる」というのは、かなり少数派ではないですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答
「苦労は買ってでもしろ」・・これも嘘っぽい。
衣食足りて礼節知る」・・こっちの方が真実ぽいね。

艱難汝を玉にする』ということわざに似たのでは、『苦労は買ってでもしろ』とか、『獅子は、子を千尋の谷に落とす』ことわざがあります。それらの警句、格言を最近の人は、「現代にそぐわないものが多いようです。あてになりません。人生とは現実と努力と財力しかあてにならないようです」と、一刀両断に切り捨てる傾向があります。前世代の文化遺産の格言も形無しですね。それは理解が浅いと思います。

90%以上の人は、「衣食足りて礼節知る」を信じて、財力こそが人間を円満にする。そう思っているようで、それでいいのか、それを信奉していくと、日の当たる暮らしの人だけしか相手にしていないように見えて仕方がない。それは、社会構造に向かって改革をしていく、社会全体に対する責任を回避した姿勢が見える。自分さえいい生活すれば他は努力不足だよ、と切り捨てているように見える。本人はそんなつもりはないだろうが、無関心であることは確かだ。

自分の幸せが一番で、他への無関心の態度が蔓延しているのではないか。この空気に一撃する姿勢を持つことが必要だと思いませんか。自分の生活を危機に陥れることを嫌うのはみんな一緒ですが、だからといって、社会の崩壊、格差の拡大、環境の悪化、これらを放置していいはずはない。

昔戦争になったのに対して「どうして(昔の人は)戦争に反対しなかったの?」という問を現代の子が問われているのではないでしょうか。現代の危機は、公然たる「無関心」だと思う。

艱難汝を玉にする』は、『衣食足りて礼節知る』に置き換えて理解して満足してはいけないと思う。『艱難汝を玉にする』場面にも耐えうる意思の力のある人間にならないと、中学高校一貫校に合格して、大学もそこそこの成績で卒業しても、十分ではない。つまり、最小限の苦労で失敗なしの社会人になっている姿は、そこそこの生き方、強い風が吹いてきたら、支えなしに立っていられない、という意味である。

艱難汝を玉にする』くらいの苦労で、性格が暗くなったり、ひん曲がってしまうようでは、一流人物ではない。特に中国の13億の国民の中からセレクトされた精鋭外交官が日本に外交で攻撃してきたら、手の上で転がされて、丸め込まれてしまう。

素直なポッと出の人が、数年都会でもまれると、朱に染まって、都会人気取りになる。そんな都会人になってほしくない。田舎育ちのよさ、信念を持ち続け、その上に、都会のよさ、都会の機能を持つようにつけ加えていけるといい。苦労でそれに負けて性格に影響してしまうのは、人間コアの信念に弱さがある。

苦労は買ってでもしろ』とか、『獅子が子を千尋の谷に落とす』ことわざ。『艱難汝を玉にする』艱難こそが、人格を玉に磨き上げる。『衣食足りて礼節知る』以上のモノがそこにある。

苦労して悲しい人生は、誰にも語りたくないが、つい語ってしまいがちだ。70歳になっても、グチをこぼす。凡人は、幼いうちに親に捨てられたら、どうしても、この苦労や寂しさを語らないでいられない。それが『艱難』としたら、『玉にする』人生の糧だ。それは、『語らざれば、憂いなきに似たり』というようにニコニコして「柳に風」の顔でみんなに接することが上策だ。お天道様は、みんな知っている。「白玉は、知られずとも、白玉だ」という言葉もある。

艱難汝を玉にする』艱難こそが、人格を磨き玉となる。次善が、『衣食足りて礼節知る』だと心得たい。

倉廩 (そうりん) 実ちて すなわち礼節を知り、衣食足りて則ち 栄辱を知る。(米蔵がいっぱいになると人ははじめて礼儀道徳に関心を持って、わきまえるようになるし、衣食が十分に足りて生活が安定すれば、名誉とか恥辱というものをわきまえ重んずるようになる。)春秋時代、斉の宰相 管仲 ( かんちゅう ) の言葉

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コメント

倉廩 (そうりん) 実ちて すなわち礼節を知り、衣食足りて則ち 栄辱を知る。(米蔵がいっぱいになると人ははじめて礼儀道徳に関心を持って、わきまえるようになるし、衣食が十分に足りて生活が安定すれば、名誉とか恥辱というものをわきまえ重んずるようになる。)

投稿: | 2010年12月22日 (水) 11時19分

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